第9話-疑心暗鬼

「雅ー何かあったー?」


 上の階から謙二郎が降りてきた。

 雅は、「おお、瓜生か」と言いそうになり、思わず口を閉じた。

 美姫はムスッとした顔で、謙二郎に話しかける。


「箱を一つ見つけたけど、まだ開けてない」

「ちょ、そんな大声じゃなくても聞こえるって美姫ちゃん」

「みんなで確認しようと思ったんだ」


 雅は美姫の説明だけではわかりにくいだろうと思い、言葉を付け加えた。


「ああ、なるほど」と謙二郎はつぶやいてから、「じゃ、みんなで少し話合おか」と二人に言った。

 

 守りが薄くなるな、と雅は思ったものの、二階から警戒すれば大丈夫だろうという結論に達したため同意した。 

 雅が同意したのを見て、美姫も頷く。

 階段を上がると、マコトと梨子が窓から顔を出し外を眺め、春人は両方の窓を不定期に監視していた。


「一個、あったみたいやし、開けるでー」


 謙二郎が開けた箱には同じ形の拳銃が二丁入っていた。

 雅が既に持っている拳銃とは形が違う。


「雅くんのリボルバー式とは違ってマシンピストルですねー」


 マコトは銃器を前に呑気な声で拳銃の形式を言い当てた。


「みたいですね。じゃあ女性は使えないな」

「どうしてですか?」


 梨子が雅の発言に疑問で返した。


「どうしてって、マシンピストルは反動が強いんだよ。確か」


 正確に付け加えるなら訓練を受けていない者には扱いづらい、というのも雅の記憶にはあったが言わなかった。


「はは、何を言ってるのですか、雅くんは。稀代の発明家、パーフェクトによってリファインメントされた最初の品のうちの一つ、それが銃でしょう? 誰だって使えるじゃないですか」

「ああ、そういえばそんなこと教科書に書いてましたね」


 梨子が手を叩き、納得、納得と頷いている。


「ええーそうやったっけ? パーフェクトさんは医療関係やろ?」

「謙二郎、それぐらい覚えておこうよ」

「そうですよ、学生なんだから」


 春人と美姫に言われ恥ずかしそうに謙二郎は目を逸らした。

 またもや雅はついていけない。パーフェクトさんとは変わった名前だ。渾名なら最悪のネーミングセンスだな、と思った。


「あ、そうそう」


 話題を変えたかったのか、そこまで言って謙二郎は途切れた。唸って考えている彼の額から汗が落ちる。


「そう、これからどうする?」


 謙二郎が苦し紛れに絞り出したのは、その一言だった。

 雅はここで一晩過ごしたい、と考えていたため、どう説得するか迷っていた。

 他の面々はあまり考えていないようたが、マコトだけは違った。

 ドロドロと、何かを考えている、というのが雅には直感的に分かった。それが正しいかどうかという悩みよりも強く。

 つまり、彼さえどうにかできれば意見は通る。


「ここを今日の寝床にしないか?」


 雅が提案すると、皆、驚いたような顔をした。


「考えてなかったです」


 梨子が舌を出して恥ずかしそうに頭を掻くと、他の面々も彼女と同じだと主張した。


「すっかり忘れてたわ。流石やな雅は。頼れる兄ちゃんやで」


 雅は謙二郎の言葉に安堵した。自分の容姿が二十代と断定していたが、それが周囲からも認められている。自分の判断力がようやく認められた気がした。TE、パーフェクトさん、未知の技術、どれもこれも彼を悩ませていた。


「誰もいないってわかっている場所は貴重だからな。半分はこの建物で待機。残りは探索という役割を交代で回して今日は過ごそう」


 雅の提案通り、行動したが、見つかるのは箱ばかりでルールが見つかることはなかった。




 香歩達も説明会のあった近くの店舗を寝床に決め、周辺を探索し始めた。花鈴と沙世は店舗で待機し、福田と近藤、香歩と皐月に別れて行動する。

 

「そういえば、香歩さんが襲われていたときに、僕らが見つけたルールを見せますね」


 皐月は端末を操作し、香歩へその画面を共有した。端末同士であれば画面を共有できるのである。

 それは彼らが日常で使う端末機器でも同じで、今時の常識であった。

 一つ目のルールは、清算を済ませたプレイヤーは端末の機能が消去される。

 二つ目のルールは、?プレイヤーを強制清算すると+10000、と表示されていた。


「天ヶ瀬君、はてなマークになっているのはバグなの?」

「いいえ、そういう仕様のようです」


 皐月は僕の推測ですがと前置きし、話し始めた。


「僕には奇数プレイヤーの、と表示されているように見えます。つまり、他人の端末を見てルールを把握しようとした場合、プレイヤーナンバーや奇数などの指定があるものは見えないようになっているのかもしれません。福田さんがルールを見つけ、近藤さんに見せた時に発覚したんです。僕と樋口さんでもなるということはそういうことでしょう」

「じゃあ、お互いのプレイヤーナンバーも見えないのかな」


 香歩の返事に皐月は満足気な笑みを浮かべた。


「確かめてないので恐らくですが。やはり、樋口さんはすごいですね」


 突如褒められ、香歩は背中が痒くなった。それと同時に悪寒も感じる。彼女は皐月が自分に向ける目を知っていた。


「正直に言います。名前を変えてもわかりますよ。僕は貴方だから組みたいんだ、樋口さん」


 香歩は必死に笑顔を模った。

 何のことだ、と口に出そうとするも動かない。笑むだけで精一杯だった。

 己が罪の自覚。彼女は自分が咎人であることを忘れてはいなかったが、目の前でそれを突きつけられて平静でいられるほど器用ではなかった。

 雅の存在も関係している。彼が先生との思い出の整理を手伝ってくれたから、気が緩んでいた。

 他のプレイヤーはわからないが、香歩は自身の罪をしっかり自覚していた。




 ゲーム二日目が始まったばかりの午前一時。

 皆が寝ているにもかかわらず、雅は月明かりしかない雑木林を駆けていた。

 その動きには迷いがない。明確な目標へと走っていく。

 雅が走るのを止め、息を整える間もおかず歩き出したのは、ショッピングセンターに着いてからであった。

 辺りを見渡し、抜き身のナイフを虚空へ振るう。

 彼はどこか満足そうな顔をしてナイフをすぐ出せる場所へとしまい、止まったエスカレータへと足を踏み入れた。

 踏み入れたのと同時に、待機部屋にいた皐月の端末に警告音が鳴る。


「やはり、きましたか」


 もし、見ている人間がいたら思わず身震いするような笑みだっただろう。皐月はゆっくりと立ちあがった。

 彼と同様、眠れなかった香歩は、皐月の声でぼんやりとしていた意識を覚醒させた。


「どうしたの?」

「ああ、ね……樋口さん、どうやら誰か引っかかったようでして」


 昨晩、一階の階段と、皐月たちが寝ている部屋に繋がる通路に仕掛けたセンサーのことだ。

 その事を覚えていた香歩は、他の寝ている人たちを起こそうとするが皐月に止められた。


「なんで?」


 香歩の疑問も最もで、センサーに反応があったら全員を起こす手筈になっているからだ。

 それにこのことを決めたのは皐月ではないか、と思ったが、あえて口を挟まず、唸るだけにしておいた。

 皐月は苦笑し、香歩を手繰り寄せる。

 何をするんだと大声で言いたいところだったが、就寝中ということとあまりにも真剣な表情だったので大人しく従わざるを得なかった。

 それにドキドキした。皐月の甘い顔はそういう気持ちを抱かせた。

 香歩ももちろん警戒はしている。一瞬気が緩んだが、気を許したわけではない。

 だが、無下に拒絶できない。能力として彼の賢さも知っている。きっと考えがあるのだろう。

 彼女にとっては長い間を挟み、香歩の耳元で皐月は先ほどの真剣さを含ませたような声でささやき始めた。


「樋口さん、これからのことは黙っててください。このゲームをクリアするのに一番重要なことなんです。もし何かあっても必ず貴方を守ります」


 そこで皐月は一度言葉を切った。

 しかし、まだ数時間しか共にしていないがその物珍しい様子と状況に、香歩は言葉をねじ込む隙間もなく内心悶々と外面は涼やかな風に装う。

 皐月は、その間に心と身体の足並みを整え、走り出す。


「だから、どうか、任せてください」


 香歩は呆気なく、皐月にときめきを感じた。

 露骨で脈絡のない言葉なのに、深く、彼女の心へ溶け込んでいく。

 こんな安っぽい女だったのかと、自身への評価をし直し、彼女は我に返った。

 そして、自分の緊張感のなさに赤面する。断じて、皐月に、ではない。

 危機的状況下の中、誰かに頼りたいと香歩は無意識で思っていたことを自覚したのだった。

 皐月がカッコいいからではなく、自分が弱いから頼ろうとしていた。


「どうかしましたか?」

「何でもないです」


 香歩はとりあえず頷き、巧みに表情を隠した。

 まだ高校生という子供だが、その程度の大人の部分は持ち合わせている。


「どこに向かうの?」

「おそらく僕の予想した人物なら、説明会の会場へ行くんでしょうね。違うのであれば戦闘も覚悟した方がいいでしょう」


 皐月は拳銃を懐から取り出し、構え、また仕舞う。

 その動作にはぎこちなさが混ざっており、彼の緊張の度合いがわかった。

 説明会の会場に近づくと、雅が歩いているのが二人には見えた。

 皐月は半ば予想通りだったのか、ほくそ笑む。一方、予想だにしていない事実に香歩は動揺していた。

 皐月が先導し、香歩は後についていく。雅と二人の距離は二百メートルほど離れていた。


「そこで止まって」


 そう皐月は言い、彼の端末のカメラアプリで壁に隠れながら周辺を撮影し、香歩の端末でそれを監視する。

 そのため、今まで驚異的な身体能力を発揮した雅にも気づかれることはない。

 雅が、曲がり角を曲がったのを確認してから、二人は小走りで追う。

 曲がり角まで十メートルという所で、何かが倒れる音がした。

 皐月は立ち止まり香歩を静止させ、拳銃を取り出し端末のついていない左手に持つ。

 今までと同様に、皐月のカメラアプリを香歩の端末に中継させ、画面を確認する。

 そこに映ったのは画面半分を埋め尽くすマネキンと、四つの足。

 皐月が腕の向きを変え、三十代で近藤とまではいかないがそこそこに引き締まった体の男が雅とにらみ合う姿が映った。

 思わず香歩は間に入ろうとするが、強い力でひっぱられる。

 香歩がそうすることを予見していたのか皐月は、あらかじめ香歩を抑える準備をしていた。


「さっきはようやってくれたなぁ」


 男が口を開いた。

 雅は当然見覚えがあった。罠をかけ、美姫に岩を投げた男だ。

 タンクトップの上にクマのロゴが付いたジャージを着ていたため、マネキンの影から飛び出してきた時には、すぐわからなかったが。

 恐らく、このショッピングセンターで調達したのだろう。

 まだあのロゴのジャージあるんだ、と雅は自分の記憶にあるものが現役で存在していることに少し、ほっとした。


「で、なんの用ですかね?」

「あぁ? さっさとこのゲームをクリアするために決まってんだろうが、ついでにお楽しみっていこうとしたのに、てめーはよお」

「そうだ、俺の名前は小松、あんたは?」


 ゲスな考えだ。会話にも応じそうにない。

 しかし、名前を知ることがゲームの手掛かりになるかも知れない、と雅は考えていたため聞き出すことにした。


「ああ? 俺の名前? 冥途の土産ってやつだ、田原和人さまだぁ。よーく覚えとけ」

「クリアに向けて共闘する気は?」

「ねぇよ。あほか? 俺はもうクリアしたも同然なんだ、てめぇとは違ってよーぉおおおおお」


 叫びながら和人は雅に殴りかかる。和人は自身が喧嘩慣れしており、昔は柔道の有段者だったことが自慢であった。

 相手は拳銃を構えていない奴で、しかも急に、だ。和人はもちろん勝てると考えて襲い掛かったのだろう。

 手加減はしない。先ほどの戦闘と同様、殺す覚悟もある。

 よって、負ける訳はない、と。

 だが、誤算であった。雅は和人が襲い掛かってくるだろうと考えていたし、近藤と比べ弱いとも思っていた。

 つまり、相手にならない。

 当然、和人の拳は届かず、返ってくるのは雅の拳。腰の入った左ストレートは和人の腹を抉り、後方へと仰け反らせる。


「っあ」


 油断し勝利を確信していた和人は動けるわけもなく、脳天に拳を受け容れそのまま倒れこみ意識を失った。

 雅はそのまましゃがみこみ、和人の体を弄る。服に入っていたのは、ブロックタイプの携帯食料とナイフだけで他は何もなかった。

 ナイフだけ、雅は自分の鞄に入れる。山賊まがいのことをしたくはなかったが、好戦的なプレイヤーに武器を持たすのはどうかと思い、武器だけは取り上げた。

 鞄の中に縄があったのを思い出すが、放っておくことにする。縛られた状態で勝手に死なれても後味が悪い。

 次に和人の端末を確認する。メールアドレスを自分の端末にだけ移し、プレイヤーナンバーを確認しようとするが、雅には視認できなかった。


「プレイヤーナンバーは見えないのか」


 ルールの項目を確認してみるが、表示されているのは二つだけだった。

 そのルールの項目をタップすると、一つだけ表示された。


 <自身のみ適応>プレイヤーナンバー?へ暴行を一日二十回以上加える。計五日経過後にルール№4を適応する。


 どうもプレイヤーナンバーは特定できないようになっているようだ。もしかすると、好戦的だったのにはこのルールのせいかもしれない、と雅は納得した。

 取り上げた武器を返そうか迷ったが、やはりやめておく。好戦的なのは人間性によるものだろう。

 そのまま、目的地へと歩き出した。


「もう、なんで止めたの」


 香歩は雅が去ったのを目視で確認してから皐月を叱るような語調で言った。


「ごめんなさい。でも小松さんなら大丈夫だと思ったんですよ。それに」


 素直に謝った皐月に香歩は驚いたが、言い淀んだので追い打ちをかけるように言葉を重ねた。


「それに?」

「樋口さんが危ないって、思って」

「それは、ありがと。けど、雅さんを放っておいたらだめじゃない。仲間なんだから協力しないと」

「そう、ですね」


 どこか納得のいかなそうな顔で皐月は頷いたが、香歩は反省したとみて和人に近づき彼の端末を確認する。


「雅さんの言う通りルール、一つだけだ。他は、ないみたい」

「みたいですね。行きましょう」


 和人の体を調べたが、特になにもなかったため、皐月はセンサーを説明会場の進行方向に設置し、男が起きた時、自分たちの方向へ歩いてきたかわかるようにした。

 二人は雅が進んだ方向、説明会があった会場へと向かった。

 追いついた時、ちょうど雅が会場に入ろうとしている所だった。

 彼が部屋に入った途端、照明がつく。まるで誰かが来るのを予見していたかのように。


「もう一度聞こう。この質問で嘘をつくことはないな」

「もちろんです」


 スピーカーから説明会の時と同じ声が響いた。

 雅も、スピーカの男も会話することに何ら疑問を抱いていない。

 雅は話せると、スピーカーの男は誰かが改めて来るとわかっていたのだ。


「このゲーム、大方、俺たちの生存の結果を予想し、賭けられたりしているのか」

「はい。勝者に支払われる報酬もそこから支払われます」


 雅はほくそ笑んだ。自分の予想がこうも当たっていると笑ってしまう。


「なるほど。賭けごとは本当に行われているのか。なら、質問を変える」


 雅は一転してスピーカーを睨みつけた。


「賭けごとのわりにはこのゲームは不公平すぎないか?」


 スピーカーは答えない。その間に、雅は会場に残されていた少年の死体から端末を回収し、鞄に入れていた布を被せる。


「このゲームに参加した事のあるもの。戦闘訓練を受けているもの。全員知ることが難しいルール。全てが不公平だ。ギャンブルだからある程度賭けやすくしているってわけじゃないよな? そもそも賭けごとは本来の目的じゃないだろ?」


 スピーカから声は聞こえない。つまり、答えられない。否定も肯定もできないのだ。


「アンタも不自由なもんだ。最後に一つ。全員で助かることはできるのか?」

「それは可能です。ですが、もう成立しませんけどね」


 この場で消えた一人の犠牲者。名前もわからぬ少年。

 雅の心は痛まない。だが、どうしてか、体が疼いていた。


「私からも質問いいですか?」

「いいぜ」

「何故、誰かを助けようとしているのですか? 利己的な貴方らしかぬ行動ですが」

「さあな、俺にもわからん」


 雅の言葉に嘘はなかった。本当に、彼もわからないのだ。

 損得の話ではない。空想のような話だが、助け合わなければ自分だけは生き残れるという確信があった。それにも関わらず、誰かを助けようとしようとしている。

 雅は人の死に動揺もしないし、怒りもない。

 ただあるのは、自分なら救えただろうという感慨のみ。それは後悔ですらない。ただの事実としてあるだけだ。

 心は震えない。

 小松雅という人間にはおよそ人の情というものが感じられなかった。

 だから、誰かを助けるという行動はもっとシステマティックな回路だろうと、雅は推測していた。

 人のために何かしたいという切望からきたものでも、誰かを見捨てられないという情でもない。

 なら、何故だ?

 しかし、そんなことで彼は悩みはしても、止まらない。

 記憶がなくとも、はっきり価値基準は口を出してくる。身体も動く。多少、不便なだけだ、と。

 雅はショッピングセンターを出て、闇夜に紛れ、寝床へと駆け出した。




 雅がショッピングセンターを出るのを見届けた香歩と皐月は二人して黙っていた。

 何を考えているのか、二人は声を出さないものの共通している。雅の驚異的な身体能力と質問の意図だ。

 

「樋口さん、小松さんについて気づいたことは?」

「そういえば、何事も手馴れていたような気がする。扉を開けたりする時もかなり警戒していたし。襲われることを前提に行動していたかもしれない」


 香歩が素直に意見を言ったことに、皐月は目を丸くした。


「どうかした?」

「いえ、樋口さんは小松さんのことを信用していたみたいだったから」


 香歩は小さく笑って答えた。


「助けてもらったし、感謝も信用もしている。だけど、何も考えないわけじゃないわ。そこまで素直な少女じゃないの。幻滅したかな?」

「まさか。ますます樋口さんと組みたくなりましたよ」


 皐月は微笑を浮かべて言った。ニヒルな表情ながらも、今までのものより多少柔らかい。

 この少年は自分のことを評価しているのだ、とわかった香歩であるが、素直に喜べなかった。

 彼女はこう考えている。

 このゲームで犠牲者を減らすことこそが私の為すべきことなのだと。

 香歩はそのような考えに皐月が賛同しないことがわかっていた。冷静な判断力を買っていることもわかっているからだ。甘い考えは不必要だろう。

 皐月はゲームに勝つことだけが目的である。大半のプレイヤーがそうだろう。犠牲者を減らすのは遠回りだし、危険が付きまとう。そう考えていても、彼女は止めるつもりはない。

 疑心暗鬼の中で協力を促し、了承してもらうにはどうすればいいのか。

 香歩にはその解がまだ浮かんでいなかった。


「実は僕も小松さんのことを信用しています」


 香歩は意味がわからず、小首を傾げた。信用するような場面があっただろうか。

 皐月がその様子に気づき、笑みを深くする。


「僕の場合は、彼が優秀な人物であることを、という点です。説明会の時の言動、そして先ほどのやり取りで確信しました。なぜなら、僕も小松さんと同じ考えだったからです。説明会の会場がまだ機能しているという推測、ゲームの不公平、このゲームを経験したプレイヤーがいることはもちろん、ゲームは噂通り、見世物だけにしては大規模すぎるともね。それを僕よりも先に確かめた。それだけで尊敬に値します」


 香歩も頷いた。あまりに手が込みすぎている。単にショウゲームとして運営できる規模ではない。が、その証拠はどこにもなかった。


「あくまで憶測だけどね。天ヶ瀬君もそうでしょう」

「ええ、それにわかったことでどうにもなりません。結局、僕らは囚われの身ですから。僕が言いたかったのは、小松さんの行動力を買っているということです。そして、戦闘力。敵にせよ、味方にせよ、彼という力は大きい」


 香歩は雅に対し助けられた恩義が大きかったので、そういう考え方はできなかった。彼が役に立つかより、彼の役に立ちたい、と思っていたのである。

 が、彼女も頭は回る方だ。わざわざ、皐月の前で言葉にすることはなかった。


「僕は小松さんの独断が敵だという疑いに直結しません。樋口さんはどうです?」

「私も。けど、雅さんがどうしてああいう行動を取ったのかは気になるけど。このゲームには経験者がいるということがほぼ確定した。でも、それだけならわざわざ遠いここまで一人でやってくる価値はあったのかな」


 それもそうですね、と皐月は相槌を打った。


「ゲームの目的を暴いても意味はそこまでないでしょうし。それでも価値はあったでしょう。助け合えばクリアできる方法があるというのもわかりました。まあ、来るつもりならもっと質問があってもいいとは思いましたね」


 提案があるのですか、と皐月は言った。それが何か、と問わず香歩は口を開いた。


「雅さんを襲った相手の所に行くの?」

「そう言うつもりでした。流石ですね」

「それぐらい考えつくよ。他のプレイヤーは情報資源だしね」


 皐月と香歩は走って、和人の所へ向かったが、その姿はなかった。


「どういうことでしょう。センサーの反応がなく、破壊された形跡もない」


 皐月は設置したセンサーを点検しながら言った。


「偶然、センサーに当たらず逃げたってことじゃない?」

「ええ、そうでしょうね。説明会があった場所の方向に設置したので反対側に移動したのならあり得ないことでもないです」


 口では納得の言葉を出したが、皐月は腑に落ちないようである。

 賢い彼らしい、と香歩は納得し、黙っておいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る