第12話-浮石沈木
香歩たちがショッピングセンターの集合場所に戻ると、雅と春人が悠々とパンを齧っていた。
どこから調達したのか椅子が人数分と、机が数脚、用意されていた。
「お疲れ」
雅は何事もないようにこんなことを言う始末である。
そんな彼に謙二郎が近づく。
「お疲れって、雅、怪我ないんか?」
「ないよ。疲れたから栄養分を補給してるだけだ。そっちも全員無事みたいだな」
平然とした雅の様子に驚いていないのは梨子だけだった。唖然としている面々に向かって、まあ座れよ、と雅は言ってのける。
各々テーブルにつくが、福田だけ椅子を遠くにやり一人で座っていた。
「まずはこちらから報告だ」
ルールを二つ見つけたこととドローンの特徴について報告し、雅は黙った。誰のことも非難せず、ただ淡々と。
その落ち着きすぎた様は悪くいえば不気味だった。
雅の手に入れたルールは二つ。
最初に手に入れた「NO.7-iを破壊する+5000」と「NO.1-ルールの同時発生の場合タイミングは降順とする」というものだった。
NO.7は所得制限のため雅しか確認できなかったが、NO.1は取得制限が五回と多く、春人も確認していることを証言した。
つまり、NO.7だけは事実かわからない、という説明になる。だが、誰もそのことに文句は言わなかった。雅の功績が批判や疑いを封じたのである。
「それでは僕らの方ですね」
皐月の所は戦闘もなく、ルールを二つ見つけただけだった。
「NO.18-清算を済ませたプレイヤーに危害を加えると、その場で強制清算。また、クリアしたプレイヤーの戦闘も禁止する」と「NO.4-自分以外のプレイヤーに出血させる。ただし、同じプレイヤーへの出血は1日に一度しか加算されない。+1000」いうルールである。
「NO.4は既に一人、誰かが取っていました。もしかするとドローンを使っていた人かもしれませんね」
皐月の言葉で、大多数の視線が福田に向く。まだ彼の処遇が残っていた。
「どうしたんだ、そんなに福田を見て。そんなことより、NO.4はどうする? ここで出血させあってもいいけど、長丁場だろうし外に出るから小さな傷でも病気になるかもしれないぞ?」
「確かにそうですね。でもね、小松さん。今はそんなことより、彼でしょう?」
皐月が福田に目をやってから、謙二郎に説明を促した。
「雅の指示通り追いかけたらこいつは俺たちを撃ってきたんや。しかも、先に他のみんなと合流してショッピングセンターに来れへんようにして、俺たちを孤立させようと嘘つこうとしててん」
「なるほどな。それで皆さんご立腹ってわけだ」
雅が立ち上がり、パンパンと二度手を叩いた。
「俺は別に怪我をしてないし、梨子も謙二郎も福田もあれ以上怪我はないんだよな?」
三人とも頷いたのを見てから、雅は口を開いた。
「なら、問題はないと俺は思うんだが?」
「それは無理やろ。こいつは梨子を見捨てたあげく、俺らに銃を向けるような奴やで?」
「僕も瓜生さんに賛成です。敵前逃亡は百歩譲っていいとしても、錯乱し仲間を撃つ、嘘をついて仲間を騙そうとする。いくら何でも隣にいるのは難しい」
謙二郎、皐月と福田の批判ばかり続くが、彼を擁護する意見は一つも出なかった。
「ちょっと待ってよ。確かに俺は情けない事をした。それは認める。だが、元を辿ればこの女が見え見えな罠に引っかかったせいだぜ?」
「それは福田が触ってきて逃げようとしたら銃を向けたから、驚いて」
福田の弁解を梨子がまた破綻させた。女性陣は今の怯え切った梨子の発言により一層強い視線を向ける。福田はそれらを真正面から受けたが何とか口を開こうとしていた。
「本当ならば、それはお前の責任になるぞ?」
近藤の言葉がトドメとなり、福田は項垂れてしまった。
「なら、このチームから抜けてもらうということでいいですよね?」
皐月が皆に問いかけるが誰一人として文句を言わない。雅も反対意見を押しのけて擁護する気はなかった。それは当人である福田さえも。
「いいですね? 福田さん?」
「待って」
静かな場でなければ、誰の耳にも届いていたかわからないほどの声量で香歩が言った。自然と彼女に視線が集まる。
「待って、私は反対」
今度ははっきりと皆の目を感じながらも負けずに、口から出してみせた。
その姿は決して強くない。足は震えているし、目も泳いでいる。だが、それでも、と香歩は立ち上がった。
そんな彼女を見た雅の頭には疑問符しか浮かばない。
この発言によるメリットは? 福田を助けるような価値があるのか? 彼女は混乱しているのか?
「正気ですか、樋口さん?」
皐月の言う通りだ。
「俺らの話が信用できひんの?」
謙二郎の問いも最もである。
「私もちょっと怖いかな」
香歩に比べれば、沙世を庇うように抱きしめる花鈴の気持ちのほうがよっぽどわかる。
口々に出る福田の批判全てに雅は賛同できる。
それなのに、香歩は発言を撤回しない。
彼の中で、どうして、という問いはとまらない。ずっと雅の脳裏をかき乱す。
「こんな所に一人ぼっちにするなんて、死んでくれと言ってるようなものでしょう?」
その言葉は誰かが口にしないだけであって、全員が考えていたことだろう。
チームから離れるということは、遭遇してきた好戦的なプレイヤーに襲われた場合一人で退けなければならない。そんなことが確実に可能だと言える人間はまずいないのだ。
「それに、混乱した状況なら誰だって、おかしくなっちゃいます。福田さんがじゃなくて、この状況がいけないんでしょ?」
自信も、正義もなく、少女はそれが当たり前だと呟くように言った。子供が発言する時のように、おずおずと間違いを香歩は口にした。
三分ほど静寂に包まれる。誰も口を開かず、椅子を引いたり背筋を伸ばしたりして、この沈黙を破る誰かを待っていた。
「樋口さん、それは理想論です。誰もが思いながらも口にしない非現実。敵を憎むのは正しい。ですが、そうも言ってられないのが現状だと僕は思います。だからこそ、危険を排除して多くを生き残らせる。それが正しいのでは?」
「そうやそうや。こいつのせいで全員が死ぬってこともあるかもしれへんで」
皐月と謙二郎に諭されても、香歩は意見を曲げようとしない。
このままいけば、福田に続いて、香歩も孤立することになる。
自業自得だ。雅はそう思った。自分の身を守ることを第一にしないからこうなるのだ、と。
危機的状況の中で、切り捨てるという選択を直視しないからだ、と。
そう思っているにも関わらず、彼の頭はこの状況をどう打破するか考えるために動いていた。
一度動いてしまえば、答えはすぐに弾き出される。
「互いに引くつもりがないなら、話しあっても無駄だ」
「雅君、そうは言いますけどね」
マコトが苦笑して雅をたしなめた。だが、雅は不敵に笑うだけである。
「単純な話だ。君らは福田と組みたくないってことだろ? なら、チームを二つではなく、三つに分け、福田と組んでいい奴だけ集まればいい。ちょうど物好きが二人いるからいいだろう」
香歩を安心させるように笑いかけてから、雅は挑発するような目で全員を見渡した。
「こっちが三人で組むなら人数に偏りがでるな。でも、その一人は穂谷さんの所に加えればいい。ほら、こうした方が細かく探索する分にはちょうどいい人数だろう?」
雅の提案に強く否定するものは現れず、彼の案が通った。
ドローンという強力な敵の出現により、就寝は全員でせず、見張りを交代制ですることとなった。椅子と机を外に出し、座っているだけだが。
最初の当番は雅と香歩、福田になった。
福田は三十分ほど助けてくれた感謝を口実に香歩に会話を試みたが、返事が素っ気なかったのでふてくされている。先ほどあれほど追い詰められていたのに大した根性だ。
そんな状態が十分ほど続くと、福田は寝てしまった。
二人はそんな彼を咎めたりせず、見張りを続行する。
「どうして助けてくれたんですか?」
「さあな」
香歩の急な質問に、雅は簡潔に答えた。彼自身わからないのだから、そう言う他なかったのである。
当然、香歩は浮かない顔をしている。些細な疑問が、彼女の不安を刺激したのだろう。
それを少しでも和らげてあげられたら、と雅は思うがどうすればいいのか見当もつかない。
利己的な自分と、記憶の底に眠る博愛とも言える甘い自分。今の自分と失われた記憶の自分との乖離が雅には恐ろしかった。
結果的に、自分がどうとか考えていられる状況でないことに救われている。
まずは、ここから抜け出さなければ、と誤魔化せるのだ。
だが、普通に生活していれば悩むこともなかったのかもしれない。なぜなら、ここまで極端な選択肢を並べられることなど人生にそうないだろう。
香歩の言うように恨むべきは、自身の脳みその不完全さとこの状況を作り出した元凶だ。
まあ、どちらともどうしようもないのだが。
「やれやれ」
雅はそう呟いて、机に突っ伏した。丸テーブルのツルツルとした肌触りと冷ややかな感触が彼を幾分か慰めてくれている。
そのまま、三分だけ、と自分に言い聞かせ目を瞑ると、雅の耳は微かな音を捉えた。
音は下からだ。今いる場所は二階なので、おのずと一階に絞られる。音は小さいがそう遠くない。
そうした情報の整理を雅は頭を上げるまでに行った。勢いよく顔を上げた彼に香歩が驚いているので、音については知らないらしい。
「誰か近づいてる」
雅はそれだけ言って、すぐに一階へと駆け出した。止まったエスカレーターを走って降り、夜目を利かせて敵を探す。
端から敵である、と雅は断定していた。
こんな夜に行動するプレイヤーなど、敵の方が確率的に高い。一度襲われているし、そもそも誰が味方で敵かなどわからないのだ。
他のプレイヤーを助ける癖に、そういうところはあくまでドライだった。
拳銃を握り、早歩きのスピードで進む。先ほどから音は響いてこない。つまり、相手はじっと雅を待っているのだろう。
彼は耳を澄ませる。呼吸、鼓動、何でもいいから相手の位置を特定する。
左前方のテナントにそれらしい反応を感じた雅は、そちらの方へ移動する。
焦りも緊張もなく、淡々と距離を詰めると、そこには人影があった。どういうわけか、相手は動かない。
雅は拳銃を相手に向けたまま、端末を起動させ光源を得る。
そこには少年がうずくまっていた。向けられた拳銃を直視し、震えている。
「ここに何の用だ?」
「助けて、ほしくて」
声を震わせながらも、少年は確かにそう言った。聞き間違いなどではない。
「名前は?」
「田原志郎」
田原、という名前を雅は覚えていた。二度襲いかかってきた田原和人と同じ苗字である。
奴の手先なのでは、と警戒し、話を続けた。
「誰から助けてほしいんだ?」
「お父さん。ずっと虐待を受けていて、前から誰にでも暴力を振るってた。そんな奴が、このゲームで、人を殺すのも躊躇しなくなった。あんた、僕のお父さんを倒したんだろ? 僕を助けてくれよ。このままじゃ殺されちまう」
志郎は嘆くようにそう言った。それだけを考慮するならば、ただならぬ事情であると保護すべきだろう。
が、まだ敵であるという可能性は捨てきれない。
どうしたものか、と雅が考えていると、後ろから足跡が聞こえてきた。
「どうかしました?」
香歩はそう言いながら駆け寄ってきて、少年の存在を視認すると、彼に向かって一直線に走った。その勢いは銃を向けられるよりも志郎を震えさせた。
だが、香歩は危害など加えない。ゆっくり、庇うように志郎を抱きしめた。
「こんな子供に銃を向けるだなんて」
香歩は雅を責めた。さらに言葉をぶつけようとするが、志郎の、待った、という言葉に止められる。
「お兄さんが正しいよ。こんなところでいきなり信用しろっていうのも無理な話さ。話を聞こうとして僕を襲わなかっただけラッキーだよ」
志郎が意外にも落ち着いていて、雅と香歩は驚いた。
「あと、お姉さん、恥ずかしいから離して」
そんなところは年相応に顔を真っ赤にした志郎が 香歩たちがショッピングセンターの集合場所に戻ると、雅と春人が悠々とパンを齧っていた。
どこから調達したのか椅子が人数分と、机が数脚、用意されていた。
「お疲れ」
雅は何事もないようにこんなことを言う始末である。
そんな彼に謙二郎が近づく。
「お疲れって、雅、怪我ないんか?」
「ないよ。疲れたから栄養分を補給してるだけだ。そっちも全員無事みたいだな」
平然とした雅の様子に驚いていないのは梨子だけだった。唖然としている面々に向かって、まあ座れよ、と雅は言ってのける。
各々テーブルにつくが、福田だけ椅子を遠くにやり一人で座っていた。
「まずはこちらから報告だ」
ルールを二つ見つけたこととドローンの特徴について報告し、雅は黙った。誰のことも非難せず、ただ淡々と。
その落ち着きすぎた様は悪くいえば不気味だった。
雅の手に入れたルールは二つ。
最初に手に入れた「NO.7-iを破壊する+5000」と「NO.1-ルールの同時発生の場合タイミングは降順とする」というものだった。
NO.7は所得制限のため雅しか確認できなかったが、NO.1は取得制限が五回と多く、春人も確認していることを証言した。
つまり、NO.7だけは事実かわからない、という説明になる。だが、誰もそのことに文句は言わなかった。雅の功績が批判や疑いを封じたのである。
「それでは僕らの方ですね」
皐月の所は戦闘もなく、ルールを二つ見つけただけだった。
「NO.18-清算を済ませたプレイヤーに危害を加えると、その場で強制清算。また、クリアしたプレイヤーの戦闘も禁止する」と「NO.4-自分以外のプレイヤーに出血させる。ただし、同じプレイヤーへの出血は1日に一度しか加算されない。+1000」いうルールである。
「NO.4は既に一人、誰かが取っていました。もしかするとドローンを使っていた人かもしれませんね」
皐月の言葉で、大多数の視線が福田に向く。まだ彼の処遇が残っていた。
「どうしたんだ、そんなに福田を見て。そんなことより、NO.4はどうする? ここで出血させあってもいいけど、長丁場だろうし外に出るから小さな傷でも病気になるかもしれないぞ?」
「確かにそうですね。でもね、小松さん。今はそんなことより、彼でしょう?」
皐月が福田に目をやってから、謙二郎に説明を促した。
「雅の指示通り追いかけたらこいつは俺たちを撃ってきたんや。しかも、先に他のみんなと合流してショッピングセンターに来れへんようにして、俺たちを孤立させようと嘘つこうとしててん」
「なるほどな。それで皆さんご立腹ってわけだ」
雅が立ち上がり、パンパンと二度手を叩いた。
「俺は別に怪我をしてないし、梨子も謙二郎も福田もあれ以上怪我はないんだよな?」
三人とも頷いたのを見てから、雅は口を開いた。
「なら、問題はないと俺は思うんだが?」
「それは無理やろ。こいつは梨子を見捨てたあげく、俺らに銃を向けるような奴やで?」
「僕も瓜生さんに賛成です。敵前逃亡は百歩譲っていいとしても、錯乱し仲間を撃つ、嘘をついて仲間を騙そうとする。いくら何でも隣にいるのは難しい」
謙二郎、皐月と福田の批判ばかり続くが、彼を擁護する意見は一つも出なかった。
「ちょっと待ってよ。確かに俺は情けない事をした。それは認める。だが、元を辿ればこの女が見え見えな罠に引っかかったせいだぜ?」
「それは福田が触ってきて逃げようとしたら銃を向けたから、驚いて」
福田の弁解を梨子がまた破綻させた。女性陣は今の怯え切った梨子の発言により一層強い視線を向ける。福田はそれらを真正面から受けたが何とか口を開こうとしていた。
「本当ならば、それはお前の責任になるぞ?」
近藤の言葉がトドメとなり、福田は項垂れてしまった。
「なら、このチームから抜けてもらうということでいいですよね?」
皐月が皆に問いかけるが誰一人として文句を言わない。雅も反対意見を押しのけて擁護する気はなかった。それは当人である福田さえも。
「いいですね? 福田さん?」
「待って」
静かな場でなければ、誰の耳にも届いていたかわからないほどの声量で香歩が言った。自然と彼女に視線が集まる。
「待って、私は反対」
今度ははっきりと皆の目を感じながらも負けずに、口から出してみせた。
その姿は決して強くない。足は震えているし、目も泳いでいる。だが、それでも、と香歩は立ち上がった。
そんな彼女を見た雅の頭には疑問符しか浮かばない。
この発言によるメリットは? 福田を助けるような価値があるのか? 彼女は混乱しているのか?
「正気ですか、樋口さん?」
皐月の言う通りだ。
「俺らの話が信用できひんの?」
謙二郎の問いも最もである。
「私もちょっと怖いかな」
香歩に比べれば、沙世を庇うように抱きしめる花鈴の気持ちのほうがよっぽどわかる。
口々に出る福田の批判全てに雅は賛同できる。
それなのに、香歩は発言を撤回しない。
彼の中で、どうして、という問いはとまらない。ずっと雅の脳裏をかき乱す。
「こんな所に一人ぼっちにするなんて、死んでくれと言ってるようなものでしょう?」
その言葉は誰かが口にしないだけであって、全員が考えていたことだろう。
チームから離れるということは、遭遇してきた好戦的なプレイヤーに襲われた場合一人で退けなければならない。そんなことが確実に可能だと言える人間はまずいないのだ。
「それに、混乱した状況なら誰だって、おかしくなっちゃいます。福田さんがじゃなくて、この状況がいけないんでしょ?」
自信も、正義もなく、少女はそれが当たり前だと呟くように言った。子供が発言する時のように、おずおずと間違いを香歩は口にした。
三分ほど静寂に包まれる。誰も口を開かず、椅子を引いたり背筋を伸ばしたりして、この沈黙を破る誰かを待っていた。
「樋口さん、それは理想論です。誰もが思いながらも口にしない非現実。敵を憎むのは正しい。ですが、そうも言ってられないのが現状だと僕は思います。だからこそ、危険を排除して多くを生き残らせる。それが正しいのでは?」
「そうやそうや。こいつのせいで全員が死ぬってこともあるかもしれへんで」
皐月と謙二郎に諭されても、香歩は意見を曲げようとしない。
このままいけば、福田に続いて、香歩も孤立することになる。
自業自得だ。雅はそう思った。自分の身を守ることを第一にしないからこうなるのだ、と。
危機的状況の中で、切り捨てるという選択を直視しないからだ、と。
そう思っているにも関わらず、彼の頭はこの状況をどう打破するか考えるために動いていた。
一度動いてしまえば、答えはすぐに弾き出される。
「互いに引くつもりがないなら、話しあっても無駄だ」
「雅君、そうは言いますけどね」
マコトが苦笑して雅をたしなめた。だが、雅は不敵に笑うだけである。
「単純な話だ。君らは福田と組みたくないってことだろ? なら、チームを二つではなく、三つに分け、福田と組んでいい奴だけ集まればいい。ちょうど物好きが二人いるからいいだろう」
香歩を安心させるように笑いかけてから、雅は挑発するような目で全員を見渡した。
「こっちが三人で組むなら人数に偏りがでるな。でも、その一人は穂谷さんの所に加えればいい。ほら、こうした方が細かく探索する分にはちょうどいい人数だろう?」
雅の提案に強く否定するものは現れず、彼の案が通った。
ドローンという強力な敵の出現により、就寝は全員でせず、見張りを交代制ですることとなった。椅子と机を外に出し、座っているだけだが。
最初の当番は雅と香歩、福田になった。
福田は三十分ほど助けてくれた感謝を口実に香歩に会話を試みたが、返事が素っ気なかったのでふてくされている。先ほどあれほど追い詰められていたのに大した根性だ。
そんな状態が十分ほど続くと、福田は寝てしまった。
二人はそんな彼を咎めたりせず、見張りを続行する。
「どうして助けてくれたんですか?」
「さあな」
香歩の急な質問に、雅は簡潔に答えた。彼自身わからないのだから、そう言う他なかったのである。
当然、香歩は浮かない顔をしている。些細な疑問が、彼女の不安を刺激したのだろう。
それを少しでも和らげてあげられたら、と雅は思うがどうすればいいのか見当もつかない。
利己的な自分と、記憶の底に眠る博愛とも言える甘い自分。今の自分と失われた記憶の自分との乖離が雅には恐ろしかった。
結果的に、自分がどうとか考えていられる状況でないことに救われている。
まずは、ここから抜け出さなければ、と誤魔化せるのだ。
だが、普通に生活していれば悩むこともなかったのかもしれない。なぜなら、ここまで極端な選択肢を並べられることなど人生にそうないだろう。
香歩の言うように恨むべきは、自身の脳みその不完全さとこの状況を作り出した元凶だ。
まあ、どちらともどうしようもないのだが。
「やれやれ」
雅はそう呟いて、机に突っ伏した。丸テーブルのツルツルとした肌触りと冷ややかな感触が彼を幾分か慰めてくれている。
そのまま、三分だけ、と自分に言い聞かせ目を瞑ると、雅の耳は微かな音を捉えた。
音は下からだ。今いる場所は二階なので、おのずと一階に絞られる。音は小さいがそう遠くない。
そうした情報の整理を雅は頭を上げるまでに行った。勢いよく顔を上げた彼に香歩が驚いているので、音については知らないらしい。
「誰か近づいてる」
雅はそれだけ言って、すぐに一階へと駆け出した。止まったエスカレーターを走って降り、夜目を利かせて敵を探す。
端から敵である、と雅は断定していた。
こんな夜に行動するプレイヤーなど、敵の方が確率的に高い。一度襲われているし、そもそも誰が味方で敵かなどわからないのだ。
他のプレイヤーを助ける癖に、そういうところはあくまでドライだった。
拳銃を握り、早歩きのスピードで進む。先ほどから音は響いてこない。つまり、相手はじっと雅を待っているのだろう。
彼は耳を澄ませる。呼吸、鼓動、何でもいいから相手の位置を特定する。
左前方のテナントにそれらしい反応を感じた雅は、そちらの方へ移動する。
焦りも緊張もなく、淡々と距離を詰めると、そこには人影があった。どういうわけか、相手は動かない。
雅は拳銃を相手に向けたまま、端末を起動させ光源を得る。
そこには少年がうずくまっていた。向けられた拳銃を直視し、震えている。
「ここに何の用だ?」
「助けて、ほしくて」
声を震わせながらも、少年は確かにそう言った。聞き間違いなどではない。
「名前は?」
「田原志郎」
田原、という名前を雅は覚えていた。二度襲いかかってきた田原和人と同じ苗字である。
奴の手先なのでは、と警戒し、話を続けた。
「誰から助けてほしいんだ?」
「お父さん。ずっと虐待を受けていて、前から誰にでも暴力を振るってた。そんな奴が、このゲームで、人を殺すのも躊躇しなくなった。あんた、僕のお父さんを倒したんだろ? 僕を助けてくれよ。このままじゃ殺されちまう」
志郎は嘆くようにそう言った。それだけを考慮するならば、ただならぬ事情であると保護すべきだろう。
が、まだ敵であるという可能性は捨てきれない。
どうしたものか、と雅が考えていると、後ろから足跡が聞こえてきた。
「どうかしました?」
香歩はそう言いながら駆け寄ってきて、少年の存在を視認すると、彼に向かって一直線に走った。その勢いは銃を向けられるよりも志郎を震えさせた。
だが、香歩は危害など加えない。ゆっくり、庇うように志郎を抱きしめた。
「こんな子供に銃を向けるだなんて」
香歩は雅を責めた。さらに言葉をぶつけようとするが、志郎の、待った、という言葉に止められる。
「お兄さんが正しいよ。こんなところでいきなり信用しろっていうのも無理な話さ。話を聞こうとして僕を襲わなかっただけラッキーだよ」
志郎が意外にも落ち着いていて、雅と香歩は驚いた。
「あと、お姉さん、恥ずかしいから離して」
そんなところは年相応に小声で顔を真っ赤にして志郎は、恥ずかしがりながらはにかんだ。
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