第17話-発見
撃鉄は落ちた。が、香歩に出血はない。何故なら――。
「カートリッジだ。マガジンに治癒のカートリッジを入れたんだ」
福田と志郎は雅の説明が理解できないようで、お互い顔を見合わせている。
原理は説明できる。理解できたから、雅はためらわず撃てたのだ。それが何故なのかはわからずじまいだが。
「とにかく、この筒はそういうものだ。緑が治癒。赤が銃弾になる」
「はあ? こんな液体が銃弾になったり、薬になったりするのかよ」
「そういうことだ、福田。信じられないだろうが、使ってみればわかる」
これまで相当な頻度で入手できた筒の正体が判明した。
銃に込めて引き金を引くことで効果が現れる。緑色なら即効性のある治療薬。赤色はその銃に適した弾薬に変化する仕組みだ。
戻った雅はそのことをショッピングセンターで再度説明したが、なぜ分かったのかという追求はなかった。香歩もケロッとしているのでお咎めもない。変わったのは彼女の右肩に雅のジャケットの布切れがくくられていることだろう。止血代わりに、彼のジャケットを裂いたのだった。
雅は口を動かしている間、カートリッジと共に蘇った記憶の再生を行っていた。
それは、記憶にしては鮮明すぎる。映像というべきだろう。
映像は研究所の一室を映していた。様々な人が訪れ、何かを要望し、それに応える。その繰り返し。
その頃の彼は望まれたことができたからしていた。あまりにも簡単だったから。人々の望みを叶え続けた。
彼には感慨はなかった。達成感もなかった。新たな発明も発見も彼の心を満たすことはなかった。
終わりの見えない空虚な映像。見ている方も、その主観人物も退屈さが滲み出ている。
ますます自分の正体がわからない雅だった。
未来の技術を知らない自分が、今を生きている彼らすら知らない知識を持っていたのだから。
カートリッジの発見に沸き立った後、マコトが挙手をした。
「シャワールームを見つけたんです」
「シャワールーム?」
そう聞き返した穂谷の声は僅かに弾んでいる。
画期的な技術のカートリッジを知った時よりも嬉しそうだった。
「はい。僕もこんな身近にあったとは思ってなくて」
発見者のマコトの説明によると、早く戻ったので散歩していると、ショッピングセンターの三階で見つけたそうだ。
ゲームも四日目になるが、歯磨きや風呂といった衛生面を気遣っていられなかった。水で濡らしたタオル等で拭くといったことはしていたが、川で水浴びなど本格的な処置は狙撃される危険性を考慮して行っていない。
そのため、シャワールームの登場は誰もが望んだことだったのである。
「まあ、ショッピングセンターは物資がないからノーマークやったしなあ」
「謙二郎君の言う通り、相変わらず非常階段の扉は閉ざされてますし、物資もルールもなかったです。やっぱりここは拠点なんでしょうね」
「ですね。だから皆さんの仲間になるまでは野宿で辛かった」
ははは、と笑う楠木に釣られて、会話していたマコトと謙二郎もはにかむ。
初日に雅たちが就寝したような建物があるとはいえ、人がいると主張しているような場所に一人でいれば襲われるかもしれないと、不安で満足な睡眠も取れないだろう。しかし、野宿も十分に体を休めるには難しい。
「確かに、大所帯がここを占拠しては他のプレイヤーが困るでしょうね」
皐月の冷笑に楠木の笑いが引きつっていった。
一日二日ならいいが、仲間のいない他のプレイヤーたちは、ここの皆より疲労していると考えていいだろう。その疲れが、不安が、極端な選択を選ばせる可能性は限りなく高い。
皐月はそのことを暗に示しているのだが、ほとんどの人間にはシャワールームの喜びで伝わっていないようだった。
同情するように雅が笑うと、やれやれ、と皐月が唇を吊り上げる。
「お先に女性から済ませては?」
「皐月、もてそうな顔をしているだけはあります」
梨子が顔を輝かせ、皐月を褒めたたえる。
皐月はどうも、と手を挙げるだけで表情も変えない。
「近藤さんと皐月君はクールボーイだね」
楠木が茶化しても二人は表情を変えない。二人の反応がなさすぎて、却って楠木の方が顔を青くしている。
「ばっかだなあ、楠木さん。皐月はお兄ちゃんだからその程度の攻撃効きませんよ。なあ、沙世ちゃん。お兄ちゃんは強いもんな」
「そうだよ。福田なんかよりね」
「げ、俺も撃沈かよ」
沙世に言われ、福田は腕で頭を抱えてしゃがみこむ。彼のオーバーな落ち込みようが笑いを誘う。
「話はそれぐらいにして、早く入ってきたらどうだ?」
「近藤さんの言うとおりですね。さ、行きましょう」
香歩はさりげなく志郎の腕をつかんだ。
「ちょ、香歩さん何してんの?」
「え、志郎君もシャワー行くでしょ?」
二人はお互いに顔を見合わせて、はてなマークを浮かべている。
先に硬直が解けたのは志郎だった。
「俺は男だって」
「でも、温泉とかなら入れるじゃない?」
「勘弁してよ。ヘルプ雅さん」
志郎の要請に雅は応えて二人の間に入った。
「志郎も樋口さんが嫌なわけじゃない。単に男同士で親睦を深めたいのさ」
「そ、そうだよ。そういうことなんだ」
香歩はよく思っていないようだが、渋々引き下がった。
あからさまに安堵する志郎を雅は体で隠して手を振り女性たちを見送る。
「何をしているんです?」
今度は雅が驚く番だった。
「私たちがシャワーに入っている間、護衛してもらわないと」
さも当然という風に美姫が言う。他の女性陣も好色を示している。それどころか、男性陣も冷やかしていた。福田だけが本気で悔しがっている。
「それだけ信用されているってことですよ」
春人の言葉で素直に喜べない雅だった。
「志郎君の頭洗いたかったな」
「香歩も中々しつこいですねえ」
まったく、とぼやいて梨子は頬杖をつく。
シャワールームは簡単な衝立で囲ってある構造のものだった。個室は二つあり、沙世と花鈴が同じところを使い、美姫が残りを使っていた。
「これでボディソープやシャンプーが箱の中に入ってた理由がわかったね。あ、シャンプー渡すね」
美姫が下からシャンプーの入ったボトルを花鈴のほうへ滑らせる。水回りの問題で衝立は下がある程度開いていた。
「ありがとう。沙世ちゃん、髪洗ってあげる」
「え、いいの? 何だか久しぶりだなあ」
花鈴と沙世の他愛無い会話が和やかな雰囲気を作る。
雅が外で見張ってくれているということもあってか、全員、ゲームが始まってから一番肩の力が抜けていた。
シャワーの個室に入る扉はシルエットが見える磨りガラスだ。待っている二人の目は自然と美姫の方へ向かっていた。
「羨ましいのです」
「梨子に同意だね。触って比較するまでもない」
何と比較してというのは言葉にせずともわかった。
服の上から見て均整のとれた体であることはわかっていたが、脱ぐと凄まじい。磨りガラスのぼんやりとしたシルエットでもグラマラスだ。
出るとこは出ていて、へこんでいる部分はへこんでいる。偶像のような体の持ち主だった。
「ああ、花鈴さんが魅力的だって?」
見当違いな発言をする美姫であったが、彼女に言われて視線を移した香歩はそうかもしれないと思い始めた。
しかし、梨子は納得していない様子である。その気配を察知したわけじゃないだろうが、慌てて花鈴が声を出した。
「いやいや、どう考えても美姫さんのことでしょう。元の美貌で絶えまぬ努力、勝ち目がないですって」
「まあ、それなりに手入れはしてますけども。言い方悪いけど、花鈴ぐらい崩れてるが一番飽きないって言うよ。ね、沙世ちゃん、花鈴の体どう?」
「ふかふか、むにむに」
沙世の手の動きで花鈴は小さく悲鳴を上げ身をよじる。そのおかげで背中からだけでなく、あらゆる角度から彼女のシルエットを見ることができた待機組は美姫の言葉を認めた。
「となると、私は圧倒的不利」
梨子は沈んだ声で凹凸のない自分の体を撫でた。
「香歩も勝ち組ですしね」
「そんなことないよ」
笑って見せる香歩だったが、梨子の鋭い視線に黙ってしまう。確かに自信はないが、平均よりも女性らしい体付きをしている自覚が香歩にはあった。データを見てもそれは明らかだし、太ってもいない。
「キャラもそうなのです。美姫さんは大人な可愛さ。香歩は知的で寡黙なタイプだけど可愛い系。花鈴さんは心配になっちゃう可愛さ。沙世ちゃんは天使。そう、みんな可愛い系なのです。そんな中に同タイプの私が放り込まれても」
めそめそ、と泣き真似をしてみせるが、誰もフォローをいれない。正確にはいれられないと言うべきか。
梨子の言うことは最もだった。好みは別として女性としての魅力として彼女はどうも欠けているものがある。そういう面で幼すぎるのだ。心身ともに。
「梨子ちゃんはやっぱり元気だし、明るいから、そういうところが武器じゃない?」
「なるほど。やはり大人の女性はしたたかですね」
そう考えてしまうから、そう考えられるから。そんな言葉遊びを梨子に言わせるとしたたかな女性たちは考えて笑ってしまった。
沙世以外の笑い声に梨子が抗議したのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます