第27話青の夜

 青は、強い吸血鬼ではない。


 現代の吸血鬼らしく、投薬で転化した吸血鬼である。まだ吸血鬼歴は五年で、吸血鬼になった理由もさしたる理由はなかった。


 永遠を生きられるかもしれない、と思ったから青は吸血鬼になった。


 体験したことはないけれども、死は恐ろしい。


 だから、吸血鬼になって気をつけて生きて長生きしようと思った。青と同じ考えの若者は以外と多くて、青が知る限りほとんどの若者が青と同じ理由で吸血鬼に

なった。


 なのに、とても簡単に灰になった。


 人間よりも力強いはずなのに、日光を浴びるだけで灰になり――


 プールで泳ぐだけで、溺れた――


 あまりに簡単に死ぬ仲間たちに、青は怖くなった。死ぬが怖くて吸血鬼になったのに、青は人間だったとき以上に死を恐れた。


 そこで、ようやく青は自分が死を恐れていたのではないことに気がついた。青が恐れていたのは死ではなくて、死を恐れながら生きることだった。


 青にとって、吸血鬼は人生の汚点ともいえる選択であった。


 日光に――死に怯えながら生きることの窮屈さは人間であれば知らなくてよかったことだ。それでも、青は吸血鬼になることを選んでしまった。


 青は、日々そのことを後悔しながら生きてきた。


 そんなとき、紫の王と出合った。


 紫の王は、青が理想とした吸血鬼だった。


 彼は人間に戻ることが出来る吸血鬼で、青の希望だった。


 だが、紫の王は青の望みを簡単に捨てるという。青には理解できない。死を恐れながら生きるしかない吸血鬼を止めることができるのに、それに身を任せない紫の王が理解できない。吸血鬼を止めることになった左目のほうが、まだ理解できる。


「血の匂い……」


 左目が顔を上げる。


 血の匂いならば、いたるところで香っている。


 だが、左目はまったく違う匂いが嗅ぎ取ったようであった。青も、くんと鼻をならす。たしかに違う匂いが混ざっている。人間の血の匂いとは違う匂い吸血鬼の匂いだ。


「これは吸血鬼の……」


 青の言葉に、左目が立ち上がる。


 今の今まで成すがままだった左目が、初めて見せる反応だ。


「この匂いが明知のならば……」


 俺は絶対にあいつをゆるさない、と。


 左目は、そう言った。


「なんだって?」


 青は、さっきまで左目を理解できると思っていた。


 だが、今は左目を理解できない。


 吸血鬼の血の匂いを感じた――それは親しい吸血鬼のものなのかも知れない。そ

れだけのために、左目は立ち上がって部屋を出て行こうとする。


「まっ」


「ちょっと待ってろ。あいつを殴ってくる」


 青は、面くらう。


 殴ってくるという言葉は、あまりに今の状況にそぐわなかった。


「なにを考えているんだよ」


 青は、左目を止める。


 紫の王は、恐ろしい。


 彼を理解しているのに、紫の王に従っているのは彼が恐ろしいからだ。左目もそ

う思っているからこそ、紫の王に従っているのだと思った。だが、今の左目は紫の王など恐れていない。


 紫の王が行なうだろう残虐も、今は考えない。


 左目は紫の王があまりにも身近であり、紫の王の側にいた人間を守るために彼の側に来たはずであった。だが、知り合いの吸血鬼が一人きただけで、彼が紫の王に見た恐ろしさは吹き飛んでしまったようだった。


「明知をぶん殴ってくる」


 左目は、拳を握る。


 人間の拳で、吸血鬼を傷つけられるはずがない。


「怖くないのか。というか、あんたは吸血鬼が怖くてここまでついてきたんだろう?」


 青は、左目にたずねる。


 左目は首を振る。


「吸血鬼は怖いさ。特に、ここ最近はあいつらとの力の差を思い知らされることば

かりだ」


 やはり、そうだ。


 人間にとって、モンスターは恐怖の存在なのだ。


「でも……明知がどこかで血を流しているほうがずっと怖い」


 左目は言う。


 白い顔をうつむかせて、その目には憂いがあった。


「おまえも自分がいるだけで他人を救えるんだったら、ためらいもなく足を向ける

だろ」


 青には、左目の言葉が分からない。


 青の行動原理は、死への恐怖だ。死ぬのが怖いから、死なないように行動する。

殺されるるのが恐ろしいから、理解できない相手でも従う。


 だが、左目の行動原理は青とは違う。


 左目は、自分の死は恐れない。


 恐れているのかもしれないが、その恐怖は簡単に乗り越えられるものだ。今の左

目は、恐怖を乗り越えようとしている。あまりに軽々と、痛みなど感じないかのよ

うに。


「まて、ここを出て行ったら……」


 紫の王が、どのような行動を起こすのか分からない。


 青は、その危険性を説いた。


 だが、左目を制止させる材料にはならなかった。


「明知がいるんだったら、俺はあいつを殴りに行ってくる」


 それで止められるんだったら御の字だ、と左目は言った。


 左目は、部屋のドアを開ける。


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