第14話廃墟の夜

 失踪した三日間の記憶がなかった左目は、自分はずっと廃墟にいたと思い込んでいた。


実際は彼はそこに戻ってきていただけなのだが、明知は廃墟のホテルにこそ何かがあるのではないかと考えた。


 モンスターの左目は、ここに帰ってきたがっていた。ならば、彼をひきつけるようなものが隠されているのではないかと。


「それで、どうして俺に声を掛けるんだよ」


 廃墟のホテルのなかで、弦はあきれ返る。


 十年以上も放置された廃墟はボロボロで、長居したいと思うような場所ではない。


「私の知り合いの中で、物さがしが得意なのがあなたぐらいしかいなかったからですよ」


「人の鼻をあてにするな!」


 人狼の鼻をつかえば、大抵のものは見つかるであろう。


 だが、問題なのは「何を探しているのかわからない」場合は人狼の鼻でも役に立たないということである。それでも明知が弦を誘ったのは、知り合いの中で「危険で放り込んでも一人でちゃんと家に帰れる」筆頭であったからだ。


「ついでに、このホテルに最初に来た時のことをちょっと整理したかったんです。ほら、グールを追っていたときの」


「ああ、おまえが自滅してたときの話な」


 弦は、そのときのことを思い出そうとして引っかかるものを感じた。


「左目は、どうしてグールに追われてたんだ?」


「左目さんは、紫の王ひきいる吸血鬼に誘拐されていた。端的に考えればその一派がグールを所有していたのでしょうが、そもそもどこにグールがいたのかが大変気になるところです」


 明知は、ニコリと笑う。


 弦は、その顔を見てため息をついた。


「おまえ、俺で遊んでいるだろう」


「夜鷹と一晩一緒にいたんですよ。頭の中をのぞかれるような不快感をここで発散させてください」


 夜鷹が怖いというのは、弦もわかる。彼女は特別に敏いし、頭の中を常にのぞかれるような不快感にも覚えがある。


 だが、それを別の知り合いで発散させようとするのはやめてほしい。それに、この二人の年齢差と付き合いの長さを考えるならば、明知の性格に夜鷹が影響を受けているのは明白であった。


明知は夜鷹の性格が厄介だと感じているのかもしれないが、明知の性格も似たようなものである。


「グールがどこから来たかね……。第一次世界大戦の前には目撃情報があるんだから、そのころから生きている個体じゃないのか?」


 弦の言葉に、明知はあきれたようであった。


「どれだけ長生きな個体なんですか。吸血鬼だって、そんなに長生きしませんよ」


 弦は「生きているだけならば可能だろうが」と反論した。


 吸血鬼の主な死亡原因は、うっかり日光を浴びたというものである。うっかり日光を浴びさえしなければ、明知のように百年も生きることは可能だ。もっとも、弦は百年も生きたいとは思ったことはないが。


「第一、そんなに生きていたらどこかで発見されますよ。弦が思っている以上に、現代の情報網は発展していますからね」


「おまえ……本当に俺をからかいたいがために、ここに呼んだな」


「無論です」


 だが、明知の言うことも一理ある。


 グールが第一次世界大戦から生き延びている非常に長生きな個体だとしたら、どこかで発見されていないほうが不自然だ。


 たとえ吸血鬼や人狼のような世代交代をしていたとしても、やはりどこかで見つかっているだろう。グールだけの閉じた社会があるとも考えにくい。あったとしたら、やはりどこかで発見されている。


「じゃあ、長年発生していなかったのに突然発生したっていうのか?」


 そちらも腑に落ちない、と弦は言った。


「実は夜鷹の方というか、調停機関のほうの動きもおかしいんですよ。彼らは左目さんの調査に対しては積極的ですが、グールに関してはそうではありません。目撃したのが私と弦だけというのもあるかもしれませんが、ここまでグールが蚊帳の外というのも不自然な話です。さりげなく、黙殺されているような気がします」


 グールは、吸血鬼や人狼に続く第三のモンスターである。調停機関ならば必死に存在を探し出し、存在を公にするのが本来の仕事のはずだ。


「でも、夜鷹のほうにグールを調べない利点なんてないだろ」


「夜鷹に利点はなくとも、調停機関にはあるのかもしれません」


 夜鷹は、調停機関の職員である。


 上から圧力が掛かれば、明知たちをグールの謎から遠ざけることぐらいはするだろう。


「知り合いにそんなことをするか?」


「夜鷹ならやりますよ。もっともグールに関して私たちが調べない方が、私たちも得をするという考えなんでしょうが」


 それ調べて大丈夫なんだろうか、と弦はひっそりと思った。


 だが、ここまでくれば引き返すこともできない。今更になって、明知が自分を巻き込んだわけが弦には分かった。たしかに、これは弦ぐらいしか巻き込めない事柄であっただろう。


「なら、調停機関はグールのことを知っていたってことか」


「なおかつ、それを利用していたと考えるのが自然でしょう。そうでなければ、グールのことを黙殺はしなかったと思いますよ」


 逆に新種のモンスターであったのならば、調停機関は積極的にグールについて調査を行ったであろう。それこそ左目のことなど忘れるぐらいに熱心に。だが、今の状況はそれと反対である。


「でも、夜鷹はグールを警戒して左目におまえを付けたんじゃないのか?もしも、グールが調停機関の所属ならば、その依頼はおかしいぞ」


「思い出してください。あの時は夜中に調停機関を訪れました。だから夜鷹は上司に指示を仰がずに、私に左目さんのことを依頼したんです」


「なら……グールは、調停機関の上層部だけが知っていたっていうことか。それなら説明がつくけど」


「さらに、そもそも私がどなたからグールのことを教えられていたかも知りたいですか?」


 弦は、とっさに知らなくていいと言いそうになった。


 だが、たぶん止めても明知はしゃべるだろう。


「私に、グールのことを教えたのはツダです」


「……そいつに繋がるのかよ」


 弦は、顔をゆがめた。


 弦はツダとは面識がなく、ニュースで知った「自分の血を人間の飲ませて死なせた吸血鬼」というイメージしかもたない。だが、夜鷹や明知の話の中ではツダは知識豊富な人格者のように登場する。彼が犯した罪と知り合いの話は、噛み合わない。


「私は調停機関にグールの知識を提供したのは、ツダではないかと考えています」


「俺的には、人間を殺した吸血鬼の知識を調停機関が使っているっていうのに違和感があるな。あいつらは、どちらかといえば人間よりの組織だし」


 調停機関は、モンスターと人間の橋渡しをするための組織である。だが、職員に人間が多い関係上でどうしても人間よりの視点に立ってしまう。


「ずっと……不思議に思っていたことがあるんです。どうして、ツダは夜鷹を何年間も誘拐し続けられたのかと――どうしてツダは十人以上を殺せたのか。普通なら、すぐに調停機関が介入してきて指名手配されるから普通の生活なんて送れないはずです。でも、ツダは普通に生活していた。だから、周囲もツダのやっていることに気がつかなかった」


 明知の言葉は不穏であった。


 暗いところで聞いているからではなくて、実に厄介なことに首を突っ込もうとしている。


「おいおい、何が言いたいんだよ」


 弦は、顔をしかめる。


「ツダの行動は、調停機関にあえて見逃されていたのではないかと思うんです。そして、そのことをツダも知っていた」


「ツダの犯罪を調停機関は見逃して――いや、グルってことか?」


 そこまでは、と明知は言葉を濁した。


「問題は、ツダがどうして人間に自分の血を飲ませていたかです。そして、もっと気になることと言えば――ツダが血を飲んだ人間の死亡率が高すぎます」


 吸血鬼の血を飲めば吸血鬼になるが、薬物での転化とは違いショック死の可能性がある。だが、それにしても十人が死んだというのは多すぎるのだ。


ツダが合計で何人の人間に血を与えていたのかは今となっては分からないが、夜鷹も一緒に行動していた時期に人間に血を飲ませていたと考えるなら大勢は難しいだろう。


「じゃあ、ツダがやった殺人自体がでっち上げだと考えてるのか?」


 調停機関が絡んでいるという話を聞くと、その可能性も弦は考えてしまう。グールを作る知識を得た調停機関が、邪魔になったツダという吸血鬼を殺した可能性。その可能性は、弦にはしっくりときた。


「いいえ、ツダは本当に人間を殺していますよ。私も本人に確認しましたし」


 あっけらかんと、明知は言い放った。


 弦は、その言葉に呆然とする。


 弦の顔を見た明知は、苦笑いする。


「言っていませんでしたっけ。ツダを最後に見たのは、私と夜鷹です。ツダの殺人が明らかになったあと、私はツダを追いました。まぁ、返り討ちにされましたけど」


 戦ったのかよ、と弦は当時の明知の行動にあきれた。


 明知としては、ツダと一緒に逃げようとしていた夜鷹を保護したい気持ちもあったのだろう。当時の夜鷹は大人であっても、若い女性であった。知り合いでも連続殺人犯の元には置いておけない、と考えるのは当然である。だが、明知は返り討ちにされたらしい。


「おまえって、弱いよな。百年を生きているわりに」


 生きた年数が吸血鬼の強さに比例しているわけではないのだが、長生きをしている吸血鬼には神秘的な側面があるような気がしてしまい「強い」と思っている人間や人狼は多い。だが、実際はいくら長生きしていても吸血鬼の強さは変わらない。


「仕方がないでしょう。それに、ツダは私より長生きした吸血鬼なんですよ」


 明知は、ツダのことを思い出す。百年生きている明知よりさらに長く生きているのがツダで、明知の吸血鬼の親よりも恐らくは長生きしている。


 大昔、それこそ吸血鬼が人間に自分の血を飲ませて種族を増やしていた時代では、血をのませた親の吸血鬼の特性を子の吸血鬼が受け継ぐことが普通だった。ツダは完全にその世代の吸血鬼である。


明知も親となる吸血鬼がいる。明知の世代にもすでにモンスターに転化する薬はあったが、明知はあえて吸血鬼の血を飲んで転化する道を選んだ。そのため、明知は吸血鬼の親から特性を受け継いでいる。


「まぁ、おまえが受け継いだのは自爆技だしな。おまえが強いわけはないか」


 明知の考えを見抜いたかのように、弦はそのことを口にする。


「……言わないでください」


 最初に、明知がグールに向って使った攻撃。


 己の血液を槍形にして自分の肉体から出現させるという技は、明知が吸血鬼の親から受け継いだものである。だが、頻繁に使えば日光を浴びる前に出血多量で死ぬので滅多に使うことはなかったが。


「話を戻しますよ。ツダの事件発覚が十年前。左目さんが事故にあったのも十年前。これって、かなり気になりませんか?」


 気を取り直して、明知は「ふふーん」と得意げに笑った。


「まさか……左目を最初に吸血鬼の血を飲ませたのは、ツダだと思っているのか?」


 左目が血を飲んだ時期と左目が初めて血を飲んだ時期は、たしかに合致はする。


 なによりツダは、すでに夜鷹という少女を一人の大人へと育て上げた経歴も持っていた。幼かった左目の世話に関する知識も持っていたのだ。


「ツダは……左目さんに血を飲ませた。それでしばらくは一緒にいましたが、人間に戻っていったから解放した」


 明知は、左目の過去を想像する。


 眉唾ものの言葉に、弦は顔をしかめた。


「全部、想像だな」


 明知は、少し困った顔をする。


「こういう話に無類の説得力を持たせるのは夜鷹の役割なんです」


「それで、おまえはここに何があると思うんだ」


 モンスターの左目が、何度も帰ってくる廃墟のホテル。


 明知がこれだけの想像をしてやってきたのだから、それなりの収穫を充てにしていたのだろう。弦はそう思った。


「私は……ここにグールに関する何かがあると思うのです」


 明知の言葉は、ぼんやりとしすぎている。


「おい、もうちょっと具体的な予測は建てられなかったのか」


 弦は、思わず突っ込む。


 明知も、そこは思うところがあったらしい。


「調停機関がツダを見逃していた理由がグールに関する制作方法的なものだとしたら、ツダは「調停機関にグールのことを教えた証拠」を持っていたと思うんです」


「それをツダがこのホテルに隠したか」


 強引過ぎて、穴が多い推理である。


 特にモンスターの左目が、ここに来たがっていた理由を完全に無視している。彼はここが生まれた場所だといっていた。だから、ここで死にたいと。


「可能性は低いですが、私だったらそんな重要なデータはコピーをとっていたるところに隠します。なにせ一つでも生き残ってればいい証拠品なわけですし」


「モンスターの左目は、その証拠を処分したかったとでも思っているのか?」


 弦の言葉に、明知は笑った。


 そうやら、そのように考えていたらしい。

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