第11話シロの暴走


 人間ではない人間、という言葉に俺は唖然としていた。


「ロボットか?」


『君が知っている言葉では、生態兵器という言葉が近いだろうな。土台は人間の遺伝子だが、他の人間とは違い――人の手がかかりすぎている。アレはもう、人間とは呼べない』


 カミサマの言葉を証明するかのように、シロは思う存分に人外の力を振るう。


 シロの白い髪は、彼が思ったとおりに形を変えて盾となり、ときには編まれて槍のような凶器となった。


「皇帝陛下!」


 皇帝の近くにいた女が皇帝の前に立ち、その身を盾にする。皇帝は逃げるために、螺旋階段の上へと走っていった。


 シロの三つ網は伸びて、女の扇に突き刺さろうとしていた。だが、その前にシロの三つ網が燃え上がる。前にも見た、炎の法術だ。


「ちょっと、なにやってるのよ!!」


 紅お嬢様の声が響くが、正直な俺にもどうなっているのかわからない。


「分からない。シロ!なにをやっているんだ!!」


 俺はシロを止めようとしたが、彼は俺の手をすり抜けて跳ぶ。


 何十人もの人々を飛び越えて、あるいは人々の頭を足蹴りして、真っ直ぐに皇帝のところまで跳ぼうとする。その間にも、何度も炎の法術がシロの髪を燃やそうとした。


 シロは燃える三つ網を解いて、鳥の翼のようにばさりとやった。


 それだけで、シロは髪に引火した炎を消す。髪は炭素だから、本来ならばとても燃えやすい素材のはずだ。なのに、シロの髪はほとんど燃えなかった。


「蒼!不審者はお前に任せる。後の者は、愛人候補たちの避難を!!」


 皇帝に代わり、誰かが近衛兵たちに命令する。女ばかりの近衛兵たちは、その言葉に従って集まった愛人候補を逃がしたり、シロを倒そうとしたりしていた。


 女の法術使いはシロに向って炎を噴射し、シロは髪を盾のように薄く伸ばしてそれを防いだ。そして、髪で女の扇子を振り払った。


「カミサマ!シロが暴走した。現場は、大パニックだ」


 愛人を選びために集められた人々は、我先に逃げようとして俺は踏み潰されないようにするだけで精一杯だった。


『違う。暴走じゃない。あいつは英雄を殺せるときに殺すように仕掛けをした。今が、そのベストタイミングだったっていうだけだ』


「旗から見れば、大暴走だ!」


 どうやら、シロは英雄を殺せると思えば殺人のために動くらしい。


 今度行動を共にするならば、これを何とかしないと不味いことになりそうだ。


 シロは炎を操る女の扇子を跳ね除けて遠くにやってしまうと、彼女を髪で壁を殴りつける。そして、わずかにへこんだ部分に髪を引っ掛けて(もう彼の髪は手の指のように動いていた)上へとあがる。螺旋階段も使わず

に、シロの体は浮かび上がっていた。


「あいつ、やりたい放題じゃないか!」


 シロは皇帝を殺そうと、変形させた髪の毛で彼を襲っている。


だが、皇帝を守るのは法術を使う女たちだ。水やら氷やら俺にはよくわからない魔法的な力を使って、シロの行動を阻害しようとしている。


 だが、シロはなれた様子でそれを防いだり、かわしたりしていた。というよりも、シロの動きがトリッキーすぎて女たちの狙いが定まらない。


 この世界の敵は、竜だったという。


 もしも、彼女たちが竜だけしか相手にしていないというならばシロのような小さな目標を狙うのは苦手なのかもしれない。


「だとしても無茶苦茶すぎだ。あいつはちゃんと勝算があるのか!?」


『そんなのないに決まっている』


 混乱のなかで、カミサマの声が聞こえた。

 たぶん、カミサマの声は俺の脳にダイレクトに響いているのだろう。大混乱のなかでも、カミサマの声だけは普段と変わらない音量だ。


『殺せるという算段が整えば動くようにしている。勝負がつくかどうかは、考えていない』


「意味が分からん!!」


 とりあえず、シロを止めなければ。


「シロ、もう止めろ!!」


 飛び回るシロに、俺は叫ぶ。


 カミサマの言葉通りならば、俺のほうがシロよりも発言権が強いはずだ。だが、シロは俺のほうを一瞥しただけで動きを止めようとはしなかった。


「シロ、いいから言うことを聞け!!」


『駄目だ。新しくはしたが、あいつも人格を持っている。つまり、自己での判断が可能だ。おまえに従うことに利があると思わせないと、あいつはこっちについてこないぞ』


 そんなの聞いていない、と俺は怒鳴りそうになった。


 だが、考えて見ればあいつの第一目標は「英雄を殺す」ことなのだ。殺せるかどうかで思い悩んでいるような俺とは違うのである。だから、あいつは俺に従わない。


「シロ、作戦がある。戻れ!」


 とりあえず、シロを手元に戻さなければ。

 そう思っての呼びかけだが、シロは俺のほうには帰ってこない。


『あれは、馬鹿じゃない。嘘だと思う命令には従わない。何より、今のお前には戦う意思がない』


「くそっ」


「ちょっと!」


 俺の背後で、紅お嬢様の声がした。

「なに、無茶苦茶をやってるのよ。これは、どういう騒ぎ!!」


 紅お嬢様の言葉に、俺は答えられない。


 シロの暴れ方がさっきより激しくなっていて、宮廷の壁は崩れ始めている。愛人候補のほとんどが逃げ出しており、皇帝も逃げ出していて、ここにいるのは俺たちと皇帝の守る人間しかいないようだった。


「ちょっと、シロをどうにかしてくる。お嬢様は……とりあえず避難しろ!」


 俺は、シロを追いかけようとした。シロは、そのまま壁に髪を引っ掛けて上へとよじ上る。そして、天井を破って外へと出た。俺は唖然として、足を止めてしまった。


『なるほど、天井は強度が弱かったか』


「カミサマ、感心してるぐらいなら手伝え!」


 シロは外に出て行ったが、彼の目的は皇帝の暗殺だ。


 絶対に、何かやる。


「あいつには、皇帝の追跡装置でもついてるのか!」


『そんな便利なものはつけていない』


「まさか……」


 俺は「逃げろ!」と叫んだ。


 俺の予測が確かならば、おそらくはシロはこの空間にいる人間をより効率的に動けなくするつもりだ。


なにせ、この場所には皇帝を守る近衛がそろっている。そして、近衛兵たちはそろいもそろって一階に集まっていた。


たぶん、遠距離攻撃に自信があったからだろう。誰一人として、螺旋階段を上がってシロを追いかけることはしなかった。


「お嬢様、頭を低くして」


「なにがっ!!」


 俺はお嬢様を庇いつつ、できるだけ壁側に避難した。


 俺の言葉を信じないあるいは聞いていない近衛たちは、部屋の真ん中にいた。天井に空いた穴から、日光が散々と降り注ぐ。その日光が、翳った。


 シロである。


 自由意志で動く髪で自分に向かってくる法術を防ぎつつ、上から落ちてくる。


 シロの髪がどれほどの強度かは正しくは分からないが、あいつは宮殿の壁を殴って壁をへこませている。つまり、この世界の最高強度の壁よりもシロの髪は硬いのである。


「シロ! 止めろ!!」


 俺は叫んだが、シロは止まれない。


 彼は、ただ落ちてきた。


 全身を白い髪を広げて、空から降ってきた。


 重力を全身に受けて味方につけ、ただ落ちてくる。


 シロが落ちた距離は、俺がいた世界のビル三階分といったところ。そこから、人の重さのものが落ちてくる。それは俺が想像するよりも、ずっと大きな破壊力を持つ兵器であった


 ――どん。


 と音が響いた。


 飛び散る土誇りから、俺は紅お嬢様を守る。そして、それらが収まって顔を上げると、髪を天使の翼のように広げたシロがいた。


その髪の下には、皇帝の近衛たちが下敷きになっている。シロ本人は広げた髪を先に着地させたことで、ダメージを軽減したらしい。それでも、多少の衝撃は受けたようだ。


 彼は意思さえも持ったかのように動く髪を、元の状態に戻す。


 今の攻撃で、四人。


 女ばかりとはいえ、法術という圧倒的な攻撃手段を持つ相手を四人も文字通り叩き潰した。シロは埃まみれになって、少しばかり目を回して呆けてはいたがほとんどダメージらしいダメージはない。


「シロ!」


 俺は、彼のところまで駆け寄った。


 シロは、息さえも切らしていなかった。四人を先頭不能にした後だというのに、彼はもう誰も見ていなかった。自分の殺すべき、英雄だけを視線で探している。


 その視線は、どこかぼんやりとしていた。


 今までのシロは、ずっと自分の芯を持っていた。けれども、髪を使って攻撃するときのシロはぼんやりしていて、誰かに操られたがっているみたいだった。


 そんなシロと視線が合う。


 俺は、どきりとした。


 シロに求められた、と思ったのだ。


 今の俺ではなくて、戦う意志のある俺がシロに求められていると思ったのだ。


だが、俺には相変わらず戦う意思なんてものはなかった。だから、シロの瞳から俺は目をそらした。


「おまえ……何者なんだよ」


 俺は、彼に対して無意味なことを聞いた。

 あまりに無意味なことなのに、シロは表情も変えずに俺に口を開いた。


「英雄殺し」


 何百人も、何千人も、人類を救った英雄を殺して――世界を救う存在。


 シロは、まぎれもなくソレだった。


 シロは、歩き始める。


「おい、ちょっと待て!」


「駄目だ。まだ、英雄を殺していない」


 声は荒々しく、だが瞳は夢見るようにぼんやりと。


 そんなシロに、俺も紅お嬢様もついていく。


「シロ!あなたは皇帝を殺す気なの!!」


 お嬢様の言葉に、シロはぼんやりとした顔でうなずく。


「それが、自分の役割」


「許さない……」


 紅お嬢様は、ぽんと鞠が弾むように跳ねた。跳ねて、歩き出そうとしていたシロを背中に飛びついた。


ぐらり、とシロの体を仰向けに揺らぐ。一拍おいて、俺はシロが仰向けに倒れる途中であることに気がついた。


「シロ!」


 俺は、シロを抱きとめる。


 ばさり、とシロは俺の中に落ちてくる。長い髪に衣のたっぷりとした布が、シロを本体以上に重く感じさせた。ぬるり、としたものが俺の腕のなかに滴り落ちる。


 その液体は、赤かった。


 ――血だ。

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