第16話-毒矢
「十一時か。あ、そうそう、俺の誕生日十一月十一日なんだよね。すごくね?」
「そうですか」
福田の話題を一刀両断し、香歩は志郎に視線を向ける。先頭にいた雅はそんな彼らをちらりと見て、また前を向いた。
このチームでの行動も二日目だが、やり取りのレパートリーは増えていない。
流石にゲーム四日目となると、武器も必要数揃い、弾を抜いて捨てることが増えてきた。
物資は比較的見つけやすく、その次にルール、アプリという頻度になっていた。アプリに関しては運の問題か、雅は一つも手に入れてなかった。
この二日で香歩と志郎は一つずつアプリを見つけていて、福田は雅同様ゼロだ。
ルールも取得制限が限界まで達しているものも見つける。ゲームも終盤に向かっているのだろう。
「それにしても、銃弾がないから使い捨てっていうのが勿体ないよなあ。弾だけ用意してくれればいいのに」
福田がサブマシンガンを叩きながら言う。彼の新たな相棒を常に外に出していた。
昨日、皐月が襲われたことは全員聞かされている。警戒しておくに越したことはない。
「まあ、素人がどの弾がどの銃に使えるかなんてわからないだろ。だからじゃないか?」
「外国で銃を見ている方ならわかるんですかね?」
「どうだろうな」
香歩の質問に雅は答えられず、会話が止まる。どうも香歩は雅に壁を作っているらしく、二人の会話が弾まないのだ。
「それを言うなら、この筒もでしょ」
持ち運びに困らないから回収しているものの、赤と緑の筒は何の用途なのか全くわかっていなかった。
取得頻度からしてこれが重要なアイテムなのは間違いない。が、どこにも説明はなかった。
「もしかすると、取得できるルールの中に説明が記されているのかもしれないな」
「そのルールが全然見つからないことが問題なんだよな」
雅にそう言って、やだやだ、と首を振る福田。香歩に冷遇されているもの同士、会話の頻度が増えてきた。
傾斜もなく、座れる場所を見つけたのでそこで昼休憩を取ることにした。
食料の分配もそこまで深刻な事情ではない。少し物足りなさや飽きはあるが、それなりの量はあった。
このゲームの長期化も考えられるが、雅はそう考えてなかった。
そろそろ、ゲームが進展するはずだ、と。
大半のプレイヤーが固まっている中、何も起こらず、ずっと進むというのは観客も飽きるだろう。
「雅さんって、誕生日いつですか?」
突然の香歩の問いに、雅は思考を止めた。時折、彼女から話題になっていた内容を時間差で質問されることがある。
「福田と同じで十一月だよ。十一月七日」
その度、こうしてでたらめを雅は口にした。覚えていないのだから答えようがないのである。
「そうですか」
そして、質問する度、香歩は悲し気な目をする。雅にはどういう経緯でそうなるのか全く理解できなかった。
問い質したい気持ちはあったが、福田がいるとどうも躊躇してしまう。
雅はその感情を自分の内に見つけてしまった。言葉にするなら恥ずかしさと嫉妬である。香歩との会話を誰にも聞かれたくないと思っていたのだ。
思い返せば、ずっとそうだった気がする。美姫の時は危険性を排除できると確信していたし、梨子を助けた時は、見捨てるというのも選択肢にはあった。が、香歩の時はどうだ? 何の理由づけもなしに加勢している
香歩の行動も、まるで俺を確かめているようではないか?
その問いが雅の頭に浮かんだ時、ある仮説が出てきた。
小松雅は樋口香歩と知り合いなのではないか、と。
そうであれば、香歩の一連の行動にも納得がいく。知っているはずの人が、自分のことを知らないように振る舞っているから、揺さぶりをかけているのではないか。
しかし、最初に自分を見た時、彼女は先生と呼んだ。その先生はもう会えない。つまり、生きている自分とは違うということではないか、とも雅は考えた。
どちらとも、確固たる証拠はない。だからこそ、答えはでなかった。
結局、雅は記憶喪失を隠し、進んでいくしかないのだ。
過去の自分がどうだとか、深く考えるよりも、目の前の課題を片付けなければならない状況に救われている。
「そろそろ行こうぜ」
食事を終えていたので誰も文句を言わず、福田に従う。
考え事をしていた雅は最後尾にいた。三人は和気あいあいと進んでいる。
「志郎ちゃん、今度、あーんしていい?」
名案だ、という風に言う香歩を見て、志郎は顔を引きつらせた。目すら笑っていない。
その反応に気づくのは福田だけだった。
「いいじゃん、してもらえよ。代わりに俺がしてもらいたいなー」
福田の甘えた視線と声を向けられている香歩はどちらも受け止めはしない。
全員が一方通行なコミュニケーションを行っていた。
志郎が香歩から逃れるために、雅より前へ進む。それを香歩も追う。
「危ないぞ」
注意はするものの、雅も追いかけはしなかった。周囲は比較的拓けているので、敵がいたらすぐ目に入る。足元の草もくるぶしほどしかない。
そのため、先を進む志郎の足元にあったセンサーに気づくのが遅れてしまった。
小型のセンサーに捕捉された志郎に向けて矢が射出される。それを目視したが、雅には対応する手段がなかった。銃を抜く時間も、駆けつけられる距離でもない。
矢は何の影響も受けず標的へ飛ぶ。凡人が矢を咄嗟にどうこうすることはできない。故に、樋口香歩は志郎を押し間に入ることによって矢から彼を庇った。
志郎が地面に手をつくのと同時に、香歩の右肩の二の腕に矢が掠る。
「大丈夫か」
雅は周囲を警戒しつつ、香歩を抱き上げる。傷口から見て、そう深い傷ではない。しかし、香歩はぐったりして返事もなかった。それが何故か、というのを雅はわかってしまった。すぐさま、地面に刺さっていた矢を引き抜き、矢尻を見て確信する。
「毒だ」
雅の呟きに、志郎と福田は慌てふためく。表面には出ていないだけで、雅も同じだった。
彼の知識では、矢尻についていた毒は人を殺すには微量でよかった。しかし、解毒する道具はない。
香歩の死は確定していた。
そこまで判断を下せているのに、雅は諦めることが出来なかった。
何かないか、と意識を巡らす。思考は加速する。目の前の少女を救うために命を燃やす。
雅はその覚悟を無意識のうちにしていた。決して比喩ではなく、過剰な言葉でもなく。そして、成果をきちんと掴んで。
彼は拳銃を取り出し、マガジンを確認して香歩の傷口に押し当てた。
「ちょ、お前何してんだよ」
福田の叫びから数瞬遅れて、銃声が響いた。
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