シロの世界

第24話治療

 クラクションの音が聞こえた。


 うるさい、と思いつつも今日の予定を反芻する。受験のために、まずは苦手な数学と英語を重点的に……そこまで考えて俺は飛び起きた。


 懐かしい音に、俺はてっきり日常に戻ったものだと思ったのだ。母と雪と定食屋と受験がある日常に。


 だが、俺の目に入ってきたのは浮かぶ車だった。


 どこをどうやって浮かんでいるのかは分からないが、車はクラクションを鳴らしながら空中を走っている。そして、その後ろをけたたましいサイレンを鳴らしてパトカーのような車が走っていた。


「ここは……」 


 俺は、改めて周囲を見回る。


 俺はベットで寝ていたようである。


 テーブルもなにもない白い部屋の真ん中に置かれたベットである。布に触るとツルツルしていて、随分と材質がいい。もっとも紅お嬢様の世界やリーシャの世界にいたから感じてしまうのだろうが。


 立ち上がり、俺は窓から外を見た。


 あまりに巨大すぎて窓は、ほとんど壁のようだった。俺がいるのは街を見下ろせるほど高い建物のなかのようで、地上を歩く人々が豆粒のように見える。そして、それ程高い建物にいるのに、俺の視線で車は飛んでいく。ビルにかかった看板は色鮮やかで、かかれた女性がウィンクしていた。


「え……SFみたいな世界だな」


 あるいは近未来的なというべきか。


 どちらにせよ、俺が居た世界よりも圧倒的に文明は進んでいそうである。

 俺は、自分の着ているものを見た。ロボットアニメのパイロットスーツのような皮膚にぴっちりと吸い付く素材の服だった。


 ダイバースーツにも似ている。


 これだけだったならば恥ずかしくて歩けなかっただろうが、幸いにして踝まであるケープが畳んで枕元に置いてあった。羽織って見ると体の線が丸出しになるということは、これでなくなる。リーシャの世界でもあった鞄も修復されて、ケープの隣に置かれていた。明らかに壊れた痕がないということは、これはカミサマがやったことなのかもしれない。


 俺のそばに、シロはいなかった。


 カミサマの話によると、この世界はシロの故郷らしい。カミサマはシロの痛みしか取り除くことができなかった。毎回、この世界でシロが治療を受けているとしたら、この世界が英雄によって殺されることはシロにとっては死活問題になる。


「目覚めはどうかしら。英雄殺しさん?」


 部屋に入ってきたのは、女だった。


 髪の毛を二つに分けて縛っていて、髪飾りも含めてかなり子供っぽい外観であった。だが、身長は成人女性である。着ているものは、俺とほぼ同じような服だ。どうやら、この世界では性別によって服装を変えたりはしないらいしい。


「若くあるために常に子供用のアクセサリーをつけているの。私は、リサ。シロの生みの親の一人。あと、カミサマの協力者。君のことも聞いているわ」


 俺は、目が点になった。


 シロとリサの外見的な接点はないし、なによりリサが若すぎる。姉なら分かるが、母親にはとても思えない。アンチエイジングの技術もかなり進歩しているのだろうか。


「なんかものすごい勘違いさせているようだけど。私は、生物学的な親じゃない」


 やっぱり、という気持ちになった。


 だが、信頼はしても良さそうな相手である。


 リサは、シロの元へと案内するといって俺を部屋から連れ出した。ここはとある企業の科学技術部があるビルで、俺が寝ていたのは社員用の仮眠スペースであったらしい。


 随分と社員が優遇される会社だと驚いているとリサは「普通でしょ」と答えた。どうやら、これがこの世界のスタンダードのようだ。


 ビルの内装は全体的に白かった。何も知らなかったら、病院を連想させる清潔さである。屋外で車が空を飛んでいたような突飛な風景もなく、観葉植物も絵画すらも飾られていない無機質な光景がひたすらに続いた。


 なんとなく、目がチカチカする。


 さっきまでリーシャの世界で緑に囲まれていたのに、いきなり近未来的な白いビルに押し込まれたせいだろうか。


「シロは堕胎した子供の遺伝子から複製した固体なの。そこに私たちが手を加えた」


 道中、リサはシロについての説明をしてくれた。


 俺が黙っていたので仕方なくというわけではなく、単純に自慢したいだけのようだった。


「クローン人間ってことか」


 その言葉で分かってもらって助かる、とリサは笑う。


 リサは、カミサマのことを知っていた。というか、彼女はカミサマの招待を受け、直接シロの注文を受注したのだという。なんだか商品みたいな話の流れになってきたが、シロはこの世界では物あつかいのようだ。


 リサは特にその事について、気に留めていなかった。


 俺は眉を寄せながらも、反論はしないことにする。シロはこの世界出身だが、ここに住んでいるわけではないのだ。余計なことをいって、波風を立ててもしょうがないだろう。


「この世界の法律では、堕胎した子供を使ったクローンに人権はない。だから、私たちはカミサマの無茶な要望にも応えられた」


 俺は、リサの髪をよく見た。


 シロと同じように、動き出すと思ったのだ。俺の視線に気がついたリサは、揺れるツインテールを自分で引っ張った。


「悪いけど、私の髪はあんなふうにならないわ。あれは遺伝子を改良しまくって、作ったやつなの。君が眠っている間に、色々と調べたけど……こっちの科学力で見つけられない何かがないかぎりは君と私たちは同じ構造の人間よ」


「同じ構造って……たまに違う人間とかいるのか?」


「いるよ」とリサはにやりと笑った。


 怖いのであまり突っ込まないでおこう。というか法術とかウィルスを発生させるスキルとか、あれって科学的にちゃんと調べたら同じ人間ってという結果は出ていたのだろうか。


「ええっと、リサはカミサマに会ったことはあるけど英雄殺しではないんだな?」


「私は向いていないと言われた。たしかに、私は英雄なんて殺さずに、別の世界に定住するタイプだし」


 てっきり、カミサマの存在は秘匿――というか言っても信じてもらえない存在――だと思っていたが、割とカミサマ自身がフランクに異世界の住民と接触をはかっていたらしい。


「いっておくが、私のような存在は珍しいらしいわよ。シロの注文を受けた時は、どうしてもって状況だったらしいし。とにかく、どんな状況でも適応できて裏切らない人格が欲しいと注文を受けたわ」


 そうやって作られたのが、シロの前の人格だ。


 だが、この人格は学習してしまった。リサからしてみればそれた当たり前のことだったが、カミサマにしてみれば予想外のアクシデントだったらしい。


 カミサマは使い物にならなくなった人格を消去し、シロという新しい人格を作った。その作業を行ったのも、この世界でのことだったようだ。


「人格だけ消せっていわれた時は、割と苦労したのよ。だって、経験と記憶が残っていたら、当然のごとく行動はそれに左右される。少しの間ならば新しいな人格を保てるかもしれないけど、時間が経てば同じことをやりかねない」


「だよな。俺も話を聞きながら、そこは不思議に思っていたんだ」


 記憶と経験があり、人格がない。


 だったら、よりいっそうシロの行動の選択は記憶と経験が強く出るはずだ。それが定着すれば、元の人格は擬似的に復活すると思ったのだ。


「だから、私たちはカミサマにシロを一人にしないことを進言した。シロの元の人格の行動は、一人であったことの孤独感も大きかったと思うからね。旅の道連れ兼監視を連れて行くことをお勧めしたの」


 もしかしなくとも、俺のことである。


「それに、シロの元の人格は英雄殺しを拒否していたわ。一度拒否しちゃえば、英雄殺しにはなれない」


「あ……そうなのか?」


 良く考えてみれば、カミサマは脅すような言葉は言っていたが最後の選択は俺にさせていた。英雄殺しを断ったら死ぬしかないので、他人を殺すか自分を殺すかの

二択になる。


「君がいる限り、シロは前の人格とは違う道を選ぶだろう。なにせ、一人だったと頃とは前提条件からして違う。さてと」


 リサは、一つの部屋の前で足を止める。


 この部屋の向こう側に、シロがいるらしい。


「あんまり、無理させないで。傷は塞いだし、熱は下がったけど、体力が回復しきってない」


 そう注意されて、俺は少し緊張した。


 シロの容態が思ったより悪かったらどうしよう、と思ったのだ。


「シロ、入るよ」


 リサが、壁に触れてドアを開ける。


 何もないように見えるが、どうやらそこに開閉スイッチ的なものがあるらしい。


 シロが寝せられている部屋には、ベット以外は何もなかった。医療器具のようなものもなく、シンプルすぎるほどだった。俺が寝ていた部屋とほぼ同じだが、ここには窓もない。


 シロは、その部屋のベットにいた。


 眠ってはいない。


 ベットの上で、シロは絵を描いていた。ノートに鉛筆を走らせて、何かを一心不乱に描きつづけている。その顔は真剣で、眉間に皺がよっていた。


「……ドクター?」


 俺ではなく、シロはリサ呼んだ。


「回復を早めるためには寝てなさい。また、絵なんて描いて」


 リサは、シロに絵を描くことを止めさせる。


 シロはノートを閉じて、そこでようやく俺に気がついたようだった。


「……クロ、一人で動くな」


 さっきリサを呼んだ時は甘えるような声だったのに、俺の名を口にした瞬間だけ気を張っているような声になった。


「分かってる。だから、シロは休め」


 俺のほうは心配ないと告げた。


 シロにしたら、俺は頼りないのかもしれないがコレぐらいは言わないといけないと思った。


「動けるようになったら、すぐに動く。この世界には、英雄がいる」


 シロは、目を閉じる。


 リサは、俺たちの会話を聞いていた。


「この世界にも、英雄が来たの?」


「そうみたいだけど……」


 今回は、カミサマからノーヒントなのである。


 俺はこの世界にいる英雄の姿形、スキルすらもわからなかった。

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