第21話-方針

 変化は他のチームにもあった。マコトが率いていた女性陣チームはドローンに襲われていた。矢のタイプではなく、機銃を身に孕んでいる。

 近藤に襲われた皐月たちのチームより、彼女たちの方がタイミング的には早い。メールの受信とほぼ同時に襲撃を受けた。


「皆さん、散り散りになって集合場所を目指しましょう。いいですね!」


 マコトの言葉に返事はせずとも、花鈴は同意だった。しかし、彼女は動けない。

 沙世とはぐれてしまったのだ。

 木で身を隠しながら花鈴は目を凝らす。銃声が鳴り止まぬ中、必死に沙世を探すが見つからない。

 梨子の穴埋めに入った福田はとっくに逃走している。美姫とマコトも、既に逃げただろう。

 助けは期待できない。自分で何とかしなくてはならないのだ。

 焦りが彼女の身を焦がす。早くしなければ、また命が失われる。身に迫る危険が意識できないほど、沙世を失う恐怖が花鈴を襲った。

 視野が狭くなったからこそ、あることに気づく。ドローンたちの銃口は決まったところに向けられていた。

 つまり、そこに誰かがいるということだ。

 花鈴はついに沙世の姿を捉えた。小さな手と足しか見えないが、間違いない。沙世は身体を震わせていた。

 死が安易に思える瞬間を実感したが故に、花鈴は胸が穿たれる。何故だ、と。無垢な子供にこれからの少女に、そんなものを刻みつけてしまったのだ、と憤る。

 勝算どころか、算段も立ったいない状態で木から身を出す。焦燥と憤りは花鈴から冷静さを奪った。

 本来ならば、そこで終わりだ。無闇な行動を取った結果が訪れるはずだった。

 が、穂谷花鈴に銃口が向けられることはなかった。


「お姉ちゃん、逃げて!」


 沙世は叫んだことにより、集中砲火を受ける。小さな体躯がプラスに働いたのか、被弾はしていない。

 花鈴はそこでようやく悟った。


「三分間迷彩化」


 花鈴は呟いた。沙世の端末に入れたアプリが自分に使われている。沙世は自分の身を守るためでなく、どうしようもない私のために使ってしまったのだ。

 すぐさま、少女の元に駆け出したい。彼女の柔らかい頬を自分の頬と擦り合わせたい。が、それは今すべきことではない。

 沙世の真意。自棄にならず、一人でも生き残らせる手段を選んだのだ。そう、幼い彼女の方が冷静だった。

 今できるのは逃げることである、と花鈴は理解した。

 共倒れすることを少女は望んでいない。その方が楽な選択だとしても、花鈴はそれを取れなかった。

 死が隣に立った時の決断を踏みにじれるはずがない。

 銃声が轟く中では、何故そうしたのか聞くことはできない。だが、花鈴は盲目に判断した。


「わかってる。きっちり、復讐するわ」


 狙われないことを良い事に、花鈴はドローンの先にいる人影に目を凝らす。彼女の目はその姿をしっかり網膜に焼き付けた。




 三つのチームの内、二つでは戦闘が起こっていたが雅の所は、はぐれてすらいなかった。

 メールが来た後、雅はまず落ち着くために話し合いの場を設けた。各々、腰を下ろして端末を確認している。


「今後の方針なんですけど」 


 香歩が手を挙げて今後の方針を提案し始めた。


「これから、逸れたみんなと合流したいと思うんです。いいですか?」

 

 香歩は頭を下げた。楽観的に言っているのではなく、その選択のリスクを意識していたのだ。

 リスクとはもちろん追加ルールによるものだ。

 追加されたルールによって、今まで育んだ関係が崩壊する、という推測である。仲間だった人間に襲われることもあるだろう。そこでわざわざ、友好的に解決しようと言っているのだ。

 それに雅と志郎を巻き込む罪悪も感じている。自分の身勝手に付き合わせようとするエゴも。それでも突き通そうとする傲慢さも。

 よって香歩の声は震えているし、視線も覚束ない。それでも、彼女は言ったのだ。

 そのことを雅と志郎は理解していた。短い間でも、香歩の面倒な部分でもあり魅力的な部分を嫌というほど見ている。

 到底叶わない夢想だと理解していても諦めない志。そんなものを抱いているが、弱い。できないことに苦しみ、進み続けることに悩みもする。


「僕はいいよ」


 間髪入れずに志郎が答えた。物事を考えてから発言したとは思えない速さである。


「俺も構わない」


 香歩は顔を輝かせて顔を上げた。

 雅は自分が断っても、香歩は諦めないだろうと思っていた。彼女の信念は曲がらないと信じていた。

 好戦的なプレイヤーに説得が通じなければどうなるかは目に見えている。というより説得は恐らく通じないし、香歩と志郎では相手を無力化どころか返り討ちにあうだろう。

 そう、あくまで彼女たちを守るために付き合うだけだ。

 雅は彼女らを見捨てるという選択はできなかったのだ。天秤に掛けるまでもなく。


 梨子の騒動があったので、朝も食べていなかった。そのため、このまま一先ず休憩ということになった。

 雅は食事を終え、追加されたルールを見て、このゲームの趣旨を再確認した。


「なるほど、これで確認のために戦闘になるのか」


 追加ルールは――他人の端末でルールが見れるようになる。五時間前にエリアが封鎖される――というものであった。

 今までは口頭でルールを伝えあった。それは他人の端末を見てもルールが把握できなかったからだ。

 つまり、共有してきたルールが本当かわからない、ということである。今まで仲間として発言していた全てが本当かわからない。が、信じる他なかった。

 しかし、今はそれを確認できる。相手の端末の情報を見れてしまう。

 それはどんな手段であっても構わないのだ。

 例を示すように、殺しを推奨するルールも開示された。


「流石はエンターテイメントというべきか。そこにエリア封鎖ね」


 他人の獲得したルールが見れるようになったことで、今までの獲得したものの正否が不確かになった。

 そして、エリア封鎖により、他プレイヤーと出会う確率が飛躍的に上がるので、より戦闘が起きやすくなっているのだ。

 しかし、雅たちはそんなプレイヤーたちを倒すのではなく、仲間になるように説得しなければならない。

 苦労は間違いなかったが、それを嫌だとは欠片も思っていなかった。


「やはり、樋口香歩という少女は……」


 物音がしたので、雅はすぐさまそちらに体を捻って、銃を向ける。相手がトンボ型のドローンであることを視認し、香歩と志郎に木の幹に隠れるよう指示した。


「ちょうど、俺と君らの間にドローンが複数体いる。全員で逃げてもやられるだけだ。走って奴らを潰してくるから、じっとしていろ」


 雅は香歩たちがいる方向と逆の茂みへと駆け出し、ドローンの照準を集めた。今回は矢でなく銃弾だった。敵の数を確認しつつ、逃げ回り距離を詰めていく。

 腹ごなしには丁度良い。

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