五 時計都市の深部

 パスリムの時計塔の中で、街の建設当初からある最古のものは、市街のあちこちに建てられた浄水塔または給水塔と呼ばれるものである。

 時計を作るためには不純物のない水が必要不可欠のため、それを供給する時計塔のまわりには、時計工房が我先にと集まった。ジーマイアー街もそうした工房街の最たる例であり、この塔は中央時計塔の真東に位置していることから、三時塔と呼ばれていた。


「こんなところに隠れる場所があるのか?」

 ウィゼアは訝しんだ。いくつもの補修跡がある古い塔は、さほど大きくもなく、中に潜んだとしても数人がかりで調べられれば見つかるのは時間の問題だろう。

 さらに三時塔への入口は、当然ながら施錠されていた。しかしランゼルは塔の中には入ろうとせず、下を向きながら外周を歩いて行った。

「確か、このあたりだったはず……」

 やがてランゼルは目当てのものを見つけた。雑草の陰に隠れていたのは、大きな鉄格子。それを掴み、横へずらす。

「これはなんであるか?」

「下水道への入口。ここのところ晴れていたから、下は増水していないはずだ」

「なるほど。隠れるにしても、別の場所へ逃げるにしても、便利な抜け道ってわけだな」

「では自分がまず安全を確かめるのである」

 デッケンベルターは率先して下水への縦穴を降りていった。ランゼルが渡した照明用時計の光が、どんどんと小さくなっていく。

「えらく深いな」

「浅いと溢れ出して困るからね。さあ先に降りて。僕はこいつを閉めてから行くから」


 下水道の暗闇の中を、光で照らしながら、三人は奥へと進んでいく。

 空気は晩秋のように冷たく、雨上がりのようにじめじめとしている。

「これからどこへ向かうんだ?」

「流れを下ろう。この下水は街の外の川へ通じているから、どこかで地上に出るはずだ」

「ランゼル殿は、よく知っているのであるか?」

「流石に入ったのはこれが初めてだけど。そういう生業の人から聞いたことがあって」

 想像以上に怖くはなかったな、とランゼルは思った。陽の届かぬ暗黒に包まれているが、今のところ足を滑らせる以外の危険はない。むしろ捕まるかもしれない地上より安全とすら言えるだろう。

「このような場所にいると、昔話にある脱出路を思い出すのである」

 先頭に立って危険がないか確かめながら、デッケンベルターが言った。

「古の北方帝国が築いた城砦には、いざという時のために抜け穴や抜け道が用意されていたという。我がターラントにも帝国崩壊前に建てられた城や館が数多あり、それらのどこかに財宝が隠されているという伝説が、いくつも語られているのである」

 へぇー、とウィゼアが関心を示した。

「王や貴族の金銀財宝、ってやつだな。見つかったりしたのか?」

「本当にあれば良かったのであるが。残念ながら」

「ま、うちのクソじじいの遺産みたいに、あればあったで迷惑な宝もあるからな。無いほうが良いのかもしれねぇ」

「えてして財宝というものは、それを守る竜に呪われているものである。労せず手に入れても幸せにはなれぬという戒めであろうな。とはいえ苦労はしたくないものであるが」

 ちがいない、とウィゼアは笑った。

 ランゼルも笑いながら、この人は暗闇で気分が沈まないように、おとぎ話を口にしてくれたんだろうな、と思った。

「む」不意にデッケンベルターの足が止まった。「待つのである、二人とも」

 三人の足が止まる。しかし耳をすましてみれば、流れる水だけではない、パシャリパシャリという水音が、かすかに聞こえていた。

 デッケンベルターが光を手で覆い隠すと、暗闇の向こうがぼんやりと明るくなっているのが見てとれた。

 やがてその光と水音はどんどんと大きくなり、明らかに誰かが近づいてきていた。

 三人は息を殺して待ち構える。

 そして光がすぐそこまできた時、狭い下水道に声が何度も反復して響き渡った。

「おぅい、ここは俺の縄張りだぞ。とっとと引き返せ」

 大人のような子どものような、妙に甲高い声だった。

 声の主はさらに近づくと、今度は驚いた声を出した。

「おやぁ、そこにいるのはランゼルの旦那じゃないですか。なにをしているんで?」


 ランゼルら三人は、新たに現れた四人目の後に続いて下水道を進みはじめた。

「ヒヒヒ、そいつぁ災難でしたなぁ」

 先頭を慣れた足取りで歩いていくのは、奇妙な男である。背丈は子どものように小さく、ヘルメットとゴーグルを被り、顔は巻きつけた布によって目元以外が見えない。汚れた服に厚手の手袋と長靴。背には背負い袋と大きなシャベルをかつぎ、火の灯るカンテラを握っている。

「地下に逃げたのは正解ですぜ。ここぁ俺ら以外の人間にとっちゃ底なしのゴミ溜めでさぁ。おまわりだって命綱がなけりゃ二度と戻れねぇ」

「僕ら、とにかく安全なところへ行きたいんだけど。できたら、街の外に」

「お安いご用。ちと遠回りですが、いい道ご案内しますぜ」

 愉快げに笑う小男を見ながら、ウィゼアがランゼルに聞いた。

「おまえ、妙なのと知り合いだな」

「前に、試作品の時計をあげただけなんだけど」

「それだけ?」

 怪しむウィゼアに、小男が答える。

「ヒヒ、お嬢ちゃん、アンタにゃわかんねぇだろぉな。ここが天下の時計都市だからって、みんながみんな、時計をもらえるわけじゃねぇ。特に俺らみたいなドブさらいは」

「ドブさらい?」

「暗渠掘りの人たちだよ」ランゼルが補足した。「下水道が詰まらないよう、溜まった泥やゴミをかき出して、綺麗にしてくれるんだ」

「さらうのはドブだけじゃねぇ。小銭や、たまーに貴族の人が落っことしちまったピカピカした石っころだって拾う。こう見えて、俺ら一族は財産もちなんでさ」

「じゃあ時計の一つぐらい買えるだろ」

「ご覧の通りの真っ暗闇。お天道様が見えなきゃ昼か夜かもわからねぇ。時計が欲しくて頼んでも、下水暮らしにゃ見せてもくれぬ。どうせおまえら持ってても、汚水で壊すだけだとさ」

 小男は笑いながら自虐的な節で歌う。

「身体が水に浸かるから、時計が濡れて錆びてしまうんだ。だからどこの店も売りたがらない。すぐ壊れるって評判が立っちゃうと困るし」

「ほほう、にも関わらずランゼル殿は時計を与えたと。殊勝な心がけであるな」

「いや、水の中でも平気な時計って面白そうだなー、って、思わず作っちゃって」

「おまえの時計馬鹿はほんと色んな意味でひっどいな」

 ヒヒヒ、と小男が笑い、懐から時計を出して見せた。

「旦那には感謝してますぜ。こぅして重宝しとるんですから」

「あれ、まだ動いていたの。そろそろ壊れたかなって思ってたけど」

「大事に使ってる、ってぇのもありますが、こいつぁなかなか丈夫ですぜ」

 再び時計をしまうと、小男は言った。

「こんな良いもんをもらったんだ、お代がわりに今度は俺が旦那を手助けしまさぁ」


 四人は暗い下水道を、長いこと歩いた。

 石組みの道は最初、低く狭かったが、他の水道と合流するうちに、高く広くなっていった。

 途中、何人かのドブさらいをする者の姿を見た。皆、最初に出会った男と同じような小ささで、似たような恰好をし、下水の汚泥をかき出しては、それをまるで砂金採りのごとくふるいにかけ、なにかが出るのを待つように黙々と働いていた。

「あれらは皆、おぬしの縁者なのであるか?」

「俺ら一族は、先祖代々由緒正しきドブさらいよぅ。上の人間より背は小せぇが、ここじゃそのほうが動きやすくて丁度いいのさ」

 そうして進むうち、やがて横道が多くなっていった。小男がそれらを指す。

「ここらは道がゴチャゴチャしてて、俺らでも迷いやすいんで、気ぃつけてくだせぇよ。しばらく行きゃあムイトン街の泥出し場。数少ない、太陽が見えるところでさ」

「外に出られるのはありがてぇが、見つかったりしないか?」

「ヒヒ、あんなゴミ溜めに来るやつぁいませんぜ」

「ふむ、であればリーズを呼んで、そこから遠くへ逃げるのも手であるな」

「どうやって呼ぶんです?」

「この地に魔法の時計があるように、我がターラントにも魔法のボタンがあるのだ」

 デッケンベルターは誇らしげに胸をはる。そこには三つのボタンがきらめいていた。

「この服の前に縫い付けてあるのは、魔法がこめられたボタンである。一番上は、竜と心をかよわすもので、これでリーズを呼ぶことができる」

「へぇー、便利だな」

「シャペオン様たちが工房に来られたのも、それで教えてもらったんですね」

「こうしたボタンは、かつて北方帝国の騎士たちが身に帯び、いくさ場においては御首級のかわりとして認められたという。これは我が家が代々守り続けてきた最後の三つである」

 そんな話をしながら歩いていると、小男が急に足を止めた。

「うぅん?」

「どうした?」

「誰か来る」

 言われてよく見てみれば、確かにゆらゆらと揺れる光がある。

「またドブさらいの人かな」

「いんや、火の位置が高い。ありゃ俺らじゃねぇ、上の人間だ」

 確かに、背の低い小男らが持つカンテラよりも、光は高い場所でゆらめいている。

「追手であろうか」

「まさか」ランゼルは思わず口を開く。「先回りするにしても、どうやって僕らの場所を?」

「ありえなくは、ないだろうな」

 ウィゼアは一歩後ろに退いた。思わず後ずさったか、いつでも逃げられる備えか。

 そうこうするうち、前方からの光が四人をとらえた。

 同時に、声が来る。

「おや?」

 向こうも驚いたような声だった

「こんなところで、人に会うとは思いませんでしたね。ピクニックですか?」

 現れたのは、奇妙ないでたちの若い男であった。長靴に手袋は、下水道において妥当なものだが、長い外套を、すそが下水につからないよう高い位置で止めている。つばのある帽子を被っているが、地の底で頭を守るにはヘルメットより頼りないものだ。

「ヒヒ、ヒ。ピクニックにゃ向かねぇ場所さ。そういうアンタはバカンスってやつかぃ?」

 小男が腹をかかえて笑うと、向こうも柔和な顔をさらに笑顔にした。

「そうだったら良かったのですが。あいにくと仕事中でして」

「仕事?」

 その時、声らしきものが聞こえてきた。

「ポービズリー君」

 まるで寝起きの熊が呻るような声と共に、暗闇からぬっと新たな顔が現れ、ランゼルたちをぎょっとさせた。

 気だるげな目に、無感情な口、あごにヒゲをたくわえた無表情な壮年の男の顔だ。若い男の背後の暗闇に半ば溶け込んでいるが、どうやら身をかがめているらしく、背筋をのばせば大変な長身であることがうかがえた。

「ああ、マゴンサット卿。どうしました」

「灯りを」

 ぶっきらぼうに異国の言葉でそれだけを告げると、寝起きの穴熊のような大男は若い男からカンテラを手渡され、のっしのっしと元来た道を戻っていった。

「すみません」若い男は困ったように言った。「進む先が同じなら、ご一緒してもよろしいですか。なにしろ灯りを持っていかれましたし、転びたくありませんので」 


 地底の奇妙な同行者は五人となった。

「私はロンビオンの王立学院に籍をおくポービズリーといいます。専門は言語学で、さっきのは同じく歴史学博士のマゴンサット卿です」

 ランゼルの後ろでウィゼアが「ロンビオン……」と小さく呟いた。

「ロンビオンってことは、もしかして飛行船に乗ってきたんですか?」

「ええ。我々は専門家として世界一周の旅に同行しています」

「そのお偉い学者様が、なんでこんなところにいるんだ?」

「付き添いですよ」ポービズリーは苦笑した。「マゴンサット卿は優れた碩学であり、魔法使いでもありますが、ご覧になったように、自身の研究以外には無頓着な人ですから。放っておいたらこの下水道に何十年も住み着いてしまうでしょうね」

 それはポービズリーにとっては笑いを誘うための冗談だったのかもしれない。しかしランゼルたちは誰も笑わなかった。目の前の男が敵なのか否か、わからなかったからである。

「あなたがたのほうは、どうしてここに?」

「探しものである」あらかじめ皆で決めておいた言い訳を、デッケンベルターは喋った。「我が主が指輪を落としてしまい、それを探すために、この者に案内してもらっているのである」

「おや。あなた、もしかしてターラントの方では?」

「な、なぜわかったのであるか?」

「少し北のほうの訛りがありますね。オストワイムもターラントも旧北方帝国の言語圏に属していて、日常会話はほとんど変わりませんが、それでも多少の違いがありますから」

「今のでわかるんですか」

「これでも言語学者ですので」ポービズリーは謙遜するように言った。「それで、きみは? どうして子どもが二人もいるんだい」

「あっ、えっと、その、僕はこの街に住んでて、それでこの人が指輪を探したいっていうから、下水道の入り口に案内して、それで、はい、そのまま」

「なるほど。そちらのお嬢さんは?」

「私がそいつの主人だ」

 半ばやけっぱちなウィゼアの返答に、しかしポービズリーは大笑いした。

「あっはっは。そうですか、そうですか。令嬢自らとは、よほど大事な指輪なんですね」

「ヒッヒッヒ、見つかった時ぁ、手間賃をはずんでくだせぇよ、お嬢様」

 嘘話にのっかった小男に、ウィゼアは「調子にのんな」と呟いた。


 ポービズリーをおいて一人で去っていったマゴンサット卿は、ランゼルたちが追い付いた時、下水道の壁に手をついていた。

「あれは何をしているんですか?」

「彼は、手で触れたものが、どれくらい古い時代のものなのかが、わかるんです」

「……この下水道はとても古い」マゴンサット卿が誰ともなしに呟いた。ややぎこちないが、オストワイムの言葉だった。「上で触った建物より古い」

「パスリムが建設されたのは、百年前だから、それくらいですか」

 ランゼルの問いかけに、マゴンサット卿は首を横にふった。

「いや、それよりはるかに古い」

「北方帝国時代のものですか」今度はポービズリーがたずねた。「最盛期にはこのあたりも勢力圏だったと聞いていますが」

「それ以前だ。千年以上、いや千五百から千六百年以上前、といったところか」

「その頃でこれだけの建築技術を持っていたとなると、南の古代帝国しかありませんね」

「このあたりも植民地か、入植地だったという証拠だ」

「ヒヒヒ、こりゃぁおったまげた」小男が言った。「俺ら一族は百年前にここへ住み着いたらしいが、それより前からこの下水はあったんかぁ」

 百年前、と聞いて、ランゼルは思わずたずねた。

「伝説だと、時計王がはじめてこの地を開拓したんだと聞いています。時計王はこの下水道のことを知っていたんでしょうか」

「わからん」マゴンサット卿は相変わらず壁面を調べながら言った。「だが古文書によれば、南方帝国では都市を建設する土地を選ぶ際、儀式的な側面を重視したという。ここもそれに則っているのだとしたら、この地は魔法の力が集まりやすいのだろう」

「魔法が、集まりやすい?」

「土地にも相性がある。豊かな地、貧しい地、呪われている地。古代、人々はそうした土地選びを重視した。ここが世界的な時計工房の街となったのも、あるいは魔法機械を作るに適していたからかもしれん」

「つまり時計王がここに都市を建設したのも、下水道があったことより、魔法の時計を作りやすい環境だったことが、決め手になったと」

 ポービズリーの仮説に、マゴンサット卿は異を唱えた。

「下水は生活基盤を支える重要な仕組みだ。これだけでも大きな理由にはなる。判断を急ぐのは禁物だ」

 その後も二人のロンビオン人は、小難しい言葉で穏やかな議論を重ねていった。つい話に引き込まれてしまったが、ランゼルたちはその場を後にすることにした。

「では、自分たちはこれで失礼するのである。まだ探し物が見つかっておらぬゆえ」

「お気をつけて。見つかることを祈っていますよ」


 遠ざかるポービズリーたちの光を肩越しに振り返りながら、ランゼルは呟く。

「悪い人たちでは、なさそうだったね」

「だといいけどな」ウィゼアは半信半疑だった。「飛行船に乗ってきたってことは、中央と繋がりがある連中だ。それがこんな場所にいるってだけで怪しいだろ」

「我々のことを、まだ聞かされておらぬのではないか」

「かもな。だとしたら早いところ、ここから離れたほうがいい。道案内頼むぜ、あんただけが頼りだ」

「ヒヒヒ、頼られるってのぁ嬉しぃねぇ」小男は愉快そうに笑った。「けど泥出し場はすぐそこでさ。そら、もうすぐお天道様が見えますぜ」

 小男が指さす先、暗闇の向こうに、ぼんやりとした光が見えた。

「さっきの先生方も、あそこから入ってきたんでしょうな」

「ようやく外か。早く出ようぜ」

 ウィゼアの言葉に、ランゼルたちは心持ち早足になった。

 バシャバシャと水音が立ち、それがどんどんと大きくなり、下水道の壁に反響していく。

「む」

 と、デッケンベルターが急に立ち止まり、あとに続くランゼルとウィゼアがぶつかりそうになった。

「ど、どうしたんです」

「足音が増えておらぬか」

「なに?」

 言われてみれば確かに、ランゼルたちは立ち止まったのに、水をはねる足音が鳴り止まない。むしろそれは、段々と大きく、近づいてきて……。

 突然、前方から光が投げかけられた。ランタンの淡いゆらめくような光ではない、鏡を使って集められた、投光器の強い光だった。

「いたぞ!」

 叫び声と、警笛の甲高い音が鳴り響き、大勢の人間の駆け足と水しぶきの音が襲い掛かってきた。

「走れ! 逃げるのだ!」

 ランゼルたちは背後への逃走をはじめた。意外にも、先頭を軽々と行くのは、足が短く歩幅も小さいはずの小男だった。勝手知ったる下水道に慣れているがゆえだった。

「ヒーヒ、ヒィ、おまわりのくせに珍しく仕事しやがってぇ」

「いや違う!」最後尾を走るデッケンベルターが言った。「銃を持っていた。あれは兵隊である! 服はロンビオンのものであった!」

「ロンビオン!? なんで!?」

「わからぬ!」

「待て、こっちはさっきの学者様がいる。挟み撃ちにされるぞ!」

 ウィゼアがそう言うと、先を走っていた小男が、急に横道へ入っていった。

 灯りは、最後尾のデッケンベルターと、先頭の小男が持っていた。暗闇を走り続けるわけにもいかず、続くウィゼアも、そしてランゼルとデッケンベルターも横道へ曲がった。

 ところが、その小さな下水道を駆けていくと、前方に大きな壁が見えてきた。行き止まりだった。おかしなことに、この道へ入ったはずの小男の姿がない。

「行き止まりだと! あいつ、どこいった!?」

「脇道なんてなかったはずなのに!」

 慌てて周囲を見渡すが、他に通じる下水道も、人が隠れられる穴も、どこにもなかった。

「くそっ!」ウィゼアは行き止まりの壁に拳をぶつけた。「どうなっていやがる!」


 ロンビオン兵たちは、三人を追って横道へと突入していった。

「後続は明かりを絶やすな、どこに潜んでいるかわからんぞ」

「見つけ次第、拘束しろ。男はもちろん、女も逃走しようとすれば発砲して構わぬ」

 長銃を手にした分隊が下水道を駆け抜けていく。

 やがて彼らは、前方に大きな壁があるのを見つけた。

「行き止まりです!」

「他に道は」

「ありません」

「もっとよく探せ!」

 そうこうするうち、後続の隊も追い付いてきた。

「完全な一本道です。ネズミ一匹、隠れられるところはありません」

「そんな馬鹿な。やつら、いったいどこへ」

 困惑する彼らに、返答するものはいなかった。

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