九 時計都市の日没


 ポービズリーとマゴンサット卿の二人は、パスリム郊外へ向かう馬車の中にいた。

「なんともキナ臭い街ですね、ここは」

 呟くような声は、窓の外を眺める同乗者から反応を引き出せなかった。元から返事は期待していなかったし、結果もいつものことだった。

 それでもポービズリーは、なかば独り言となる言葉を口にする。

「思った以上に歴史が古いと思えば、裏でコソコソとなにかを作っている。外は小ぎれいですが中は複雑怪奇と、まるで時計のよう。そんな街と、うちの将軍閣下は、どんな取引をしているのやら」

 皮肉のように、あるいは、ぼやくように彼は言う。

「まあ、なんにせよ面倒なことになる予感がしますよ。残念ながらオストワイム料理を堪能する暇はなさそうです。ああ、あそこ」彼は馬車が通り過ぎようとする店の看板を読む。「仔牛肉のカツレツですか。このあたりは牛料理が有名なんですかね」

「オストワイムでは牛よりも豚料理のほうが多い。これは労働階級で多く消費されるためだ。また山脈と積雪で区切られることで、同じレシピでも地域ごとに違いがあるという」

 ようやく返ってきた合いの手に、ポービズリーは頷き、提案する。

「では晩餐として、どこか豚料理の美味しい店を探しましょうか」

「いや、時期が悪い」窓の外から視線を外さず、マゴンサット卿は無感情に呟く。「オストワイムでは豚を潰す日が決まっている。冬の入りの前だ。今食べられるのは固い保存肉ぐらいだろう。わざわざ新鮮な肉を使っている店を探すというのも……」

 声はそこで途切れた。喋るのも面倒になったのだろう。

 会話で暇を潰すことができなくなったと、ポービズリーは肩をすくめた。

 彼は馬車が向かう先の空を見る。

 空中に停泊している自分たちの船があるパスリム郊外まで、もう間もなく。


 〇


 まだ本調子が戻らないウィゼアは、ランゼルに肩を貸され、水道の中を歩いていく。先を歩くデッケンベルターは、あの人形を担いでいた。後でウィゼアの本格的な修復をする時に、内部構造の参考とするためだ。

「出口はあるんだろうか、この水道」

「かすかに風を感じるのである。どこかに通じてはいよう」

「向かってる方角はわからないけど、たぶん郊外の川なんじゃないかな。誰にも知られていない出口があるのかもしれない」

 照明用時計が照らす道を、そんな会話で元気づけながら進む。

 話題は自然と、あの巨大なカラクリを持つ遺産に変わっていく。

「しかしあの馬鹿でっかい遺産、いったい何のために作ったんだ。クソじじいが造った兵器には、あんなものが必要だってのか?」

「うーん、見た感じ、あの中にあったのは伝達系ばっかりだったよ。水路から集めた魔法の力を、上の方、時計塔直下へ運ぶっぽいっていうか」

「じゃあ、魔法を集めて、あの大きな石に蓄積するためだけの装置だと?」

「そうとしか思えない。のだけど、それだけとは思えないんだよね。だって、あんな縦に長くする必要、ないじゃん」

「水は下へ下へと流れるゆえ、あの宝石と水路の間が、あれだけ広がってしまったから、ではなかろうか?」

「いや、そんな理由だったら、水路の出口のところに石を設置しておけば、あんな長ったらしいカラクリは必要ないはずだ」

 よくわかんねぇなあ、とウィゼアは首をひねる。

「まさか遺産の正体が、私みたいな人形を動かすための魔法を集める装置だった、なんてことはないよな」

「言っちゃあなんだけど、君を動かすのに、百年分の魔法は多すぎだよ。君の身体、確かに色んな時計機構の大博覧会だったけど、見た感じそんなに力は必要ない」

「となると、あれの正体はいったい何だ?」

「さあ……。魔法の時計は見た目だけじゃ、その働きはわからないからね。刻まれている時計魔法陣を読み解かないと。でもやっぱり、あの縦穴の形も気になるんだよなぁ」

 そうして話していると、前方に小さな光が見えた。かすかに、そして徐々に大きく、はっきりとした明かりになっていく。

「おお、出口が見えてきたのである」

 デッケンベルターが嬉しそうな声を上げ、ランゼルたちもそれに続いた。

久しぶりの地上。自然と三人の足が速くなる。

「ようやく外か。早く行こうぜ」

「身体のほうは大丈夫?」

「かなり楽だ。ここを出るまでは肩を借りるけどな」

「無理しちゃ駄目だよ、撃たれた時にどこか壊れたかもしれないんだから」

「いや、たぶん力が抜けたのは、呪いのせいだな。あれで気力を使い果たしちまったらしい」

「おかげで僕らは逃げ出すことができたんだけどね」

 ランゼルは笑ったあと、ぽつりを呟いた。

「……呪い、か。呪い……」

 彼はなにかを考えようとして、しかしすぐに道のほうが終わりを告げた。

 暗闇は消え、黄昏の黄金と朱色が周囲を照らす。

 水道の出口は、鬱蒼としげる草むらの中にあった。滔々と水が流れ出ているにも関わらず、枯草や浮草が絡み合っていることで、傍目にはここに排水路があることがわからない。

「あーっ、久々の外だ」

 ウィゼアが嬉しそうに声をあげた。

 出口のすぐ近くには、パスリム近郊を流れる大きな川があった。どうやらパスリム地下の大水路の水は、幾つかの地下水道に分散して排水されているらしい。

 振り返れば川が削った小高い河岸がある。これを登った先に、パスリムがあるのだろう。

 しかしその方向には、岸と、暮れゆく空の他に、三人を取り囲むものがいた。

「止まれ! 何者だ」

 ぎょっとするランゼル達の前に、銃を構えた兵士たちが現れる。最初は崖の上に数人、そして声を聞きつけたのか後ろからも続々と。

 先頭にいた兵が、銃口を突き付けながら告げた。

「ここは現在、我らロンビオンの借地となっている。お前たち、一体どこから来た?」


 飛行船内の自室で報告書をしたためていたポービズリーは、扉の外からの声に応えた。

「不審者、ですか?」

「は。ターラントの軍人らしき男と、あと少年と少女の三人です」

 ふむ? とポービズリーは思った。その組み合わせは最近見たことがあるぞ、と。

「船長が、ターラント語のできる者が欲しいとのことで」

「わかりました。すぐ向かいましょう」

 なにやら面白いことになってきた。そう思いつつ、彼はペンを置いた。


 〇


 長針塔の一室で、ギアソンはケートリィに酒をふるまっていた。形骸化した礼儀のようなもので、両者とも酒そのものに大した意味は見出していなかった。

「レムマキア戦争で、バーネンマイゼンは君たち吸血鬼の王を斃し、二つの宝玉を奪った」

 半ば部屋の暗がりと混じりあっているケートリィに背を向け、窓から眼下の景色を眺めながら、それに重ねるようにグラスをくゆらせる。

「全てはそこから始まった。我が家はバーネンマイゼンに命じられ、大宝玉を組み込んだ遺産の建造に手を貸し、それからも代々この中央時計塔に仕えてきた。百年の後に遺産を動かし、バーネンマイゼン最後の魔法を発現させるために」

「それは、どんな魔法なのかしら」

「失伝している。もとより私には関係のないこと」

 ギアソンの言いぐさに、ケートリィは赤い唇を弓なりにしならせる。

「あなたは一族のしがらみを破るつもりなのね」

「君とは正反対だ」

「そうね。私の使命は、奪われた大宝玉を取り戻すこと。故郷に持ち帰り、あるべきところに還す。百年にわたる一族の悲願。それがようやく叶う」

 ケートリィは、壁まで長く伸びた夕陽にグラスをかざす。グラスとその中の液体に太陽の光がきらめき、輝くさまをうっとりと見つめる。

「全てが終わったら、あれは私がいただいても良い。その約束よね」

「ええ勿論。中に蓄積された力を全て取り出してしまえば、もう用のないものです」

「あなたは、その力でなにがしたいの?」

 ギアソンは答えず、背後のケートリィに見えるよう、窓の前から一歩横へ。

 パスリムの街並みは傾いていく太陽に照らされ、穏やかな橙色に染まっている。

「美しい眺めでしょう」

「ええ」

「一年と経たずに、この街は消える」

 ギアソンは振り返った。女吸血鬼がどんな顔をしたか、見るかのように。

「計画が進めば、西方世界は戦争の火種をかかえ、パスリムもそれを免れえない。かくてバーネンマイゼンが作り上げたものは全て灰燼に帰す」

「素敵ね」

 心底そうあれかしと願うように、ケートリィの赤い口が笑みにつりあがる。

「私の一族の憎き敵がことごとく滅び去るなんて。まるで夢のよう。でも、あなたは、なぜそれを願うのかしら。あなたは世界を戦火に沈めて、なにがしたいの」

「目的と手段が同じというだけのこと」

 ギアソンはグラスに口をつけて傾けた。

「私は見たい。この街が燃え盛る様を。あの尖塔が崩れゆく姿を。その後どうするかは、まだ私の予定にはない」

 そして酒を飲みほす。作法は整っていたが、あまりにもつまらなさそうな飲み方だった。

 ケートリィはそれを赤い眼で見ていた。やがて目を閉じ、ギアソンに告げる。

「もうすぐ陽が沈むわ」

「行くのですか」

「ええ。おかげさまで身体は戻ったから。ねぇ、あのお嬢ちゃんの中にある宝玉。それも返してもらう約束だけれど。その場でバラバラにしても良いのかしら」

「できれば無傷で。と言いたいところですが、手足は許しましょう。なにをしでかすか、わかりませんから」


 〇


 ポービズリーは面白いものを見ていた。

 報告にあった三人は後ろ手に縛られ、野営地近くの地面に座らされている。数名の兵が警戒しているものの、三者に不満げ、不安げ、緊張の表情以外で抵抗するそぶりはない。

拘束されている側からすれば面白くもなんともないが、たくましい軍人と少年少女という、ちぐはぐな三人組の取り合わせは、見る側としては興味深いものだった。

 密偵にしては三人とも嘘をつけそうな顔をしていないし、単なる迷子にしては異国の軍装という男の姿は物騒すぎる。子どもを連れて後ろ暗いことをする理由は思いつかないが、しかし、自分はその目で彼らが不可解な場所で何かをしていたことを知っている。

「おやおや、お久しぶりです」

「さっきの学者様じゃねえか」少女が睨むように顔を向ける。「ああ久しぶりだよ。あんたが下水道にいたのは、やっぱり私らを捕まえるつもりだったんだな」

「捕まえる? なんのことです」

「しらばっくれんな。それともあの水路の入り口でも探してたのか。あのムスーっとしたもう一人の学者様が魔法を使えば、色々わかりそうだもんな」

「まあまあ、まあまあ、落ち着いて」ポービズリーは苦笑を浮かべながら、少女の敵意を手で抑えるジェスチャーをした。「なにやら酷い言われようですが、どうもお互い見解に食い違いがあるようで。少し話しあいましょう。気楽にね」


 囚われの三人は、ロンビオンの地上天幕の中に連れられ、そこで拘束を解かれた。

「これをどうぞ。濡れたままでは風邪をひきますよ」

 従卒の兵が白く清潔で大きなタオルを三人分もってきた。

「ふっかふかだな。こいつはいい。新品をもらうなんて悪いな」

「いえいえ、それは船内で洗濯したものです」

「へえ、使用済みでこれか。世界帝国ってのはこんなのも作れるのか」

「紡績は我が国の主要産業ですから」

「ううむ……我が国とはまるで違うのである」

 遠慮なくタオルを使い満足気な少女の横で、軍装の男が悔しいようにも観念したようにも思える顔をする。

「どうぞ、そこの椅子にかけてください。ああ、濡らしても構いませんよ。なんなら、そのタオルを下に敷けば良いかと。さて」

 天幕内で、三人と一人が向き合うように椅子に腰を下ろした。

「そうですね、いきなり『おまえたちの目的はなんだ』と聞いても、教えてはくれないでしょう」

「そりゃ当たり前だな。私らとお前らは敵同士だ」

「まずその認識が、私としては不本意なのですが」ポービズリーは悩まし気に苦笑する。「ではこうしましょう。最初に私の見解を述べるということで」

 ふうむ、とポービズリーは少し考えるようなそぶりをし、口を開く。

「あなた方は、オストワイムやターラントのスパイ、ではないでしょう。我々のことを探るにしては行動が不可解ですし、むしろ将軍閣下はあなた方を躍起になって探そうとしている節があった。つまり、あなた方は追われる側の立場にある。ではその理由は何か。少なくとも我々ロンビオン側には存在しません。なにしろこちらに来たばかりで、現地の人間を捕まえるようなトラブルが起こりえない」

 となると、と彼は一拍をおく。

「考えられるのは、あなた方はこのパスリムにおける何かしらの問題に関わっている、ということ。それは中央時計塔絡みと見て間違いない」

「……なんでそう思う」

「うちの将軍閣下が、中央時計塔と接触しているからですよ。あなた達と下水道で別れた後、我々は我が軍の兵と合流しました。そのタイミングを考えるに、将軍閣下があなた方への追跡命令を出したのは、彼らとの会談が行われた直後ということになります。すると? つまり?」

 ポービズリーはそこで首を傾げる。

「さてここからは推測しようがありません。なぜなら、私はあなた方と中央時計塔との間にいかなるトラブルが起きたか知らないからです。おまけに、もっと不可解なものがあるせいで、余計に想像がつきません」

「不可解なもの?」

「あなた方が運んでいた、あの人形ですよ」

 三人の反応は無言だったが、わずかに緊張した気配があった。

「あれはいったい何なのですか。見たところ等身大の人形……に見えますが。ただの模型とは思えない。これは確認なんですが、あれはもしかして、動いたりするので?」

「逆に聞くけどさ」少女が問い返す。「あんたは見てないのか?」

 なにを、というポービズリーの疑問は、いぶかしげな視線によって黙殺された。

「ふむふむ、なにやらあのあと一悶着あったようですね。なるほど」

 そこでポービズリーは思案するように口を閉ざし、しばらくして再び開いた。

「可能性は色々と考えられます。あの人形が、あなた方の言っていた探し物だった。あるいは理由あって偶然拾ったものだった。どちらにせよ、あれを作ったのは中央時計塔でしょう。あれだけのものを作れる技術と設備を持っているのは、他にないはず」

 三人が押し黙っているのを見て、ポービズリーはそれを肯定と受け取った。もし仮に彼らが人形の元々の所有者・制作者であったのなら、何かしら反発が見えただろうからだ。平静を装ったとしても三者とも上手く隠せるとは思えなかった。

「そのあたりを考えて、私の見解に結論を出しますと。あなた方は我々と別れた後、将軍閣下の出した我が軍と、そしておそらく中央時計塔との間で、なにかトラブルが生じ、結果としてここへたどり着いた。だいたいの経緯はこんなものでしょう。詳しい事情はわかりませんし、互いの目的もよくわかりません。しかし」

 パン、と注目を引くために軽く手を叩く。

「これだけは言えます。あなた方と私たちは、協力できる余地がある、と」

 は? という顔を少女が浮かべた。

「なんでそうなるんだ」

「ウィゼア嬢」横に座る男が険しい顔で少女に声をかける。「自分は、この者に事情を説明すべきと考えるのである」

「はあ? どうしちまったんだよ騎士様、どうして」

「自分が思うに……」

 騎士様と呼ばれた男はポービズリーをじっと見、重々しい口調で問うた。

「おぬしの口ぶり、まるでその将軍閣下とやらが、同じ仲間ではないかのようである。もしや、おぬしとロンビオンの軍兵は、それぞれ別の目的で動いておらぬか?」


 デッケンベルターの解答に、ポービズリーは拍手を送り、しかし採点を忘れなかった。

「惜しい。私と兵士たち、ではありません。いいでしょう、お教えしますが、この船は現在二つの派閥に別れています。すなわち帝国陸軍と帝国海軍とに、です」

「一つの船に二つの軍が乗っているのであるか?」

「ええ。しかもそれぞれに指揮官を戴くという有様で」

「それっておかしいことなのか?」

 ウィゼアの素朴な問いに、ポービズリーは微笑する。

「ええ、大変おかしいことです。命令を出す人間が二人もいると指揮系統の混乱を招くだけ。ですが今回の世界一周、未開地の探検行も含むということで、陸軍からも将兵が乗り込んでいるんですよ。表向きはそんな理由なんですが」

「その口ぶりじゃあ、学者様は海軍のほうみたいだな」

「そしてあなた方を追ったのは陸軍です」

 複雑ですよねぇ、とポービズリーは天を仰ぐ。

「派閥が違うから信頼してほしい、なんて言っても、すぐには難しいでしょうけれど」

「学者様、っていうか、海軍の人らはなんで陸軍と別れてるんだ。目的は?」

「さて、それは」問いに対し、意地悪げに人差し指を口の前にもってゆく。「極秘事項に抵触します。ここから先は情報交換というのでどうでしょう? 我々はあなた方が誰で、なぜ陸軍側から追われているのかを知りたい。あわよくばこの街での協力者にしたい。あなた方はどうです? なにが知りたいですか? 協力していただければ喜んでお話ししますよ」

 ウィゼアとデッケンベルターは顔を見合わせる。やがてウィゼアが返答を述べた。

「わかった。かいつまんで話そう。だけど情報を引き出して用済みになったら即始末、ってのはなしだぜ。この騎士様は強―い援軍を呼べるんだ。変な真似したら噛みつくぞ」

「わかりました、わかりました」ポービズリーは苦笑いして両手を上げた。「なんなら宣誓書でも用意しましょうか?」


 ウィゼアたちはこれまでの経緯を語った。全てではなかった。特にウィゼアの正体については意図して語らなかった。

 しかしそれはすぐに指摘されてしまう。

「少しいいですか。貴女が時計王の正統な後継者である、というのは確かなんですね」

「お姫様には見えないってか?」

「いいえ素敵なお嬢さんですとも。ただおかしいんですよ。中央時計塔は確かに時計王の工房を受け継いでいます。けれどバーネンマイゼンという一族が続いていたという記録はないんです。出生記録とか、死亡記録とか」

 思わぬ奇襲にウィゼアは言いよどんだ。

「な、ないって、なんで」

「それは調べましたから。私の同僚が」

「おぬし、ただの学者ではないようであるな?」

「本業は学者です」ポービズリーは肩をすくめた。「ただ言語学というのはスパイ向きの学問でしてね。たまに雇われるんですよ。私には向いてないと思うんですがねぇ」

「確かに向いてねえな、普通そういうこと自分で言うスパイいないぞ」

「それにほら、こうして尋問するのも下手でしょう」おどけた言い方をしながら、ポービズリーは本題に戻る。「で、結局貴女は何者なのです?」

 どこが下手なんだ、とぼやきながらウィゼアは言い返す。

「悪いがそれは言えない。ただ後継者だってことだけは確かだ。今じゃもう過去形かもしれないけどな。探ってたんなら知ってると思うが、どうせあのギアソンの野郎だろ」

「ご明察。長いこと中央時計塔はギアソン家の当主が代表を務めています。なるほど、そのあたり書類記録には残らない、裏の事情がありそうですね」

 一人で得心したように頷くポービズリー。まさか目の前の少女が、時計王によって百年前に作られた人形であるとは、流石に推察することはできないようだった。

「そのあたり面白い話もあるのですが、先にお約束通りこちらの事情を説明しましょう」

 ポービズリーは教師のごとく講釈をはじめる。

「我が祖国は、世界帝国などと呼ばれるほど巨大になりました。しかし大きくなれば一枚岩ではいられません。特に軍事面では、国が大きくなったのだからもっと強い力が欲しい、という意見と、国が大きくなれば敵も増えるから外交を大事にしたい、という意見が出てくるわけです。さて、この軍事力を増やしたい人たちのうち、陸軍にいる方々が何か怪しい動きをしているぞ、というのがわかりました。帝国議会にも働きかけて、飛行船に将兵を乗り込ませたからには、きっと世界一周の途中で何かをしたいのだろう、というのも推測できました。そこから先の目的と計画は不明でしたが。敵もさるもの情報封鎖は徹底してましたので。ただ、このパスリムの街が彼らの目的地であることは突きとめました」

 コホン、と咳払いをするが、それも教師の真似事を強調しているかのようだった。

「まあそれで、相手の目的は何か、まさに今現在調査中なのですよ。陸軍が中央時計塔となんらかの取引をしたこと、それから学術調査中だった私とマゴンサット卿を臨時で動員したから、あの下水道や魔法の扉の先に何かがあること。そのあたりまでは掴めていたのですが」

「兵器だ」ウィゼアが苦しむように呟く。「ロンビオンに渡す新兵器」

「その話が本当だとすれば、彼らの行動にも納得がいきます。なるほど恐ろしい話ですし、また理想に適している。都市一つを壊滅できるほどの兵器、そんなものがあれば、我が国は領土争いから植民地経営まで、おおかたの軍事問題が解決する。いやはや、これでは軍拡派が動くわけですよ、下手をすれば穏健な人たちさえ主義を反しかねない」

「おいおい、怖いことを言うなよ」

「無論、私は主義を返上しませんよ」皮肉気な笑みをポービズリーは浮かべた。「これは受け売りですがね、古来強大な軍事力を持った国家は、皆ひとしく滅びている。新兵器なんて、手にしたところですぐ他の国も持つようになる。だから無意味だ。だ、そうで」

「しかし国家の元首はどう思うであろう」

 重々しくデッケンベルターは問う。

「民を守るためには武器がいるものである。いかなる力であろうと、わずかな間だけであろうと、国を強くすることを躊躇うとは思えぬ。先に他の国がそれを手にしてしまえば、より苦しい立場になるであろう?」

「ところが今回、我が国はそれを躊躇っているんですよ。ああ、これは最重要機密でした」うっかり口走ってしまった、という風をこの言語学者は装った。「ま、良いでしょう。なぜならこれは、あなた方にも関わりがありそうな話ですから」

「どういうことだ?」

 ウィゼアの問いに、ポービズリーは笑みを潜め、真面目な面持ちになった。

「先ほど申し上げましたね、面白い話がある、と。我々は中央時計塔について記録を漁りました。お嬢さん、貴女の経歴がどこにもなかった他には、特にこれといって記録の捏造や改竄、抹消の痕跡は見られませんでした。ぱっと見ただけでは、おかしいところはなにも」

「だけど、なにかがあった、と?」

「中央時計塔の代表を務めるギアソン家。あなた方にとっては現在敵対関係にある人物ですが。この家系、ちょっとおかしいんですよ」

「まあ、兵器を作って売りつけようなんて考えるやつが出てくる家だしな」

「いいえ、そういう意味ではなく。代々の当主の経歴が同じなんです」

 は? という顔に向かって、彼は続けた。

「ギアソン家はパスリム建設時からある名家。百年以上続いているわけですから当然代替わりはしています。ところが記録を見ると、歴代当主の経歴はどれも似ているんですよ。当主の座についた歳、中央時計塔で働いていた期間、そして亡くなった没年。そのどれもが同じ年齢になっている。およそ二十年周期で」

 まるで怪談です、とポービズリーは呟く。

「病気や怪我による引退はなく、健康的とも言えますし、あるいは決まった年齢で亡くなるから呪われているとも言えます。しかしこれだけ判で押したような記録が続くとは……ねえお嬢さん、そのギアソンという人物、本当に人間なんでしょうか?」

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