第30話ー狂言
転がり回りながらも、雅は相手の方へ体を向ける。
相手は七重神奈だった。
ゲーム開始以降、遭遇していなかったプレイヤーなだけに行動が読めない。
が、雅はあることに気づいていた。彼女は撃つ隙があったにも関わらず、次弾を放たなかったのだ。
つまり、狙いは雅だけで香歩と志郎に危害を加えるつもりはないらしい。
現に今も神奈と雅の間を挟むように香歩たちがいるから、銃口を向けるだけに留まっている。しかし、会話をするつもりはないのか、何も話さない。
走りだす前に、雅は志郎の顔をじっと見た。香歩を頼むと瞳で告げる。
「いいさ、アンタの思惑に従ってやるよ」
雅は太ももを撃たれた処置もせず、香歩たちから遠ざかるように疾走した。
神奈がそれを追いかける。
そんな二人を止めようとする香歩を志郎は体を挟んで邪魔した。
「セーフティーゾーンに戻ろう。僕らが行っても足手まといになるだけだよ」
志郎は雅に聞こえるよう、大声で叫んだ。しかし、香歩は止まらない。それでも、志郎を振りほどくことはできなかった。
身長差が勝っているはずの志郎に力で負けた香歩は何かを踏んだ感触で抵抗を止める。足を除け、それを拾い上げた。
「これって」
踏んでいたのは雅のアーミ―ナイフだった。香歩は出会った時に雅から向けられたことがあるだけに覚えている。彼が撃たれた衝撃か、転がったせいか落ちてしまったらしい。
「大丈夫?」
突然、抵抗を止め、じっと香歩がアーミーナイフを見ていたので志郎は怪我でもさせたのではないか、とオロオロし始めた。
「大丈夫大丈夫」
香歩はピースサインをして笑ってみせた。しかし、その動作はどこかぎこちない。
怪我でないならどうしたのか、と志郎が尋ねようとする前に通路に声が響いた。
「あれ、香歩ちゃん?」
「福田さん?」
雅は何とか逃げることができていたが、じき、追いつかれそうだった。
神奈一人であれば、撒くこともできただろう。が、相手は三人いた。
姿こそ見えていないが、足音で数は判別できる。仲間でないと考えたのは、香歩と志郎の足音にしては重かったからだ。
彼の仲間ではないし、神奈と協力するように雅を包囲しているところから、敵と断定していいだろう。
「全く、厄介だな」
そうは言うものの、焦りはなかった。全く不思議な体である。雅の心は落ち着いていた。負けることはないと信じ切っていた。
近藤たちとの戦闘から、加速度的に記憶が蘇りつつあるせいか、自信に対しての不安もない。
問題はストッパーのほうだ。
「この期に及んで、殺さず解決だなんて寝ぼけてるよな。樋口さんの性格が移っちまったか?」
冗談めかしてみるも、そうでないことはわかっている。まだ肝心な記憶は蘇っていないのだ。ただ無関心に研究していた日々から変化した何かを思いだせていないのだ。
何故そう思うのかというと、あの頃の自分なら人の殺傷で躊躇する心を持ち合わせていないはずである、と雅は推測していた。
そんなことを考えつつ、彼は威嚇射撃を交えながら、通路を駆け巡る。銃弾でひるませ、三人の敵の場所を誘導していくためだ。
一番、走るスピードが速い神奈から無力化するのが最善だろう。
何とか誘い込む。神奈が一人で雅と対峙していて、尚且つ幸運にも他の二人が神奈の後ろから迫ってくる状態を作った。
この機を逃すわけにはいかない。雅は十字路の右の曲がり角から撃ち、神奈を足止めさせた。距離があれば、選択はいくらでもある。
「おい、いきなり襲いかかってくるとはそういう料簡だ? ゲームに勝つためなら何でもしていいと?」
「それは私の台詞よ。仲間を裏切って、卑劣な罠をしかけ幼子を攫うとは」
雅はほくそ笑んだ。挑発に乗ってくれなかったら暴力で解決するしかなかったが、会話さえすればどうにかなる。
なぜなら、彼は記憶を失ってから神奈に恨まれるような行動を取った覚えがなかったからだ。
未遂はあったが、いずれも悪事も記憶のストッパーと香歩のせいで封殺されている。
「何か勘違いしていないか? 身に覚えがないんだが」
「減らず口もいい加減にするのね。あの二人も襲うつもりだったんでしょう?」
「やれやれ。そうやって疑うのはいけない傾向だぜ。カリカリすんなよ」
「証言者もいるの。貴方の狂言は信じないわ」
雅は、前言撤回である、と鼻で笑った。考えが甘かった。
一気に走りだして、無力化させるしかない。
だが、それも甘かった。神奈は雅の超人的スピードに対応したのだ。
貫通することはなかったものの、銃弾が肩を掠めたため、太もものダメージを無視して左の曲がり角に飛び込んだ。
「甘いわよ。貴方がTEだということもわかってるんだから。そして、私はTEとの戦闘を前提とした訓練を受けてるわ」
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