第20話病魔の鎌
「モニカ、殺すなっていったでしょ!」
イバラはモニカに向って怒鳴るが、大柄な男は無言を貫いていた。イバラは悔しそうに顔をゆがめる。
「……モニカは、元々は土であらゆる武器を製作できる能力を持った英雄なの。油断したね」
イバラの声が、夜の森の中に響きわたる。
紅お嬢様の世界で英雄殺しは法術を使えないとカミサマは言っていたから、俺は勘違いしていた。
英雄殺しは行った先にある魔法や法術は使えないが、自分の世界にあった魔法などは使えるのだ。モニカは元々が土を操る魔法使いだったから、こんな攻撃ができる。シロの髪の毛を操る能力や変身する能力も、もともと持っていたものなのだ。
「シロっ!」
俺の呼びかけに、シロは反応しない。
かなり出血しているから、ショックで気絶しているのかもしれない。
槍で胴体を貫かれたのだから、即死ということだってありえる。
結局、俺は何もできなかった。
ただシロに守られて、この場にいただけ。
俺の世界が滅んだときと同じように、当事者なのに部外者のような顔をして日常を歩んでいただけ。殺したくないというわがままを掲げて、ただシロの負担を増やしていただけ。
「……来い、シロ」
わずかな希望を抱きながら、俺は呟く。
俺の言葉に、シロの肉体は溶けた。
彼の髪が形を変えるように滑らかに、俺の手の中に落ちてくる。真っ白な塊は、ぐにゃりと粘土のように形を変える。それは、鎌になった。
タロットカードの死神が持っているような、巨大な鎌。
「これが、この世界の最高の破壊力を超えない武器?」
まがまがしい見た目だが、つまるところ死神の鎌は使い勝手の悪い刃物に過ぎない。
この世界に魔法があっても、剣とか弓とかまだ使い勝手のよいものが現れそうである。
これが、カミサマのいう武器だとは思えなかった。
『クロ……』
シロの声が聞こえる。
紅お嬢様の国で、カミサマの声が脳に直接響いていたような感じだった。
「シロ、無事だったか!」
『形を変えたおかげで、出血死は逃れられた。でも……戻れない』
戻ったら、モニカに突き刺された状態に戻ってしまうようだ。
ここから先は、俺だけで何とかしないと行けないらしい。
『クロ、無理せずに逃げたほうがいい』
「……逃げれたら、だな」
イバラもモニカも、突然姿を変えたシロに戸惑っているようだった。
こちらの様子を伺うばかりで、攻撃はしてこない。
「自分の姿を変えるか、予想外だ」
イバラは、弓を構える。
モニカも地面に手をついていた。
どうやら、形を変えたシロを警戒して遠距離攻撃に切り替えるつもりのようだ。
この二人の基本の戦闘スタイルはイバラが遠距離、モニカが近距離攻撃。それぞれに分かれるのが基本らしい。
シロの攻撃方法が分からないときに、この二人はそのスタイルで攻撃してきた。二人とも遠距離に転じる攻撃には、なれていないかもしれない。
「シロ、これって魔法は使えるか?」
俺は、シロにたずねてみる。
『分からない』
シロの答えは、シンプルだ。
あまりにシンプルすぎて、俺は笑うしかない。
「分からないか」
『さっき、なったばっかりなんだ。でも、この形状には意味がある。これは単純な刃物じゃない』
モニカの槍が、地面を割って生えてくる。
さっきシロの腹を突き破ったときと、同じ攻撃方法だ。
くる、と分かっていればモニカの攻撃はさほど怖いものではない。地面から出現するタイミングは、土が割れる様子で推察できる。問題なのは、イバラの弓がその時間を与えないことか。
俺はとりあえず、二人から距離を取るために走り出す。
ここは、森だ。
遠距離で攻撃してきても、障害物が俺を守ってくれるはずだ。
『クロ、後ろだ!』
俺に追いついたモニカが、槍を構えていた。
俺は思わず「くそっ」と悪態をつく。モニカの足が速すぎる。下手に逃げようとしても追いつかれるだけだ。
「モニカ、一度離れろ」
イバラの命令をモニカは聞かずに、俺に近づいて槍を振るう。
もう戦うしかない。
そう決意した俺は、死神の鎌を振るった。
振るった、だけだった。
なのに、死神の鎌から黒い霧が発生する。
「なんだっ。この買ってから数年間掃除しなかったような換気扇からでてきたような煙は!!」
『……もうちょっとマシなたとえはないのか?』
シロは不満げだったが、俺からしてみれば鎌から汚れが排出されたような光景に見えたのだ。モニカも俺も、霧から遠ざかる。
本当的に、この霧は体に有害だと感じた。
「なんだ、これ?」
イバラも、黒い霧に不信感を示す。
「モニカ、平気か?……モニカ?」
モニカは、イバラの声には答えない。
呼吸は荒くなり、ふらつきや発汗が見られた。
シロと同じ症状だ。
死神の鎌は、おそらくはリーシャと同じスキルを発現できる能力があるのだ。
いや、リーシャの能力が「相手に触れる」という制約があるのならば、こちらの鎌のほうが能力的に使い勝手がいい。
それに、シロはあのキスの後でも少しは動けた。
モニカは立ってはいるものの俺を追うようなことはせずに、動けずにいる。鎌の霧の正体が何らかの病原菌のウィルスならば、シロのほうが感染力と症状が強くでる。
「お前は、この世界の武器の攻撃力を超えないんだよな。俺には完全に上位互換に見えるけど……」
『この世界の、と限定されている。だから、これはたぶん過去にあったものよりも劣る性能だ。リーシャの父親は、もっとすごい破壊力のスキルを持っていたんだろう』
俺が出会った女性リーシャは、英雄の娘だ。
だが、そのスキルは娘に完全な形で遺伝しなかった。
俺が手にしている鎌も、英雄の力に一歩届かない能力なのだろう。
「……この能力、俺には効かないよな」
『今は、たぶんとしか言えない』
だが、モニカが動けないぐらいの熱に犯されているなかで、俺はなんともなかった。
少なくともこの霧は、俺に害なすものではないらしい。
「モニカ、ひくよ」
イバラの判断は、早かった。
だが、モニカは動かない。
「モニカ!」
イバラは叫び、モニカの腕を乱暴に掴む。
俺も、その場から逃げた。
「シロ、お前は戻れないのか?」
『今もとの姿に戻ったら、出血死する』
どうやら、武器にかわっても受けた傷が回復することはないらいしい。
俺は、イバラたちが追ってこないことを確認して「ふぅ」と息を吐いた。
そして、周囲を見て驚いた。
性格には、流れる小川を見て驚いたのだ。川魚がぷかりと何匹も浮いて、流されていたのだ。まるで、毒でも流されたかのような光景であった。
「これは……こいつの霧のせいなのか?」
俺の言葉に、シロはおそらくと返す。
『ここらへんの動物は少ないのは、英雄のスキルのせいなのかもしれない。動物だって生物だ。人間が発祥する病気にはたいていかかるし、それで一種が絶滅したら植物もダメージを受ける』
このあたりの植生が妙に乏しいのも、そのせいなのかもしれない。
こんなふうに、周囲の自然にまで影響を及ぼすスキルがあるだなんて考えたこともなかった。英雄は、本当に世界を壊してしまえる力を持っている。そんな強力な力を女神に授けられてしまっている。
『ずっとおかしいと思ってた。この世界は気候が温暖なのに、住んでいる人々がかなり少ない。たぶん、英雄のスキルのせいで人口が激減したんだ』
リーシャの父親は、飢饉による戦争を回避させるための英雄だったのだろう。
だが、その能力は強すぎた。
「村人は、よく無事だったな」
この世界の人間全てが、滅んでしまってもおかしくはない能力だった。
『病原菌には抵抗力を持つ人間が一定数はいる。村人は、そういう人々だったんだろう』
イバラとモニカ、二人はそんな英雄の娘を守ろうとしていた。
世界を今まさに壊そうとしている英雄の娘を二人で。
「シロ……この世界の英雄は殺すべきなんだよな」
リーシャは、このままでは世界を殺す。
だから、その前に殺さなければ。
『とりあえず、移動だ。イバラにはこちらの戦闘能力が高くないことが露見されているし、決死の覚悟で向ってくる可能性もある』
シロの言葉は、もっともだった。
俺は口笛を吹いて、馬を呼ぶ。
だが、筋肉質なユニコーンはやってこなかった。俺では呼べないのか、鎌の霧で死んでしまったかのどちらかなのだろう。
歩いて、俺はその場を離れる。
死神の鎌はさほど重くはないが、安定感がかける。あまり長いこと持ち歩きたいものではなかったが、仕方がないだろう。
歩きながら、俺はイバラとモニカのことを考えていた。
英雄を殺さないことを決めて、カミサマに離反した二人。
そして、その二人はこの世界の英雄を救おうと俺たちと敵対した。
だが、俺の倫理観は二人の行動をおかしいと思っていた。モニカもイバラも、殺すことを嫌がってカミサマから離反したはずだ。なのに、どうして俺たちとの戦いを望んだのか。
これではまるで、この世界の英雄を守りたいみたいだ。
世界を滅ぼすことしか出来ない英雄を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます