紅お嬢様の世界

第4話異世界道中はドロップキックから

 次の瞬間、俺は見たことがない場所にいた。


 といっても、さっきいたようなひたすらに白い空間ではない。


それと真逆の雑多な雰囲気で、祭りのときのように露店ばかりが集まっている。でも、売っているものは魚や野菜といった食材ばかりだったので祭りの露店というよりは青空市場というべきなのかもしれない。


「安いよ、安いよ。子持ちの魚が安いよ!」


「奥さん、野菜も買って。子供には、しっかり野菜を食べさせないと」


 客が多いせいか、店主たちは声を張り上げる。


 その賑わいに、俺は圧倒されていた。


 俺の世界でも祭りなどでは賑やかに過ごすことがあったが、それ以上の力強さを感じる。「生きている」その三文字を各々が力強く体言しているような市場であった。人間が生きている熱気に、俺は完全にあてられていた。


「おい、兄ちゃん。首都は初めてか?」


 呆然としていると、いかつい男が俺に話しかけてくる。


 俺よりも身長は高く、がっしりとした筋肉に覆われていた。着ているものは粗悪そうな布の着物とズボンを組み合わせたもので、髪型は男なのにお団子ヘアーである。悪い人間だったらどうしようと思いつつ「はい」と、あたりさわりのない返事を返す。


「俺と一緒だな。俺は西の村からやってきたもんだ。本当は親父が米を売りにくる予定だったんだけどよ。皇帝の愛人選び祭りが一目見たくて、親父に代わってきちまったんだ。それにしても、この人だかり。やっぱり、首都はスゲーぜ」


 男はひとしきり騒ぐと、どこかに行ってしまった。


 あの男はどうやらおのぼりさんで、同類だと思った俺に話しかけただけらしい。


 ともあれ、男と話したことで俺も少し落ち着いた。改めて、俺は周囲を観察する。この世界の人々は基本的に着物とズボンを組み合わせたものを着ており、髪型は男女共に一つまとめのお団子ヘアーであるらしい。


 ただし、女性のほうは簪でおしゃれをすることもあるようだ。服装から察するに、なんとなく古代中国っぽい。古代中国のことをあまり知らないので、なんとなくのイメージなのだが。


「あっ、服」


 俺はあわてて、自分の着ているものを確認した。定食屋で働いていたときのままの格好であったら、この世界ではひどく目立つはずだ。


 だが、俺の服はこの町に溶け込める格好に変わっていた。


 さっき話しかけてきた男ほど粗悪な服ではないが、それでも編み目の粗い布が使用されていて風を良く通す。


ここでは人々の熱気がたまっているせいで涼しくて快適なのだが、日陰に行くと寒いかもしれない。


 これは、カミサマからのサービスなのだろうか。


 とりあえず、不審者として捕まらなかったことに感謝した。


「あのカミサマの話だと、俺はこの世界とは別の世界からやってきた英雄を殺すんだよな」


 今更ながら、殺すという言葉を重々しく感じる。


 俺にそんなことができるだろうか、という不安と殺人なんてものを犯しても良いのだろうかという疑問がわきあがる。


そして――。


「この世界の英雄って、どこにいるんだ?」


 ノーヒントで放り出されたので、右に英雄がいるのか左に英雄がいるのかも分からない。


というか、前を英雄が歩いていても分からない。あのカミサマは色々と説明したが、思い返させばその説明も俺をあおるための説明しかしてない。


……なんというか、あとになって思うとカミサマというより詐欺師っぽかった。


「ちょっと、話が違うじゃない!」


 雑踏の中で、少女の甲高い声が響く。


 俺は、声がするほうへと行ってみた。そこでは少女と男が怒鳴りあっていて、俺のように少女の声を聞きつけた人々が、彼らを囲んで事の成り行きを見守るために輪を作っている。


「私は絵師を紹介してって言ったのよ。なのに前金だけ受け取って、見つかりませんでしたってどういうことよ!!」


 騒ぐ少女は、十三歳ぐらいの年齢だった。


 道行く人々と違って、かなり華やかな格好をしている。どうやら、この世界では布を染めるということが贅沢の表れのようだ。


服がぼろぼろの人は白に程近い服を着ていて、服が立派になるほど色も濃くなっていく。ちなみに俺が着ているのは、薄い青色だ。


 少女が着ているのは、緑色の服であった。


それもきめ細かく編まれた布をたっぷりと使っていて、いかにも高価そうである。きっと、身分はお嬢様だろう。この世界に知識がほとんどない俺だが、そんなことを思うぐらいの格好であった。


「うるせーな。だいたい、この愛人祭りの時期に絵師なんて見つかるわけがないだろうが。ド下手な絵師にだって、仕事が舞い込む季節だぜ」


 男は、布袋をじゃらりと言わせる。どうやら、その布袋に入っているのが、お嬢様から受け取った前金らしい。男は、その場から立ち去ろうとした。


「待ちなさい!!」


 お嬢様は、叫ぶ。


 そして、自分の倍はありそうな大男にドロップキックを食らわせた。


「え……」


 俺と同様、それを見ていた人々は唖然とする。


 高価な服を着たお嬢様のドロップキックは、俺たち庶民の理解を超えていた。


「お金だけ巻き上げようとするなんて、本当にサイテーね!商売人ならば、商品が手に入らないであきらめんじゃないわよ。せめて、代理の商品をよこしなさい!!」


 お嬢様の啖呵に、露天商を営んでいると思われる人々が「そうだ!そうだ!」と同調し始める。どうやら、商売人のプライドを刺激されたらしい。


やがて、その熱量は主婦を中心とした買い物客へも流れていき、あたりはお嬢様に前金を返さない男を責める空気一色になった。


 でも――男が返さないのはあくまで前金だよな。


 個人的に失敗しても、前金であれば返さないのが普通だと思うのだが……。男の態度には問題があっただろうが、周囲を巻き込んでまで男から前金を取り返そうとする少女の執念にも恐るべきものがあるような気がする。


「ほら、私のほうが圧倒的に正しいわよ。さっさとお金を返しなさい!」


 お嬢様は、胸を張って男に片手を突きつける。


 周囲の人間を味方につけたせいか、その笑顔は得意げであった。


「てめぇ。むちゃくちゃな仕事を押し付けやがった挙句に、前金返せはねぇだろうが!!」


 お嬢様のえらそうな態度に、男は怒鳴った。


 そして、腰からナイフのようなものを取り出す。俺が知っているナイフは刃が真っ直ぐだが、男が取り出したナイフは刃が上に向かって大きく反っていた。


 俺は、それに戸惑う。


 どうして、そんなものを意図も簡単に振り回せるのだろうかと思った。ナイフというのは、よく切れる。場合によっては、人も殺せる。なのに、男は当たり前のようにナイフを取り出す。


「言葉を撤回しないと怪我をするぜ」


 生まれて初めて、俺は人に向けられる刃物を見た。


 それは、人を傷つけてしまえる武器だった。


 ごくり、と俺は生唾を飲み込む。


 俺はこれから、カミサマの言葉に従って英雄を殺しに行く。けれども、俺には男のように人間に武器を向ける勇気があるだろうか。答えは、決まっている。


 ――たぶん、そんな勇気はない。


 俺には、人を傷つけることも殺すこともできない。


「どんな脅しなんて、怖くないんだからね!さっさと前金を返しなさい!!」


 お嬢様は、男のナイフなんて見えていないかのように反論する。


 男は、お嬢様に向かって直進した。


 だが、お嬢様はそれをひらりと避けた。勢いあまった男は、そのまま前に突き進んで――って俺に当たる!


 俺はとっさに両腕をクロスさせて身を守ろうとしたが、男のナイフが俺にあたる前に襤褸布を頭から被った人物が俺と男の間に入った。そいつは勢いが止まらない男の頭を掴んで、そのまま地面に叩きつける。


俺は、唖然とするしかなかった。


 周囲の人々も、突然現れた襤褸布人間に圧倒されている。


「なっ、なによ。いきなり出てきて、私の交渉を邪魔してるんじゃないわよ」


 ただし、お嬢様だけは違った。


 襤褸布人間に掴みかかって、ぎゃあぎゃあと騒いでいる。


 一方で、地面に叩きつけられた男はこれ幸いにコソコソと逃げようとしている。俺は自分の足元に転がっていたナイフを拾った。


「……」


「……」


 男と目があった。


 男は「それはやるから、黙っていてくれ」と目で訴えていた。俺もお嬢様に絡まれ襤褸布に叩きつけられた男には多少同情していたので、無言でうなずいた。男は逃げていったが、お嬢様の興奮は冷めない。


「ちょっと話を聞いてるの。というか、その布も失礼だから取りなさい!」


 お嬢様は、襤褸布人間が被っている襤褸布を剥ぎ取った。


 現れたのは、結っていない白い髪だった。


 うっかり漂白剤に漬け込んで色を抜いてしまったかのような色合いの髪に、周囲の人々はざわつく。そういえば、ここらの人々は黒髪に黒目がスタンダードな容姿らしい。


 たまに茶髪も混ざるけど、西洋ファンタジーに良く出るような赤毛や金髪はいない。思えば、それも俺がここを古代中国っぽく感じている要素の一つだ。


「なによ、その髪。なにかに呪われたの?」


 お嬢様の何も飾らない質問に、白い髪の人間はぽつりと呟いた。


 風で、白い髪が舞い上がる。


「神罰が」


 聞き覚えのある声だった。


 そして、その声が低くて驚いた。てっきり高身長な女性だと思っていたのだが、白い髪の人間は男だったらしい。


そういえば、この世界の男女は皆そろってお団子ヘアーだ。解けば、男も女も同じぐらいの髪の長さか。


「神罰って、どういうことよ!ちょっと、あなた露骨に私から興味を失ったような顔をするのを止めなさい!!」


 お嬢様はそう怒鳴るが、残念ながら俺からは白い髪の男の「お嬢様に露骨に興味を失った顔」は見えない。俺が、白い髪の男の背面に立っているせいである。


 まぁ、見えたら見えたで面白いが、別に移動してまで見たいものではない。それより、騒ぎが一段落したから今後はどうするかを考えないといけない。


英雄を殺したくない俺は、カミサマの道具にはなりえない。この世界で生きていく術を考えるべきなのかもしれない。


「ようやく、発見した」


 考え込んでいた俺に、声がふってくる。


 気がつけば、白い髪の男が俺を見下ろしていた。


 見覚えのある顔だった。有名人の誰かに似ているのではなくて、俺はこの人と知り合いだったと確証が持てる顔だ。でも、誰だかは思い出せない。


「……おまえ、どっかで俺とあったか?」


 俺より身長が高い白い髪の男は、鋭い目つきをしていた。周囲を警戒しているせいなのか俺を目が合ったのは一瞬で、彼はすぐに周囲に気をやっている。それでも、彼は俺の質問に答える。


「それはおそらく、前の自分だ。今の自分は、お前を知らない。いや、記録上は知っている」


 男の不可解な言葉に、俺は首をかしげる。


 そして、あっと声を上げた。


「……もしかして、カミサマの関係者か?」


 それしか考えられない。


 あのカミサマは、俺に味方をつけると言っていた。


 彼が、俺の味方なのだろうか。


『やっと、そこに行き着いたか』


 頭の中で、女の声が響く。


 カミサマだ。


『今回は初回特別サービスということで、私がアドバイザーとして見守っていてあげよう。そして、そいつは私の手ごまだ。名前は――そうだな、シロでいい』


 明らかに、今思いついたような名前である。


 犬っぽく、そして見事なまでに見たまんまの名前だ。というか、最近の犬はもっと凝った名前をしているほうが多い。


「おまえ、シロって名前らしいぞ。いいのか?」


 たずねるとシロという名前になった男は、うなずいた。


 何事にも頓着しないタイプなのか、はたまた異世界に来るたびにカミサマが適当に名前を与えていたのか。どちらかなのかは、判別できない。


「ちょっと!あんたらのせいで、あの男が消えているじゃない!!」


 お嬢様の怒りが、俺にまで向いた。


 きっとシロの知り合いだと知ったからなのだろう。こちらはお嬢様のせいで怪我をしかけているのだが、それを言ったらまたややこしくなりそうだ。


「私の邪魔をするなんて、あんたたち名前は!」


「俺は……」


 九朗と答えようとした、カミサマがそれを止めた。


『クロと名乗れ』


 俺は、顔をしかめる。


 だが、カミサマは俺の感情などには気にも留めないで口を開いた。


『九朗という名前は、あまりにもあの世界的すぎる。それよりは、どこででも通じる色の名前のほうが便利だ』


 たしかに、俺の名前はここでは珍しいだろう。


 それをきっかけに怪しまれても困る。


「俺はクロだ」


 カミサマの思惑通り、俺は名乗った。


「ふぅん、シロとクロね」


 お嬢様は、しげしげと俺たちを見つめる。


「あなたたち、兄弟なの?それにしては似てないわね」


『返答はおまかせしよう。だたし、兄弟ではない場合は知り合った理由まで話せることがベターだ』


 カミサマのアドバイスは、アドバイスしているように見せかけて自分の言うことを聞かせようとしている感じだった。内容に関しては、反論できないが。


「そう、片親が違う兄弟」


 自棄になって、俺は設定を付け足した。


 片親が違うのならば、似ていない理由にもなるであろう。


「そうなのね。私は絵師を探しているの。あなたたちが絵師を探し出せたら、男を逃がした件は不問にしてあげてもいいわよ」


 お嬢様の高慢そうな態度に、俺はイラっとした。俺の世界だったら間違いなくクレーマーとか言われそうなタイプだ。


「この時期、絵師を確保するのは無理だ」


 シロが、口を開く。


「おい……」


『任せておけ、シロにはこの世界の基本的な情報をインストールさせている』


 インストールって機械かよ。


 俺の内心を、カミサマは読んだ。


『そうだ、アレは人間ではない。私が人間に作らせた』


 それを早く言え。


 というか、英雄殺しなんてシロ一人でいいじゃないか。


『駄目だ。アレにはすでに、私を裏切った実績がある。罰として人格は奪い取ってやったが、一人で行動させるのは不安だ』


 なるほど、それで俺をお目付け役として俺を採用したわけらしい。


『その通りだ。そして、お前が主導権を握れるように調整もしている』


 カミサマの一言は気になったが、とりあえずシロは俺の言うことは聞くようだ。ナイフを持った男を地面に叩きつけていたから腕っ節も強いだろうし、ボディーガードとして考えればよいのだろう。


「ちょっと、あんたは私の話を聞いてるの!」


 カミサマとの話に夢中になって、俺はお嬢様のことをすっかり忘れていた。


 どうやら、彼女は絵師を探しているらしい。だが、シロの話によるとこの時期に絵師を雇うのは難しいそうだ。


「私は皇帝の愛人になるのよ。今から、媚を売るのが得ってものよ」


 少女の言葉が理解できず、俺はシロのほうを伺い見る。


 俺よりも彼の方が、圧倒的に事情を知っていそうだ。


 すると、なぜかお嬢様は憤慨した。


「あなた!まさか、愛人祭りも知らないの!!」


 そういえば、この世界で最初に話しかけてきた男がそんなことをいっていたよう気もする。


「まったく、どんな田舎から来たのよ。いいわ、教えてあげる。皇帝は、この時期になると国中の娘の姿絵を集めるのよ。そして、そのなかから一人愛人を選ぶの。それが、愛人祭りよ」


 つまり、この世界の皇帝は一年に一人ずつ愛人を増やしていることになる。


 ――なんだ、その最低なエロ皇帝。


 お嬢様の説明によるのならば、姿絵による選出は一次試験。


 二次試験以降は、後宮で行われるらしい。

 つまり、姿絵は企業に履歴書を送るようなものだ。花嫁祭りは女の身分を問わずに皇帝の愛人なれるチャンスなので、この時期は金持ちも貧乏人もこぞって絵師に自分の姿絵を描かせる。絵師不足は、それが原因らしい。


「お父様は私にはまだ早いって言ってけど、私は今の自分こそ最適だと思うわ。だから、絶対に愛人に選ばれる」


 えっへん、とお嬢様は胸を張る。


 お嬢様は外見から察するに十三歳ぐらいで、この年頃の娘が「皇帝の愛人になりたい」と言い出したら俺でも大反対するだろう。


「……家の力で絵師を雇えないから、こんなところまできたのか」


 ぼそり、とシロは呟く。


 お嬢様が、青空市場でうろうろしていた理由は理解できた。


 だが、理解できたところで俺たちは何も出来ない。この世界に住んでいる奴が、暇な絵師を探し出せなかったのだ。この世界滞在暦数十分の俺たちが、それを探し出せるとはとても思えなかった。


「俺たちには手におえない仕事だ。悪いな、また今度」


 俺は逃げようとしたが、お嬢様が俺の袖を掴んでいた。


 このお嬢様、見かけによらずに力が強い。


「にーがーさーなーいーわーよ!!私の商談を台無しにしたんだから、責任を取りなさい!」


 地獄の底から響いてくるような声だった。


 お嬢様がそれでよいのかよ、と俺は内心ツッコむ。


「これは、嫌がる相手を無理やり自分のものにしようとしているから……害があるという状態なのか?」


 シロは、シロでぶつぶつと言っている。


 役に立たないなと思っていたら、彼は人ごみを掻き分けて魚を売っていた店の前まで行っていた。そして、樽を「よっこいしょ」と言いながら担ぎ上げる。


 人々は、その光景に驚いた。


 シロは、お嬢様に雇われていた男や俺に最初に話しかけてきた男よりもほっそりとしている。身長だけなら大男と呼ばれてもいいぐらいだが、折れそうに見えるほど厚みが足りない。


そんなシロが片手で樽を持ち上げて、すたすたとこちらに向かってくるのだから普通は驚く。


「ええっと……」


 それ、どうするつもりですか?


 俺は、そう聞きたかった。


 だが、俺が質問する前にシロは深呼吸をした。


「害なすものは、消えろ」


 呪文風に厳かに唱えてはいたが、撃退方法は物理だった。しかも、俺も巻き込まれてもかまわないとでも言いたげに大雑把に樽を投げたのである。


 俺はお嬢様を抱き寄せて、一緒に路上に転がった。樽は地面に叩きつけられて、大量の青魚が道に飛び散った。


 ……中身、入ってたのかよ。


「なによ、あいつ」


 お嬢様は、そう呟いたが俺ももう一度カミサマに聞きたい。


 あれは、本当に俺の味方なのか?


『ふむ、どうも記録と経験の齟齬が出ているようだな。まぁ、いずれ解消する問題だから大目に見てくれ』


「大目に見る前に、俺が死ぬわ!!」


 俺が叫ぶと、急に人々の視線が俺に集まった。


 カミサマの声は俺以外には聞こえないから、俺が大声で独り言を言ったように見えたのだろう。


「こらぁ!!おまえら、人の売り物でなにやってやがる!!」


 シロが勝手に拝借してきた樽の持ち主――


つまりは、魚屋の主人の怒鳴り声が響いた。売り物を盛大に路上にぶちまけたのだから、怒られるのは当然だ。


「逃げるか」


 シロは、俺に手を差し伸べる。


 気遣っているように見えるが、全てこいつのせいである。


「ちょっと、待ちなさい!!」


 お嬢様は叫ぶが、それより早く俺たちは逃げ出した。


 可能であるならば、俺はシロから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

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