第26話-TE
「いいか、志郎。お前は香歩を見ていろ」
ナイフを両手に持ち、雅は柱から躍り出た。梨子を後ろに投げるようにして引っ張り、柱の近くに寄せる。あとは香歩と志郎に任せればいい。
雅の仕事は敵の始末だ。
梨子を引っ張ったと同時に彼は弾が迫る方向へと駆け出す。当然、雅に照準は変わる。
それを許す男ではない。
狭い通路を左右にだけでなく、上下も使い銃弾を躱す。
時には這い、転がり、壁を蹴り、銃火器禁止エリアを抜け出そうと進む。
獣のような俊敏さで、機械のように正確な判断を下す。銃弾が擦ることはあっても、穿たれることはない。それは、相手との距離が数メートルであっても。
楠木と近藤は狭い通路を撃つために同じ位置にいたが、雅が手前に移動してくるので二方向に別れていた。
雅からの距離はどちらも変わらない。
「バケモンが!!」
楠木の咆哮を気にもせず、雅は近藤の方へと駆け出す。楠木は手を止めたため、銃声が一つ止んだ。が、彼は同時討ちを恐れるような男ではなかった。雅に照準を合わすのではなく、近藤の近くに移動させる。攻撃しながらであれば躱すことなど――。
楠木の考えは正しい。しかし、雅には一歩及ばない。何故、自分に攻撃がこないと思っているのか。
雅は近藤に接近しながら、楠木にナイフを投擲した。
楠木はなす術なくナイフを肩に受ける。彼はそのまま、投擲の勢いのせいか、痛みによる混乱か、吹き抜けの部分から下へと落下した。
その光景を雅と近藤は横目で細切りに確認しつつ、肉弾戦を繰り広げていた。
両者とも拳打や蹴りを放ちながら、雅はナイフで、近藤は銃を鈍器にしてお互いを狙おうとする。
雅が押しているが、守りに徹している近藤を中々打ち破れない。が、均衡は目的の差によって崩れた。
少し距離が開いた瞬間に、雅は飛び込むように回し蹴りを放つ。近藤はそれを受け止めたが、勢いを殺しきれず、下りエスカレーターへと落ちていった。
そう、近藤は殺すつもりでいたが、雅はこの戦いが終わりさえすればよかったのだ。
二振りのナイフでマシンガンを持った男たちを撃退してみせた。
今までで最も小松雅の異常性が際立った瞬間だった。
「やっぱり、TEなんですか」
柱の奥から香歩が言う。雅はTEという語句の意味がわからなかったので、だんまりだ。梨子が言うには病気らしいが――。
雅はそこで言葉を失った。
吹き抜けを囲うガラス製の手すりに、映った彼の姿に異変が生じていた。
茶髪だった髪が、この一瞬で真っ白に変化していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます