第22話-恐怖

 雅は機械を鉄屑に変える。無力化は呆気なく済んだ。

 が、ドローンは雅の動きに対応して少しずつ下がっていったため、香歩たちがいた場所から十五ほど歩かなければならない距離ができていた。走っても五分以上かかるだろう。


「十五分も追いかけっこしてたのか。情けないね」

「その通りです」


 雅は全く声の主の気配を察知していなかった。すぐさま茂みに身を隠し敵を探そうとするが、声を出した男は堂々と雅に姿を現した。

 男の格好は雅と同じの服装に仮面。悪趣味この上ない。


「あんた、最初にあった仮面だよな」

「ええ」

「随分と正直じゃないか」

「貴方に誤魔化しなど無駄だと理解しているので」


 何を今更と男は笑う。初めて会った時から雅に対して妙に馴れ馴れしい。


「運営側が何の用だ?」

「断定調ですね。まあ、当たりなんですけど」


 男は笑い続けた。

 目的がわからないから雅は大人しくしていたが、これ以上は時間の無駄だ。情報よりも香歩たちを待たせている方が問題である。

 そう考え雅が離れようとすると、男は警告なしに発砲した。無論、威嚇などではなく雅を狙っていたが、彼は躱しすぐさま反撃する。


「やれやれ、毒されてますね」


 男も難なく銃弾を躱す。どちらともなく銃ではラチがあかないと、ナイフに持ち替え刃を交わらせる。

 雅は負ける気がしなかった。が、今までで最も緊張して、相手を無力化させようとする。

 強敵である、という判断を体は下していた。


「わかりませんか? 本気の貴方ならいざ知らず、急所を除いた戦い方では私ですら敵わない」


 男の言う通りだった。雅が殺されることはなくとも相手を倒すことはできない。が、殺すことは昼飯を用意するより簡単だ。手早くさっと炒められる。記憶ではなく、彼は客観的視点で思った。

 どういうわけか、雅は二つに一つの選択を選べない。殺す、という考えは毛頭なかった。

 故に、攻防は進展を見せない。


「貴方が中途半端なほうが私としては楽なんですがね。でも時間の問題ですよ」


 男の言葉をまともに取りあわず、ナイフを雅は振るう。が、彼の一撃は身を裂くことなく、虚空を切り、男の反撃が迫る。そして、それを流し、雅はまた攻勢へ移る。

 そうやって、演武のような動きをずっと繰り返していた。もう五分は過ぎていよう。


「そろそろ、お楽しみタイムですかね」


 男はそう言って距離を取り、進路を塞ぐようにナイフを構えた。


「樋口香歩を失った時を想像しろ」


 雅と男の間に空中ディスプレイが現れる。そこには、香歩と志郎が映っていた。




 私はターゲットが罠にかかったのを確認して発言した。興奮のあまり、マイクを持つ手が震えている。

 計画は成功したのだ。

 これで、ようやく、幕が上がる。私は愉悦のあまり、笑い声を上げてしまった。


「さあ、そろそろお目ざめの時間ですよ?」



 

 香歩と志郎は雅の指示通り大人しく待っていた。先ほど、遠くではあるが銃声が止んだので終わったのだろう、と安堵している。

 香歩はしきりに雅の心配をしていたが、志郎は雅が負けるという光景を浮かべられなかった。


「この糞ガキが」


 銃声と共に二人の鼓膜を震わせたその声を聞いて、志郎は動けなかった。

 香歩はすぐさま逃げようとしたが、志郎が立ち止まっているので戻ってくる。

 志郎は来るな、と叫んだつもりだったが声すら出せなかった。

 雅が強いという証明は、志郎にとって恐怖の化身である父に勝ったからだ。

 父から逃げても声はずっと聞こえていた。志郎の耳には罵声と怒声がこびりついている。父から離れても夜はうなされ、森からいつ飛び込んでくるかとビクビクしていた。

 が、それがいつからか薄れて空想になっていた。雅が頼もしいから? 恐怖を打ち消す何かがあったから?

 しかし、たった今、恐怖は実像を持って現れた。

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