第15話-自覚
新たに加わった楠木は皐月のチームに入り、ルールを探すこととなった。
近藤が先頭で、楠木が最後尾だ。話しているのは謙二郎と春人だけで他の三人は黙っている。
謙二郎たちも近藤と皐月は沈黙が平気な質だと理解しているので、無駄話を振るようなことも滅多にしない。
「無事に終わったら皆で飯行きたいよな」
「いいね。住んでる場所はバラバラみたいだけど、日本国内なら何とか集まれるし」
「まあ、その前に無事クリアせなあかんけど」
切りそろえられた短髪を乱暴に掻くと、謙二郎は皐月の方を見た。
「なあ、実際、全員無事にクリアなんてできると思うか?」
「どうですかね。不可能ではないとは思いますが、難しいかもしれません」
やはりか、と皐月は少し昨日の行動を悔やんだ。こうした無駄な議論を避けるために、そしてその時が来るまで警戒させないように、自分の考えをひけらかすような真似はしなかったのだ。
しかし、小松雅という人物が想像通りの惹かれる人物である、と証明できた方が重要である。面倒ではあるものの、落ち込むことはない。世の中、何事も上手くいくなんてことはないのだから。
今はこの先恨まれないよう、良い人物を演じるべきだ、と皐月は方針を決めた。
「こうした状況じゃなかったら、朝のハイキングって感じでいいんですけどねえ」
楠木がぼやく。近くには川が流れているようで、心地よい水音が響いていた。気温も夏にしては涼しく快適である。
「確かにそうやなあ。楠木さんは山って感じの格好やし、もしかしてアウトドアとか好きなん?」
「好きですね。まあ、私服として使ってます。選ぶのが面倒っていうだけですけど」
「わかるわー。俺も制服ばっかやもん」
「俺は適した服だったけど、釜田さんと美姫さんは大変だよな」
「スーツやもんなあ。でも二人とも苦痛そうにはしてなかったし、マコトさんなんか身のこなしめっちゃ軽いからな」
へえ、と相槌を打ち、楠木は謙二郎との会話を切った。
「じゃあ、俺らは川の方を見てきますわ」
楠木が近藤を引き連れ川がある方向へ進んでいくのを見送り、皐月たちも辺りを探し始めた。
「どうやら、ここは他のプレイヤーが探したようですね」
皐月の言葉に謙二郎が頷いた。
「やな。空き箱ばっかりや。楠木さんのとこ行こうや」
「そうだね」
春人が口を閉じた時、音が鳴った。遅れて彼らの足元の地面が抉れる。
それが何を意味するか、三人は即座に理解した。
皐月は弾がめり込んだ地面を見て、相手の位置を推測し、射線上から外れる位置の木の幹に隠れる。
謙二郎と春人はそこまで至らなかったようで、ただ近い木の幹を盾にしていた。
銃声が断続的に鳴り、謙二郎たちのいる方向へ弾が飛んでいる。彼らも拳銃を取り出し、反撃しようとするが相手の位置が捕捉できないため、でたらめに打つしかなかった。
少し傾斜になっているので、相手が彼らから見て上のほうにいる、というのはわかっている。だが、腕だけ出して打っても、その角度には到達できない。
謙二郎たちは冷静さを欠いていた。
その様子を見て、皐月は、見捨てるという判断を下した。
相手はそれなりの射撃能力があり、敵の数も位置もわからない。傾斜を上りながら敵を探すとなると、素人では難しい。この二点から、逃げるべきだと考えたのだ。
助けるにしても、近藤たちと合流してから助けるべきだろう。
幸い、今は謙二郎たちに照準が向けられている。
皐月は川の方に向かって、地面を駆け下り始めた。
平坦な道になるまで走ったが、坂道での勢いを殺すことができず足をもつれさせて転んでしまう。
その衝撃で拳銃を落してしまい、急いで拾おうとするが、できなくなってしまった。
銃と皐月の手の間に銃弾が叩き込まれたのだ。
「そこで止まって、手を頭に乗せろ」
低く常に苛立っているように感じる威圧的な態度。皐月はその声聞き覚えがあった。
田原和人。雅と彼が戦っているのを覗き見た皐月には彼の危険性がよくわかっていた。だから、指示に大人しく従う。
走ることに夢中で追いかけられていることに気づかなかったのだ。
「お前が知っているルールを全部話せ」
「覚えてないです。端末を確認していいですか?」
逃げるには手を使えるようにならなければならない。アプリさえ使えれば突破口も見えてこよう。皐月は脅された程度で心が折れてしまうほど柔ではなかった。
が、その目論見は失敗に終わる。
皐月の背に拳が叩き込まれる。地面に腹をつけているせいで、小石がめり込み、彼は悲鳴を上げた。
「小賢しい真似考えんな、ボケ。忘れてるんやったら、思いださせたる」
そう言うと、和人はスニーカーの踵で皐月の指を踏みつけた。
そこで皐月は事態の危険さを思い知らされた。和人は容易に人殺しができてしまうプレイヤーなのだと。
殺しというのは、通常最後の手段だ。それをしないよう人間は話し合いや、他の解決方法を探るのである。できれば避けたい選択のはずなのだ。
が、この男にはそんな常識は通用しない。もちろん、そんな人間がいることはわかっていた。だが、直面することになるとは皐月も考えていなかった。
甘かったのだ。
相手の先を読み、勝機を探す。そうした行為が全くできない。今、俺に何が出来る?
あまりにもあっけなく、詰みの状態になった自分を、皐月は信じられなかった。
雅以外になら、思考能力で負けはしないと確信していた。その自負が恐怖心を抑えていた。
しかし、それは崩れてしまった。力など、状況次第で簡単に覆されるのだ、と身をもって理解した今では。死の気配を感じている、今では。
「おいおい、お前の頭はまだ働かんのかあ? ええ度胸や。この寝坊助が」
今度は足。痛みだけが身体に走る。冷静な思考も、痛みによって閉ざされていく。
しかし、皐月はまだ諦めることはしなかった。鈍くなった頭で活路を探す。
自分でどうにかするしかない。仲間を置いて逃げてきたのだ。誰も助けに来るはずなど……。
「お前が離れてろ、アホ」
謙二郎の声がすると同時に、皐月の視界に春人が入る。
和人は二人に狙われていることを理解し、逃げていく。彼の走る音が聞こえなくなると、春人は膝から地面に倒れこんだ。
「ああ、怖かった」
「せやな。俺も震えてたで」
皐月の足側から謙二郎が歩いてきて、皐月の隣に座り込んだ。
「大丈夫かいな?」
「ええ、ありがとうございます。痛みはありますが、折れてはいないようです」
皐月はまず礼を言い、次の言葉をどうするか迷った。何故、見捨てた自分を助けてくれたのか、訊きたかったのだ。しかし、どう言えばいいのかわからなかった。
だが、それは謙二郎が勝手に答えてくれた。
「俺も怖かった。だからや。逃げてしまう気持ちも理解できる。でも、がっかりした。逃げたんじゃなくて、囮になるつもりやったんか、近藤さんを呼びに行くつもりかは知らんけど、あの瞬間は寒なった。そうやったから、俺は見捨てられへんかったんや。同じ思いさせたろ、とは思えへんかった。けど、人に向かって打つこともできひんかった。あの時は殺したるって思ったはずやのに、脅すだけやったわ」
ださいやろ、と謙二郎は皐月に笑いを誘う。皐月がどういう意図で逃げたのかは追求しないが、どんな理由にせよ、怖かったのだ、と正直な思いだけ伝えた。責めもせずに。
「でもな、ようやく気付けたわ。香歩ちゃんのこと甘いと思ってたけど、俺もそれなりなんやって。人を殺す覚悟とか難しいわ」
「福田君には怒ってたじゃない?」
「当たり前やろ、春人。あいつは逃げただけやなくて、俺らを撃ったんや。多分、何かされるって思ってたんやろうな。仲間をそんな風に思ってまう奴は仲間やないやろ」
それはそれやで、と謙二郎は半笑いの表情で言った。
「でも、さっきの人もやけど、できればこれ以上、誰一人死なずに終わってほしいわ。やっぱり死っていうのは辛いからな。でも、そうも言うてられへん。昨日、皐月が言うてたけど、さっきみたいに殺さず解決できる事態ばかりやないやろうからな」
「そうならないためにも、ルールを探しましょう。それと、本当にありがとうございました」
ようやく発言した皐月に、謙二郎は笑って手を差し伸べた。
「寝てへんで、はよ立ちいや」
力強く引っ張られて皐月は立ち上がった。
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