第22話名探偵の推理
夜鷹は、朝早くから現場に着ていた。
学生寮は、普段ならば未成年であふれかえっているだろう。だが、今は立ち入り禁止のテープに阻まれて部屋に近づくことすらできないでないでいる。遠くから子供たちの騒がしい声は聞こえていたが、夜鷹はそれを気にしない。
その現場で、夜鷹は明知から連絡を受けた。予想していたことであったので、夜鷹は特に驚かなかった。
「遅かったわね、明知」
『言ってください……夜鷹。あなたたち調停機関はグールを飼いならして、左目さんの行方もグールたちが把握していますよね』
通信機器越しの明知の声は冷静だ。
だが、長い付き合いの夜鷹は知っている。彼は冷静なふりをしているだけで、心情はそうではない。今は日が出ている故に動けないから、きっと明知は腸が煮えくりかえっていることだろう。
今朝、少年が一人行方不明になったことをマスコミが報道した。
普段だったら取り上げないような事件であったが、連続して未成年が行方不明になっていたこともありマスコミも機敏になっていたのだろう。日中は外に出れない明知は、そこから情報を得たに違いない。
「明知、あなたの目算どおりグールを調停機関は飼っているわ。でもね、左目君を護衛はさせていなかった。私たちはグールに紫の王を負わせていたの」
『なぜ、一度狙われた左目さんの護衛をさせなかったのですかっ!!』
明知が叫ぶ。
夜鷹は、目を細めた。
こんなに感情をあらわにする、明知を見たのは久しぶりだ。少なくとも明知は夜鷹に対して、高ぶった感情を表したことはなかった。当たり前かもしれない。
だって、明知は夜鷹が子供の頃から知っている。そんな相手に激しい感情を見せることができるような性格を明知はしていない。だが、今の明知は夜鷹に激しさをさらけ出している。
夜鷹は、ようやく認められたような気がした。
彼女は明知の守るべき子供という範疇からはじき出されて、対等に戦う大人としての地位を手に入れたような気がした。今の明知は、夜鷹に手加減なんてしないだろう。
「一度狙われたにしては、左目君には外傷もなにもなかった。そして、それ以降の相手側の接触もなかった。そして、私たちが有していたグールの数にも限りがあったから、モンスターの左目君が言っていた紫の王の捜索に当てていたわ」
『じゃあ、グールが廃墟のホテルにいたのは……』
「紫の王の捜索のためよ」
夜鷹は、明知に手加減なんてしない。
手加減なんて必要ない。
そういう相手だと、夜鷹は明知を認めてやっている。
『……私が、それを勘違いした』
呆然とする明知の気配がした。
夜鷹は、調停機関がグールを所有していると明知が勘付いていると分かっていた。分かっていて、あえて何も言わなかった。
「あなたは、グールが左目君の警護をしていると考えたのね」
『そうです……私は、間違えた。間違えて……左目さんから目を離してしまった』
夜鷹は、止めを刺すために口を開いた。
「そう。あなたが目を離したから、紫の王が動き出したのかもね」
ぜんぶ、あなたのせいだ。
そう、明知に告げる。
普段だったら、夜鷹はここまで相手を追い詰めない。相手が逃げてしまうからだ。でも、明知は逃げないことを知っている。
明知は、大昔に吸血鬼になったことで全てから逃げ出した。
人生で一度っきりの逃走劇をして、もうこれからの人生では一度だって逃げられないことを知っている。
『そうですか。やはり……ニュースの通り』
「ええ、左目君は誘拐されたわ」
明知の絶望が分かる。
だが、夜鷹はそれを言わない。
『紫の王を追っていた……グールは?』
明知は、そう尋ねた。
夜鷹は、声を落とす。
「それは、今夜話しましょう。今の私は、仕事中よ」
夜鷹は、明知との通信を切った。
きっとかけ直して来るだろうか、明知からの通信はブロックされる設定にする。今は仕事に集中したいし、明知は通信さえブロックすれば昼間は動きようがない。
左目が行方をくらませたのは、寮である。
正確には、左目の行方が分からなくなって最後に目撃された場所が寮なのである。だが、左目の部屋からは大きな物音が聞こえたという証言も取れており――もしも拉致されたとしたら、この部屋なのであろう。
「先輩、先輩はどうして拉致だと判断したんですか?」
左目の部屋で、真樹は先輩である夜鷹に尋ねる。
すでに警察の捜査は終了している。
調停機関である夜鷹と真樹は、警察が去った後にようやくここに入ることを許された。夜鷹は左目の部屋を見るのは初めてであったが、あまり乱れた様子はない。
そもそも、この部屋には物が少ない。
授業で使うパソコンなどはあるが、娯楽に使われるようなものはほとんどなかった。菓子の買い置きはわずかにあったが、個人の趣向を知ることが出来るものなんてソレぐらいだ。
「カーペットを引っかいた痕があるわ」
夜鷹は、敷かれたカーペットを指差す。
「あと、部屋に落ちている白い粉はたぶん痴漢撃退用のスプレーの粉。こんなもの室内で噴射する趣味の人間はいないわ。あと……バイクが置きっぱなし」
バイク、と真樹は首を傾げる。
「左目君は、何があろうとバイクを持ち帰るバイク狂いよ。そんな彼が、愛車を置いていくと思う?」
夜鷹は、次いで窓を見た。
鍵はかかっていない。
「ここから、誰かが侵入した。左目君は痴漢撃退用のスプレーで抵抗した」
「どうして、痴漢撃退用のスプレーなんかで……」
「それが有効だと知っていたからよ」
左目が、人狼となる薬を飲んだときに夜鷹は痴漢撃退用のスプレーを使った。だから、左目はモンスターにそれが有効だと知っていたのだ。
「でも……第二のモンスターが現れたのね」
「どうして、そんなことまで分かるんですか!」
真樹は、目を丸くした。
簡単なことよ、と夜鷹は言う。
「この部屋には、わずかだけど二種類の土が落ちている。黒い土と赤が混ざった土。おそらくは二人のモンスターは別のルートでここまできて、時間差でここに現れたのね」
「同時ではなくて?」
真樹は、不思議そうだった。
夜鷹には様々なものが分かる部屋の中が、きっと彼には空っぽに見えるのだろう。
「ええ、同時に現れたのならば……左目はスプレーを使う余裕もなかったはずよ」
真樹の質問に、夜鷹は淡々と答える。
彼女の脳裏には、左目が抵抗した様子がきっと再現されているに違いない。真樹は、そう思ってわくわくした。
「二人目が現れて、左目さんは観念して抵抗をやめたんですか?」
「……たぶん、彼の性格からして観念するってことはないわ。彼が大人しくついていていったのは――彼の知り合いに危害が及ぶから」
夜鷹は、真樹を見る。
「真樹、左目君には兄妹がいるわ。血縁の関係上は兄で、左目君と彼は会った事もないはず」
「そんなの普通は分かりませんよ」
「ええ、私も国に保存されている記録を読んで……ようやく知ったぐらいよ」
個人記録は厳重に秘匿される。
夜鷹も、その情報を手に入れるのに苦労をした。
「左目君はモンスターの血を飲んでも、完全なモンスターにはならない。一定時間だけモンスターになって、その間は別人格に支配される。そして、その一定時間は、たぶん一生分が決まっている。明知や左目君に黙って、彼の飲み物に薬を混ぜてみたけどモンスターの左目君が言ったとおりに彼に変化はなかった。――これは、本当に珍しい特異体質よ」
夜鷹は、語る。
真樹は、それに口を挟むことすら出来ない。
「だから、それが兄妹にも遺伝しているんじゃないかと思った。もちろん、彼がどこにいるのかも探したわ」
「どこにいたんですか?」
真樹は、尋ねる。
夜鷹は、真樹を見つめていた。
彼女は、ふと視線を落として質問には答えなかった。
「……左目君はきっと自分がモンスターに従わなければ、彼に身近な人間に危害が及ぶと思ったのね。そうじゃなきゃ、彼は従わないわ」
真樹は考える。
夜鷹のように、真樹は優れた洞察力があるわけではない。それでも、どうにも夜鷹の言葉には引っかかるものがあった。
「身近な人は、だれなんでしょうね。ここの生徒でしょうか。それとも明知っていう吸血鬼の人。親しそうでしたけど」
夜鷹は、静かに息を吐いた。
「きっと、全てでしょうね」
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