第19話-変化
雅たちが帰ってくると、いつもの部屋は異様な空気に包まれていた。
どうしたのか訊く前に、美姫が雅に近づいてきて耳打ちした。
「さっきメールが送られてきてから、梨子ちゃんがすごい剣幕で」
美姫に言われ、雅はさりげなく横目で梨子を一瞬、視界に入れる。
彼女は一人で椅子に座っていた。日本刀を両足の真ん中、体の中心に杖のようにして立たせ上半身を支えている。明るい彼女からは想像もつかない憤怒の念が感じられた。
頼まれた以上、雅がどうにかしなくてはならなかったが、福田が一人で梨子に近づいて行った。
「ちんちくりん何してんだよ?」
福田はニタニタと笑いながら、日本刀を杖にする梨子の手を握ろうとした。彼の手は彼女の手を掴むことはなかった。
梨子が福田の足を蹴り払い、崩れた体制を突いて、手で肩を押した。
咄嗟に受け身は取れたものの、勢いのあるこけ方をした福田は怒り心頭といった様子で梨子に掴みかかろうとする。
雅たちがそれを止める前に、梨子が椅子から跳ねるようにして立ち上がり回避する。
「福田、お詫びと言っては何ですが、ゲームをしましょう」
「ゲームだあ?」
「そこの机にある缶を福田が拳銃で射貫けば、私のことを好きにしてくれて構いません。貴方のものになりましょう」
突然の申し出に誰もが絶句する。梨子の急変もそうだが、ゲームも脈絡がなさすぎるし、意図が全く見えない。
制止する声より先に、福田が即答で了承した。既に拳銃を構えている。
「ここから打っていいのか?」
缶と十メートルも離れていない場所だったが、梨子は頷いた。
福田が持つのは小型拳銃で男性ならば、難なく扱える代物だ。缶という小さな的でもまず外すということはないだろう。
「一つだけ条件を追加します。私は貴方の弾に干渉しますから、三発であの缶を射貫いてください」
「ははは、三発もいいのかよ。いいぜ、早くスタート言ってくれ」
梨子は日本刀を手に取り、どうぞ、と言った。
すぐさま福田がトリガーを引く。連続で三発。しかし、それらの弾丸は缶を射貫くことはなかった。
全て、梨子が刀で弾いたように雅の目には見えた。
「おいおい、どうなってんだよ」
雅は急いで周囲を見渡したが、皆、訳がわからない、という顔をしていた。
「刀でお前の弾丸を弾いたんだ」
「雅さんの言う通りです。私は貴方を真似ただけですよ」
全員に見えるよう、ゆっくりと左足を軸にして回転し、妖艶に梨子は笑みを模った。
「福田、勝負は貴方の負けです。こちらの報酬は先ほどの無礼を帳消しにしていただければ結構ですから」
梨子はそれだけ言って、また椅子に座った。
そこへ謙二郎と春人が近寄るがいつもの空気ではなく、重苦しいものとなっている。
いつもいる二人に任せて、雅は美姫から話を聞くことにした。
「何があったんだ?」
「それがわからないんです。ね、香歩ちゃん」
「はい。メールが来てからというのは間違いないです」
雅はゲームマスターから送られてきたメールについて思い起こした。
文面はプレイヤーの罪の内容である。それが列挙されていた。
もちろん推測できないよう、プレイヤーナンバー通りではなかった。
なぜ、それがわかったかというと、自身の罪も端末に表示されるようになったからである。
雅の罪は世界を見捨てたこと。そして彼のプレイヤーナンバーは1だった。
罪は、記憶を探る手掛かりにすらならない抽象的なものだった。
他のプレイヤーも同じというわけではなかった。
妹を転落死させたこと。度重なる窃盗、などはっきりしているものもある。
中でも一番、雅がインパクトを受けた罪は、第二回パーフェクトビルテロの実行、というものがあった。
パーフェクトビルというネーミングセンスも大概だが、事件の前ではどうでもいいことだ。
テロ、罪としては最も重いものだろう。
このようなメールが送られてきたのは、ゲームが進展する兆しだろう。
皐月と意見交換しようと思い、雅が皆がいる場所から少し離れると、追いかけてきたのは美姫だった。
「雅さん、私と個別ルール交換しませんか?」
美姫は皐月と違って、雅に近い思考を持っているわけではない。彼らは利害関係が一致しているから交換したわけだが、美姫はそうではない。交換して何かメリットが確約されているわけでもなかった。
よって、雅はできれば交換したくなかったが、断っては角が立つ。彼が何とか誤魔化そうと口を開こうした時に、美姫が端末を見せてきた。
そこには、?日目までに一番長く半径?m以内にいたプレイヤーのゲーム終了時の生存、と記されていた。
美姫が不安そうな顔で、雅を見つめている。彼女の大きな瞳が戸惑いに揺れ、沈黙が深くなるほど暗くなる。そこには魔的な美しさがあった。
が、雅は揺れ動かない。自分が美姫を貶めることはしないが、彼女が自分を貶める可能性はあると考えていた。
つまり、守る対象ではあるが、自分を守ってもらえるとは思っていない。誰かへの慈しみはあっても、誰かへの信頼はない。あくまで一方通行の心だ。雅は、自分の心は固く閉ざされいるのだ、と自覚できた。
理由はどうあれ、その例外が樋口香歩であるということも。
雅は口頭で出鱈目なことを言って、その場をやり過ごした。
その後、皐月と話をする暇もなく就寝の時間になった。梨子もどうやら落ち着いたらしい。
が、それは思い過ごしだった。
「みんな、起きてください」
焦ったマコトの声で、雅は意識を覚醒させる。
「梨子さんがいません」
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