第11話-coward
香歩たちも順調にルールと物資を回収していた。こちらのグループには不和はなく、皐月の指示に皆従い敵とすら遭遇していなかった。
チームの人数に偏りがあるのは意図したものだった。沙世がいるので雅たちよりも人数を多く分配したのである。
そのため気を抜いていたわけではないが、昼を過ぎた頃から雑談が増えていた。雅たちとの集合のため来た道を引き返している安堵もあるだろう。
既にショッピングセンターを通り越し、時間が余っていたので雅たちの担当箇所を浅くではあるが探索していた。
「そういえば、倉永さん。小松さんが襲ってきた敵を撃退したんですよね?」
「はい。崖の上から石を投げてくる人に、拳銃で威嚇して」
美姫は笑顔で皐月の質問に答えた。誰がどう見ても、楽しそうである。
「自身に迫ってくる石を躱しながら、銃で私を助けてくれました。すごく離れていたのに外しもしないんです」
「そうだったんですね。よくわかりました。ありがとうございます」
へえ、と皐月は言い軽く目を細めて何やら思案を始めた。
そんな彼を横目で確認してから、香歩は美姫を注視する。女性として抜群のプロポーション。男女共に羨望の視線を集める偶像のような存在である。画面越しではなく、ここまで近くにいてこれほどまでに美しいのは反則だ。
香歩は自分でもよくわからないまま、美姫に嫉妬していた。
皐月の不敵な顔や、今も楽しそうにしている沙世と花鈴、黙って歩く近藤、保護者のように一歩引いた位置で皆を見守るマコト。
彼ら彼女らがいなければ、みっともなく美姫に質問していただろうな、と香歩は自覚している。
貴方は雅さんをどう思っているのですか、と。
そんなもの聞くまでもない。同性として、美姫の思いに気づかぬほど香歩は鈍感ではなかった。
だが、何故自分が嫉妬しているのかは判然としないのである。
色恋にかまけている暇はないと、自分に言い聞かせ生活してきたはずなのに。まして今は死が隣にあるゲームの最中なのだ。
「どうかしました?」
美姫に顔を覗き込まれ、香歩は曖昧に笑みを返した。
「大丈夫です。ありがとう」
何が原因かなど今更言われるまでもない。
混乱したこの状況。
そして、先生に似ていると思い込んでしまった雅の存在が、香歩の心をかき乱していた。
ずっと閉じ込めてきた心が、この場と雅によってこじ開けられたのだ。
平静でいなければ、そう気を引き締めた香歩の視界に人影が入ってきた。
「誰かいます」
香歩が指で場所を示すと、マコトが走っていった。
「釜田さん、お願いします」
「わかってますよ、皐月君」
マコトと皐月は打ち合わせでもしていたのか、二人とも忙しなく動く。真っ直ぐ人影を追うマコトと、彼から回り込むように移動する皐月。両者の息はぴったりで長年狩猟を共にしてきたのか、と思わせるほどだ。近藤も二人の穴を埋めるように移動する。
呆気にとられた香歩たち女性陣は人影をゆっくり追うことになった。
「皆さん、安心してください。福田君です」
マコトが手を振って香歩たちに知らせた。戦闘にならなくてよかった、と彼女らは安堵し近づいた。
「お一人ですが、何があったんですか?」
全員が集まってから皐月が問うと、福田はわざとらしく呼吸を荒げた。香歩たちが来るまで少し時間があり、息を整えていたはずなのに、だ。
だが、何も追及せず、福田が話すのを待った。
「敵に襲われて、みんな散り散りになって逃げたんだ。敵はドローンで、矢を撃ってくる奴でどうしようもなかったんだ」
「なら、早く助けないといけませんね」
皐月がそう言うと、福田は慌てて立ちあがった。
「東もショッピングセンターもだめだ。敵は、えっとショッピングセンターに陣取ってるんだよ。そこから遠隔操作してるから、お前らが探していた西側のほうに逃げて」
「なら、なおさら助けないと。ね、美姫さん」
「そうですよ。皐月君の言う通りです。雅さんたちがピンチなら助けないと」
さあ、と先導する美姫を福田は体を障害にして止めた。
「だからドローンがいっぱいで」
「それでもこちらのほうが数で勝っています。今日は武器もたくさん手に入れましたし」
皐月の言葉に沙世以外の皆が同意を示した。どうやら近藤は福田の味方ではないらしい。
皐月は福田を疑うために言っている様だが、美姫や花鈴は本気で心配していた。
一方、香歩は皐月と同じ意見だった。可愛らしく雅のことを心配できなかった。先に疑いが入る自分を嫌悪しつつ、彼女は福田を観察する。
福田は誰とも目を合わせようとせず、地面ばかり見ている。脇腹が出血しているので戦闘はあったのだろう。しかし、苛立たし気に手で弄る髪や小刻みに震える足、その他挙動全て怪しさしかないが、彼はそのことに気づかないらしい。
早く助けに行くためには自白させるしかないが、これといった方法が浮かばない香歩だった。皐月とマコトを見るが、彼らも考えている様だ。
強引にいくか、手あたり次第探すしかないと思った時、新たな足音が聞こえた。
マコトが素早く銃を構えると、たんま、と声がした。
「瓜生謙二郎や。福田を追いかけてここに来てん。梨子もおるで」
謙二郎の後ろから梨子が顔を出した。二人とも汚れているものの、大きな傷はない。梨子が肩口に傷を負っているぐらいだ。
「大丈夫ですか。ドローンに襲われたそうですね。駿河さんと小松さんは?」
「ありがとう、皐月。二人はショッピングセンターで合流することになってます」
梨子の言葉により、香歩たちは非難するように福田を睨む。ショッピングセンターに敵がいるのなら、合流地点に指定するわけがない。
彼女たちが次の行動に移すより早く、謙二郎が福田に掴みかかった。
「お前どういうつもりやねん。追いかけてきた俺らにいきなり発砲しやがって」
「梨子さんの怪我は彼が?」
マコトの質問に、梨子と謙二郎は首を横に振った。
「これはドローンに襲われた時です。雅さんが福田が一人だと危ないからって私と謙二郎に追うように言って追いかけてたんですけど、急に撃たれて」
「当たりはせんかったけどな。散弾やったから奇跡みたいなもんや」
「そんなこと俺は知らなかった。撃ったのだって、あの時、後ろから追いかけてくるからてっきり敵だと思って」
謙二郎は大声で福田の弁解を真っ向から打ち消した。
「調子乗るのも大概にせえよ? 一回、俺たちを見てから打ったよなあ?」
答えない福田に向かって、謙二郎はさらに言葉を吐く。
「それは混乱してたからで片づけたる。やけどな、ドローンに襲われた梨子を見捨てたのは許せへん。雅がおらんかったら、どうなってたかは考えるまでもないよなあ」
謙二郎はまだ何か言おうと口を動かしていたが、言葉が出ない。
その不本意な勢いが体を満たし、彼の拳がゆっくり上がる。そのことに気づいた福田がもがこうとするも、謙二郎の腕力からは逃げられない。どちらも人並み以上の体格に恵まれているようには見えないが、謙二郎の方が鍛えているのか筋肉質なのだろう。
そのまま拳が振り下ろされるものだと思っていたが、マコトが彼らの間に入り二人を引き裂いた。
「落ち着いてください。今はここで言い争いをするより、雅君と春人君と合流した方がいいのでは?」
「すんません、マコトさん。貴方の言う通りや、雅一人に任せてもうたし。春人もメールだけやから」
すいません、と断ってから皐月が発言した。
「ちょっと待ってください、もしかして小松さん一人にドローンの相手を押しつけたんですか?」
「はい。詳しく言うと、罠にはまった私を助けに来てくれて。それで謙二郎か春人と合流して福田を独りにさせるなって言われて、謙二郎と合流してここに。押しつけたのは事実だけど、私の独断じゃなくて雅さんの指示です。それに、あの人なら間違いなく死にはしません。むしろ、春人のほうが心配」
だから、ショッピングセンターに戻りましょう、と梨子が小走りで進み始めた。
雅の実力を知る彼女以外、誰もその言葉の意味を理解していなかったが、合流するしかない以上、ついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます