第3話英雄と英雄殺しの仕組み
俺が目覚めると、そこは見たことがない空間だった。
ひたすらに白く、天井も奥行きもどこまで続いているのかが良く分からない空間だ。
あまりに白いので、雪のなかに閉じ込められたときのように音も吸収されるのではないかと思った。
「あー!」と叫ぶが、普通に聞こえた。音が反響することもなく、ますますこの空間がよく分からなくなる。
「まさか、死後ってこんな世界なのか?」
古今東西で地獄やら天国やらの絵はあるが、本当の死後の世界がこんなにも真っ白な世界だったとは。
ここまで何もないと、この真っ白な空間は精神的なダメージを与える地獄の一つなのではないかと勘ぐってしまう。日本の地獄って、めちゃくちゃ数が多いらしいし。
「はっ。お前が、次の英雄ごろしか」
かつん、と音がした。
振り返ると、そこには真っ赤な軍服を着込んだ若い女性がいた。
さっき三百六十度見回したときにはいなかったと思うのだが、一体どこから出てきたのだろうか。俺は、まじまじと女を観察した。
彼女が身にまとっている軍服は第三次世界大戦で、どこの国も採用していない軍服である。
よく見ればボタンは金色で、ところどころにゴテゴテとした飾りまでつけられていた。履いているブーツはヒールがついており、実戦に適した服装や靴だとは思えない。
完全に、軍服という名のファッションだ。
「驚いて声も出ないのか?君がいた世界にあわせて、見慣れている軍服にしたんだぞ。五年前まで大戦争をしてたじゃないか」
「俺が住んでいた国は、ありがたいことに戦地にはならなかったんだ」
それに、日本が世界大戦から手を引いたのは五年前のことだ。
今の俺には、軍服は見慣れたものではない。
「それは、ざんねんだ。だが、君を歓迎する気持ちは伝えられたかな」
「……ここは、どこだ!おまえは、誰だ!!雪と母さんは、どこに行った!!」
俺は、力いっぱい叫んだ。
女は「おちつけ」と言って指を鳴らす。すると、俺の背後には椅子が出現していた。
それに驚いていれば、いつの間にか女の側にも椅子が出現している。女は優雅に足を組んで椅子に座り、俺にも着席を進めた。
「長い話になる。まずは、お茶でもどうだ?」
いつのまにか二人分の紅茶が、用意されていた。
しかも、紅茶は華奢なデザインのテーブルに乗せられている。このテーブルもさっきまでなかったものだ。
湯気が出ていて熱いので、紅茶は入れたてだ。恐る恐る飲んで見ると、普通に紅茶の味がした。
紅茶は飲みなれていないので旨いか不味いかは判断できないが、とりあえず紅茶の味はする。
「まずは自己紹介から。私は、カミサマだ。もっとも、信仰の対象という意味のカミサマではない。最初に言っておくが、私は君の頭のなかを見ることができる。そして君が知っている語彙のなかで、世界を作ることが出来る現象のようなものにつける名前がカミサマしかなかったからそう名乗っているだけだ」
女の言葉に、俺は目を丸くする。
「冗談を言うな」
「冗談じゃないぞ。君たちが住んでいた世界は、私が産んだ。ちなみに、本来はこの姿ではない。君が話しやすいように、かりそめの姿をさせてもらっているだけだ。……そうだな。カミサマという言葉に違和感があるなら、私は世界を生み出せる母親だと思ってくれていい。君の常識では、産む性は女で母なのだろう」
女の言うことは信用できないが、聞かないと女は母親のことも雪のこともしゃべりそうにない。
はイライラを抑えるために、女に出した紅茶を一口飲む。
「世界は、私の子供だ。私は数多くの息子や娘を産んだが、その人生の全てが順風満帆というわけにはいかない。人間のように世界だって、風邪みたいなものをひく。稀に、命の危機になるような病気だってする」
話が見えず、俺は女を睨む。
だが、女は俺の視線なんて気にしていないようだった。
「だが、私は完璧な母親だ。子供が病で死ぬような体では産んでいないし、子供たちは自分で怪我も病気も克服できる力を持っている。だが、部外者が余計なことをする。ふむ、本当は部外者は、私に対抗できる力の持ち主として女神と呼びたいところだが――今は医者としておこう。医者は自分の判断で、私の子供たちに英雄という強力な薬を無理やりぶち込む。本来ならば自分の力で健康体に戻れる体なのに、強力な薬を打ち込まれたに日はその薬が原因になって子供のほうが死んでしまう。私の説明、分かりやすかっただろう?」
「まったく、意味が分からない」
俺は、きっぱりといった。
「じゃあ、具体例を出そう」
女――カミサマは、にやりと笑った。
「まず、君の世界は滅んだ。生き残りは、君だけだ」
その言葉に、俺は紅茶を落としてしまった。
「……うそだ」
「君はバカじゃないんだから気がついていただろう。というか、自分が生きているとすら思っていなかっただろう。ミサイルが跳んできて、着弾した。それで君たちは死んだし、世界も死んでしまったよ」
俺は、拳を握り締める。
それに反して涙は、無気力にぼたぼたと零れ落ちていった。
「君たちの世界を壊した劇薬を送り込んだのは女神――いいや、今は医者か。そして、世界にとっての劇薬とは英雄のことだ。世界を一変させるほどの力や才能を持った人間の活躍、君ならば覚えがあるんじゃないのか?」
脳裏に浮かんだのは、世界大戦を終結させた英雄の顔であった。
人類史に残る最も大規模な戦争を、彼は演説のみで半分の国を離脱させた。
その威光は、とどまるところを知らなかった。
「その英雄が、世界を殺した」
「そんなわけがあるか!!」
俺は、女を怒鳴りつける。
だが、女は涼しい顔をしていた。
「あの英雄は、本来ならば君の世界にはいない存在なのだ。君が知っている言葉を借りるならば、異世界から召還された存在だな」
「信じない!お前の話なんて、信じない!!」
俺は耳を両手で塞ぎ、カミサマの言葉を否定する。
あの世界では、英雄は救世主みたいな扱いだった。
戦争を止めて、たくさんの人命を救って、俺に母さんと雪の近くにいる自由と未来をくれた。あの人が、原因で世界が壊れただなんて聞きたくない。
女は、俺は両手をがっしりとつかんだ。
俺は泣きながら、女の顔を見る。
綺麗に整った顔であった。真っ赤な髪に、真っ赤な瞳。白い歯は規則正しく並んでいて、真っ赤な唇には嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「君が私の頼みを拒否するのならば、それもいい。ただ、私は手ごまに裏切られてしまってね。こうなると、私は世界が死に続けるのを見ていることしかできない。それで、私は君を使うことにした」
カミサマは、俺に言う。
――異世界に跳べ。
――英雄を殺せ。
「他の世界の人間が、君の家族のように英雄のせいで死んでもいいのかい?それに、君は英雄に復讐するチャンスを手に入れたんだよ」
女の言葉に、俺の涙はぴたりと止まった。
「どういうことだ……」
「医者じゃなくて女神、じゃなくて医者……ああ、もうややこしい。もう、女神と呼ばせてもらう。私は世界を作るついでに人間や動物も作れるが、人生を操作することはできない。女神は世界も人間も動物も作れないが、力を授けることで人生を操ることができる。君が知っている言葉だと、スキルとでも言うべきか?他の人間がもっていないような圧倒的なスキルを授けて、英雄を異世界へと放り込んでしまうのだ。君の世界にいた英雄のスキルは、なかなかに特殊でね。私も解析に手を焼いたさ」
「教えろ!」
俺は、怒鳴った。
カミサマは、勝ち誇ったように笑った。
「君の世界を壊した英雄のスキルは『世界渡り』異世界から異世界へと渡り歩くことができるスキルだ。このスキルを使って、英雄はまだ別の世界で生きている」
その言葉を聴いたとき、俺の心にわいたのは憎しみだった。
俺の母親と妹は死んだのに、現況となった英雄はどこかの世界で生きている。それが、たまらなく許せなかった。
「残念ながら、どこの世界に行ったのかは私にも分からない。だが、君が私の手下となって英雄殺しを引き受けるとしたならば……君の世界を壊した英雄ともいつかは合間見えるだろう。引き受けるか?」
カミサマの言葉は、俺を利用するためのものであった。
だが、そのときの俺はそれでもかまわないと思った。
母と妹の敵を討てるのならば――俺は英雄を殺してもかまわない。
「カミサマ、その話を受ける」
女神は人間にスキルを付与できるが、カミサマにはそれができない。つまり、俺はこのままの俺で英雄たちに戦いを挑まなければならない。
「ならば、君には頼りになる味方をつけてあげるとしよう」
その言葉に俺は驚いた、てっきり孤立無援の奮闘になるかと思ったからだ。
だが、よく考えれば、カミサマが人間のスキルを付与できないのは変わらないので俺と同じような状態でしかなないはずだ。それが、頼りになる味方になるとは思えない。
「私は人間に何かを与えることができない。だから、人間に人間ではないものに作らせたことがあるんだ。そいつにならば、私はぎりぎりまでの支援ができた。そいつを君の味方につけよう」
カミサマは、ぱちんと指を鳴らした。
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