第33話ー暴力

 七重神奈は自分が放った銃弾で雅が致命傷に至らなかったことを確認し言葉を紡ぐ。


「甘いわよ。貴方がTEだということもわかってるんだから。そして、私はTEとの戦闘を前提とした訓練を受けてるわ」


 雅が怪我をしていることを差し引いても、神奈は優れた射撃スキルを持っていた。

 このままでは言葉による和解は疎か、無力化することも雅にはできない。このまま追いかけっこを持続させることはできるだろう。が、長引けば長引くほど、香歩と志郎が危険な目に合う確率が高くなる。それだけは避けねばならない。

 拳銃を手に持ち、息を整える。雅の心は決まっていた。神奈を撃ち殺すことを選択した。急所を外しても再起する相手に手加減はできない。

 彼は悩む暇もなく行動に出た。曲がり角から出て、神奈に照準を合わせる。 

 神奈も穴にこもったモグラが出てくるのを今か今かと待ち構えていたようで、銃を構えたまま立っていた。

 雅は焦らない。銃口を神奈に向けながらも周囲を確認する。神奈の奥に花鈴とマコトがいた。撃った後に、すぐ身を隠さないといけない、と判断した時あることに気づく。花鈴は銃を持っておらず、マコトだけが持っていた。そして、彼の銃口は神奈に向けられていた。


「危ない」


 雅は撃つのを中断し、曲がり角に再度身を隠す。それと同時に銃声が響き、人が倒れこんだような重量のある音がした。状況を確認するために顔を出す。

 打たれたのか花鈴が神奈に覆いかぶさっている。そこに銃を構えたままのマコトが近づいてきた。

 彼は自分の味方なのだろうか、と雅は思わなかった。故に、花鈴たちに近づくマコトを銃でけん制する。


「それ以上、近づくな」

「おやおや、雅君、どうして私に銃を向けるのですか?」


 マコトは雅に銃を向けられながらも、にこやかな表情で話しかけてきた。


「二人相手に襲われていたようでしたから助けただけですよ。福田君から、彼女らは危険人物だと聞いていましたし」

「猿芝居はよせ。俺を追いつめようと協力していたのは三人だ。そいつらの内一人がアンタだろ」


 無論、逃げながら複数の足音を聞いて、個人を特定する技能を雅は持っていない。はったりだった。


「まさか、足音が聞き分けられるとは。いやはや、最強のTEということだけありますね。今の私の心境は、度肝を抜かれる、と表現すべきでしょう。貴方の処分はまだ先ですね」


 疑念が確信に変わった。雅はマコトを倒すべく動こうとするが、先に足元を撃たれた。


「動かないでいただきましょうか。もちろん、神奈も」


 マコトは何かを花鈴に投げた。


「今のはスイッチ式の爆弾です。小規模ですが人の数人は吹っ飛ばせる代物ですよ。それにしても、こうも巧くいかないと笑えますねえ」

「俺がアンタに騙されなかったことか?」

「それもです。あとは穂谷さんですね。まさか庇うとはね。彼女は武器を持たせないようにしてましたから、あとでどうにでもできると思って放っておくつもりでした。なので、さっき撃ったのは防弾チョッキを着た神奈を無力化させるためでした。防弾チョッキ越しでも効くような威力が高い銃を選んだのが裏目に出ましたね。穂谷さんにはもっといい使い方があったのに申し訳ない」


 ハハハ、とマコトは笑いながら失敗を楽しそうに説明する。失敗を悔やむというわけでもなく、純粋に失敗したことが愉快だと笑っていた。

 彼にここを逃げ切る手立てがあるのは間違いない。それを踏まえても、マコトには余裕がありすぎた。


「聞こえてますね、神奈。わざわざ説明してあげてるんだから、反応ぐらいしてくださいよ。図体のでかい屍が邪魔で神奈の可愛い顔が見えません。残念だ。ああ、それもそうだし、女性を二人減らしてしまったら、福田君に怒られますね。貴方たちの肉体に用があったようですし。彼も若いなあ」


 おぞましさからか神奈がうめき声を出した。マコトの発言通り、彼が撃ったのは花鈴だけなのだろう。

 神奈の声を聞いて、マコトは口角をつり上げた。


「ここで雅君を消して、二人を捕縛するのが一番だったんです。それで、福田君に犯される神奈も見たかったんですが、高望みでしたね」


 雅が動かないのは爆弾を警戒してではない。マコトに隙がないのだ。ペラペラ話していても、崩れることがない。神奈、と彼女のことを親し気に呼んでいる所から察するに、マコトと知り合いなのは確定だ。となると、彼が神奈と同じ訓練を受けていてもおかしくない。


「敗因は七重への執着だ。自覚してるだろ、お前も」

「ええ、何年も育ててきたメインディッシュでしたからね。それを雅君という最大の舞台であり障害が引き立ててくれました。だから、望み通りいかなくとも満足です。むしろ、完全じゃなかったほうが美しいではありませんか。もっとよくできたのに、と思えますし」


 マコトはあまりにも綺麗な笑みを模ってみせる。その笑みがこの男は私的な目的でゲームに参加しているのだ、と証明していた。

 

「神奈、そろそろ察しているだろうけど、私が仇だよ。君の両親を今と同じように騙し討ちして、君の父、伸介さんの前でお母さんの奈月さんを犯したんだ」


 マコトは暴力に昇華した嗤い声を喚き散らす。成果を見せびらかす子供のようにどこまでも無邪気に愉しんでみせる。神奈の呼吸が荒くなるほど、嗤いを強くする。

 それがピタリと止んだのは、雅の動きを察したからだった。彼はまだ撃ってすらいない。腕を微かに動かしただけだ。


「無粋というものですよ。まあ、逆の立場ならそうしていたでしょうけど」

「だろうな。人格破綻者同士仲良くしようぜ」

「おやおや、まさか自覚があるとは思ってなかったですねえ。なら、私の見立て通り、今の行動も義憤ではなく隙だったからですか?」

「正解だ。そこまで読まれていたとは恐れ入る」


 雅は口だけ強がってみせたが、内心は焦っていた。焦っていたのだ。

 マコトとの実力差はかけ離れている。もちろん、雅の圧勝だ。しかし、それは一対一の時だ。マコトは場を制している。最大の障害として雅を排除する準備を入念にしていたのだろう。

 なら、間違いなく――。


「油断できませんねえ。ですが、それでこそです。神奈の後にこんな愉しいことが待っているとは、やはり止められませんね」

「やはり過去にゲーム参加していたのか。でも、安心しろ。今回で終わりだ」

「それは早計というものです。貴方の大事な樋口香歩と田原志郎は今頃確保していますし、邪魔なTE共も潰しあったはずですから」


 そう言って、マコトは端末を見た。

 

「このアプリはね生存者のプレイヤーナンバーが見えるんです。おや、私が誘導してあげたというのに近藤も金原も生きていますねえ。まあ、そろそろどちらか死ぬでしょう。概ね、計画通りです」


 どうです、と小首を傾げて微笑むマコト。自分がこのゲームをコントロールしていると言っているようなものだが、その認識は間違っていない。毎度のことだ。

 釜田マコトはゲームきっての人気プレイヤーだ。実力はもちろんのこと、彼のセンスを尊敬するものさえいる。複数回ゲームに参加している楠木も彼の策略に勘付いていたものの排除されてしまった。それほど卓越しているのだ。


「では、また後で会いましょう、雅君」


 マコトは全力で疾走する。雅がその背を撃つのは難しくなかったが、彼は神奈の元へ走った。そして容赦なく花鈴を蹴り飛ばし、神奈を後方へ投げ飛ばす。行動に迷いはなかった。

 呆然としていた神奈は地面に接触した衝撃で僅かに気を取り戻した。混乱している彼女にとっては突然のことだったので、男に密着され、恐れを抱きもがこうとする。

 しかし、それよりも先に衝撃を受け地面を転がる羽目になり、神奈は反射的に頭を打たぬよう受け身を取った。

 回転が終わり、男の拘束も解けていたので神奈は気怠い身体を何とか起こす。あちこち打ったせいで、視界が霞んでいたがしばらくすると像を結んだ。

 そこには酷い傷の雅がいた。通路は黒く焼け焦げている。奥には黒い物体があった。それを見た途端、麻痺していた嗅覚や聴覚が蘇り、混乱も収まった。

 神奈は全てを思いだし、そのまま意識を手放した。


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