第36話-tack

「七重さんは動けそうですか?」


 香歩との会話を打ち切った皐月が、神奈に尋ねた。


「ええ、怪我は問題ないわ。小松さんに庇ってもらったから」

「となると行動できる人間は最大で五人か」

「近藤、六人の間違いではないですか」

「小松が起きなければそこに一人は付かないといけないだろう。このエリアもあと三時間もすれば封鎖される」


 最終ステージの最上階まで後二階ある。このセーフゾーンに負傷者を置いておくということはできない。


「でも、数で勝っているなら何とかなりますね」 

「いいえ、違います。釜田と福田に加えドローンの存在を忘れてはいけません。こちらの方が数では勝っているとは思わない方がいいかと」

「天ヶ瀬の言う通りだわ。釜田マコトはTEと同等と考えてもらって構わない。私たちはテンポラリーの戦闘員として、TEに対処できるよう訓練も受けているから」


 釜田マコトの戦闘スキルを実際に知っているのは神奈だけだったが、これまで圧倒的な力を見せてきた雅を負傷させている、というだけで脅威の程は伝わっている。

 

「俺たち傭兵はテンポラリーが宗教上TEを排そうとする団体だと聞いていて実情は間違っていたわけだ。が、力は知っている。その戦闘能力はTE部隊が何度も潰されたほどだから七重の発言は真実だろう」


 発言した近藤も渋い顔をする。それほどまでにテンポラリーの戦闘員は恐ろしいのだ。


「テンポラリーの発言は狂言だ、ということにして事実を隠そうとしているから戦闘員はずいぶん悪く言われているみたいね。でも、TEの部隊を倒してきたのは事実よ」


 神奈が否定しなかったことで、自然と敵の強大さが浮き彫りとなった。

 この場で戦闘に意欲を示しているのは神奈だけだった。彼女だけは勝ちが薄い勝負であっても戦う理由があった。


「わかったのは強いってだけ。それでも、やらなきゃいけないんだろ? なら、俺もやるよ」


 戦力差を知り、沈んでいた皆を鼓舞するように志郎が笑いかける。それに一人ずつ頷いていった。神奈だけは感謝するように会釈した。


「それは間違いないでしょうね。次の階で待ち構えているはずです」


 皐月は自分の端末の画面を共有させた。そこには上の階の地図が表示されている。


「香歩さんたちと合流する前に見つけたこの建物のMAPアプリです。次の階に上がる階段は二つあって、階段に向かう道がどちらも一本に限定されています。そこで待ち構えているでしょう」

「二つの内、どちらか確保すればいいんだな」


 階段が二つある以上、何かしらの方法で階段を潰さない限り、待ち伏せるなら戦力を二分させなければならない。それが事前にわかっているなら、攻める側は片方に戦力を集中させればよいのだ。近藤は全員がわかっているという前提で触れなかったのだろう。

 その考えは間違いではなかった。ただ、合理的な思考の持ち主ではその先を考えられなかっただけだ。


「私は釜田マコトがいなければ奴を探すわ。手出しもいらない。貴方たちの策には乗れない。説得も無駄よ」


 神奈は笑いかけて、梨子と香歩に向かって先手を打つ。彼女たちには言葉よりも神奈の表情に心を折られた。屈託のない笑みのはずなのに、禍々しさを感じたからだ。迸る怒りが、身体の制御を完璧にさせているのだろう。怒りながらも笑いたいという指令を忠実に果たした。しかし、出来すぎているからこそ、厭らしさが際立つのだ。


「釜田と同等の戦力である貴方に去られるのは厳しいですが、奴を足止めしてくれると考えましょう」

「ありがとう。せめて、道ずれにするから後から襲われないことだけは保証するわ」


 皮肉に皮肉で返されると思っていなかった皐月は苦笑するしかない。しかし、彼にとってそこまで悪い話でもないので、恨めしいというわけでもなかった。釜田のいない階段を攻めればいいのだ。なので、皐月が皮肉を言ったのは、雅に恩義を感じないのか、ということだった。

 そのことに彼自身気づき、苦笑を深める。いつの間に、利己的な自分が変わってしまったのか、と笑いがこみ上げて苦笑が笑顔に変わった。


「方針は決まりましたね。それでは小松さんの警護ですが――」

「それは金原でどうだ?」

「香歩ちゃんは?」


 皐月が話している最中に、近藤と志郎が同時に発言した。


「僕もどちらかとは思ってましたけど」


 近藤と志郎が発言を取り下げないので、皐月は手を叩いて話を進ませる合図とする。いつの間にか進行役が板についていた。


「ちょっと、待って。私は」

「各々理由を聞きましょうか。じゃあまずは志郎から」


 香歩が言いきる前に皐月が言葉を差し込んだ。


「り、理由か。えっと、そうだな。うん、まともに戦ってないから。その点、金原さんは銃弾切ってたし」

「あれはTEの力ですよ。ですが頼らずとも、私は戦えますから」


 そう言って、梨子は細い腕を折り曲げて笑って見せた。


「嘘を言うな。TE抜きでも刀の扱いは見事だろう。だが、万全の状態ならば、だ。ルール変更からまともに休息を取っていないだろ。そこにTEの長時間使用だ。まともな力もないはずだ。何なら殴り合って証明してもいい」

「近藤の言う通りかもしれません。TEを発病してから私は一度しか使ったことがありませんでしたし、この疲労感はTEを使うのに慣れていないというのもあると思います」


 容赦のない近藤の言葉に梨子は正直に自分の状態を告白した。


「慣れていないとはどういうことかしら。TEを使わず生きていけるということは、もしかしてどこかのお嬢様とか?」

「いいえ、私は第二パーフェクトビルの生き残りです。あそこで家族が死んだので、遺産だけで生活できましたし、世間も犠牲者から搾取するつもりはないらしく、最初からTEを抑える訓練を受けさせてもらいました」

「ごめんなさい。貴方が近藤さんを憎んでいたことは知っていたけれど、理由は知らなかったの」

「憎んでいるのは変わりませんよ。ただ、テロリストだからとか、殺しても罪に問われないからといって、殺人を犯してしまうのは間違ってると思ったからです。必ず司法の裁きを受けてもらいます」


 神奈は言葉の意味を探るように梨子と近藤の顔をじっと見つめた。憎んでいるにも関わらず殺さないことが不思議なのだろうか。

 予想するならその辺りが妥当なところだし、間違っていない。が、彼女の心境を理解するにはもう一つ必要な情報があった。


「まさか話していないの?」

「何をだ?」

「貴方の素性よ。テロリストなんかじゃないじゃない。そして、司法の裁きが不可能だってことも」


 梨子が口をあんぐりと開けて、へ、と音を出した。

 その反応を見てから、神奈は続きを話し出す。


「釜田マコトの報告から貴方の素性は聞いていたわ。ゲーム運営を行っている団体の一員よね?」

「そうなのか?」

「やっぱりそういう状態なのね。司法の裁きが不可能なのは、実質国を牛耳るものが敵だからよ。そうやって不都合を消してきたの」


 梨子が神奈に説明を求めると、話をまとめるから、と手で制された。そして、まずは聞いてね、と切り出した。


「ゲーム運営をしている団体に加入している国、企業の問題を消すために使われるTE兵。そういう人たちは産まれた時に集められるの。彼らは子供のころから、命令を実行するだけで自ら何の志向もないようにチューニングされる。ただ殺すだけの装置として。だから、組織の内情も知らない。恐らく貴方の存在が邪魔になったからこのゲームで処分しようとした。推測も混じっているらしいけど、釜田マコトはそう言っていたわ」

「ああ。今、話を聞いて確信した。俺は組織から用済みになった、というわけだな。TEの能力が故に、爆破に巻きこまれても死ぬことがなかったから、ミッションではいつも俺だけが生き残っていた」


 近藤は契約書を朗読するみたいに言った。自分が使い捨ての消耗品として扱われたことに憤りを感じている様子はなかった。


「何故テロを?」

「何故もない。そうすることが俺に課せられた使命だからだ」


 梨子の問いに近藤は即座に答えた。絶句している梨子に変わって、皐月が新たな問いをぶつける。


「じゃあ、今回もゲームのクリアが示されたから行動した、というわけですか」

「そうだ。お前たちもそうだろう?」

「違うんじゃないですか。貴方は自分の命がどう、とかではなく、ゲームをクリアせよ、と言われたから行動しているんでしょう?」

「言葉不足だったようだな」


 すまない、と言って近藤は頭を下げた。


「その通りだ」


 皆が言葉を失っているのを見て、近藤は自分が彼女らと違っていることに気づいたようだった。しかし、それがどうしてなのかは見当もつかない。そういうものを育むことがなかった。戦いの中に身を置き機械的な生活を送ってきた彼にとってそれは余分なものである、と教え込まれてきたのだ。人の意思ではなく、命令こそが遵守すべき絶対のものである。それだけを共有した人々と日々を送ってきた。

 だから、違いに気づけなくとも悲しむことはない。できない。自分はやはりどこか可笑しかったのだ、と理解しただけだった。


「これ以上、時間を裂く暇はありません」


 そう言いながらも、梨子は口をぱくぱくと開け閉めした。それを何度か繰り返し、恐る恐る言葉を紡ぐ。


「でも最後に、これだけは聞かせてください。私に協力しようとしているのはどうしてですか?」

「わからないからだ。争いに囚われていたはずの人間が、俺を殺すことができたのに何故直前で止めたのか。普通なら殺すのだろう?」


 近藤は混乱しているようだった。合理的で淡々と話し続けていた彼が初めて言葉に詰まっていた。


「何より、その時の金原の顔が俺に何かしなければならないと思わせたんだ。どうしてなのかはわからない」


 言葉が少なくてすまない、と近藤は謝った。そんな彼に梨子が言葉をかけた。


「よくわかりました。なら、協力しながら考えておいてください」

「もちろんだ」


 それでこの話は終わりだった。当事者である梨子がそう言うのであれば誰も口出しはできない。

 あとは、障害へ思考が向けられる。

 

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