第7話紫の王の夜
明知は、左目を病院に送ったあとに弦と病院で合流した。
本当は病院から帰りたかったが、帰れない事情が発生したためである。
弦の話によると、あの店の騒ぎは警察沙汰にまで発展したらしい。その場に居合わせなくてよかったと思う反面、その場にいれば明知のバイクに乗らなくてすんだのにと思う気持ちもあった。
廃墟のホテルにバイクを置いてくることを断固拒否した左目は、明知が止めるのもかまわずバイクで病院に行くと言い出した。ここで放り出すのも良心がとがめたので、明知は左目のバイクの後ろに乗った。
後悔した。
左目の運転テクニック自体は普通なのだ。
だが、どういうわけか車体がものすごく揺れるのである。弾むように揺れるので、明知は吸血鬼なのに乗り物酔いを起こした。弦が明智と病院で再開したとき、明知の顔はいつも増して白かった。
「……何があったんだよ」
「いえ、やっぱりあのバイクは絶対に悪ですよ。どこをどう改造すれば、あんな走りをする化け物が誕生するんですか……」
「おい、本当に何があった!」
遠い目をする明知は、現実を見ていなかった。
人生初の乗り物酔いに苦しむ明知に、左目は語った。
――このバイク、ちょっと丈夫に改造したら揺れるようになったんだ。
何を、どういうふうに改造すれば、あの魔の物体が生まれるのだろうか。
あれに一緒に乗ったという友人は、帰り道にあの魔のバイクに乗るのが嫌で逃げ出したのではないだろうか。明知は、そう考え始めていた。
「左目の様子はどうなんだ?」
「人狼に噛まれていたので……今は精密検査中です。おえぇ」
吐き気が止まらない明知は黒いビニール片手で、ずっとえづいていた。夜であるため人気のない病院の待合室で吐き続ける明智の隣に、弦は座る。
「あの店で売られてた薬だが」
「それ、今しなきゃいけない話ですか?」
恨めしそうに明知は、弦のほうを見た。
「どうせ、車酔いだろ。吸血鬼なんだから、それぐらい耐えろ。それで、売られていた薬なんだが……ただの興奮剤だった」
弦の言葉に、明知は答えられなかった。
口は、別なことをするのに忙しい。
「あの店の香と音楽と思い込みで、客が興奮剤の効果をドラックだと勘違いしたというのが店側の言い分だな。故意なのは間違いないけど。おい、聞いているか?」
「この状態で、どう反応しろと……」
「あの店……吸血鬼が絡んでるぞ。それも恐らくは、紫関係の」
明知は、げぇと吐いた。
弦は、気にせずに話を進めていく。
「吸血鬼は、人狼と違って赤・青・黒・白・紫の派閥分かれているからな。そのなかでも紫は、リーダーである王が安定しないことで有名だ。末端まで躾が届いてなくて若手がヤンチャをやった可能性もあるが……おい、聞いてるか?」
「聞いてます、聞いてますから。あと、吸血鬼は一応は王の傘下にいるという形を取っていますが、それぞれがバラバラに活動していますから紫の吸血鬼が一同になって悪巧みしている線は薄いかと」
「そうなのか」
人狼は吸血鬼のような大規模なグループを作らずに、もっと小さな群れで活動している。だが、逆になにかをやるとなれば群れ単位で行動することが多い。吸血鬼のほうは一応は王を頂いてはいるが、その指揮系統は整ってはいなかった。
「というか……私も一応は紫の吸血鬼です」
「あっ、そうだっけ」
「吸血鬼の派閥問題なんて、所詮はこんなもんです……私も今の紫の王の顔は知りませんし」
ようやく吐くものがなくなったらしく、明知は顔を上げる。
「ちょっと、うがいしてきます。……本当に、もう……この世からバイクが滅べばいいのに」
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