第22話英雄殺しが殺した希望

 魔物の男はアジクと名乗って、村に俺を連れて行った。


 人間の村よりも魔物の村は簡素であり、家畜の数もかなり少なかった。その村の中央にいたのは、リーシャとフィルだった。


 フィルも村人も、ストールのようなマスクをしている。


 異様な光景だが、感染の危険性を考えるのならば当然の対策である。そして、村には子供や老人の姿が見えなかった。抵抗力が弱いから、閉じ込めているのかもしれない。


俺は、これからリーシャを殺さなければならない。


 何とか、殺さないですむ方法はないのだろうかと俺は頭をめぐらせる。


 リーシャのスキルが接触を条件としているのならば恐ろしいものではないはずだ、という言い訳を俺は思いつく。だが、村人たちの鬼気迫る表情を見た後では説得できそうになかった。今まで、散々英雄の恐ろしいスキルを見てきたからなのだろう。


 それでもリーシャは、英雄ではないのである。


 なのに、英雄殺しの俺が来るまで殺せなかったということは――人々の心に病に対する恐怖があるから。もう、リーシャを排除しなければどうしようもないほどの。


 リーシャは、膝をついた。


 誰かに、命令されたわけではない。


 彼女は、自分から俺に頭をたれたのである。


「あの白い人は、英雄殺しではなかったのね。英雄殺しには私の能力は効かないから、確かめるつもりでやったの。ごめんなさい」


 リーシャは、シロは死んだと思っているようだった。


 俺は、生きていると答える。


 無表情な彼女の顔が、わずかにほころんだ。


「そう……よかった。本当は、私の権限で手当てしようと思っていたのだけれど」


「リーシャ、君の能力は制御できるんだろ」


 俺の言葉に、彼女は笑う。


 言葉なく「できる」と彼女は呟いた。


 だが、たとえ制御できたところで人々の恐れが変わらないこともリーシャは知っていた。


「私の父は、そこにいるだけで人間も魔物も殺してしまったの。母は私を産むまでもったけど、結局は同じ病気で死んじゃった。私は、ずっと村人に恐れられて守られてきたけど――父を亡くしてからは一人だった」


 リーシャの声は、鈴のようだった。


 そして、語られるのは孤独の半生だった。


 父の能力を受け継いだ故に、父が英雄だった故に、彼女は生まれついての畏怖の対象だった。


「小さなころに、英雄殺しがやってきたわ。父と私を殺してくれる英雄殺しが……でも、父が私は小さいからって命乞いしたの。英雄殺しは、それでこの世界から去ったわ」


 おかしな話よね、とリーシャは呟く。


「私と父があの時死ねば、たぶん世界は救われた。父も私も、殺す人々が少なくてよかったのに――どうして、殺さなかったの?」


 リーシャは、俺に問いかける。


 人を殺すのが怖いと言いかけて、その返答は彼女に失礼だと俺は思った。


 俺は己の恐怖だけで、他人を傷つけることを嫌がる。だが、彼女を助けた英雄殺しは違う理由から、リーシャを殺さなかったのだろう。俺は、死神の鎌を強く握った。


「たぶん……英雄殺しは、君に希望を見たんだ。自分ではどうにもならないことを子供の君ならば、なんとかできるって」


 シロが、息を呑むのが分かった。


 シロの前の人格は、英雄に希望を見出して世界を殺してしまった。


 同じように、この世界にきた英雄殺しはリーシャを殺さなかった。


「そうなのね。私は、だれかの希望になることすらできなかったのね」


 リーシャの言葉には、悲しみがあった。


「その子から、離れて!」


 声が響き渡る。


 俺は、とっさにリーシャから離れた。


 俺に向って跳んできた矢は、俺の鞄に当たってリーシャの前に荷物を撒き散らす。


「その子は、私が殺さなかったんだ!」


 現れたのは、イバラだった。


 モニカは側におらず、俺に向って弓で狙いをつけている。


「あのときのリーシャは、幼い女の子だった。父親も殺せるわけがない。だって、子供には親が必要だ!だから……だから、私は英雄殺しをやめた」


 イバラは、叫ぶ。


「世界救うのは痛快だった。でも、カミサマの言うとおりに英雄を殺し続けたら……私はただの獣になる。世界の敵ってだけで、女のも子供も殺したら駄目になる。リーシャと出会って、ようやく気がついたんだ」


 俺は、死神の鎌を振るってしまいそうになった。


 ここで、これを使ったら皆が死んでしまう。


「だから、私はその子を守る!」


「俺は……」


 イバラの強い意志に、俺は答えられない。


 世界が壊れたら、俺の家族のように全てが消えうせる。だが、幼い子供を殺せなかったイバラの気持ちも否定できない。現に、俺は英雄殺しなのに誰も殺せていない。


「ねぇ。誰かに希望を見出すって、そんなに楽になれることなの?」


 リーシャの声が響く。


「私は誰かの希望にすらなれなかったけど、ぜんぜん楽になんてなれなかった。人が死んだり家畜が死ぬと、いつも涙が止まらなかった。自分のせいだと呪い続けた……それでも私は誰かの希望のために生きなきゃいけないの?たった一人になるまで」


 イバラは、違うと叫ぶ。


「私が守る。英雄殺しの私に、リーシャのスキルは効かない。だから、守れる!!」


 イバラの言葉に、リーシャは首を振った。


 その瞳には、光がなかった。


「でも、あなた以外の人間は私の能力の餌食になる。だから、私を他の世界にも連れて行けなかった」


 リーシャの言葉に、イバラは言葉をなくした。


 もうたくさんなの、とリーシャは立ち上がった。


「今日まで生きていたのは、英雄殺しに助けた英雄の結末を見せたかったから。あなたが助けたから、私はこんなにも不幸なんだって言いたかったから」


 リーシャは、俺の鞄に入っていたナイフを拾い上げる。


 紅お嬢様の世界で拾ったナイフだ。


「私を忘れないで――英雄殺し」


 イバラは、弓を捨てた。


 全力で彼女はリーシャの元に駆け寄ろうとしたが、その前にリーシャの首にナイフが届く。彼女が白い喉からあふれたのは、真っ黒な血だった。


 この世界の英雄は、英雄殺しの希望に殺された。

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