第13話-暗躍

 朝になり雅が志郎を保護した事だけ伝えると、特に反感なく受け入れられた。

 好戦的なプレイヤーの息子であることは伏せている。そもそも、田原和人と雅は一度しか遭遇していないことになっているのだから、名前から関係性を報告するわけにもいかないのだ。

 福田の一件以降、妙な空気のままだ。

 早朝から、三つのチームに別れてルール探しに向かう。

 雅が先頭で香歩と志郎が真ん中、一番後ろが福田という縦並びだ。

 福田は懲りずに香歩に話しかけようとするが、志郎に夢中の彼女とはまともな会話が続かない。


「香歩さんの学校って常宝学園?」

「そうだよ。よく知ってるね」

「母さんが通ってたらしいから知ってるんだ。昔から制服一緒なんでしょ?」


 少し誇らしげに志郎が言った。

 香歩の着ている制服はこれといって特徴のない白に緑のラインが入ったセーラー服だが、左胸にでかでかと校章がある。常宝学園の卒業生は大人になって尚、校章を模したアクセサリーをつけたりするので有名なのだ。

 それだけで一定のブランド力がある。

 雅はそんな事情を知らないので、はてなマークを浮かべていた。


「そうらしいね。ねえ、やっぱり私のことさんじゃなくて、ちゃんって呼んでくれないの?」

 

 香歩は再三そう懇願している。そろそろ無視し続けるのも難しいようで、どうしてそう呼んでほしいの、と志郎は尋ねた。


「昔から弟が欲しかったんだよね」


 そう言って、香歩は志郎を正面から抱きしめた。年齢のわりに小柄な少年なので、ちょうど胸に頭が当たるような位置である。

 香歩の膨らみは同年代よりかはしっかりと育っているので、服を着ていてもその存在感は隠せない。そんなものが形を変えているのだから、福田は恨めしそうに志郎を睨んでいた。

 やれやれ、と雅はまたもや我関せずという様子で三人を放っておく。


「わかったから、もう抱き付くのは止めて」

「えー、志郎ちゃんの頭良い匂いするんだよなあ。汗臭いんだけど、甘いといいますか」


 香歩が鼻を鳴らして嗅いでいると志郎は必死に抵抗して、彼女から抜け出した。


「おう、坊主。顔が赤くなってるじゃねえか。やーい照れてやんの」

「うるさい」


 志郎はムキになった風に怒鳴るが、威嚇になどならず、福田を余計に調子づかせる。


「お子ちゃまはママが恋しくなったんだろ」

「福田、そんな幼稚なことしか言えないお前の方が心配だ」


 はあ、とわざとらしく雅がため息をつくと、福田はようやく黙った。

 香歩も福田に抗議している。

 茶化し合いならよかった。

 雅が間に入ったのは、突然志郎の目が変わったからだ。福田に言われた言葉の中に、何か刺激されるスイッチがあったのだろう。

 あの目は人を殺せる目だった。

 雅は自分の直感が外れていることを願いつつ、先を急いだ。




 昼過ぎ、マコトたちが率いる女性チームは早めの休憩を取っていた。

 雅と皐月のチームが奥地に。マコトたちはショッピングセンター周辺を探索することになったからだ。

 沙世の疲れが出ていることが原因で、ついでに体力の少ない女性をひとまとめにしたのである。

 明らかに不満そうな美姫と梨子以外、概ね良好な状態だった。

 通りにくい場所、視界の悪い場所は率先してマコトが行ってくれているため、彼女たちはあまり疲れていない。

 だからこそ、余計な不満を抱いてしまうのだろう。


「美姫さん、顔に出てます」

「梨子ちゃんだって」


 二人してため息をついて項垂れた。マコトがトイレで離れているから隠す気もない。ついでに捨てる銃で射撃訓練もすると言っていたから、時間もたっぷりある。

 美姫は雅と、梨子は謙二郎とチームが別れたことに不満を持っているのだ。彼女らはどうやって彼らと行動するかを相談していた。

 

「二人ともどしたの?」

「沙世ちゃんにはちょっと早いかな」

「沙世は大人だよお」


 花鈴に教えてくれと沙世が抗議するが、答えられない。

 彼女らの状態を恋と片づけてしまえば早い。が、そんな一言で片づけていいように花鈴は思えなかった。

 この状況下だから芽生えた感情。恋というより、夢である。彼女はそう考えていた。

 花鈴は少女の前では、嘘をつきたくなかったのだ。あれは恋なんだよ、と言えなかった。

 上手く言葉にできないが、少女の恋という幻想を汚すような気がして口にできなかったのである。沙世にはもっと平和なところで尊いものを育んでほしいというエゴだった。

 花鈴は錯乱していたプレイヤーだったが、今は違う。彼女は沙世の存在により、冷静さを研ぎ澄ませていた。

 そして、香歩に助けられたことで急激に成長した。このままでは、沙世を助けることは愚か自分も生き残れない、と突きつけられた。

 人間を変えやすいのは目に見え、そして迫る危機である。

 だからこそのショーなのだ。


「お姉ちゃん怖い顔してるよ?」


 花鈴に笑ってとでも言うように、沙世はニコニコする。

 

「沙世ちゃんは可愛いね」


 抱き寄せて愛おし気に頭頂部から後頭部に向かってゆっくり沙世の頭を撫でる花鈴。彼女の顔は笑っていなかった。

 少女の笑顔は、花鈴に強さを与えると同時に痛みを与えた。

 穂谷花鈴は説明会で言われた自分の罪に心当たりがあった。


「私は子供を轢き殺した」


 口だけ動かし、心で叫ぶ。間違っても声には出さない。

 花鈴はちょうど沙世と同じ年ぐらいの少女を自動車で轢いてしまった。子供の信号無視が原因で、彼女は止まろうとしたし、事故を起こした後も逃げずに対処したが、打ち所が悪く命は助からなかった。

 それが穂谷花鈴の人生を変えてしまったのは言うまでもない。

 好きだった衣類に興味を示せず、趣味であったランニングも止めて、部屋に引きこもっていた。

 十キログラム近く太ってしまった身体と自分は人殺しだという意識により、昼間の外出ができなくなり、夜にコンビニへ向かうのが唯一の外出であった。

 その帰りに攫われてここにいる。

 花鈴は沙世の頭を撫でたまま、自分の端末で個別ルールを確認する。


「プレイヤーナンバー9もしくは11の生存」


 プレイヤーナンバー9とは沙世のことである。

 それを見るたび、花鈴の脳裏に主催者の声が蘇る。


「あなた方が犯した罪に相応しい点数がついています」


 それを清算するゲーム。そのことを証明するような内容ではないか、と。

 花鈴はルールがなくとも、沙世を守りたいと思っていた。自分ができる唯一の罪滅ぼしなのだと、言い聞かせて。

 沙世のクリア条件はというと、アプリを三つ以上インストールしないである。花鈴は自分と沙世の条件しか知らなかったが、子供というハンデが条件の軽さに繋がっているのだろう、と推測していた。

 二人は探索中に三つアプリを見つけている。一つを沙世に、残りを花鈴がインストールした。

 条件に迫る危険性を考慮しても沙世のアプリは彼女が持つべきだと、花鈴が判断したのだ。

 

「使用回数二回。半径十メートル以内の一人を三分間迷彩化させる。レーダー等の効果も無効化できる」


 一回、使ってみたが昼であっても視認するのが難しく、逃げるにはうってつけの効果だった。

 万が一、一人で逃げなければならない時に使うんだよ、と花鈴は折を見て何度も沙世に言い聞かせている。 

 そうならないのが一番ではあるが、そうはならないだろう、と花鈴は感じていた。根拠はない。ただの勘だが、不安は日に日に膨らんでいた。

 もしもの時は、と目を細める。沙世を守るためなら、と花鈴の思考は濁っていく。

 



 同じく昼過ぎ、皐月たちは全員でルールの取得を目指していた。

 全員それなりに離れ探索する。危険があった場合、発砲する手筈になっていた。

 今日の探索で拳銃は五丁も見つかっている。

 ルールも二つとまずまずの結果だ。

 当然、探索を主に行っているのだが、皐月は現在、自分が一度探索した場所を探していた。見落とした部分ではなく、自分が確認した部分を入念に。

 

「僕の個別ルールは端末の破壊。つまり、仲間の達成を手伝うのが第一の手段だ。競合も恐らくない。まずまずの軽い条件ですね。つまり、このゲームの基準では僕の罪は軽いのでしょう」


 皐月は独り言で思考をまとめている。本来そういう癖はない。一種の演技でサービスだ。自分たちを見世物にしている観客に向けて従順なプレイヤーなのだと映るように。

 人を楽しませる趣味はないが、相手の意のままに動かないとなると、運営側のプレイヤーに排除される可能性が高い。これも生きるための選択であると言い聞かせていた。

 皐月の中ではこれが見世物で、それをコントロールするためにプレイヤーを送り込んでいる、というのは確定事項であった。

 彼のクリア条件は「端末を三台破壊する」とそこまで難しいものではなかった。クリア済みであってもいいし、死体から奪ってもよい。

 この手のゲームの特性として、仲間割れが起きやすい条件が多いだろう、と予測していたが、自分の通知を見て案外甘いな、と皐月は思ったほどだ。彼は自分自身の知力を信じている。過信ではなく、確信していた。

 素手での戦闘が主ならば勝ち目はなかっただろう。だが、ここには近代兵器がいくらでもある。誰もが手にしただけで一定の戦力を得れるのだ。

 よって、このゲームで勝ち抜くには武器の収集、ルールの把握が必要である。何より重要なのがそれらを活かすことのできる知力。それこそが重要だと。


「やはりですか」


 自分が取得したはずの場所に新たな箱が補給されていた。中身は違っていたが、きっちり食料も入っている。


「つまり、今回は食料の制限はそこまでゲームに関係ないという事ですか」


 どういう方法かまではわからないが、定期的に補給される物資。

 食料の奪い合いで戦いを引き起こすのでは、と一つの可能性として考えていた皐月は少し拍子抜けだった。逆に言えば、予想を上回る運営への警戒を高めたともいえる。


「なら、他の要因で殺し合いが起こると。もしくは、さらに長期化ですかね。残念ですがここでお手上げです。情報開示まで蓄えておきましょう」


 すべきことは、今できることだと皐月は行動する。何が何でも生き残るために。

 彼は己が罪を自覚しても生きなければならなかった。

 罪の贖罪などという悪趣味な趣旨に付き合わされるのには慣れている。

 

「それでも俺は生きなきゃならないんだ」


 天ヶ瀬皐月の贖罪は遠の昔に始まっている。生きることこそが最低条件だった。




 各々が、ゲームについて考えている最中、楠木多喜はこのゲームの異質性に戦慄していた。

 故に、方針を変え、仲間を作ろうと森を駆けている。パートナーはもう決まっていた。

 このゲームを勝ち抜く最適解であると、考えに考えた結果である。


「今回も勝たせてもらぜ、運営さん」


 ヒヒヒ、と高い笑い声を響かせ走り続ける。 

 それらを観察するカメラの向こう側も慌ただしくなってきている。

 着々とゲームは次のフェーズへ移行しつつあった。

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