第37話-demolish
話を戻そう、と近藤が切り出した。
「金原が待機でいいか?」
「もちろんです。私も戦いますから」
香歩の宣言に志郎は不服そうな態度を隠しもしなかったが、反対はしなかった。
「もうここで悩むことはないだろう。作戦を立てられる環境ではない」
「そうですね。七重さんが釜田の相手をしてくれる、という点がわかっただけでいいでしょう」
梨子と雅をセーフゾーンに置いておき、近藤を先頭、神奈が最後尾という体制でマコトが待ち構えているだろう階に上り、慎重に進んでいた。
皐月の予想はあくまで予想である。彼らがどこかに潜んでいるという可能性は捨てきれない。ドローンを送り込んでくることもあるだろう。警戒はするが、部屋があるたびに調べたりはしなかった。物資が必要ないからである。食料よりも銃の方が多く設置されているぐらいだ。武器は十分にあるし、素通りしていく。
しかしながら、ただ歩いているというわけではなかった。男性陣は近藤に、香歩は神奈に銃の扱いを指導してもらっていた。
神奈は説明していてもどこか上の空という様子だった。香歩は心配になって訊いてみる。
「もしかしてまだ怪我が?」
神奈は首を横に振った。そして、しばらく考え込んでから彼女は口を開いた。
「私のこと、恨んでないの?」
「はい。私が怒ることではありませんし」
香歩は悩む間もなく頷く。
「正直に言うと、雅さんを傷つけたことは怒りを覚えましたけどね。でも、その経緯を知れば怒れない。きっと、彼もそう。いいえ、彼ならそう言うはずですから」
「そうだといいな」
神奈は羨ましそうにはにかんだ。
「失礼な話かもしれないけど、私、貴方にシンパシーを感じているの」
「奇遇ですね。私もです、七重さん。だって、私の正体を知ったうえでそう言ってくれるんでしょう?」
「もちろんよ。香織さん」
数日前までなら、香歩はその言葉だけで取り乱していただろう。だが、今は笑っていられる。世界から突きつけられる重圧よりも、一つの真実の方が彼女を強く支えていた。
女性陣が話している間、男性陣は男性陣で話をしていた。銃の扱いといっても僅かな時間では基礎も十全に叩き込めない。本当に基礎的な知識だけだったので、時間が余っていたのだ。
「天ヶ瀬が協力するとは思っていなかった」
「まあ、兄ですから」
「なるほど」
近藤が深く頷くと、皐月は顔を赤くした。冗談のつもりが普通に受け止められてしまったのだ。
しかし、追撃はこない。近藤という男にそのような技術を求めるのが間違っている。志郎も小学生ながら落ち着いているし、余計なことを言わないよう教育されている。
なので、誰にも触れられず、皐月の復帰は早かった。
「そろそろ階段付近です」
「合流地点のある階段の方だよね」
志郎の言うことに、皐月は首肯した。
二つの階段はちょうど建物の真ん中辺りにある。二つは繋がっておらず、反対側の階段に行くためにはぐるりと回る必要があった。なので、両方に人を設置した場合、合流するまでに時間がかかるということである。
二つの階段の内、こちらを選んだのにはもちろん理由があった。それこそ、合流地点のある階段である。
どちらも階段に行く通路は一つしかない。しかし、片方の通路は他の通路と繋がっている場所があるのだ。逆に言えば、もう片方の通路は完全な一本道となっており、壁に身を隠すこともできない。
なので、数を活かすことのできる合流地点のある階段を選択したのだった。
近藤と神奈が階段のある通路に姿を現すと、すぐに声をかけられた。
「遅かったねえ」
その声は福田のものだった。見た所彼一人しかいない。階段付近に立っており、彼の足元には膨大な数の銃器が散乱していた。
「あ、七重ちゃん、マコトさんから伝言。楽しいゲームだったってさ。向こうの階段で」
そこまで聞くと神奈は走り出した。
「って、最後まで聞いてほしかったなあ。あー、あの子も欲しかったけど欲張りはいけないね」
「そうだな」
近藤は何となく相槌を打った、という風なやる気のない声を出した。
「結局、梨子が死んだのかあ。あの生意気な野郎をぶち壊したかったのになあ」
「恨んでたのか?」
「まあな。俺を馬鹿にしやがったし」
「それでそこまで非情になれるのか」
「おいおい、アンタ馬鹿だろ。合法で殺せるんだぜ? 犯せるんだぜ? やらなきゃ損だろ」
今度は近藤も同意しない。その代わりに福田の方へ走り出す。当然、福田は発砲するが、近藤に当たらない。躱しているわけではなく、硬さで防いでいた。
「くそが」
弾が切れたのか、福田は持っていた拳銃を捨て、新たな銃を持とうとする。そこに他の通路で待機していた皐月たちが躍り出て、福田に向けて威嚇射撃をした。
皐月が釜田たちは生存者の数しか把握していない、という推論の元、通路の陰に隠れて不意討ちする案を提案したのだ。相手がマコトの場合であれば慎重に行動していたが、福田だったので早めに勝負をかけたのである。
「銃を捨てて手を挙げたまま、こちらに来てください」
「はーい」
香歩がいたからか、殺されることがないと確信して、福田は無抵抗で近づいてくる。
そんな彼に向かって、全速力で近藤が走ってくる。仲間も何がしたいのかわからず呆然としていた所に声が響く。
「離れろ!」
近藤の切迫した声を聞き、皐月は志郎と香歩を押しやるようにして福田から離れるよう走り出した。福田は慌てて階段の方へ逃げるが、近藤の方が速くタックルされる。
一連の行動に、どういうことですか、と質問するよりも先に轟音がした。
皐月たちは急いで近藤の元へ駆け寄った。しかし、彼の体には瓦礫が積み重なってすぐには治療できなかった。手当たり次第瓦礫をどけようとすると、声がした。
「無事だ」
その後噎せていたが、間違いなく近藤の声だった。硬化で耐えたのだろう。
「思いだしたんだ。こういう手口で殺す奴がいるって。何とか間に合ったようだな」
「じゃあ、初めから福田君は」
「ああ、釜田が利用したのだろう。こいつが初めから負ける前提で、俺たちと道ずれにするつもりだった。人と階段と。だから、早く行くんだ樋口」
階段は爆破の影響を受けて崩れていたものの機能はしていた。しかし、長くは持たないだろう。
「俺は自力で抜け出せる。が、時間がかかるだろう。それではこの階段が使い物にならなくなる。釜田の思う壺だ。奴の手の内にいてはお前ら素人が倒せるわけがないだろう?」
「そうだよ、香歩ちゃん。先に上に行ってから反対側の階段で降りて、七重さんと挟みうちにもできるんだし」
近藤の自力で抜け出せる、という言葉が偽りかと思えたが、着実に彼は瓦礫から這い出ていた。香歩は彼を信じて、階段を上っていった。
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