三 時計都市の陰謀

 飛竜に掴まれながら、ランゼルは声をあげた。

「ねぇ、どこかに降ろしてくれないかな」

 竜は答えない。自分たちを助けてくれたのは間違いないが、何かの拍子に手を放されて、地上に向かって真っ逆さま、なんてことにならないか、ランゼルは気が気でなかった。

「あの騎士様はなんて言ってたっけなぁ」ランゼルの横で同じく掴まれているウィゼアが呟いた。「確か、リーズ、だっけ」

 それに応えるように、竜はクェーエ、といなないた。

「お、合ってた。おーいリーズ、私たちを降ろしてくれ。どっか安全なところにさ」

 再びクェーエといななき、飛竜リーズは身を翻すと街に向けて戻っていった。

「あ、前の塔」ランゼルが街の中に立つ塔を指さす。「三時塔だ。あれの近くに降ろして!」


 ジーマイアー街は、パスリムで最も大きな工房街である。

 ベルランフィエの時計工房もまた、ここに居を構えていた。工房と倉庫と宿所を兼ねた建物は大きく、馬車を入れるための広い空き地も有している。

 ランゼルの導きでその空き地に着地した飛竜は、二人を地面に降ろした。

「ありがとな。よーしよし、おまえは賢いなぁ」

 ウィゼアが顔をなでると、竜も気持ちよさげに喉を鳴らした。小型とはいえ軍馬のように大きく、その体躯には人に飼いならされる以前の北方の竜の威厳がまだ残されていた。

 飛竜リーズは首をもたげると、翼を広げた。

「もう行くのか。おまえのご主人によろしくな」

 ウィゼアとランゼルは手を振り、命の恩人である竜が夜空に消えていくのを見送った。

「んじゃ、私らも行くか」

 そう言ってウィゼアは歩き出そうとしたが、靴底が砕けていた足を砂利にとられ、よろめき、そこをランゼルに支えられた。

「おっと、悪い」

「肩を貸すよ。ほら、あそこが玄関だ」

 二人は並んで、ベルランフィエが誇る工房へと歩いていった。

「おまえもありがとうよ。見事な啖呵だったぜ」

「あれは勢いというか、思わず口に出ちゃったっていうか」

「いいのさ、それで」

 ウィゼアは笑った。


「ランゼルじゃないか。他の連中より遅れるって聞いていたが、早かったな」

 工房の中に入ると、すぐに時計職人の一人と出くわした。百年祭を目前にして、今夜も工房には多くの技師たちが詰めており、まだ昼間であるかのように話し声や機械の音が建物の中を飛び交っていた。

「どちらさんだ、その子は」

「ええと……」

 なんと紹介したものか。ウィゼアが何者なのか、何故追われていたのか、ランゼルはまだ詳しい事情を聞いていなかった。

 そんなランゼルをよそに、少女が口を開く。

「ベルランフィエの人間に、ぜひ聞いてもらいたいことがある」

「どこのお嬢様かは存じませんが、うちは今忙しいんだ。目覚まし時計の注文なら、お父さんに頼みな」

 とりつく島もない返答に、ウィゼアは苛立ったように口を歪めた。

「ああもう、言いたかなかったんだがな」

 そして背筋をのばし、まっすぐ相手を見て言った。

「私はウィゼア・バーネンマイゼン。このパスリムの街にかかわる重大な話を伝えるために、中央時計塔から来た」


 バーネンマイゼンの名前は効果的だった。少なくとも、伝説の時計王と同じ名を自称する少女が、時計王の直系たる中央時計塔からやってきた、という話題がベルランフィエの工房の隅々まで波及し、ぞろぞろと手すきの時計職人たちが様子を見にやってくる程度には。

「この懐中時計はランゼルの見立て通り、確かに時計王の時代のものだ」

 食堂に集まった技師たちが、目の前にあるものを見て口々に言った。

「どこかにヴェンツェス翁の記名があれば、本物だと裏がとれるじゃろう」

「こっちの靴は本物だ。穴があいた方を分解してみたが、確かにヴェンツェス・バーネンマイゼンの刻印がある」

「百年も前にこれほど見事な仕事をするとは、伝説は本物だったか」

「それにしても派手にぶっ壊しやがって、その吸血鬼はひでぇ奴だぜ」

 そうだそうだ、と周りの技師たちが頷いた。

「お嬢さん」工房長である技師が顔をあげ、ウィゼアを見て言った。「あんたの言うとおり、これらは時計王の作ったもの、いわば遺産じゃな、それに間違いないじゃろう。ランゼル坊が言った襲われたという話も、信じよう。あやつは時計以外は不器用じゃ、嘘などつけん」

「ああ、傍から見ててもわかるぐらいの時計馬鹿だった」

「じゃが、お嬢さんが時計王に連なる者かどうかは、まだわからん。これらの品を受け継いだのか、盗んだのかまでは、これだけでは判断できんからの。そもそも時計王の血筋のことも、ウィゼアという名前も、わしは聞いたことがない」

 ウィゼアは黙って頷いたが、工房長の言葉は続いた。

「とはいえ悪い人間ではなさそうじゃ。ただ盗みを働いただけで殺されかける、ましてや吸血鬼に目をつけられる、というのは、いくらなんでも度が過ぎとる」

「私も、まさかあそこまでやるとは、思わなかった」

「じゃから、時計王の末裔としてではなく、何かの事件に巻き込まれた子としてなら、わしらは話を聞こう。どうかね」

 ウィゼアは力強く頷いた。

「それでいい。これは中央だけじゃなく、パスリム全体に関わる話だ。もう血統がどうとか言っている場合じゃない」


 ベルランフィエの技師たちを前にして、ウィゼアは食堂の椅子の上に登り、一段高い場所に立った。とはいえ少女の背丈のため、大人たちと目線の高さを合わせただけであったが。

「まず結論から言おう。中央時計塔は今、ある兵器を隠し持っている」

 兵器? という疑問の言葉が食堂のあちこちから出た。

「もちろんただの兵器じゃない。時計魔法陣の技術を転用した強力なやつだ」

「時計魔法陣による武器の製造は、国の法によって禁じられておる。パスリムでも例外ではないし、第一、それを取り締まっておったのは中央だろう」

「ああ。だが、百年前には、そんな法律はなかった」」

 ウィゼアの言葉に、技師たちはざわめいた。

 ウィゼアは一拍を置いて語りだす。

「中央時計塔の地下深くには、建設当初からある時計機構が隠されていて、中央はそれを代々守りつづけてきた。時計塔の土台よりも大きな、正体不明の装置だ。私たちはそれを『時計王の遺産』と呼んでいた」

「時計王の遺産! そんなものが実在したのか」

「正体不明とはどういうことだ?」

「時計魔法陣が使われていることは、確かだ。だがそれが何の魔法なのか、何を目的としたものかは、わからなかった。時計塔の基部にあるせいで下手な調査ができなかったし、百年の間に一度も魔法が作動しなかったから。まあ、もしかしたら壊れちまったのかもしれないが」

「それが、軍事兵器だと」

「あんたらも知ってるとは思うが、百年前、オストワイムは隣のレムマキアと戦争をしていた。この街ができたのは、その後。そんな時代になにかを秘密裏に作っていたとしたら」

「対レムマキア用の新兵器か」

技師たちの答えにウィゼアは頷く。

「いつそれが判明したのかは、わからない。けど最低でも一年前だ。一年前、私はやつらに裏切られ、閉じ込められた。そしてそれから中央は遺産と、さらに他の兵器の研究と開発をはじめたんだ」

「ちょっと待ってくれ」技師の一人が声をあげた。「すると、お嬢ちゃんは兵器がどんなものなのか知らないってことか? その、閉じ込められてたってことはよ」

「ああ。詳しいことはわからない。鉄砲なのか大砲なのか、それとも爆弾か」

「本当にそれが兵器だという証拠はないんだな」

「そうだな……遺産自体については、私は正体を知らない。実のところ、今の中央もどこまで把握できてるんだか」

 だが、と彼女は続ける。

「遺産はともかく、他にも問題がある。むしろこっちのほうが大問題だ。あんたらも時計職人なら、魔法の時計の仕組みは理解しているだろう。時計装置で魔法を発動させるためには、魔法の種類と使い方を決める魔法陣だけじゃなく、魔法の力を集める機構と、その力を貯め込んでおく鉱石が必要になる」

 ウィゼアは、あまりにも初歩的な話で技師たちが怒らぬよう、気をつけて喋った。

「で、だ。よく考えてくれ。百年ものあいだ、巨大な時計機構によって魔法の力が集められていたとしたら、それがどれだけのものになるか」

 技師たちは顔を見合わせ、絶句した。小さな時計魔法陣ですら、日々の暮らしに十分な力をあがなうことができる。ましてや中央の巨大な塔を支える基部と同じ大きさで、百年間も力を蓄え続けていたのだとしたら……。

「そして、やつらはこう考えた。そこに膨大な量の魔法の力が蓄えられている。それを何かに利用してしまおう、ってな」

「ま、まさか」

 ランゼルのあえぐような声に、ウィゼアは頷く。

「そうだ。中央の連中は、遺産の力を転用した兵器を作ったんだ。パスリムを何度も瓦礫の山に変えちまうぐらい、恐ろしい爆弾や大砲をな!」


「遺産の話、本当か?」

「中央の門は堅い。部外者には中の事情を一切漏らさんからのう」

「ううむ、真実だとしたら、えらいことだ」

 技師たちは半信半疑だったが、話を語る少女の真剣さを見て、大半は信じたようだった。

「それでお嬢さんは、そのことを外に伝えるために逃げ出してきた、と。それがなぜ、官憲ではなくベルランフィエなのだ?」

「いや待て、中央はパスリムの市政にもからんでおる。もしや官憲もグルなのでは?」

「そうだ、現に俺たちはさっき検問にあった」商工会館から大時計を運んできた技師の一人が言った。「そん時は、盗まれたのが凄いお宝だから、物々しいんだと思っていたが。この時計を見る限り、あそこまでする必要はないぜ」

「よほど、知られちゃまずい、ということか」

 ウィゼアは頷いた。

「そうだ。正直どこまで中央の息がかかっているか、わからなかった。ベルランフィエを頼ったのは、ランゼルと出会ったからってのもあるが、中央とはライバル関係にある時計店なら、まだ大丈夫だと思ったからだ」

「少なくとも、ここにおる連中は中央なんぞに指図されんわい。なあ皆」

 そうだそうだと技師たちが拳をふりあげた。

「それにベルランフィエは名門中の名門。ここならすぐ他の店に働きかけて、商工会を味方にできると思った」

「できるじゃろう。じゃがちと時間がかかるぞ。うちの名声はいっとう高いが、他の店を従えておるわけではないからの」

「時間は、残念だが、もうないんだ」

 沈痛な顔でウィゼアが言う。

「明日、ロンビオンから飛行船が来ることになっているな。中央が作った計測時計を積み込むために」

「今日の展示会にあったよ」ランゼルが言った。「航海用のやつだね」

「それは表向きだ。本当はその裏で、完成した兵器も一緒に積み込むことになっている」

 食堂にいた技師たち全員が騒然となった。

 ロンビオン。それは現代の西方世界において覇をとなえる大帝国である。工業技術の発展により国力を増し、世界中に植民地を建設し、世界帝国の名をほしいままにしていた。

「馬鹿な! あの世界帝国に武器をだと」

「売りさばくつもりか」

「買うだろうさ、あそこは植民地を治めるのに武器が必要だからな」

「御禁制を破った上に、外国へ密輸するなど、えらいことだぞ」

 喧々諤々と言い合う技師たちの中で、ランゼルだけが事態の深刻さを呑み込めてなかった。

「え、ええと……」

「ランゼル、おまえ時計以外のことも勉強しなきゃならんぞ」

 同僚の技師に背中を叩かれたランゼルを見て、ウィゼアが言う。

「そうだ。本当の問題は、それだ。時計都市を代表する中央が、新兵器をロンビオンに売る。ロンビオンはそれを使うだろう。強力で新しい武器だ。そうなったら、それを製造したパスリムはどうなる? 周りの国々は、そんな技術を持ったこの街を、ひいてはオストワイムを危険視するに決まってる」

 ウィゼアは椅子から机の上へと昇り、皆を見渡した。

「事はパスリムだけじゃない、この国そのものが危ないんだ。いや、そもそもロンビオンが技術を独占するために攻め込んでくるかもしれない。いざ戦争になれば、どれだけの国が巻き込まれるか。そうなる前に、なんとしても兵器がロンビオンへ渡るのを阻止しなきゃならないんだ!」


 解せぬ、という声が挙がった。

「なぜ中央はそんな馬鹿なことを。あそこは時計王の直系たる、パスリム一の技術者集団だ。どうして今さら、兵器開発などと危ない橋を渡る」

「客ならいくらでもやって来るだろうし、金に困っているとも思えん」

「中央ってだけで鼻にかけてる嫌なやつもいたが、そこまでするとは……」

 困惑の目がウィゼアに向けられた。それだけ、中央時計塔とはパスリムにおいて絶大な畏敬と信頼を集める権威の象徴なのである。

「まあな。いくら馬鹿どもでも、最初っから腐ってたわけじゃない。権力に溺れて堕落したやつもいたが、せいぜい一人や二人だった。それが、この一年で一気に傾いた」

 ウィゼアの顔が歪んだ。怒りのようにも、後悔のようにも見えた。

「全てやつのせいだ。私を閉じ込め、実権を奪い、中央を牛耳ったやつ」

「それは、誰?」

 その問いに、ウィゼアは歯をくいしばる。今度は紛うことなく、怒りが滲み出ていた。

「ギアソンだ」

「まさか!」

 誰のものともしれぬ声があがった。皆が同じように驚く。

「あの人が、まさか。中央の顔役じゃないか」

「信じられん」

「ギアソンさんといえば、来期の商工会長だろう?」

「ああ、前々からお願いしていた」

「とても悪人には見えないが……」

 そうした声が飛びかう中、ウィゼアの手がぶるぶると震え、こぶしが固く握られた。

 突然、ウィゼアは足を踏み鳴らし、騒ぐ技師たちを黙らせた。

「あのやろうを、さん付けで呼ぶんじゃねえ!!」

 憤怒に満ちた叫びが、ランゼルたちを打った。

 次に起きたことは、その場にいた者すべてを驚かせた。ウィゼアの怒声によって呼び起こされたように、食堂のあちこちで不可思議なことが生じたのである。

 壁にかけられた時計は次々に時報を告げ、灯りは明滅し、誰もいない調理場から炎が立ち上るのが見えた。吸血鬼に壊されなかったほうの無事な靴はひとりでにピョンと跳ね、すぐそばにいた技師にぶつかって床に落ちた。

 ランゼルはすぐに気がついた。それらは全て、時計による魔法だと。おかしなのは、それぞれに定められた時刻や操作に関わらず、全て一斉に魔法が作動したことだった。

「……すまん、興奮しすぎた」

「今のは、なんなの」

 ウィゼアは、ばつの悪そうな顔をした。

「私は、呪われているんだ。ただいるだけで、近くにある時計を狂わしちまう」

「呪い……」

 異常な出来事と、呪いという言葉に、技師たちは口をつぐんだ。その中で工房長だけが、なにかに納得したように頷いた。

「なるほど、まさしく鬼子じゃな。時計王の末裔が、時計に好かれておらんなど、中央の権威に関わることじゃわい。それで隠されておったんじゃな」

 ウィゼアは何も言わなかった。ただ、ばつの悪そうな顔を下に向け、それだけで暗黙の肯定をあらわしていた。

 ランゼルたちも黙り込んだ。時計職人にとって時計が狂うことは信用に関わる。信用をなくせば仕事がなくなり、路頭に迷う。彼女は知られてはならぬ醜聞だったのだ。

 双方の沈黙を先に破ったのはウィゼアのほうだった。

「……ギアソンがどんな手を使ったのかはわからない。だが今の中央は完全にやつの支配下にある。あいつが技師どもを魔法かなにかで操っているんじゃないか、そう思ってしまうぐらいだ」

「ギアソン家は代々中央に仕えておるが、初代は時計王の魔法の時計を作り上げるのに協力したとされておる。魔法使いの家系であるならば、その可能性もあろう」

「皆に、お願いする」

 ウィゼアは机を降り、技師たちの前に立った。

「私一人の力じゃ、もう中央は止まらない。誰かの助けがなけりゃ、何もできない。だから頼む、助けてくれ」


 工房長は、同僚たちに向かって言った。

「皆は、どう思うかね?」

「これが全部嘘なら大した詐欺師だ」

「けど、もし本当だったら、とんでもないことですぜ」

「裏を取る必要はあるな」

「襲われた件もあるし、なにか良からぬことが起きているのは確かだ」

 工房長はそれらの声にうなずき、ウィゼアを見た。

「そういうわけじゃ、お嬢さん。今すぐ本腰を入れることはできぬが、やれることはやってみよう。じゃが、わしらは店に雇われておる立場、まずは店側と連絡をとらねばな。それから他の工房にもあたってみよう。時計職人であれば、信用できる者を知っておるしの」

「中央の連中に不満を持ってるやつらなら、ごまんといるぜ」

「ああ、やつら秘密主義でいけすかねぇからよ」

 俺もそう思っていた。俺も。俺もだ。と技師たちが笑いあう。

「というわけじゃ、安心するといい。悪いようにはせんよ」

「ありがとう」ウィゼアは頭を下げた。「恩に着る」


「さあ皆、そうと決まれば仕事に戻った戻った」工房長が手を叩く。「大事件が起きておるようじゃが、じゃからといって注文をほったらかしにはできんぞ。今ある仕事は全部片づけてしまおう。それから手すきの者は、朝になったら明日休みの連中を叩き起こしてこい。事が事じゃ、人手はいくらあっても足りんからのう」

 それを合図に、技師たちは三々五々散っていった。

「あのさ」ランゼルがウィゼアに尋ねる。「呪われてるって、話だけど」

「ああ」

「もしかして、今日の正午に、うちの時計が狂ったのって」

 ウィゼアは黙りこくり、うつむき、最後は頭を下げた。

「すまん」

「君の仕業か!」

「悪かったよ! でも他に隠れる場所がなかったんだ、しょうがねぇだろ!」

「しょうがないですむか! 僕があれ作るのにどんだけ苦労したと!」

「え、なに、あれおまえが?」

 ウィゼアが食堂にまだ残っていた技師に目を向けると、相手は頷いた。

「ああ、そいつが率先して手を入れてたよ。こうみえて天才だぞ」

「ただの時計馬鹿だと思ってたが」

「昨日だって徹夜で最後の仕上げをやったんだぞ! それが失敗に終わって死にたくなるほど絶望した気持ちがわかる? ねえわかる!?」

「うるせぇ馬鹿! 悪かったって言ってるだろうが!」

 ギャアギャアと取っ組み合いの喧嘩を始めた二人だったが、すぐにランゼルのほうがバッタリと床に倒れふしてしまった。

「お、おい」

「徹夜してたのを思い出したら、なんか疲れた。寝る」

 言うが早いか、ランゼルはうめき声と共に眠りへと落ちていった。

「なんなんだこいつは」

「面白いだろう」

「面白すぎてあきれるわ」

 ウィゼアは床で寝息をたてるランゼルを見た。

「うちにも、こういう馬鹿がいたら、まだマシだったろうになぁ……」

 あきれるように、笑うように、ウィゼアは呟いた。

 その時、工房の玄関から、扉を叩く音が聞こえてきた。

「今度はなんじゃ?」

 技師らはいぶかしみ、ウィゼアは身構えた。すわ、中央からの追手か。

 だが次に聞こえてきた声が、それが何者かを告げていた。

「たのもう。夜分遅くすまないが、こちらに少年と少女は来ておらぬだろうか。我らはターラントより参った者なり。どうか、ここを開けてもらいたいのである」

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