第35話-confirm

 香歩たちは雅と合流するために動き始めた。さきほど爆発音がしたので、ひとまずそちらへ向かう。

 

「あれって」


 音の発生源らしい場所にたどり着いた香歩は思わず声を出してしまった。灰色のコンクリート壁は黒く抉れている。

 近づいてみると、通路の真ん中には焼け焦げた死体があった。香歩の脳裏には最悪の結果が演算され、動きを止めてしまう。

 その死体を一番初めに確認したのは志郎だった。


「これ、女の人だ」

「なら少なくとも小松さんではありませんね」


 不謹慎なことだと理解しつつも香歩は安堵の息を吐き、雅の落したアーミーナイフを握る。

 

「無事これたようだな」


 突然声がし、皐月は銃を取ろうと動き、志郎は香歩を庇おうと彼女の前に立った。それは声の主を確認しても変わらない。

 近藤正彦が腕組をして立っていた。


「警戒するな、というのも無理な話だな。小松雅は生きている。我々が治療している所だ」


 そう言われると皐月たちは襲いかかることができない。彼らは構えを解かず、話の続きを待ったが、近藤は腕を組んだまま硬直していた。


「近藤、貴方がいけば誤解を招くから、と言ったじゃないですか」


 新たに現れたのは梨子だった。香歩と志郎はポカンと口を開ける。何故、彼女らが一緒にいるのだ?

 声に出さずともそう思われるだろう、と梨子は予測していたようで軽く笑った。


「説明はあとです。セーフゾーンがありますからそこで」


 梨子に先導され、セーフゾーンに入る。ベッドに雅、ソファに神奈が眠っていた。部屋の設備はその二つと長方形の机にシャワーというものだった。なので、必然的に机で向かい合うように近藤と梨子、香歩と志郎と皐月のグループで地面に座る。

 

「小松さんの容体は?」


 梨子と近藤、雅と神奈が一緒の場にいることで頭が回らなくなっていた香歩と志郎に代わって、皐月が切り出した。


「生きています。あの爆弾が原因です。七重さんは軽傷ですが、雅はわかりません。カートリッジは打ったんですけど」

「補足しておくが、命に別状はないはずだ。しかし、万全の状態で復帰はできないだろう」


 なるほど、と皐月は相槌を打って、香歩の方を見た。彼女は安堵したものの、まだ混乱しているようだった。


「小松さん以外に、気になることがあるみたいですね。先に聞いてみたらどうです?」

「うん。じゃあ、梨子は何で近藤さんといるの?」

「俺から説明しよう」

「近藤、貴方は黙っててください」


 ぐい、と近藤を押しやり、梨子は机に身を乗り出した。


「皐月は知らないでしょうけど、近藤は私の家族の仇です。ですが、復讐は止めにしました」

「詳しく訊きたいところだけど、時間がないもんね」

「樋口の言う通りだ。そういう話はこれが終わった後にすればいい」


 梨子は目を丸くした。彼女はやや間を置いて、近藤をビシビシと叩いた。


「近藤もまともなことが言えるんですね。それでは、今後について話し合いましょう」

「僕も異論ありません。ですが、僕は時間を割いてでも近藤さんから話を聞かせてもらいます。そうでないと、協力関係は結べません」

「だろうな。直接銃を向けられた人間をすぐに信用できるわけがない」


 納得する前に謝れ、と梨子が近藤を小突いた。

 近藤は小突かれながら、淡々と説明した。楠木に協力を持ちかけられたこと、それに乗ったこと、謙二郎を罠にTEである梨子と雅を排除しようとしたこと、ドローンによって楠木と離れ離れになったところに梨子が現れたこと、嘘偽りなくすべて話した。時折、皐月が質問を織り交ぜたり、説明不足を梨子が補ったりした。

 結局、楠木と春人のことも話したが、近藤が隠そうとしなかったのでスムーズに済んだ。


「やはり、このゲームの経験者がいましたか」


 皐月は近藤たちと協力関係を結ぶことを是としたようで、聞き終えた後も話を続ける。


「楠木が言うには、狸がいるらしいが」

「それは釜田マコトのことだわ」

「起きたのか」


 近藤だけが動揺せずに神奈に話しかけた。

 特に香歩と志郎は、神奈が雅に何かするのでは、と警戒していた。


「釜田マコトのことより、私のことを先に話す必要があるようね」

「そうですね。貴方はゲーム開始してから全く見ていませんから」


 皐月の言葉に頷き、神奈はソファから身を起こした。


「私はテンポラリーの構成員としてこのゲームに入り込んだの。というのは建前で、親の仇が参加していると知ったから任務を利用したというのが正確ね」

「七重、テンポラリーなどと言っても俺ぐらいしかわからんぞ」


 近藤の指摘通り、残された四人はポカンとした顔をしていた。四人は神奈や近藤と身を置く環境があまりにも違いすぎるのだ。


「そのようね。まあ、知っているか確認するために言ったの。テンポラリーとはパーフェクトの作った組織よ。主な敵対勢力はこのゲームの運営側ってわけ」

「活動目的は何なのですか?」

「いい質問ね、天ヶ瀬。それは、TEが治療できる、という事実と方法を流布すること」

「つまり敵対組織はTEがなくなると困る企業や国家全てということですか」

「そういうこと」


 神奈と皐月の会話にテンポラリーの実情を知っていた近藤以外ついていけず、さらに間抜けな顔をしている。

 そんな彼女らを見かねて、皐月がかみ砕いて説明し始めた。


「TEが何なのかはわかりますよね」

「当たり前ですよ、皐月。TEは仮初の進化。優れた能力を有する代わりに、短命になってしまう病気です。私の病気なんだから、わかりますよ」


 言った梨子だけでなく、この場にいる全員がTEという存在を知っていた。それほどまでにTEとは生活に根付いていた。


「その病気を活かして、今日の生活が成り立っています。なぜなら、ここ数年の大幅な技術革新はTEによってもたらされたものだ」

「そういうこと」


 香歩がしみじみと呟いた。それはあくまで皐月への相槌というわけではなく、何か別の理解についてのようだった。

 それが何かを皐月が問う前に、香歩が口を開いた。


「TEがなくなると人類の進化は低迷してしまう。現状すら維持できるかわからない。それで困らない場所なんてないってことですね」


 香歩はそう言いながらも考える素振りを見せた。が、いつまで経っても何も言わない。

 沈黙に耐えかねてか、梨子がはい、と勢いよく手を挙げた。


「わ、わかりましたよ、私も。世界のために、TEにはこれまで通り働いてもらう必要があるという事ですね。小数を犠牲にして、多数を救うと」

「そういうことよ、金原さん。そう言えば尊いことかもね。しかし、TEの人々の多くは、治せるのなら治したいと言う人が大勢いるわけ。助かることができるのなら、人類のために、と命を賭す人は稀でしょうから。もちろん、そうじゃない人もね。パーフェクトはせめて、治すか治さないか、その選択ぐらい本人たちにさせてあげたかった。でも、それを権力者たちは許さなかった。そんな奴らに抗ったパーフェクトの意思を受け継ぎ活動しているのが、テンポラリーよ」


 TEが治せる病である、という事実は話を聞く者の言葉を奪った。彼らですらそうなのだ。それが世界に流布されれば混乱どころではない。文字通り、世界が変わるだろう。

 そういったことを各々想像しているのか、しばらく黙っていたが、皐月が質問を始めた。


「念のために確認したいのですが、パーフェクトというのは、あのパーフェクトですよね?」

「そうよ。数々の研究、発明、人命救助を行った世界の救世主、パーフェクト。貴方たちには話すけれど、パーフェクトはおそらくまだ生きているわ」


 また沈黙に包まれる。先ほどから世界情勢があっさり変わってしまう情報ばかり知らされているのだから仕方ない。皆が深く考え込む中で、一人だけ顔を強張らせている者がいた。怒っているのか、喜んでいるのかわからない表情を浮かべて、彼女は口を開く。が、すぐに言葉は出なかった。

 それに気づいた皐月は彼女を注視し、神奈は心配した。


「どうかした、樋口さん」

「パーフェクトは第一パーフェクトビルの爆破で、死んだ。そう、報道されてますよね?」

「いいえ、あの時は生還してるわ。彼は自身を死んだことにすることで、権力者の監視から逃げたの。テンポラリーが本格的に活動し始めたのはその頃らしいわ。私はまだ組織に入っていなかったから資料でしか知らないのだけれど」


 香歩は皐月の視線をあえて無視し、神奈に質問をぶつける。


「じゃあ、今はどこに?」

「わからない。数年も連絡がないの。生きているか疑問視する声も多いわ。彼の能力は替えが効かないものだったけれど、TEを手放さないことの方が重要だったようで、何度も世界中の機関から襲われていたから、いつ死んでも不思議はないし。ねえ、そろそろ本題に戻していいかしら」

「ご、ごめんなさい」

「いいえ、気にしないで。脱線したのは私の不審な行動が原因だもの」

「まだ疑わしい事には変わりありませんが、一先ず信じます」


 皐月に釘を刺され、神奈は少し目を伏せていたもののすぐ話し始めた。


「私が両親の死因とその犯人がこのゲームに参加しているということを知ったのは、釜田マコトからで、私の上司だったの。アイツは私の仇討ちを最後まで反対していたけど、同行を条件にゲームへの参加を許可してくれた。思えば、全て策だったんでしょうね。反対していたのも、これからのこともそうだけど」


 神奈は自嘲的に口元に笑みを作った。笑っているのは口元だけで。目は憎悪に濁り、身体は怒りに震わせ、話しながら苛立ちを募らせていた。徐々に語気が高まり、目が据わっていく。


「説明会の後、私が一人で行動するなら、と釜田マコトは情報収集を買って出たの。一応、私の仇を探す、という名目でね。それ自体が嘘だったわけだ。アイツから、貴方たちは巧くまとまっていると聞いてたけど、一人だけ危険そうなのがいると言われた。そいつが疑わしいって」

「それが小松さんだったから襲ったと」

「大まかに言えばそうなるわ。ルールが追加されてから、釜田マコトと穂谷さんと合流したのが決め手ね。彼女らを、子供を小松雅が襲ったって」


 皐月は神奈に物怖じせず、質問をさらにぶつける。


「倉永さんと沙世ちゃんのことですね。穂谷さんが敵だった可能性は?」

「ないわ。彼女は釜田マコトから私を守って死んだ。最後にこう言ってたわ。騙されたって。アイツから沙世を助けてって」

「天ヶ瀬、恐らく釜田はドローンか何かを小松と勘違いさせるようなアプリでも持っていたのではないか?」 

「確証があるみたいですね」

「推論だが」

 

 そう断って、近藤が話し始めた。


「人の認知を誤魔化すアプリ。楠木からそういうアプリが存在していることは聞いていた。そして、狸のことも」

「狸というと、先ほど話していたこのゲームをコントロールしようとしている存在でしたっけ? 僕らがルール追加の時まで別れることがなかったのもそいつのせいだと」

「そうだ。恐らく、狸は釜田だ。単に消去法なのだがな。ここにいる人間を除外すれば、残るのは福田、釜田、沙世、倉永だから、そう考えていいだろう」


 福田のことをずいぶん過小評価していたが、誰も否定しなかった。彼が聞いていれば、憤慨していたのは間違いないだろう。それはプレイヤーの共通した思考だった。


「福田を襲ったドローンは楠木の仕業だが、穂谷たちは違う。それができたのはあの場にいた釜田と考えれば筋が通る。そうであれば、俺と金原を鉢合わせたのも奴だろう」

「どういうことです、近藤?」

 

 梨子の問いに嫌な顔一つせず――表情が変わりにくいのかもしれないが――近藤は説明し始めた。


「金原、俺を見て追いかけたんだな?」

「そうですよ。見間違いではありません。春人も見てました」

「俺はお前たちに追われた記憶がない。ドローンには追われたがな。そして、楠木とはぐれた」

「ということは、私たちを潰しあわせようと?」

「そうだと思うわ。釜田マコトが私と小松さんに向かって、金原か近藤のどちらかは死ぬと言ってたから」


 神奈の後押しで、釜田マコトが楠木の指す狸である、ということが皆の中で確定した。そして、その強大さもよく理解した。


「敵の分析は後に回して、僕らの戦力について話しませんか」


 話が行き詰っていた所に皐月が提案した。


「俺と金原はTEが使えない」

「そういうものなの?」

「そうですよ、志郎君。あくまで病気なので身体に負担がかかるんです。使いすぎると時間を置かないと」

「なら、雅はもう」

「いいえ」


 香歩が志郎の言葉を即座に否定した。


「根拠はあるんですか?」

「あるけど、言わないよ天ヶ瀬君。でも、私が私だから、とだけ言っておく」

「確かに愚問でしたね」


 二人にしかわからないやり取りだったため、話は元に戻った。


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