第10話戦いの後で

部屋はもう薄暗くなり、目を凝らさなければ人の顔もはっきりと見えないほどであろう。

幾度となく訪れた静寂もこの部屋にいる4人の体にはしっかりと染み付いている。

暫時響いていた鋭い太刀も、風切り音ももう既に閑静なものとなっていた。

そんな中、彼の者はポタリと雫が落ちるか如くポツリと呟いた。

「・・・あ」

それは、なんの感情を含んでいる訳ではなく。ただ、事が終わった後の余韻から溢れただけの声と言うには烏滸がましい音だった。

脱力し、膝を真っ赤なカーペットの上に着く。

もし、これが本当の殺し合いならばこのカーペットの赤は自分の血で上塗りされていただろう。

そう思うと今目の前に佇む少女への敗北感が自らの足を震えさせた。

畏怖では無い。

恐れでは無いのは理解している。

アーティスは驕り過ぎた。

慢心し過ぎた。

傲慢過ぎた。

高らかに笑ったオリヴィエは隙だらけなのに、攻撃する意思も湧いてこない。

「大丈夫か?立てるか?」

と手を差し伸べられるが、その手を握れば多分自分は二度とオリヴィエ先輩に勝てる気がしなくなる。

そう感じた。

「だ・・・だ、大丈夫です。自分で・・・立てますよ」

嫌味の一つも出てこない舌の上から必死に言葉を漏らしながら立ち上がる。

元から自分より大きかったオリヴィエが今は一層絶壁の如く大きく見え、越えられぬ存在に思えた。



もし、剣に最も魔力を注いで頑丈に作っていたならば折れはしなかった。


もし、周りへ被害を気にせずスキルを行使していたのなら絶対に勝っていた。


そんな言い訳が泥の様に脳裏を埋め尽くす。

だがその言い訳に堕ちて再戦を申し込んだりする程アーティスも腐ってはいない。

実際もし再戦したところで今回スキルを使っていなかったオリヴィエも今度は本気で来るかも知れない。

そう思うと一層アーティスの戦意を喪失させた。


急に部屋がパッと明るくなり先程までの余韻が冷めないアーティスが即座に反応し身構える。

だが、理事長室の明かりを点けたのはオリヴィエだと知り体の力を抜く。


これ以上メンタルを砕かれるのはごめんだ・・・。


そんな事を考えながらアーティスはオリヴィエの様子を伺う。

アーティスに警戒されている事に気付いたオリヴィエはつい笑う。

「ふふふ、アーティス君。警戒を怠らないのは良いが、流石に私も疲れましたよ」

と、手をヒラヒラと振りながらアーティスを促す。

と、ちょうどそのタイミングで気絶していたエルドとアルトも目を覚まし、アーティスが負けた事を知るとポカーンと唖然とした様子で固まっていた。

「ふぅ、君たち。今回は見逃すけど、次は無いよ。ほらもうお帰り」

と、何か言いたげなアーティスと、目覚めたばかりの2人を外の鬱蒼とした暗闇を一瞥した後オリヴィエは乱雑に寮へ帰らせた。


「全く。私もまだまだ動ける様で何よりだ・・・けど、今日のは流石に骨が折れたね」

そんな事を言いながらドッシリと理事長の椅子に腰をかけるオリヴィエだが、その体のシルエットがボヤボヤと一瞬モザイクがかかった様にして、肩幅は広く、座高が少し高くなり、髪が短くなってゆく。

服も先程までとは違いピシッとしたスーツ姿だ。

「はぁ、でも流石に自分の娘に化けるなんて悪趣味だったかな?君は、本人はどう思う?」

ため息混じりにボヤく、先程までオリヴィエの姿をしていた男が向かいにあるドアを見る。

「ですが、彼らも一応は学校の規律を乱したのですからあれぐらいで済んで良かったのではないでしょうか?理事長としては女子生徒に化けるなんて最低ですがね」

と、ゆったりと扉を開けて入ってきたのは先程までアーティスと戦っていたはずのオリヴィエその人であった。

男はそんなオリヴィエの言葉に苦笑いしかできなかった。

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