抹茶ガレット〜白玉あずき乗せ〜

 高校入学して早々不登校になり半年、頑張りながら通い始めて1ヶ月が過ぎた頃だろうか。

 そろそろ夏休み目前と言ったところだ。この時期になると夏休みまでの短い月日が長く感じる。学校での授業終了10分前をものすごく長い時間に感じるのと同じだ。

 今がその授業終了10分前。今日最後の授業が終わろうとしている。この10分が本当に長い。今日の授業内容は終了し、先生もイスにもたれ、読書している。先生いわく、


「みんながよく授業を聞いてくれたから早く終わりました!なので残りはゆっくりしてください。」


 とのこと。授業を聞いてくれたからと言っているが、皆疲れきって寝ていただけなのに。

 ぼけーっとしていると、ふと佐々木さんを思い出した。

 あれから数日経つが、クラスが離れている事もあり、1度も会っていない。また今度、と言ったのは社交辞令だろうか。いや、別に話したいとかそういう訳じゃないけど。


「…きくん、ゆうきくん起きてー。」


 この声は隣の席の内山うちやまさん?


 あ、あれ、俺ぼーっとしてた?


 辺りを見渡すとクラスの全員が俺に目を向けていた。どうやら号令がかかっていたらしい。慌てて立ち上がる俺に先生は苦笑。

 最後の最後で恥ずかしい思いをした授業も終わり、清掃、SHRを終えた俺は今日もファミレスに行こうとしていた。そんな時だった。


「あ、ゆうきさん!お久しぶりです!私のこと覚えてますか?」


「さなさん、ですよね。あれだけ衝撃的な出会いをすれば忘れるはずないです。」


「衝撃的でしたか!?」


「当たり前です。初対面で名前当て大会を開かれて、ファミレスに入るのずっと見てましたとかいう人はあなた以外にいないですよ?」


「気になってたんですもん」


「あ、そうですか」


 どうも人の前に出ると緊張してしまう。1人相手にするだけでこれだけ緊張するのにこんな馬鹿でかい高校にいると不登校くらいなる。


「今日もこれからファミレスですか?」


「は、はい。ついてこないでくださいね。」


「そんな冷たく突き放さないでくださいよー!」


「俺は1人でのんびりしたいので。ではまた。」


 別に冷たくしているつもりはないのだが、どう接したらいいのかよくわからずについついあんなふうになってしまう。それに、ストーカーまがいの行動を平気でとる人だ。用心するのは当たり前だろう。

 廊下を歩く俺の後ろに佐々木さんの気配はない。教室に戻ったのだろうか。

 別に戻っていようといまいと俺には関係の無い話だが。


 自転車をこいでファミレスについた俺は昔のように1人で入ることに躊躇することもなく、いつものように入店した。


 …テレレンテレレーン


「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞー!」


 相変わらず元気な店員さんだ。そう思いながらいつもの窓側の席へ。

 今日は疲れているのだろうか。それともこの夏の蒸し暑さのせいだろうか。なかなか元気が出ない。


 メニュー表に目を通すと、季節限定メニューが登場していた。

 夏に関係あるのかわからないが、抹茶専用の薄いメニュー表が用意してある。


 抹茶ガレット〜白玉あずき乗せ〜


 これすごく美味しそうだな。そう思った俺は今日のおやつはこれにしようと決めた。


 ―ピーンポーン


「ご注文お決まりでしょうかー?」


「抹茶ガレットの白玉あずき乗せを1つ単品でお願いします。」


「はい、少々お待ちくださーい!」


 ガレットをなかなか見ることもないし食べることもない。だってこんなオシャレな食べ物は絶対女子が休日にパフェとかで食べるやつだろ。抹茶じゃなかったら注文する勇気出なかったぞ流石に。


 それにしても今日はお客さんが少ない。

 いくつか奥の席に1人、パソコンをいじっている人がいて、他に男女のカップルが1組いるくらいだ。

 店内にはそれを証明するように、仲の良いカップルの笑い声、パソコンのキーボードの音だけが響き渡る。

 かなり早いスピードで打たれるキーボード。ファミレスで作業するのってなんだかかっこよく見える。

 お冷を取りに行く途中にたまたまパソコンの1文が見えた。


「―目を覚ました私は、全く別の世界に転生されていたのだ。」


 異世界ファンタジーの小説…だろうか。ということはこの人は作家さんになるのだろうか。

 自分は読むのは好きだが書くのは苦手な方だ。次の文章がなかなか思いつかない。それに比べてこの人はものすごいスピードで文字を打っている。憧れるな、小説が書ける人。そう思いながらお冷を取って席についた。


「お待たせしましたー!抹茶ガレットの白玉あずき乗せです!」


 目の前に置かれるガレットという謎の食べ物。見た目はなんだろうか…ピザの様な形?をしている。生地は深々とした緑色。その上に白玉が2つ乗っかっており、あずきの湖ができている。

 これは味の想像はできても食感までは食べるまでわからない。


 ―パクッ。


 ひと口食べた瞬間に広がる抹茶の濃厚な風味。そして抹茶の後ろを追いかけるようにやってくるあずきの甘い香りが鼻を通り抜ける。しつこくない甘さだ。これは疲れきった心の汚れを一気に外に出してくれる。サクサクの生地かと思わせておいて、あずきのソースが生地をしっとりさせている。噛めば噛むほど抹茶とあずきが口の中で混ざり合っている。

 そして2個しかない白玉は口の中で、まるでバランスボールのように跳ねるのではないかというくらいの弾力がある。

 …それはないとか思わないで欲しい。本当にすごく弾力があるのだ。

 これは量より質が求められる食べ物だ。女子に人気があるのが少しわかった気がした。


 数分後、無になった皿の前で一息つく。

 店内にはパソコンの音は響かなくなり、代わりに子供の声が聞こえ出す。

 さっきの人は小説、書き終わったのだろうか。

 自分には関係ないが気になってしまった。

 いつかあの人の作品が文庫化されて店頭に置かれる日がくるのだろうか。アニメ化されたりする可能性だって全くのゼロではない。

 あの人だってそういう憧れを持っているかもしれない。

 異世界の話は自分の好みの部類。もしかしたらこれから自分が読む作品の中に今日の人の作品が出てくるのかもしれない。でもその時はそんな事も知らずに俺は熟読するんだろうな。

 そう思い店を出た。


 ―名前のわからない小説家さん、今日もお疲れ様です。

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