第27話-昔話

 雅は自分の変化に驚いていたが、今の状況を思いだし、梨子たちの元へ駆けつける。

 謙二郎が庇ったのか、梨子に致命傷になるようなものはない。気を失っているだけのようだ。

 しかし、謙二郎はどうにもならない状態だった。香歩と志郎もそれを理解しているのか、既に処置を済ませた後なのか、謙二郎に治癒のカートリッジを使うこともしない。

 

「流石やなあ、雅」


 しゃがれた声で謙二郎が笑った。彼の表情は苦悶に満ちていて、声にも痛みが滲んでいた。

 雅はせめてと思い、拳銃に手をかけるが、謙二郎が首を小さく振って止めた。


「こうなるとな、やっぱり死ぬのって怖いねん。痛くても最後までいさせてや」


 謙二郎の意思を尊重し、雅は彼の隣に座った。


「雅は相変わらず仏頂面やなあ。香歩ちゃんに志郎もそないな顔せんといてや。その様子じゃ、あんたらの笑い話なんて聞けそうにないし、俺が話すか。黙って逝っちまうのは嫌やし」


 話している間、何度も咳き込み、その度に眉を顰める。今の謙二郎にとって、言葉を発するだけで想像を絶する痛みが走っているだろう。もしくは、痛覚が麻痺しているのかもしれない。


「俺の罪は恋人を殺したことや。原付きで二人乗りしてて、踏み切りで転んで彼女だけ轢かれた。不幸中の幸いってやつかな、鉄道会社から賠償金とかはなかったけど、色んな人に責められたわ。それで思い知ったんや」

「謙二郎!」


 通路に声が響き、雅はすぐさま迎撃しようと動く。それを止めたのは「あれは春人や」という謙二郎の声だった。

 少し遅れて春人の姿が見えた。謙二郎の推測通り、声の主は春人だった。彼は顔を涙やら泥やらでぐしゃぐしゃに汚し、息を切らせながら走ってきた。


「生きとったか。よかった」


 雅たちのグループは安堵した謙二郎の声を聞き、春人も近藤たちに襲われたことを思い出す。


「皐月も無事だよ。謙二郎が囮になってくれたおかげで」

「囮になったのは結果論。俺がドジ踏んだからや。慈愛精神なんかやないで。けど、死ぬ前にお前が来てくれてよかったわ。話、聞いてや」


 春人は涙をこぼしながら頷いた。謙二郎は苦々しく笑って、話を続けた。


「春人も来たし、おさらいするな。まあ、バイク事故で彼女を殺してから、何をしてても苦痛やった。毎日に何の価値もない。平穏な日々にいるはずなのに、どこか遠くて置いていかれてるような感覚やった。人を殺めるという咎はとてつもなく重いことやねん」


 謙二郎は痛みも相まって壮絶な表情を模る。


「それで、思ったんや。当たり前やけど、人が死んだら誰かがやっぱり悲しむ。人の死はこんなにも近いものなのに、大きな傷を残す。だからこのゲームでも死んでほしくないって思ったんや。それと、自分の罪の意識ってやつかな。また殺すっていうのが無理みたいや」


 彼の言う通り、当たり前だった。話を聞く誰もが理解できたし、共感できた。言葉だけでなく、実際に友を救い、死の淵に立っても誰かのためにと行動した男の言葉だからこそだ。

 その結果が報われたと、雅は思った。彼自身はここで死のうとも、友を救えたことにはきっと意味があったはずだと。

 雅は香歩以外のことで知らずの内に心を揺さぶられていた。


「だからな、梨子に伝えてほしいねん。仇を討ちたいって気持ちがわかるとは言ったらあかんと思うけど、少なくとも間違ってはないと思う。でもな、そんなことをしたら絶対今まで通り笑えへんくなる。それはエゴやけど、あいつには笑ってて欲しい。あんな冷えた目して欲しくないんや」


 頼むな、と笑いたいのか唇を歪ませて言うと、瓜生謙二郎は黙った。

 数分、春人は膝に顔を埋めていたが立ちあがり、雅たちの制止も聞かず、先に進んだ。追いかけようにも眠っている梨子を放っておくこともできなかった。

 謙二郎が口を閉じてから、十五分が経過した時、梨子が目を覚ました。


「早く治療を!」


 体を起こした梨子の叫びを誰も直視できない。彼女だけが、謙二郎が手の施しようがない状態であることに気づいていなかった。


「ええんや俺はもう死ぬ」


 まだ意識があったのか、と驚いている雅たちを謙二郎は見て笑った。


「やかましいから、起きてもうた。最後にお前の声聞けてよかったわ」

「謙二郎? 最後って何ですか?」


 声を震わせ、梨子は謙二郎へにじり寄っていく。力が入らないのか膝立ちすらできず、這って彼の元へ着いた。

 元々、黒かった謙二郎の学ランは血で一層黒くなっていて、血が乾いていない部分は妖しい光沢を放っていた。その身体を揺する梨子の手も血で汚れる。

 そんなことを気にもとめず、梨子は謙二郎の体を揺すり、名を呼び続けるが応えることはなかった。

 梨子の声を聞いて、雅はある記憶を呼び起こしていた。

 カートリッジと共に蘇った映像に近いものだった。

 映像は研究所の一室を映していた。様々な人が訪れ、何かを要望し、それに応える。その繰り返し。

 前に見た時と同じく、人の要望を叶え続けていた。

 変わっていたのは、心持だけ。

 その時の雅は自分の行動に疑念を抱いていた。


「小松さん?」


 香歩に声をかけられ、記憶の再生は中止された。

 突然、白髪になったのだから心配されるのも不思議なことではない。

 雅は、彼女が自分を見て呟いた『TE』という言葉の意味を問い詰めたかった。が、それは記憶がないと告白することとなる。

 今はその時でないと彼は判断した。


「大丈夫だ。それより、早く進んで休もう。まだゲームは終わってない」

「その通りです」


 流石に雅も二度目は失敗しない。春人が戻ってきた。


「この先を少し見て回ってきました。セーフゾーンがあるからそこで休みましょう」


 春人の誘導で非戦闘エリアで休息を取ることとなった。 

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