第31話-我儘
近藤を追っていた梨子と春人だったが、近藤の逃走が巧く後ろ姿を補足するので必死だった。
そうこうしているうちに春人の方が足が速くスタミナもあったので、梨子は彼が見えなくなるほど置いていかれてしまった。
しかし、足音が聞こえるので近藤と春人追うのは苦労しない。
梨子は昨日の謙二郎が殺されたことにより生じた熱を持て余していた。故に春人を一人にさせていることや、雅たちと離れ孤立していることも頭にない。彼女はただ仇を討つことだけに駆られていた。
足音が止み、銃声が響く。
その場に梨子が追いつくと、春人が腹部を抑えて倒れていた。近くには楠木も転がっている。
「僕に気づいてなかったみたい。だから、相手が構える前に撃ったんだけど、頭じゃなくて肩に撃っちゃって。返り討ちに」
僕って抜けてるなあ、と春人は苦笑する。彼のシャツは赤く染まり、血を滴らせていく。
「どうして、春人まで死ななきゃいけないんですか? 誰かを殺さなきゃいけないんですか?」
「ありがとう」
親しい人間の死が続いたからか梨子が取り乱して叫んでいると、春人が血で汚れた手で彼女の手を握った。
「理由は復讐だよ。昨日、楠木に襲われたんだ。そこで謙二郎が捕まった。あの時、近藤も僕らに銃を向けたけど撃つことはなかった。謙二郎を撃ったのは楠木だった。だから、謙二郎の仇さ。金原さんはそれでも近藤が憎いだろうけど」
「ええ、奴か楠木は私の家族を殺したテロリストでしょうから。そうでなければ、私に端末を見せられたはずです」
「なら、一つ報告。楠木を殺しても虚しさに支配されてるよ。死ぬ前だから参ってるのかな?」
後悔していると、春人は呟いた。
「理解できないって顔だね。僕はこのゲームで友達で来て嬉しかったんだ。できたことがなかったからね」
「そんな、春人は優しいのに」
「僕も罪人だよ。親がご飯を食わせてくれなかったから、生きるために長男の僕が兄弟の分まで盗る必要があった。コンビニで買うことより盗んだ方が多いぐらいだ。見つかることはなくても、後ろめたいし、自分は汚いんだって思ってたから友達もできやしなかったのかもしれない」
梨子は何も言えなかった。春人自身の口から罪の説明をされて、それが嘘であると信じることは彼女にはできなかった。このゲームの参加者全員に言えることだが、我々は罪人同士なのだ、という意識が昨日のルール追加から刻まている。
それに、梨子はこの状況により、ある記憶が喚起されていた。そのことが彼女から言葉を奪った。
死に瀕しているのに、どこか安らいだ顔の少年。痛みで顔を歪ませながらも、言葉を紡いでいく姿。その様は瓜生謙二郎と全く同じだった。
「そんな僕に友達ができたんだ。馬鹿だけど、優しくてカッコいい奴がさ。アイツをあんな扱いにしたことが許せなかった。だけど、復讐してみてやっぱり満足だけってわけにはいかないんだ。仇を討ったというより、人を殺したという行為が重いんだ。死ぬ前だからかもね。本当に地獄に堕ちちまうかな、とか」
上手く笑うことができず、春人は咳き込んだ。
「話は終わりだよ。どうせ死ぬなら、役立てて」
「どういうことですか?」
「金原さん、僕に強制清算するんだ。そうすれば点が稼げる。清算後は僕の端末を持って、雅さんたちに合流するといい」
「できません」
「するんだ。君が生き残るためにも。迷惑ばかりかけていた僕の人生に価値を与えるためにも」
梨子は迷った。強制清算をすれば+値の点がもらえることは、ルールで判明している。
それでも何度も春人の端末に触れるか触れないかというところで離れた。
しかし最後は、震えながらも春人に照準を向けた。
「ありがとう。最後にもう一つ。謙二郎の気持ちがわかるよ。やっぱり、君は普通の子でいて欲しい。それじゃあね」
春人は目を開けていた。涙を零し続ける少女の姿を網膜に刻むように、真剣な顔のまま口元だけ笑ってみせた。さあ、どうぞ、とでも言うように笑みを湛えている。
それは我儘を突き通すことへの罪悪感と梨子への思いやりによるものだった。
目を開けていては彼女が行動に移しにくいと理解していて、春人は目を開いていた。最後の我儘だった。
だから、痛みで顔を歪まぬように、死への恐れから泣き言を言わぬように、少しでも撃ちやすくするために笑っていた。
清算され、点数がマイナスであることをアナウンスされても。
初日に吹き飛んだ少年の事を思い出しても。
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