第38話-防戦
神奈は雅への恩義を感じていないわけではなく、自暴自棄になっているわけでもなかった。釜田マコトの恐ろしさを知っているからこそ、誰かに任せるという選択ができなかっただけだ。万全の近藤ならよかったが、そうでなければ勝算は薄い。よって、訓練を受けていない人間など役に立たない。
ならば、集団で討つのが一番だが、そうならないように策を練るのが釜田マコトだ、と神奈は評価していた。ならば、奴が勝てると思い込める状況で戦いを挑まなくてはならない。そこに、アイツの思い通り事が運んでいると誤解させるのが一番だ。
「まあ、結局は私がアイツを殺したいってだけなんだけどね」
一番勝率の高い作戦であることを自負しつつ、神奈は嗤う。皐月に聞いた階段に通じる通路に差し掛かったところで、端末が銃火器禁止エリアに入った事をアナウンスした。
「待ってましたよ、神奈」
「名前で呼ぶな、釜田マコト」
「おやおや、マコトさんって呼んでくれないんですねえ。親愛の籠ったあの声が聞けないのは残念です」
よよよ、と声に出しながら泣き真似をするマコトに神奈は近づいていく。五月蠅い口を黙らせるには殺すしかないのだ。
マコトはその間も焦ることなく、銃火器禁止エリアに悠然と立っていた。
「一つは封鎖できないようにという配慮でしょうね。爆破して相手を閉じ込めるという策は禁じ手みたいです。以前私がやって、観客の皆さんから不評だったみたいで」
「自慢話はいい。なんでこんなことをした?」
神奈は今更な質問をする。
「争いが好きなだけです。だから、善意でテンポラリーにいたわけではありませんよ。あそこにいれば戦えますからね。ですが、そういう運動を反対する人々がいた。襲われたならまだしも、自分から襲うだなんて言語道断だってうるさくて。というわけで眩しい貴方のご家族には退場していただきました」
「じゃあ、テンポラリーを裏切った訳じゃないんだな」
「神奈の両親を殺した時はね。我々は邪魔なテンポラリーの構成員としてゲームに巻きこまれた。ですが、その後私は生き残り、こちら側に引き抜かれたわけです。ゲームの参加も自主的なものですよ。いつも盛り上げ役というわけです。それも、いつもの展開とは違う方法でしてくれるから面白い、と。あくまで観客からの評価なんですがね、期待されたからには応えたいではありませんか」
「下種が」
神奈が吐き捨てるように言ったが、言われたマコトは嬉しそうにニコニコしていた。
「お褒めの言葉ありがとう。私が個人的に神奈を参加させただけでなく、今回のゲームは特殊でしてね。ルールの縛りを緩めているそうです。それでも闘争が起こるよう、私や神奈のような因縁のあるプレイヤーが多く配置されているんですよ。まあ、上はそれが起こらなくても楽しめるよう配慮したから、ルールを緩めるという温いことをしたみたいですが」
マコトと話していて、神奈は表情を変えないように努めていた。そうすることが、マコトを喜ばさないと思ったからだ。しかし、彼からすれば、神奈の思い付きは読めているのだろう。今でも楽しそうである。なので、表情の制御よりも、早く片付けることに専念する。
走りながら拳を突き出すも、マコトに往なされる。助走もつけた加重のあるパンチだったはずだ。やはり、力の差は歴然らしい、と神奈は笑った。
神奈にテンポラリーの戦闘員として様々な知識を教えたのはマコトだ。格闘も例外ではない。
最初に放った一撃を最後に、神奈は防戦一方となった。
「あれあれ? それじゃあ、私は倒せないよ、神奈」
マコトの言葉に耳を貸さない貸せないのか、神奈は返事をしなかった。それでもマコトは愉快気に神奈をいたぶるよう言葉を紡いでいく。
「怒りや執念が力になる、なんて思ってないよね? 結局はそれまで積み上げてきたものだよ。それと、時の運。でもさ、運に縋ってる時点で負けだよね」
神奈の構えは崩れない。
「もうちょっと真面目にしてくれないかな。倒そう、という執念がないとこっちも楽しくないんだよね。その点、君の両親は凄まじかったよ。非暴力を訴えていたくせに、最後まで私を殺すと喚いていたから。腕がとれても、目の前で妻が犯されようと喚いてた。最後は迎え合わせにして、奥さんから焼いてあげたんだけどね」
神奈は揺れない。
「じゃあ、アプローチを変えよう。君のお仲間、無事に上に上がったみたいだけど、何人か欠けてるし、こちらの罠にかかってるよ」
神奈には届かない。勝利のみを見ている彼女には。
勝てないのであれば、方法を変えなければない。そのための手段は講じてあった。だからこそ、神奈は耐える。
「もしかして、相討ち覚悟? それなら無駄だよ」
神奈の防御が緩む。そこにマコトの肘が鋭く刺さった。神奈は堪らず息と共に吐瀉物をまき散らしながらも、何とか距離を取った。
構え直す時間があったので、構え直してからマコトを見る。そこには棒立ちで、何とも禍々しく笑う男がいた。
「ああ、相討ち覚悟で銃を使うつもりかい? 防弾チョッキぐらい着てるよ。一発で仕留めようと思うなら、露出している頭だね。だけど、そんなことできないよ」
頭に照準を向ける時間など、マコトは与えてくれないだろう。銃火器禁止エリアで発砲すれば、すぐに清算が始めまってしまい次弾を撃てるかわからない。詰みの状況であった。
マコトは楽し気な雄たけびを上げながら、神奈に拳打を放つ。対する神奈の構えは強固だ。諦めるつもりはない。命尽きるまで戦うだろう。だが、心は折れかかっていた。万に一つもない可能性に縋るくらいに。
例えば、偶然放った一撃が有効打になるとか、時間切れになって相討ちとか。どちらもまずあり得ない。でも、そうでなければ勝ちはない。
花鈴に託された思いも、助けられた雅にも、恩を返せていない。だからこそ、倒したい、と強く思う。それと同時に、自分では成し得ないこともわかっていた。
故に、神奈は耐えながら、彼女の中で最もあり得ない、誰かの助けを求めていた。
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