第7話-friction
険悪。香歩がいるチームはその一言につきる。行動開始早々、天ヶ瀬皐月と福田勇太の口論があったからであった。
こんな事なら雅さんの横にいておくべきだった、と彼女は自らの不運を呪った。
「じゃあこの辺を探索しましょうか?」
皐月の言葉に福田が舌打ちする。
口論の原因は些細なもので、皐月に主導権を取られるのを嫌がった福田が文句を言っただけである。
結局、皐月に言い含められた福田は嫌々行動している訳だ。
今は建物内を探索している最中で皐月の指揮のもと食料とルールの収集をしている。森を少し見回ったあと建物内になったのは彼の指示で、装備も軽装な状態で慣れない山道に行くのは辛いだろうと女性陣への配慮があった。
視界の悪い山では何処から襲われるかわかったものではないという理由が大半だとも言っていたが。
そして、名前の知らない女の子がいるからだろう。日本人離れした顔を見るとハーフだろうかと予測することは安易だった。
しかし、日本語が話せないというわけでなく、あの時のショックで話せなくなった。
説明会場で少年が破裂したあの瞬間から。
その後は花鈴にくっついていたのだ。制服と違ってジャージという軽装から母性を感じたのかもしれないと香歩は思いたい。
花鈴に抱きかかえられているその子は豊満な胸に顔を埋めて首に手を回している。
香歩をチラリと見ては胸へ、チラリと見ては胸へというサイクルを繰り返していた。見る時間が増えているところを見ると名前を聞けるのも近いかもしれない、と香歩は期待した。
ずっと見ていては働いていないと思われる、と感じた彼女は少し小走りで自分の持ち場へ向かった。
「樋口さん、どうですか、調子は」
ある考え事をしながら物色していたため、香歩は気づけば皐月の範囲に近づいていた。
「菓子パンと。この筒ですね」
雅と行動していた時にも見つけた筒。入手頻度が食料並に高いところを見ると重要なアイテムのようだ、と香歩は判断していた。
「変わりないですか。ところで樋口さん、小松さんの事を教えてくれませんか?」
まさかそっちの気があるのかと香歩は疑う。この顔ならいけるのかもなどと邪推していると、皐月が慌てて訂正した。
「いや、行動中何かあったとかですよ」
前提として天ヶ瀬皐月という男を信用していない香歩は、どうも胡散臭いと感じてしまう。今まで見せた行動でそう思われるのだ。大半は勘からくるものだが。
自分の勘を命とする彼女の中では危険人物にランクインしている。
「私の知り合いと似てましてこちらから声をかけたんです。じゃあ別人で、そこから情報交換して会場に向かったという流れです」
香歩は素っ気なく大雑把に話した。
「そうだったんですか。じゃあ、樋口さん僕と手を組みません?」
どういうつもりか共闘のお誘いを皐月は言い出した。確かにこの中で一番扱いやすいのは自分だろう、と香歩は冷静に考える。
花鈴はあの子とセット。既に彼女はあの子を守らなくてはと使命に駆られている。そのおかげで説明会のショックから立ち直ったようなものだからだろう。
説明会での花鈴の錯乱振りは中々のものだったが、女の子に抱きつかれてからはピタリと止まったのだ。
近藤は何故か福田に力を貸している。福田は論外だろうし、消去法として自分が残ったのだ。
「みんなで行動するつもりはないんですか?」
香歩自身思ってもない事を口にしている気はあった。こんな状態だとチームとして成立しない事は重々理解している。
そもそも周りを見ていない人間とはチームを組む事などできない。
彼女が観察していてわかった事だ。皆、少なくともチームを敵だと見ていない。さらに顔を合わせていないプレイヤーへの注意すらしていないように見えるのだ。こんな危機的状況下でまだ誰にも襲われないと思っていそうである。
何よりクリアという曖昧な目的の元、集まっているチームなのだ。ちょっとした障害があれば崩れるのは明白だった。
あくまで自分たちを縛っているのはルールなのだ。結束などではない。いつだって裏切られる可能性はある。
福田は顕著にその傾向がある。後ろに控えている近藤がいるからくる自信なのか、香歩たちを敵としてではなく、その他大勢とでもいわんばかりのカテゴライズをしている。いつでも倒せると考えていそうだ。
花鈴は周りを見ていない。胸に抱えた女の子と二人の世界に浸っていて、さながら悲劇のヒロインとでも思っているのだろう。
香歩の判断は辛らつだが、間違ってはいなかった。
「当たり前じゃないですか。こんな状態じゃいつチーム内で争いが起こるかわかりませんし。それに彼らと組んでもメリットがありませんから。樋口さんもそう思っているでしょう?」
いきなり核心をついてきた。このままでは少しのトラブルでチームが破綻すると香歩は思ってはいたものの、組めないとまでは考えていなかったのが正直な意見である。
自分が生き残るには皐月と組むのがいいだろう、とも思う。だけど、彼女はそうできない人間に変わってしまった。
「きっと治してやる。また笑えるようにしてやるからな」
「先生か。先生はな簡単な足し算引き算もできないんだ。だから」
香歩の脳裏に風化していた先生との記憶が、彼と似た雅に出会ったことにより蘇る。
先生は白髪交じりの黒髪だったが、雅は茶髪だった。それに先生はあんなに筋肉質ではない。
どうして勘違いしたのだろうか?
だけど香歩は雅に感謝していた。考えないようにと先生との思い出から逃げていた事に向き合わせてくれた。だからこそ先生のようになりたいと、そう思って生きてきた彼女にとって、今この選択をするわけにはいかない。
いくら自分が非人間的な考えを持っていても、理想は捨てられない。
「私はまだ抜けるつもりはありません。それに綺麗ごとだけど、みんなに生きて欲しいんです」
生き残る可能性の高いほうへ行きたい。逃げたい。そう香歩の頭は唱えている。
が、彼女は自分の頭の中で考えている事と正反対の言葉をなんとか紡ぐ。
自分は先生に命を助けられたのだから。少なくとも香歩はそう考えている。
先生とはもう会えない。会うとしたら死んでからだ。その時、許してもらえるように。
だから、彼女は先生の意思を継ぐのだ。せめてもの罪滅ぼしに。
「そうですか。このゲームをわかっていてその態度とは、仕方が無いですね」
皐月は、やれやれと言わんばかりの態度で持ち場へ戻って行った。
十分経過し成果物の再配布を終え、少し遅めの昼食をとる。
香歩は渡されたものを全て消費せず、晩ご飯用に半分残しておいた。ここは夏にしては涼しい気候なのですぐに腐る心配はしなくてもいいが、念のために缶詰製品は残しておいたのだ。
よって昼はチョコがたっぷりコーティングされたドーナツとおむすびという究極に合わない食事だが文句を言わず食べる。
まずおむすびから香歩は口に入れた。馴染みのあるコンビニのロゴであるキツネのマークが入っていたおむすびだったので、味はあまり心配していなかったが噛めば噛むほど美味しい。
偽装されたものかと思いきやそうではないようだ。
そういえばここで見つけた食品は馴染みのロゴ、キツネマークが入っていた気がする。数十年の間で日本どころか世界の流通を支配したフォックスグループ。ここならばゲームを作る財力があっても不思議ではない。
ただの妄想とはいえ、ここから脱出したら、フォックスグループの製品を食べるのが嫌になりそうだ。
どちらにせよ、元の生活で食べていたものと味は変わりないはずだ。
香歩は深く考えず、ここでの唯一の娯楽だ大切に味わおう、という結論に落ち着いた。
ゆっくりと食べたかったがそうもしていられないので、手早くおにぎりを食べ、デザートであるドーナツを真っ二つにする。香歩だって女の子だ。甘いものが好きだ。大好きだ。
あの女の子が指を咥えて香歩を見ている。花鈴達は食べ終わったようで二人で会話しているのだがあの子の視線は香歩側だ。釘付けである。
「ど、どうぞ」
無言の重圧に耐えきれず、香歩は女の子にドーナツをあげる。チラチラと見つつも受け取らない。もしや自分の表情が明らかに残念がっているのか?
そう思い香歩は、自分の顔を端末のディスプレイで確認したがそうでもない、だろう。彼女の中では中々の微笑みを浮かべている。
香歩はこうなれば意地でもこの子を餌付けしてやる、とドーナツを持っていないほうの手で握りこぶしを作り気合いを入れた。
「香歩ちゃん香歩ちゃん! ワサワサだよーワサワサ!」
建物内の捜索を止め、再度森に出ていた。止めた理由はというとあまりにも物資がなかったからだ。
そのため、雅達と反対側に進んでいる。地図の拡張を目的としているのだ。合流した時に合わせれば地図が大きく見れるし無駄が少なくなる。
これも皐月の意見だ。
「ワサワサーっ」
ワサワサとは木のことだろう。何故か恐ろしくハイテンションの沙世は、香歩の周りをぐるぐる走りながら喜んでいる。
「さっちゃん危ないよー」
花鈴が少し怒った声で注意する。アスファルトのように平ではない地面では転ぶ確率が高い。既に運動神経が良いと成績で評されていた香歩でさえ木の根、小石などに躓いて転びそうになった。
「大丈夫だってー。べぶっ」
油断大敵。沙世は花鈴に返事をした事で注意散漫になり転んだ。流石というべきなのかキチンと受け身をとり、手と膝だけの怪我のようだ。それらも大したことはない。
「う、お、お姉ちゃん……」
涙目になりながら花鈴に近づく。
「よしよし。これからはちゃんと歩くんだよー」
花鈴は微笑みながら沙世を抱きしめあやす。香歩は流石に花鈴には勝てない、と再確認しながらその光景を眺めていた。
あの餌付け作戦が功を奏し、沙世は香歩たち全員の前で自己紹介をしてくれた。といっても名前と年齢だけだが。桂 沙世。それがあの子の名前だった。年齢は小学四年生だ。ハーフではなくクォーターらしい。
なのでメールも読め、誰も連れられたわけでもなく一人で説明会場までやってきたらしい。
自己紹介の際、沙世が皐月の事をお兄ちゃんと呼んで、珍しく彼が慌てたのを香歩は脳内に永久保存した。ちなみに近藤はこにーさん。福田はふっくんとあだ名で呼ばれている。
「ほら、お兄ちゃんもあやしてやれよ」
福田が皐月を挑発する。弱点が出来た皐月は福田の的となった。
あの時にわかりやすく赤くならければよかったのに、と香歩は思う。
確かに、クールな印象があったから意外だった。
福田の言うことを真に受けたのか、沙世がお兄ちゃんへの必殺、涙目を繰り出す。
少女は己が武器を駆使していた。皐月は抱きしめはしなかったものの、ふわりと頭を撫でた。
また赤くなってる。沙世の存在のおかげでよくない空気をリフレッシュできていた。
「じ、じゃあ丁度足を止めた事ですし、ここら辺を探しましょう」
威厳などないに等しいが、皐月の指示通り動く。
反対意見も出ていないから問題はないだろう。彼の考え方は理にかなっていた。
皆、返事をし道から大きく離れない程度に探す。今までの取得状況から考えると物資は半径五百メートル内に三、四個平均で見つかっていた。
半分以上が飲料、食料品。半分以下の確率でナイフなどの殺傷目的の武器、毛布やカバンなどの生活品と謎の筒が入っていた。生活用品の中には日焼け止めやボディソープなど女性が喜ぶものまであった。
既にこのチームで行動してから二十近くの物資が入った何かを発見している。何かというのは段ボールやアタッシュケースであったり袋に入っていたからだ。建物内は木箱や段ボール。外はアタッシュケースなど雨が凌げるような材質でできた入れ物と分けられていた。
香歩は法則どおりアタッシュケースを見つけた。中にはデオドラントスプレーとライター。あとは災害用ビスケットの缶だった。
端末で時刻を見ると十二時五十分、探し始めて三十分ほど経過している。お昼を食べたのが十一時だったのでそろそろオヤツが欲しいな、といつもなら考えていただろう。
香歩の食事サイクルは六時に朝ごはんを食べ十時四十分から十分間でお昼そして二時にオヤツという流れだった。
五十分で戻ることを決めたのでそろそろ頃合いだろう。香歩は地図を見て集合場所に向かって真っ直ぐ歩く。オヤツの提案をしようと思ったが食料の確保もあるし不謹慎か。沙世はどう言うんだろう?
「動くな。黙って手を挙げろ」
その声と共にイヤな金属音がした。ここから五メートルほど先にいた花鈴が知らない男から首筋に大きなナイフを当てられている。
敵に捕まったのだろうか?
男は登山服のような恰好だった。彼の持つナイフの刀身は花鈴の首よりも長い。それを上下にゆっくりと揺らす。そのたびにカチャカチャとナイフが音を立て、花鈴は青ざめる。沙世は皐月のところにいるのか近くにはいない。
状況を把握し香歩は端末を起動した。メール機能で助けを呼び出そうにも、すぐ助けに来るのは難しい。突破口となるものではなかった。
まず考えるのは、逃げるか花鈴を助けるかの二択だ。
地図を確認したが助けるとなると集合場所に行くには、相手を迂回しなければならない。さらに見つかる可能性があるので、目視されないところまで離れてから合流しなければならないのだ。
香歩は彼女を助けたい。そうだ。要するに自分が何とかするしかない。
「大丈夫、大丈夫」
香歩は自分にそう言い聞かせ、呼吸を整える。
ナイフで脅され花鈴は説明会であった内容と個別ルールを話していた。
「プレイヤーナンバー9もしくは11の生存」
それが花鈴の条件だった。香歩の個別ルールであるプレイヤー1への清算と同じで、プレイヤーの指定があるらしい。
香歩は盗み聞ぎしながら、ナイフを取り出す。威嚇するのは女性であるという時点で難しい。男なら交渉に入れるかもしれないが、女では同格の武器では舐められる。
腕に覚えがあるならそれもいいのだが、生憎運動神経がいいと評価されたことくらいしかない香歩では無理だ。
ナイフの数はそこそこあるので投げるのも手だが花鈴の安全が保証できない。
後ろから殺す覚悟で襲うというのが一番手っ取り早いが、平和大国日本で生まれ育った彼女にはどうも選べない。
そんなところで生まれ育った香歩たちがこんな事をしている状況を考えると失笑モノだが。
そもそも、先生なら相手を殺すようなことはしない。なら、決まっている。
少女が覚悟を決めてから五分経過していた。
五というきりのいい数字になれば行動すると決めていた香歩は、闘いの火蓋を自ら切った。
「だ、誰だ?」
男は今、明らかに自分の視界に人影が映るのを見た。それは高速で木々の間を通っていく。これで動いたのは三度。チラチラと見える服とその大きさから考えて、女だと男は確信していた。
「またまんまと捕まりにきたのか? 阿呆だな」
男は香歩の考えた通り、女子供だとわかった途端余裕を見せた。その人影は四度目の高速移動をする。男はその時茂みに落ちたものを見逃さなかった。それはなくてはならないもの「端末」である。
男のように説明会に参加していないものでも、端末がいかに重要か、というのは手元のルールからわかっていた。捕まえた花鈴の話から深く理解していて、さらに時計や携帯という拉致される前に持っていたものはなくなっている事も聞いた。男自身も最近買ったばかりの高級時計、パソコン、携帯がなくなっていたのでその話が本当だと、信じていた。
端末を手にすればこちらのモノにならざるを得ない。勝ちを確信し、男は捕まえた花鈴の拘束を解き、茂みへと走る。それはすぐに見つかった。
「なっ……」
男が振り返ると女の腕には端末がつけられており、男の手には金属片がつかまされていた。そして、花鈴も消えていた。
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