第8話とある英雄の人形劇
「さぁ、皆さん! 集まって、集まって。人形劇が始まるよ!!」
派手な格好をした男が、子供たちに呼びかける。
何かしらの子供相手の商売が始まるらしい。
思ったとおり簡素な舞台では人形劇の人形が、客となる子供たちを呼び込んでいた。どうやら、昔の紙芝居スタイルで商売しているらしく、劇の観劇の条件は菓子を購入することだった。
俺は紅お嬢様からもらった金を確認し、一番安い菓子を購入する。まさか、あの紅お嬢様も絵の具代をぎりぎりの金を渡すことはないだろうと思ったのだ。
大人の見物人は俺だけになるかと思ったが、子連れの親も結構いたために目立つことはなかった。
「さぁさぁ、今も語られる十年前の竜退治。この国は、悪竜の被害におびえて暮らしていた。そんな闇夜をぴっかぴかに照らしてくれたのが、現皇帝様よ」
派手な着物を着込んだ男は司会らしく、テンポのよい口調で話しを始める。
「現皇帝様は、先代皇帝の近衛を引き連れて民衆のために悪竜退治に乗り出した。だが、しかし!」
黒子たちが、皇帝と思われる人形と近衛兵と思われる人形を操る。だが、皇帝の人形は本物よりも圧倒的に美形だった。どうやら、俺の美的感覚はこの世界でも通じるものらしい。あの皇帝は、やっぱり不細工だ。
「とう、とう!えい、えい!どんな法術も剣も悪竜の鱗の前では、役に立たない。それも、そのはず。竜は先代皇帝との契約により「先代皇帝の血でしかしなない、体」だった!!」
白い衣をまとった女性の人形が登場する。
他の人形とは違い厳かな雰囲気で、彼女が物語のヒロインであるようだった。
「皇帝の側にずっと付き添ってきた、月という女性。実は先代皇帝の悪巧みを見抜き、父に背いて身分を隠し、皇帝様の味方となっていた――その先代皇帝の悪巧みとは!!」
人形全員が一度退場し、色鮮やかな傘を持った人々がくるくると傘を舞台の上で回し始めた。
どうやら、場面が変わったという表現らしい。
彼らが退場すると、また別の人形が現れる。黒い衣をまとったいかにも悪役といった人形が、先代の皇帝らしい。
そして、隣に現れるのはさっきも登場していた巨大な竜の人形である。
司会の男が声を張り上げる。どうやら、人形の台詞も彼が言うスタイルらしい。
「竜よ。ワシと契約し、ワシの血統以外では傷つかぬ体をやろう!」
「悪しき皇帝よ。なぜ、我との契約を望む!」
「敵国の戦争に勝つため!」
どっどん、と太鼓が鳴り響く。
まがまがしい音と共に竜の人形が舞い踊り、どうやら敵国の兵士らしき人形が次々と倒れていった。そして、一人になった舞台で竜は叫ぶ。
「足りぬ!暴れ、足りぬ」
竜は空中へと舞い上がり、とぐろを巻いていた。
それに向かって、先代皇帝の人形は呟く。
「ワシではもう竜を止められぬ。誰か……誰か」
「……お父様」
それをこっそり見ていたのは、月という名前の女性の人形である。
人形たちはそれぞれ退場して、再び舞台にはくるくると回転する傘が現れる。
そして、次の場面。
「竜よ。私を食べなさい!そして、この世界に平穏を!!」
竜の前に立つ、月。
聖女のような振る舞いの彼女を、竜はかみ殺す。
途端に竜は苦しみ始め、皇帝の人形が竜に剣をつきたてた。
どどん、と太鼓が鳴った。
割れんばかりの拍手が起こって、これで劇は終了なのだと分かった。
きっと本当の物語はもっと複雑なのだろうが、これは子供用にアレンジしたものだろう。だいぶ話を端折っていたので分かりづらいが、とりあえず皇帝は先代皇帝と悪巧みをしていた竜を殺して英雄になったということで間違いないらしい。
これが、俺が殺す相手なのか。
世界を救って、こんなふうに物語になって、エロいけど、こんなふうに皆に慕われている人間を殺せるのだろうか。
『殺せ。殺さなければ、この世界の人間は全部死ぬ』
「……カミサマ」
俺は、画材を買うために歩き出す。
すれ違った人々は大規模な祭りに浮かれていて、俺だけが沈んだ顔をしている。
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