第18話無力さを噛みしめて


日が暮れる前に、俺は薪を集めた。


 フィルはもう帰ってしまったが、食料と薬は置いていってくれた。だが、夜の寒さだけは火をたかなければしのげない。


 俺はがんばって薪を集めて、シロがやっていたように石をこすり合わせて火花を起こそうとした。……上手くいかない。


 何度も何度も擦り合わせるのに、火花なんて起きなかった。カミサマはシロが信用できないから、俺をシロの側につけた。


 だが、シロは一人で何でも出来る。

 逆に、俺は一人では何にも出来ない。病人の手当てですら、一人ではできなかった。


「クロ……」


 俺が火打石と悪戦苦闘している間に、シロは起き上がっていた。顔の赤みは多少は引いていたが、まだダルそうだった。


「起きて大丈夫か?」


「火をつけられないだろ」


 シロはそういって、俺へと手を伸ばす。


 俺は、その手に火打石を渡した。


「油断した……」


 シロは、ぼそりと呟く。


「あんなふうに発動するスキルがあるとは……知らなかったんだ」


「やっぱり、この世界にはシロは来たことがなかったのか」


 俺の呟きに、シロはうなずく。


「お前、自分のほかにも英雄殺しがいるかどうかとか知っているか?」


 俺の質問に、シロは火をつけながら答える。


「いるとは聞いたことある。会ったことはない……ただ、現在もまともな英雄殺しとして活動しているとは思えない」


 どういうことだ、と俺はシロにたずねた。


「カミサマは、前任者が役に立たなくなると新しい英雄殺しを作っていた。稀に、英雄と結託してカミサマから逃げ出す英雄殺しもいたらしい。自分の前任者が、そうだったと聞いた」


 その英雄殺しが今現在どのように暮らしているのかは、シロでも分からないらしい。


「リーシャの父親が英雄で、その父親の代に英雄殺しはやってきたらしい。リーシャは、村で毒血のスキルのせいで恐れられている」


 そして、フィルはその座からリーシャを退けようとしていた。


 俺たちを使って。


「後半は、珍しい話ではないな」


「そうなのか?」


「英雄のスキルは協力すぎるから、恐れられるというのは珍しいことじゃない」


 前の世界の英雄のスキルは排斥されなかったのが不思議なぐらいだ、とシロは続けた。


 紅お嬢様の世界の英雄は、異性に好意を抱かせるスキルだった。言葉だけきくとハーレムを作るぐらいしか能力がなさそうだが、その世界では法術は女性のみの能力だったために強力な軍隊を作っていた。


「この世界の英雄は死んでいるのに、俺たちはまだ殺さないといけないのか……」


 俺の言葉に、シロはうなずく。


「英雄本人が死んでも、持ち込んだ道具などが処分されていない場合もある。持ち込んだ技術がなにかの災いを呼び起こすこともある……今回はたぶんリーシャが原因になる」


 シロは、俺を見つめた。


 吐きだす息は、まだ熱い。


「リーシャのスキルは、薬によって軽減はできるが治らないらしい。……動けそうか?」


 この世界の薬は原始的で、シロの熱はさほど下がったようには思えなかった。


 たぶん、このままずっとこうだ。


「カミサマのサポートを何とか受けられないか?俺たちだけじゃ無理だ」


「クロ、カミサマを期待するな。前の国でのようなことは、もう絶対にない」


 シロいわく、あれは初心者へのサービスだったらしい。


 これからは、一切カミサマからの援助は期待できない。


「……とりあえず、自分は休む。誰かがきたら、また起こして」


「ちょっとまて、食べろ」


 俺はシロに、フィルにもらったパンと拾ってきた木の実を出した。フィルが持ってきたパンは病人には硬すぎたが、鍋も何もないから調理もできない。


 案の定、シロは飲み込みづらそうにパンをかじっていた。


「そういえば、お前ってわりと脂っこくて味の濃いものが好きだったよな」


 前の人格の話になってしまうが、シロは俺の家の定食屋でから揚げとかカレーとかそういうものばっかり注文していた。たまに魚系の定食も頼んでいたが、鯖の味噌煮とか味の濃いものばかりだった。


「あれだけ調味料を贅沢に使える環境は珍しいんだ」


 俺以上に、シロは調味料が恋しそうだった。


 きっと、俺も徐々にそうなっていくのだろう。


「そういえば、食べ物についても記憶があるだけなのか。……なぁ、何を食べたい。今度作れることがあれば、作ってやるから」


 シロは、火照った頬でアイスと答えた。


 切実に食べさせてやりたいが、なかなか厄介な注文である。とりあえず、冷凍庫がない限りは作れない。


「クロ、できるだけ自分の側には寄るな。これは女神のスキルによる病原菌だ。どういうふうに感染するかわからない。あと、後ろを向いててくれ。包帯も替える」


 なんの、と思わず聞き返しそうになった。


 だが、思い出してみればシロは熱のほかにも紅お嬢様に刺された傷もあったのだった。当然ながら、まだ完治していない。


「……お前、本当に大丈夫なのか?」


 包帯を替えるのを手伝おうと思ったが、俺は包帯をするような大怪我もしたことはなかった。だから、包帯を替えるという言葉は知っていてもどうやればいいのかまで知らない。


「もっと酷い怪我もした記録がある。完治はしないが、状態はよくなるんだ。だから、大丈夫。そっちこそ、自分の病原菌をもらわないように」


 シロは、俺に釘を刺す。


 今の自分よりも、俺のほうが圧倒的に荷物になると知っているからだ。


 それでも、何かしたくてシロのほうを振り向くともう彼は包帯を代え終わっていた。


 シロは、早々に横になる。


 なにかかけてやりたいが、この場には毛布などのものはない。せめて、火は絶やさないようにと俺は定期的に焚き火に薪を投げ入れた。このあたりの気候は温暖で乾いていたら、幸いなことに俺の川でぬらしたシャツももう乾いている。


 これならば、俺も風邪をひかないだろう。


 いや、感染経路がいまいち不明な病人が側にいるから安心もできないのだが。

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