第19話新たな英雄殺し
俺は、音がしたほうに目を凝らす。
すでに夜の帳は落ちていて、光源は俺たちが囲む焚き火のみになっている。この明かりに誘われて、誰かがやってくる可能性は非常に高かった。
昼間の村人だったらどうしよう、という思いが俺の中に芽生えた。
シロは、音に気がついていない。
熱に侵食された体では、眠りは深くなるらしい。
「気配に気がつけるぐらいには、今度の英雄殺しは優秀らしいね」
響いたのは、俺と同じぐらいの少女の声である。
相手が少し焚き火に近づいたらしく、俺の目にも彼らの容貌がはっきりと見えた。一人は褐色の肌の少女で、さっき喋ったのは間違いなくこちらであろう。
俺と同じような服を着ているが、彼女のほうが随分と動きやすそうな格好に思えた。旅なれている雰囲気を感じる。
そして、少女の隣にはもう一人男がいた。
フードを深く被った人物だった。かなり身長が高いので、男なのだろう。からりと乾いた気候には不似合いな分厚い外套をまとっているせいで、表情も体格もよく分からない。
「お前たちは、誰だ?」
村人には見えない。
俺は、鞄のなかからナイフを取り出す。
「そんなちゃっちな武器じゃ、英雄だって殺せない。もう一人は……なんで、まだ寝てるんだ?」
褐色の少女は、首をかしげた。
俺は、シロを背で隠す。
「答えろ。お前たちは、誰なんだ?」
ぐっと、力を入れてナイフを握る。
俺にはたぶん、誰も殺せない。それでも、守れるぐらいの力はあるはずだ。
「私たちは、元英雄殺し。今は、カミサマの手を離れて自由にやってる」
こいつらが、シロが言っていたカミサマの元を離れた英雄殺しらしい。
まさか、この世界で、こんなに早く対面するとは思わなかった。どちらかといえば、カミサマから発見されることを恐れて、俺たちから逃げ回るものだと思っていたのだ。
「カミサマは、一度自由になってしまえば恐れる相手じゃない。相手は世界を生み出せるが、干渉は最低限という制約がある相手だからね」
少女は、カミサマの弱点を看破していた。
俺も思い始めていたことなのだが、カミサマは異世界に送り込んだ人間に対してできることがほとんどない。
俺に対して、もうなにも言ってこないのは「頼られても困る」という意思表示なのだろう。第一に、異世界に対して何かしらのことが出来たら、カミサマは自分でやりたかっただろう。そちらのほうが、確実だ。
「おっと、自己紹介がまだだったか。私は、ええっと……イバラでいいや」
褐色の少女は、明らかに森の中を一瞥してから自分の名を名乗った。おそらくは、本名ではないだろう。
「こっちは、モニカ」
イバラは、自分より大柄なフード男の背を叩く。
俺は思わず「嘘だ!」と叫んだ。
「モニカは女性名だろうが!そいつ、どう見ても男だろ!!」
「フードを取って、女の顔がでてきたらどうするよ!?」
イバラは、何故か怒鳴った。
俺も反抗するように大きな声が出る。
「そのときは土下座して謝る!」
イバラは「まぁ、男だけど」と言う。
俺のツッコミを返してほしい。
イバラからは、マイペースな匂いがした。
シロもマイペースなほうだが、アレは自己完結しているマイペースさだ。さらに言えばシロをマイペースだと思う俺が、彼の性能を把握しきれていないからそう思うところも大きいのだと思う。
イバラのマイペースは、シロのマイペースともまた違った感じがする。なんというか、一度引っかかったら抜け出せないようなマイペースさを感じる。
「それで……何のようなんだ」
イバラに毒気を抜かれた俺は、あきれるように彼に尋ねた。
「ああ、悪い。この世界の英雄を殺すのならば、君たちのほうを始末しようと思っただけだ」
なんてこともないように、イバラは言った。次の瞬間には、俺の頬に何かがかすめていた。矢だと理解した瞬間に、俺を白いものが覆った。
それは、シロの髪だった。
「シロ、お前……」
熱が下がっていない。
傷も治っていない。
だが、シロは俺を守るために髪を操る。
「今度の英雄殺しは、人間じゃないの?いや……文明が進んだ世界で生み出された、ぎりぎりのラインの人間ってところ?まったく、カミサマの貪欲さには頭が下がる。失敗したり、裏切られたりしたら、次々と新しい手段を探してくる。おっと」
白の髪が、イバラを殴ろうと拳の形を取る。
だが、イバラはそれを避けた。
「自己紹介もなしで、いきなり攻撃か……。ちょっと情緒が足りないよ」
「先にクロを攻撃した」
だからやり返した、といわんばかりのシロの口調。
「引退した英雄殺しには興味はない。立ち去れば、カミサマに密告もしない」
「私たちはあなたたちを潰しにきたんだよ、っと」
イバラは、シロの髪の毛を避けながらも弓矢を射る。
狙いは、明らかに俺だった。
「クロ、自分の後ろに」
シロの言うとおり、俺はシロの背に向って走ろうとした。
だが、その道を邪魔するものがいた。
モニカだ。
いつの間にか彼は、槍を手にしていた。
俺はナイフを構えるが、受けきれるとは思えなかった。シロは、モニカの槍から俺を守る。髪で作られた、防壁は彼の攻撃を通さない。
「その鉄壁の防御力。髪の毛の材質は何なんなのよって!」
イバラは軽口を叩きながらも、弓矢を射る手を休めない。
シロは俺を引き寄せると、髪の毛で俺と自分の体を包んだ。攻撃はできないが、最大の防御という形である。なぜ、この形態をとるのか。
それは、シロが激しく動けないからだ。
シロだって、このままやり過ごせるとは思っていないだろう。
なのに、彼は動かない。
熱と怪我で、戦っても負けると分かっているからだ。それでも、決定的なその瞬間を引き伸ばしたくて、シロは守りの姿勢にはいる。
「この世界の英雄を殺さないっていうのならば、私たちたちも攻撃を止める。取引しましょうよ」
声だけで、イバラが笑っているのが分かった。
勝負は、イバラたちの圧倒的有利に進んでいる。
時間が経てば、きっとシロはこの防御の体制も取れなくなる。
「クロ……自分を使って欲しい」
シロは、そういった。
「使うって、カミサマがお前を銃にしたみたいにか」
「この世界では、銃は無理だ。ただ、この世界に魔法とかそういうものが存在するならば、自分はそれを再現できるかもしれない」
この世界には魔物がいた。
魔法もあるかもしれない。
あれば、武器になったシロはそれを再現できる。
たしかに、それはこの場の打開策となるかもしれない。
だが、使い手は俺だ。
シロをちゃんと使えるのか自信はない。
「……止めた。これじゃ、苛めじゃんか」
イバラは、ぱちりと指を鳴らした。
さっきまでシロの髪の防壁を破ろうとしていたモニカも攻撃を止める。
「私たちは、誰も殺したくなくってカミサマの元を逃げ出してきたの。これじゃあ、元と変わりない」
イバラの言葉に、俺はどきりとする。
前の英雄殺しも、俺と同じ思いでいたらしい。
「そこの髪の毛の英雄殺し」
イバラは、シロを呼んだ。
「人間って言うのは、愚か者の集まり。英雄を一人殺したところで、何にも変わらない。私は、それを知ったからこそ英雄を助ける道を選んだ。あなたも来たらどう?」
シロは、自分と俺を包んでいた髪の毛を元に戻す。
そして、自分と同じ役割を担っていた少女を睨んだ。
「行けない」
行かないのではなくて、行けないとシロは言う。
イバラはその返答に、眉間に皺を寄せていた。
「そんなに英雄を殺したいの?」
「……違う。自分は、カミサマの元ではないと生きられない」
シロの言葉に、イバラは「ふーん」と呟いた。
そして、とても小さく呟いた。
「それって、自分が生き残りたいから他人を殺すってこと。サイテー。……モニカ、攻撃。殺したら、駄目だよ」
フードを被った長身の男が、ばんと地面を掌で叩いた。
その衝撃で、モニカのフードは取れた。
現れたのは、長身に相応しい厳しい男の顔であった。長く伸ばされた髪は青く、片目はつぶれてしまっている。だが、そのせいで俺なんか簡単に圧倒されそうな雰囲気をかもし出していた。
「クロっ!」
シロは、俺を弾き飛ばす。
次の瞬間、地中から現れた槍によってシロの胴体は貫かれていた。
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