第34話-helpless
五体満足な香歩と志郎を見て、福田は飛び上がった。
「よかったー。アイツと一緒にいるって聞いていたから無事じゃないかと」
福田が満面に喜色を浮かべて言った。香歩と志郎から見ればただの変人である。
「あ、その顔、理由がわかってないみたいだな。アイツっていうのは雅のことだよ。裏切り者なんだ」
その声を聞いた途端、福田から香歩を守るように志郎は立った。
「おうおう、ガキんちょ誤解だぜ。アイツは沙世たちを撃ったから七重や花鈴ちゃんから追われてるんだ」
「それは誤解です。雅さんはそんなことしません」
香歩は凛とした表情で即座に言い返した。このゲームの参加者であれば、彼女の頑固なところは知っている。対面している福田もそれに一度救われているのだからさらにだ。
「俺の言ってることが嘘だと思ってるの? 何なら、美姫ちゃんに確認とろうか?」
「無駄だよ。僕たちはずっと一緒にいたんだ。他の人の言葉なんか信用しないよ」
「二十四時間、一秒の隙もなくか? それにこのゲームには遠隔操作できるアプリやドローンがあるんだぜ」
「それでもだ」
志郎の言葉に同意するように香歩は頷いた。すると、福田は苛立たし気に髪を乱暴にかき乱しながら口を開いた。
「そうかよ」
吐き捨てるように言い、福田は志郎たちに拳銃を向けようとした。その動作に合わせて志郎が福田の拳銃を払い飛ばしたことで未遂に終わる。
志郎はそこで動きを止めず、ナイフを引き抜き福田へと切りかかった。
福田は後退して躱した。避けるためではなく、怖気づいて下がったら偶然躱したのだ。
しかし、志郎はそんなことに気づかない。彼はまだ子供だ。TEでもなくれば、武術の心得があるわけでもない。それは福田も同じだ。
であれば、福田と志郎、大人と子供ほどの体格差がある彼らの戦いの結果は逆のはずだった。そもそも銃を先に向けていたのは福田だ。彼はそのアドバンテージを少年にひっくり返され、ナイフを突きつけられている。
それを成し得たのは志郎の覚悟だ。言い換えれば、福田の覚悟が欠如していたともいえる。
志郎は自分の無力さをよく知っている。故に彼は止まらない。殺さなければ、殺される。
福田を殺そうとする志郎を見て、香歩は彼の覚悟を思い知った。だから、止めろ、と言えない。
誰も傷ついて欲しくないという理想論では梨子の憎悪に太刀打ちできなかった。それを他人に強要することもできない。それが香歩には痛みとなり、歯がゆさを感じた。
志郎と同様に香歩も無力さを感じていたのだ。
「私も何か」
香歩は焦る。迷っている暇はない。何をどうしたいのかはわからない。それでも変わらなければ、と強く思う。そうしなければ、自分はずっと無力なままなのだ。
解決策は見つからなかった。だが、単純明快な手段が転がっていた。
福田の落した拳銃を拾い上げ、香歩は誰にも当たらぬよう発砲した。それが決め手となって、福田は無防備に背中を晒して逃げていく。香歩はもちろんのこと、志郎も福田を追うような真似はしなかった。
足音が完全に聞こえなくなったか、と思いきや、新たな足音が響く。
「今度は私も」
「だめだ」
志郎は銃を構える香歩を下がらせようとするが、傷つけないように配慮しているため大した力が込められていない。なので、香歩はびくともしなかった。
足音が近づいてきたので、渋々志郎は手を離し、香歩の前に立って構えた。
「やれやれ。相変わらずですね。こんな状況で口論だなんて」
足音の主は姿より先に声を露わにした。志郎は警戒を解かなかったが、香歩はわずかに警戒を解いていた。彼女はその声を覚えていた。
「天ヶ瀬君?」
「お待たせしました。お久しぶりですね、樋口さん」
皐月はそう言って、にっこり笑った。今まで彼を知っているものからすれば驚くほど柔らかく。
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