第14話-共有

 雅たちがショッピングセンターに戻ると全員戻っており、その中に新たな顔ぶれがあった。

 その存在に気づいて、香歩は息を飲む。それもそうだろう。花鈴を襲っていた男がのうのうとこの場にいるのだから。


「あ、君は」


 相手も香歩に気づく。椅子からすぐ立ちあがり、接近してくるので雅がさり気なく前に出る。

 雅は事情を知らないが、見るからに香歩が動揺していたからだ。

 しかし、男はいきなり地面に膝をついた。


「すいませんでした」


 深々とした土下座。男は額を地面につけ、顔を上げようとしない。

 この光景を他のチームの人々も興味なさげに見ているか、視線にすらいれない。全員椅子に座っていた。

 雅たちもそちらに行きたいが、土下座している男を無視するわけにもいかず立ち止まる。


「香歩ちゃん、楠木さんはね、さっきここに一人できたの」


 集合場所に座っていた花鈴がにこやかに言う。襲われた張本人がこんな顔をしていては警戒を解くしかない。


「どういう訳か話してもらえますか?」

「もちろん、樋口さん。僕は楠木多喜って言います。このゲームに巻きこまれてすぐ白骨化した死体を幾つか見つけて、これが遊びではないことを確信しました。

 そして、説明会に行こうとしたのですが、うっかり端末を落してしまって。見つかったんですけど、時間がかかって聞き逃したんです。

 どうすれば、と思っていたところに穂谷さんが来ました。あとで説明しますが、僕はあるルールを見つけて、彼女は問答無用で襲ってくると思っていたから、話を聞くために脅したんです。

 本当に傷つけるつもりはなかったんです。その後は一人で行動していて、皆さんが仲良く行動しているのを見て、貴方たちなら信用できると思い、ここに来ました」


 長い説明であったが、全く不快でなかった。楠木多喜の声は不思議な魅力があり、聞いていて癒されるような気さえする。抑揚の付け方も上手く、声に魂がこもっているという表現がぴたりと当てはまる人物だった。

 話の筋に不可解な部分はない。が、香歩はどうも楠木を信用できなかった。

 しかし、一人の意見でどうこうなるものではないので、渋々ではあるが了承する。


「ありがとうございます」


 がばり、と楠木は顔を上げ清々しく微笑んだかと思いきや、嫌な笑みを形作る。


「隠し事はダメですよね。香歩さん、常宝学園の生徒なのに、いやらしくて可愛い下着付けてるんですね」


 ぼそりと、近くにいる雅たちにしか聞こえない声でそういった。

 皆の前で辱しめる意図ではないにせよ気分が悪い。香歩はスカートを抑え、楠木を睨みつけるが、彼は気にもとめず、皆の元へ歩いていった。


「クリア条件言いあわん?」


 全員が椅子につくと謙二郎がそう言った。彼の提案をいち早く、撤回させようとしたのは楠木だった。


「新参者が偉そうかもしれませんが、危害を与えることでしかクリアできない場合はどうするのです? 他のクリア方法を探そうとこの場にいるのに村八分になってしまうでしょう。ここは慎重にいきませんか?」


 楠木の意見に賛同する空気が多少なりともあるので、謙二郎はそれもそうやな、と引き下がった。

 

「あちゃー、言ってから気づきましたけど、僕の条件がそうであるようだと言っているようなものですよね」


 楠木の発言で小さく笑いが起こる。彼が提示した危険性を考慮したのか、それ以上個人のルールについて追及するものはいなかった。


「じゃあ、今日の成果を報告しましょうか」


 マコトから拾得物とルールの開示が始まる。


「NO.11-偶数プレイヤーの殺害。+10000」「NO.14-未開封の箱を開けるたびに-500」


 それがマコトたちが見つけたルールだった。

 NO.14には箱についての説明があった。箱とはアタッシュケースや段ボール箱などの運営が用意した物資が入っているものの総称だった。謙二郎が名付けた箱という名称は正しかったらしい。生存を高めるための行為が減点対象とは皮肉な話だ。

 実は皐月たちが見つけたルールもNO.14と以前雅が発見した「NO.9-非戦闘エリアでの暴力行為にはペナルティーとして点を-10000し強制清算を始める。その行為が他プレイヤーの死の直接的な原因となった場合、無条件でゲームオーバーとなる」だった。

 雅たちが見つけたルールも重複したものだ。

 つまり、同じルールであっても、複数設置されている可能性があるということが判明したのである。

 ルールを見つければ、必ずしも見つけたことのないルールだというわけではないのだ。

 ここに来て暗雲が立ち込める結果となった。


「他に何か気づいたことはありませんか?」


 皐月は試すように、全員の顔を見てから、もう一度言います、と口にした。

 彼の目は雅に向かっていた。そう、彼の発言が何を意図しているのかわかっている反応を示したのは雅だけだった。


「ルールについて気づいたことはありますか?」

「回数のことか」


 雅の問いに皐月は頷いた。


「流石です。僕もそれを言いたかった。ルールは点数がプラスのものは取得回数が少なく、点数がマイナスのものは多くの人の目に触れるよう回数が多い、という傾向があると言っていいでしょう。ただし、誰かを殺害、清算しプラスになるルール以外」

「皐月君、それはこういう意味だとも言えるよね。このゲームは人を殺すことでしかクリアできないと」


 マコトが皐月に質問するが、答えることはなかった。

 少なくとも雅と皐月はそう考えている。今までの対話から互いにその推測に辿り着いているだろう、と信じていたのだ。

 そのことを二人は顔を見合わせ確認した。誤算はこの推測を口にする人間がいたことだ。気づいているのが雅と皐月のみなら、そこまでハッキリと言うことはなかっただろう。無駄に不安を駆り立てるようなことはしたくないのだから。

 皐月が答えあぐねていると、良くも悪くもこの空気を破壊する男が口を開いた。


「結局、机上の話じゃん。そんなことより、マコトさんいいなあ、俺、ショットガン落してしまったし」

「下手くそが持ってても役立たんやろ」

「まあまあ二人とも」


 相変わらず福田と謙二郎の仲は悪い。それを取り持つ春人もお馴染みである。


「私も下手くそですよ。それに弾は獲得できませんから、銃は使い捨てですし。そんなことより、今日は戦闘がなく無事な一日でしたね」

「そうですね」


 美姫がマコトに同意する。彼女はチラチラと雅に視線を送っていた。

 気配に敏感である雅はすぐ気づき、笑いかける。そうすると、美姫は顔を赤くして頬を両手で押さえてしまった。

 雅は何が面白いのだろう、と小首をかしげる。そういったことには滅法疎かった。

 一連のやり取りを見て良く思わないのが香歩であるが、彼女の視線には雅も気づかなかった。




 雅へ意味ありげに、視線を送っていたのは二人だけでなかった。天ヶ瀬皐月である。

 彼は一通り話を終えると、雅に外へ出るように促した。

 気づいてしまった以上、雅も応じるしかなく皐月に付いていく。

 ある程度進んだ曲がり角で皐月は待っていた。


「お手数おかけしました。小松さん」

「前置きはいい。それで何の用だ?」


 雅がぶっきら棒に言っても、皐月は緩めた頬を引き締めたりしない。


「僕と組みませんか? もちろん、香歩さんも一緒に」

「お前はこのチームが崩壊すると推測しているんだな」

「お前はって、雅さんもでしょう?」


 試すように雅を見返す皐月。その目はしっかりと見開かれており、嘘偽りを見抜こうとしている。


「その可能性は高いだろう、とは考えている」


 渋々、雅はそう答えた。この少年の前では記憶喪失に加え、本音も隠すのは難しい。

 どちらかを切り捨てる覚悟が必要だった。


「このゲームは争いが起こるように設定されている。結局の所、ショーなんだ。各々が信頼関係を育み、それが破綻するドラマってのをご希望なんだろう。こんな大掛かりな準備をしておいて、まさか、皆で一緒に考えて無事脱出なんてものを望んでいるわけはないだろうさ」

「でしょうね。ルールの取得制限、その内容から見るに明らかです。その例外である個別ルールは犯した罪に比例して難しくなるそうですから」

「ああ、倫理観が逝かれている奴のほうが難しい条件となる。そして、そんな奴らだから簡単にこなしてしまう。で、こんな話をわざわざして、みんなの不安でも煽りたかったのか?」


 ククク、と皐月は笑った。


「違います。先ほど、皆の前で言ったのと今の問答は最終確認でした。この事実に気づいていながら話さないという慎重さ、もちろん優れた洞察力も素晴らしい。僕は貴方と組むのがこのゲームで最も生存確率を高めると判断したのです」

「そいつはどうも」

「つれないですね。そうだと思っていましたが」

「口ではどうとでも言えるからな。それを言うなら、お前は慎重さが足りないんじゃないか? 回りくどい最終確認なんかして」


 やれやれ、と口に出しながらも皐月は楽しそうにしていた。


「僕だって慎重に行動するつもりでしたが、そんなことより優先事項ができたってことです。全員の不安を掻き立てるようなことになろうとも、疑心暗鬼を生じようとも、貴方を試さずにはいられなかった。まだ皆さん、平和ボケしているようでしたから」


 確かに皐月の言う通りではあった。敵がいるという認識はあったが、仲間が敵にならざるを得ないという可能性はあまり考えていないようだった。

 ルールを見つけさえすれば、よいという甘い考えが共通してあった。このゲームの先をまだ考えていなかった。


「僕らと樋口さん、あとは釜田さんぐらいしか、このゲームの考察をしようとしない。考えを変えることはあっても、このゲームの展望を推測することはしない。必ずしもそうだとは言いませんが、恐らく大半のプレイヤーたちがそうでしょう。ですが、ゲーム序盤から貴方だけはこのゲームに抗おうとしている。感情ではなく、自分の考えで行動している」

「過剰なラブコールどうも。それで、慎重な天ケ瀬君は今のチームをわざわざ抜けるような真似をするわけないよな?」

「ええ、自然分解してから、合流しましょう。一応言っておきますけど、小松さんをここまで評価しているのは皆さんから聞いた話もありますが、僕が自分の目で、一日目の夜見たのが大きいですよ」


 何を、とは聞き返さなかった。和人との戦闘、ゲームマスターとの会話を見たということだ。それは決して偶然でなく、そのような行動を取ると皐月は予見していたから見られたのだろう、と雅は最悪のケースで判断した。

 ゲームの初期段階からマークされていたのだ。雅が皐月を警戒していたように。


「なるほどな。俺もお前のことを言えない、迂闊な行動だった」

「そんなことありませんよ。あれこそ、勇気と言うべきでしょう」


 皐月が握手を求めたので、雅は握った。

 詩的な表現といい、皐月が冷静沈着な男だと雅は思っていたので、少しばかり驚いた。

 少年らしい一面もあるようだ。


「このゲーム、メールに宛先が記されていないので、受け取る側は誰から送られてきたのか文面で判断するしかありません。ですので、いくつか僕らの間でしかわからない合言葉を決めておきましょう」


 皐月はそう言うと、メール、口頭、ジェスチャー、紙に記して渡す、という方法を使い雅に合言葉を知らせた。

 運営のカメラやプレイヤーの盗み聞き、アプリを警戒しての行動である、ということは訊かずとも雅にはわかっていた。そして、その様子に皐月は満足していた。

 彼らはそういった障害があるという前提を言わずとも共有していたのだ。

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