第10話-自覚

 翌朝、雅たちは香歩たちのチームと合流するためにショッピングセンターに戻りつつ、ルールと箱の探索をした。

 しかし、初日よりも皆が騒がしい。雅は二度襲われているが、美姫を除く他の面々は一度も襲われていないのでまだ危機感がないのだろう。

 見つかったルールも非戦闘エリアでの戦闘行為に対するペナルティのみで、不安を煽るようなものではなかった。

 雅にとって好都合ではある。油断している人間ほど御しやすい存在はそういない。が、彼の無意識はそれを良しと思っていないようだった。心の中でほくそ笑むも、それはいけないと叱責してくる。御すのではなく協力するのだ、と。

 今のままでは協力しようがないと、言い訳をして雅は思考を誤魔化した。


 説明会の会場で合流し、取得したルールの公表、遭遇した好戦的なプレイヤーの情報を交換した。

 ルールはまだ三つと少なく、好戦的なプレイヤーの情報についても二人いるということだけだ。

 田原和人と雅は一度しか会ってないことになっているので、名前も言っていない。なので、これといった実りはなかった。

 しかし、ルールの総数、ゲームの終了時刻が明らかになっていない以上、このペースが遅いのか早いのかも判別できない。


「それでこれからどう行動するかの意見は出ましたか?」


 皐月が雅たちに問いかけた。


「いや、決まらなかった。というより話題にも出なかった。トラブルがなかったからな」

「だからさ、もう一日試してみーひん?」


 雅の答えを引き継ぐように彼の肩を抱いた謙二郎が言った。


「そっち側もおんなじ感じやろ?」

「ええ、小松さんが言ったようにトラブルが起こるような要因がなかったので」


 そうは言うのものの沙世がいなければ危なかったのでは、と香歩は笑うが口は挟まない。

 数人は彼女の様子を見て、何か察したようであったが黙っていた。


「じゃー多数決、取ろう」


 昨日と同じでいい人挙手、と謙二郎が言うと雅、皐月、近藤、マコト以外の人間が手を上げた。そのため、賛成派が過半数を超えたことになる。


「じゃあ、昨日とバラバラになるように別れよっかー」




 謙二郎の指示により、雅は、福田、梨子、春人、謙二郎の五人と森を探索していた。もう一方のチームとはショッピングセンターで別れ、こちらは東側に進んでいた。

 夜になるまで戻らない予定なので、かなり深い所まで探索している。

 すると、幾らかこのゲームについて推測できることがあった。

 ショッピングセンターから離れるほど、手に入る武器の量が増えてきたのである。極めつけは福田が見つけたショットガンだ。


「俺が守ってやるから安心しろよーおチビ」


 福田が梨子を小突いてニヤニヤと笑う。

 ショットガンを手に入れる前からこんな調子ではあったが、今はかなりエスカレートしてセクハラ紛いのこともしている。他の面々が注意してもどこ吹く風だ。周囲を探す時も、女性一人だけでは危ないからと福田が率先して梨子と行動していた。

 謙二郎が何とかしようとするが、福田の方が一枚上手で行動の成果はでなかった。どちらも直情的ではあるが、福田は人に対しての扱いが長けている。

 このままでは衝突してしまうだろう、と雅は梨子たちが見える範囲で探索をしていた。

 案の定、二人は何か口論を始め、やれやれと雅は接近する。


「いい加減にして下さい。私は貴方の玩具じゃないんですよ」

「うっせーなー。ちょっと尻を撫でたぐらいでガタガタと」

「ちょっととかそういう問題じゃないでしょう?」


 梨子が福田に詰め寄ろうとすると、福田はショットガンの銃口を彼女に向けてニヤリと頬を上げた。


「うるせーって、今、どういう状況かわかってんのか?」


 顔を青くし怯えた梨子が行動するよりも早く雅が叫ぶ。


「何をしている? コントの打ち合わせか?」

「なっ、なんでこんなところに」


 慌てふためく福田を横目に、雅は梨子を庇うように間に入った。


「大発見だよ。森になんて入ったことがないからな。俺はどうやら方向音痴だったみたいだ。許せ。それでその銃は何だ?」

「ジョークだよ。ジョーク。雅さんの言う通り寸劇さ」


 なあ、と福田は梨子に同意を求めるが、彼女は口を閉ざしたままだった。

 詳しい事情を把握していない雅にも非の比重がどちらに傾いているかはわかる。が、今の彼は機械だ。小松雅の心は揺れ動かない。善悪の判断でなく、悲しみでも怒りでもなく、茫漠とした何かが彼の心に居座って命令しているだけだ。命を見過ごすな、と。

 よって、今の雅はこの行動が自分にそこまで不利にならないと理解して行っている。そして、どちらの味方にもなるつもりはなかった。

 命さえ落さなければいいのだ。仲間内で殺し合いが起こるようなトラブルさえ回避できればいい。

 記憶を閉ざされた雅はまだ自己を完全に制御していなかった。それは今の雅も、記憶のあったころの雅も。一方だけの関係でなく、互いが干渉しあっていた。


「なら、いい。そろそろ戻るぞ」


 二人は雅の言葉に反対せず、大人しくついてきた。




「そ、それにしても収穫がないねー」


 物資は着々と見つけているものの、ルールは一つも見つからない。疲労ばかりが募っていた。そして、言いようもない悪い瘴気も。

 雅が仲裁した時からもう一度探索を行っており、その際、梨子は福田に言われる前に、謙二郎とペアを組んだ。そこでどうやら福田の行動が何かしら漏れたのだろう。謙二郎は非難する目で福田を見つめている。

 福田は最初は飄々としていたのだが、苛立ちが募っていく過程が目に見える形で披露された。乱雑に髪をむしったり、小刻みに銃を震わせたりとバリエーション豊かである。今では行動に加え、爽やかな顔を大きく怒りで歪ませていた。

 謙二郎と梨子は福田と敵対し、雅はどこ吹く風、よって春人が舵を取る形になっていたが、現状維持がせいぜいだった。


「そろそろ、ここらで探そうか」

「それはいいけど、そろそろ、帰る時間だろ? ここらでルールを一つぐらい取りたいから今回は全員バラバラで行こうぜ」


 福田の提案は明らかに梨子と謙二郎に向けてのモノだった。先ほどまでの自分の行動を棚上げした態度に、案の定、謙二郎は身を乗り出そうとしている。


「わかりました。じゃあ、さっそく別れましょう」


 梨子がぶっきらぼうな言葉で返答し、怒った謙二郎に近寄って小声で何事かを囁いた。彼の行動に感謝しているのだろう。

 その甘い雰囲気に福田は舌打ちをし、雅と春人は自然と笑み、各々散開した。


 数分すると雅はルールを一つ発見した。前回見つけたのと同様、成人男性の拳ほどの球体が宙に浮いていた。


「NO.7-端末を破壊することで+5000」


 閲覧回数は一回のみで、雅が見ると一メートルほど上空に漂っていた球体は霧散する。雅の知識ではついていけない超常現象に目を見開きながら、探索を再開した。

 初めて見えた穏便なクリアへの道筋。皐月たちのルールもプラス値ではあるが、端末を破壊するより難しい。

 雅はまだこのまま上手くいくとは信じていなかった。全員が助かる方法がある、という言質を取ったが、かなり難しいだろう。

 そのような展開にならないようにできているはずなのだ。仲間割れする前に、自分がクリアできる算段はある程度立てておきたい。

 

「せめて、帰りぐらいは静かに帰りたいんだが」


 愚痴をこぼした時、甲高い叫び声が聞こえた。恐らく、梨子のものだろう。

 雅は迷わず、声のした方へ進んでいく。彼には森の中でどこから声がしたのかわかったのだ。

 道ですらない斜面を飛ぶようにして進んでいく。聴覚といい、普通の人と言い張るのは不可能だ。が、雅はその事実に気づかない。彼にとってあくまでこれは、できてしまうことなのだから。

 雅が梨子の姿を捉える前に、福田を見つけた。彼は顔を引きつらせて雅の方へ走ってくる。


「どうした?」


 近くで見ると福田は脇腹から軽く出血していて、何かから逃げようとしているようだった。


「アホが罠を踏んで、敵がわんさか来てるんだよ」


 どけ、と叫び雅を押しのけて福田は走っていく。また梨子の悲鳴がするところから、アホとは彼女のことを指しているのだろう。

 雅は考えた。今から俺はどうすべきなのか、と。

 今までと違って、逃げることが簡単にできてしまう。今なら誰も見ていない。言い訳も簡単だ。

 今までと違って、勝てる算段が立っていない。わんさかと言うからには複数だが、敵の規模、個々の強さは未知数だ。

 答えはでない。だが、足は動いていた。

 まだ、小松雅はどっちつかずだ。

 五分もしないうちに、梨子が逃げているのが雅の目に入る。遠目から見てわかるほど紺のブレザーが土で汚れていた。しかし、福田と違って怪我はないようだ。

 

「雅さん!」


 梨子がほっとした表情を浮かべ、声を上げたまま足を止めてしまった。僅かな隙。そこを見逃してくれるほど敵は甘くない。

 ヒュン、と軽い音。少し遅れて、梨子の苦悶に満ちた叫びが森に響く。

 敵の武器は弓のようで、梨子の進行方向に矢が刺さっていた。彼女に刺さらず、肩を掠めるだけだったので痛みはしれているだろう。が、混乱状態の中、この一撃はそれ以上の意味を持つ。

 梨子の表情から、彼女が絶望の淵に立たされているのは目に見えて明らかだ。もう走っているより歩いていると形容したほうが適切な足取り。森という転びやすい場所ではいつ足がもつれるかわかったものではない。

 雅は真っ先に梨子の元へ向かう。次の攻撃は容易に予想できたが、それを彼女が躱す確立はまずない。

 接近し、梨子の背に雅の背をつけ、警戒する。決死の覚悟で飛び込んだものの弓は飛んでこなかった。


「梨子、ここは一度敵を迎え討つ。無闇に背中を晒すほうが危険だからな。だから止まれ。落ち着いたら、敵の情報を教えろ」

「ごめんなさい。敵はドローンです。数は六かな。浮いてて全部弓を放ってきます」


 あれほど叫んでいたにもかかわらず、すぐに梨子は答えた。常人よりも状況把握力が優れている。いいや、慣れているのか。

 彼女が息を整えている最中に、雅の耳にモーター音が届く。

 耳を澄ますと、梨子の情報通り、六つ聞こえる。雅はドローンというのが何かわかっていなかったが、機械のようだと気づいた。

 ドローンの速度は小走り程度で遅い。が、森の中でこの速さを一定に保てるのは脅威だ。さらに遠距離攻撃のため、いつ狙われるかわからないという焦燥も付きまとう。

 福田も梨子もおびえるわけだ、と雅は納得し、そこで思考を切り替える。

 ついに、脅威の姿を目視した。


「ドローン、か」


 またもや、雅には理解できない進化したテクノロジーで構成された存在だ。

 形状を生き物に例えるならトンボだろうか。細長く垂れた腹に矢を放つ機構が設置されていて、垂れ下った腹から推測するに数発矢が装填されているようである。

 矢の大きさから見積もって多くて十もないだろう。弾切れを待ってもいいかもしれない。

 が、複数に、それも扇状に囲まれていると話は変わってくる。いつ、どのタイミングからやってくるかわからない矢を躱すのが容易なはずがない。

 雅は直感的に足首に装備しておいたファイティングナイフを取り出し右手で握り、左手に拳銃を持つ。

 何かの空想に毒されたとしか思えない構え。が、雅はこれが一番、この状況に適していると自覚していた。

 なぜなら、どう腕を振るえば、どう矢が逸れるか彼は理解している。

 2方向からほぼ同時に飛来する矢。ほぼ同時であれば、飛来するタイミングはわずかにずれる。それを雅はナイフの一線で往なす。もちろん、梨子にも当たらない。

 もう、記憶を疑う必要はなかった。小松雅は普通と形容できる人間ではないのだと、断言していい。自覚もした。

 それが何であれ、今、彼を救っている。それだけのこと。

 

「俺が合図したら逃げろ。それまで、じっとしていろよ」


 梨子にそれだけ言い、雅はナイフで矢を破壊し続ける。

 ナイフで間に合わないと判断した時は、拳銃で事前に落し、対応できる矢を選択していく。

 今は欲張ってはならない。脅威の排除、ドローンの矢の補充を追跡し相手の居場所を割りだす等々を、雅は考えてしまうが梨子がいる状況では不可能だ。

 雅は独りでに加速していく。俺ならできる、と。傲慢などではなく、事実だと体感的に思いだしていく。

 

「数はしれている。多く見積もってもせいぜい七十発、切り捨てればいい話だ」


 獰猛に雅は嗤う。その程度、俺なら簡単じゃないか、と。



 

 まさに疾風怒濤というに相応しい雄姿だった。猛々しく、そして何より新たな。

 観客たちが雅の姿に沸き立つ。一人とて落胆していない。

 瞬きすら許されない刹那の行動美。一切の無駄なく、問題を切りあげる機械。

 五感、特にカメラから見える彼の瞳の目まぐるしい動きは、次の予測、それどころかさらに先を計算する。そう解説してやる。

 ただのはったりでないか、という疑念など持つことはできない。

 雅の行動こそ、証明だった。刹那の間で迫る矢をナイフと拳銃で全て迎撃することなど誰ができるだろう?

 矢の射手が無能なわけではない。人間の隙を突くようなタイミング、対応できない角度と数を考えながら放っている。

 それを全て無に還す存在が可笑しいだけだ。ドローンを複数体操縦しながらの判断なので、上々だろう。むしろ、善処していると言っていい。

 だだ相手が悪すぎただけなのだ。

 ルールで縛ることが不可能な圧倒的力を観客たちは歓迎している。

 雅の指示で梨子が逃げたことにより、彼によるドローンたちへの反撃が始まった。

 彼によってゲームが捻じれ狂っていたとしても、関係はないのだ。 

 ゲームの新の幕がようやく上がりつつあった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る