第13話再びカミサマ
気がつけば、俺は真っ白な空間にいた
最初にカミサマと会話した空間である。俺の腕の中には相変わらずシロがいて、俺が「ここにいる」と気がついた瞬間にシロは俺の腕を振りほどいた。
そして、カミサマがいる場所まで小走りに走っていく。カミサマは、俺から数メートルほど離れた位置で椅子に悠々と座っていた。
「怪我をしたか」
カミサマは、犬でも可愛がるようにシロに手を伸ばした。シロは無言でカミサマにかしずき、その白い手を自分の頭に乗せてもらっていた。
「私はお前の傷を治せないが、痛みだけは消しておいてやるか」
カミサマの言葉に、シロの表情が若干和らぐ。
そういえば、シロは紅お嬢様に刺されたのだった。
今まで気がつかなかったのは、シロが思いのほか元気に動いていたからだ。
「クロ、シロを使わなかったんだな」
カミサマは、そういった。
だが、俺にはその言葉の意味もわからない。
「まだ、シロが懐いていなかっただけか。気難しい性格になったな」
その言葉に、シロはそっぽを向いた。
その様子に、カミサマは苦笑いする。
「……それより、カミサマ。赤はどうなったんだ?」
俺はカミサマに、紅お嬢様――ではなくて赤はどうなったのかをたずねた。
「赤と名乗った少年は、皇帝を殺した大悪党となった。家ともども潰される」
俺は宮殿に上がるために紅お嬢様に荷物を届けにきてくれた人々のことを思い出した。紅お嬢様の実家の使用人たちは、葬式のような顔をしていた。
きっと、彼らにはこの最後が分かっていたのであろう。犠牲になった聖女の敵を討つために、彼らは全部を失う覚悟でいたのである。
「……俺たちと出会わなければ、赤はあんなことにはたぶんならなかった」
市場で、絵師を探せなかった。
そこで俺たちと出会わなければ、彼は皇帝暗殺なんてできなかった。彼が父親――失墜した先代の皇帝から援助をもらえなかった理由も、彼の望みは失敗すると思われていたからであろう。だが、赤は俺たちに出会ってしまった。可愛そうなことに、俺たちと出会ってしまった。
「気に病むことはない。現地の人間が英雄を殺しても、結果は同じだ。世界は、死なない」
カミサマの言葉に、俺は拳を握った。
だが、俺が何かを言う前にカミサマは口を開く。
「だが、おまえたちがあの女装少年より先に英雄を殺していれば――あの赤という少年も助かった」
俺は、はっとする。
カミサマは、きっとこれが言いたかったに違いない。
「次は、ちゃんと英雄を殺せ。現地人を使用してもよいが、今回のように無関係な人物が死ぬかもしれないぞ。犠牲は、最小限がいいだろう?」
俺は、カミサマを睨む。
「誰かを……誰かをそんなに易々と殺せるものか!」
俺の怒鳴り声に反応したシロが、俺とカミサマの間に立つ。
それでも、俺は怒鳴っていた。
「あの世界の英雄がやっていたことは、気に入らない。自分は戦わないで、聖女に竜を退治させたことだってズルイと思う。それでも……殺すことはできない」
俺は、あの世界で紅お嬢様が引き起こした騒動で男にナイフを向けられたときのことを思い出していた。あのとき、俺は自分が死ぬと思った。
それでも、俺は他人を傷つけられないと思った。
理屈ではない。
相手を傷つけることは、俺にとって本当に怖いことなのだ。母や雪が死んだことに対しての怒りや復讐心を冷静にさせるほどに、俺は他人を殺すことが怖かった。
だって、殺す相手は母や妹と同じように生きていた人間なのだから。
「おまえは、自分の世界を壊した英雄相手でもそういうのか?」
カミサマの言葉に、俺は言葉を失った。
母と雪の顔が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えた。そして、最後に浮かんできたのは戦争に行って帰ってこなかった父親の顔だった。俺は、静かに息を吐いた。
「……それは、分からない」
俺の答えに、カミサマは眉を寄せる。
「そこまで、腰抜けか。シロ、もういい。こいつを処分しろ。もう、こいつの世界は滅んだ。どこかの世界に放り込んでも、英雄と同じようにいるだけで世界を殺す存在だ」
カミサマの言葉に、シロは動かなかった。
俺からは、うつむいているシロの顔は見えない。だが、紅お嬢様の世界であれほど自由に動いていた髪は、今は凪いだように静かであった。
その様子に、カミサマは舌打ちした。
「シロ――おまえは、また人を信じるのか!信じて、世界を殺すのか!!」
「違う!!」
カミサマの言葉に、シロは叫んだ。
聞いたことがないぐらいの大声に、俺もカミサマも思わず黙った。シロは顔を上げて、俺を睨みつける。その顔は険しい。
「自分は、前の人格じゃない。だから、人は信じない。世界は殺させない。クロのことも信じてないし、一人で出来る!!」
叫んだシロは、カミサマのほうを振り返る。
「制限を解いて欲しい。自分は、一人で英雄を殺せる」
「……お前は一度、裏切った。警戒するのは、当然だろう」
カミサマは、冷たい目でシロを見ていた。
シロは、唇を噛む。
それを見たカミサマは、満足したように笑んだ。
「その決心があれば、大丈夫か。いいだろう、お前への制限は外そう。さっきの世界でも、暴走してしまったことだし」
再び、カミサマはシロの手をやる。
シロの表情は、わずかに安らいだ。
「いい機会だ。クロ、教えてやろう。このシロは、本来ならばおまえの武器だ」
こちらにおいで、と先ほどとは打って変わって優しい声でカミサマはシロに語りかける。シロはカミサマに近づき、あきらめたように目を閉じた。
「シロは、その髪を自由に変えることができる生命体だ。そして私が彼をサポートすることによって「その世界の最高の攻撃力を超えない」だけの武器に変質できるようになっている」
カミサマの手が触れたシロの体が、ぐにゃりと歪む。
シロは髪を武器のように変えていたが、それが全身にまで及んでいた。
彼の人間だった体はあっという間になくなって、一丁の銃になっていた。
「驚いたか?もしも次に行く世界に核爆弾でもあれば、シロはそれにも変身できるぞ。さすがに爆弾系は、爆発後にすぐに私がシロを回収しないといけないがな。これが、私がシロにできる支援だ。普通の人間には出来ないことだが、人間であって人間ではないシロにはできたことだ」
もどれ、とカミサマは言った。
シロは人の姿に戻って、カミサマの隣に並び立つ。だが、彼の表情からは嫌悪がうかがえた。紅お嬢様の世界で一緒に過ごしていなければ見過ごしてしまいそうな薄い感情であったが、シロはカミサマの手による変質を確かに嫌がっていた。
「シロは武器だ。クロ、おまえの戦う意思には逆らえない。そして、私の世界を救うという願いからも逃れられなかった。今は、もう違うがな」
神様の言葉に、俺ははっとする。
シロは髪を使って攻撃したとき、ぼんやりしていた。あれはカミサマの願いに囚われていたからなのだろうか。カミサマの願いである「世界を殺さない」という願いがシロを武器にする。あのときのぼんやりとした表情は、ほとんどシロの自我がなかったからなのかもしれない。
「クロ、おまえが戦うことを選べばシロはサポートしてくれる。復讐を遂げるのに、こんなにも心強い味方はいないだろう。だから、殺せ。世界を殺さないために、英雄を殺せ」
カミサマの言葉に、俺はうなずくことが出来ない。
「おまえが了承しないならば、シロにおまえを殺させることになる。そして、シロの人格も消さなければならない」
「おい、シロは関係ないだろ」
カミサマは、首を振った。
「このシロは、おまえが使うように設定した人格だ。おまえの戦う意思に反応するように作られている。変更させるためには、今のシロの人格を殺すしかない」
その言葉に、シロはわずかに目を見開いた。
そして、次の瞬間にはぎゅっと目をつぶっていた。
――怖いのだろう。
殺されるのが怖くて、たまらないのだろう。
「……シロも殺すな」
俺は、声を絞り出す。
カミサマにとっては、シロは英雄を殺す武器なのかもしれない。だが、俺にとってはシロはただの絵描きだ。とても綺麗な絵を描ける、ただの人間だ。
「カミサマ……俺は英雄殺しになってやる。でも、俺が英雄殺しになるのは最後の手段だ。殺さない以外に方法がなければ、殺さない。もちろん、シロも殺させない」
俺の言葉を聞いていたシロは、恐る恐る目を開いた。
そして、俺のほうをじっと見ていた。
無言で、俺の決意を見つめていた。
「英雄は、必ず殺さなければならなくなるぞ」
カミサマは、俺に向って言う。
それでも、俺の決意は固かった。
「試すだけ、試したいんだ。シロ、こんな俺でいいのなら――こっちに来てくれ」
俺は、シロに向って手を伸ばした。
何にもない空間でのことだった。
その場にあったのは「英雄を殺さなければならない」という現実と「殺したくない」という俺の願い。そして、シロの意思だった。
シロは、ほんの少しだけカミサマのほうを見た。
彼女が自分に何もしないことを確認してから、おずおずと俺に手を伸ばす。伸ばされたシロの手は、俺よりの年上の男の手だった。
節だっていて、それでも繊細に細かった。武器ではなくて、絵を描くための指なのだと思った。
「自分の考えがいかに甘いかを次の世界で確かめてくるといい。さっきの世界は英雄のスキルも判明していたし、私の手助けもあったが、次からはそうはいかないぞ。次の世界の英雄のスキルの内容は、名前しか私も知らない」
毒血、とカミサマは言った。
それが、次の世界を壊す英雄の能力らしい。
「さぁ、次の世界に行け。そして、英雄を殺して来い!」
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