第21話魔物と滅ぼされる世界

 結局、一晩歩きとおした。


 森を抜けてしまえば開けた草原しかないから、とにかく距離を稼ぎたかったというのが本音である。寝不足の頭で俺は、これからのことを考えた。


「この世界を出るのは、たぶん英雄を殺すことが必須条件」


 それが、俺に出来るのか。


 イバラとモニカの妨害を突破できるのか。


 その二つの難題に、俺は頭を悩ます。紅お嬢様の世界のように、この世界の人間が英雄を殺して割を食うというのはたくさんだった。


『クロ!』


 シロの声に、俺ははっとする。


 遠くから、馬に乗った人の姿が見えたからだ。


 たぶん、イバラとモニカではない。


 俺は逃げ出した。


 この物騒な武器を人間相手に使うわけにはいかなかったからだ。


 だが、人の足では馬に勝てない。


 あっという間に、俺は馬に追いつかれた。


「危害は加えない!」


 馬上でそう叫んだ人の全貌を、俺は知ることが出来なかった。


 その人は、薄手のストールの口元にまいていた。マスク代わりなのだろう、と俺は気がつく。よく見れば布を巻いて、頭髪まで隠している。草原での格好というよりは、砂漠の住人みたいな姿であった。


「君は、英雄殺しか?」


 声から察するに、馬上の人は男のようだ。


 頷いた俺を確認すると、男はスカーフを脱いだ。そこから現れたのは、鱗のような肌である。髪を隠す布も解くと、そこには角が生えていた。


「誤解を生まないうちに、話そう。俺たちは魔物の生き残りで、君に危害を加える気はない」


 魔物というのは、英雄に滅ぼされたはずである。


 だが、男の外見は魔物と名乗っても差支えがないほどに不気味だった。


「魔物も生き残っていたのか」


「少数だがな。なぜか、英雄の能力が効かない人々がいた」


 おそらく人間と同じように、ウィルスに抵抗力を持っていた人々である。


 俺は勝手に魔物を動物みたいなものだと想像していたが、随分と人間に近い身体構造をしていたようだ。


「俺は今、英雄と同じスキルを持ってるぞ。近づくのは……お勧めしない」


 手を出すな、と俺は魔物を警戒する。


「本当に危害は加えない。立ち話もなんだから、俺の村に来てもらおうとは思っていたが……君はここでの会話のほうがよさそうだ」


 とても不安げな目をしている、といわれた。


 図星だった俺は、鎌を強く握る。


 だが、魔物の男は口を開く。


「この世界で、人間と魔物の関係は対等だった」


 個人による諍いぐらいはあったがな、と魔物の男は言った。


 俺は何となく多民族国家みたいだ、と思った。


 だが、その対等な関係性も飢饉の恐怖で崩れかけていた部分もあったという。


「英雄が現れてからは・・・・・・変わった。魔物も人もどんどんと死んでいった。今では、生き残りは同じぐらいに少ない。最初こそ魔物と人間が共謀して英雄を倒そうとしたが、近づく前に病の症状が悪化して死んだ」


 魔物の言葉は、英雄というよりは大魔王の物語のようだった。


 そして、話を聞いている限り英雄はスキルをコントロールできなかったようだ。近づけば必ず発病し、風に乗って病原菌はひろがっていく。


「あらかたの魔物と人間がいなくなると、今度は動物が減っていたことに気がついた。森の様子も随分と変わっていて、食料を調達できなくなっていた」


 魔物も人間も、家畜や森の実りに依存する生活をしていた。だが、人からうつったウィルスで家畜は死に、野生動物の数が激減したから森の植生も変わってしまった。もう、魔物も人間も昔のように栄えることはできなくなっていた。


「最初の英雄殺しが現れたのは、そのころだ」


 英雄殺しは、英雄のスキルの影響を受けなかった。


 だからこそ、全ての人々は英雄殺しに期待をした。病の根源を取り去ってくれる英雄が現れただと歓喜し、その行く末を見守った。

 結果、英雄殺しは英雄を殺さなかった。


 詳しい内情を知るものはいないが、英雄殺しは英雄を殺さずに去ったらしい。人間は絶望し、わずかな生き残りは英雄を神のように扱いだしたという。


 自分たちには制御できない、神として。


 魔物はそれに耐え切れず、人間とは道を別にして暮らしているという。


「英雄は、最初こそは世界を救うんじゃないのかよ」


『おそらく……戦争を回避させることが英雄の役割だったんだ』


 シロの声は、魔物の男には聞こえていないようだった。


『自然環境は大きく変わるのは、予定外のことだった』


 でも、人が少なくなっているならば本末転倒だ。


 これでは、英雄による救いとは呼べない。


「君には、今度こそ確実に英雄を殺して欲しい」


 魔物の男は、そう言った。


 すでに一回英雄殺しに裏切られた彼らにとっては、切実な問題なのだろう。だが、ここまで英雄が害になるとしか分かっていなくても俺には人を殺すことをためらっていた。なにより英雄の娘リーシャは、本物の英雄ではない。


「すでにリーシャは、内通者の手によって俺たちの村に捕らえている」


 その言葉に、俺ははっとした。


「な……内通者って」


「フィルだ。もうすでに言葉は交わしているだろう。英雄の娘亡き後、彼とは、また人間と魔物がまた共存関係を結ぶことを約束している」


 着実に、外堀が埋められていく。


 もう、俺が殺すしかなくなっている。


『俺が代わりに……』


「今は戻れないんだろう。大丈夫だ」


 鎌に語りかける俺に対して、魔物の男は怪訝な顔をしていた。


「……俺がやらないといけないんだ」

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