第6話-結束

 結局、最後に戻ってきたのは雅たちだった。

 遅くなったのは美姫の足取りが覚束なく雅も注意深く警戒しながら歩いていたというのと、彼女の心の問題もあった。

 先ほどの襲撃がトラウマになったらしく、小さな物音に驚き立ち止まるようになったのだ。

 合流してから皆話さずともあれだけ生き生きしていた美姫の変わりようと汚れたスーツから察し、道を引き返してショッピングセンターの入り口まで戻ってきた。そこで雅が事の詳細を話し終え、食事の準備をしていた。


「にしてもそんな奴によう勝てたな」


 謙二郎が缶詰を開けながら言った。あまり慣れていないのか所々、力をいれた時に声が変わる。


「勝てた、というよりかは撃退したでしょ」


 春人が訂正する。この二人は相性がいいのか、既に打ち解けていた。


「にしてもケースだけ当てるなんて。しかもハンドガンでしょう?」


 マコトが首を傾げながら、アタッシュケースの中を見ていた。

 さらに詳しく説明するなら走りながら銃口を合わせたというのも雅は追記したい所だったがやめておく。

 記憶があやふやな今ではそれがまぐれで当たったのかすらわからないし、力を誇示する必要もない。


「そんなに高い場所じゃなかったので偶然ですよ。さあ、食べましょう」


 雅は苦し紛れにごまかした。まだ十二時にもなっていない早い時間だが、慣れない状況のせいで空腹だったのもある。

 全員、言われなくても最初からそのつもりだったようで、各々既に準備が完了していた。


「そうですね。朝ごはんも食べてませんし」


 梨子がお腹をさすりながらキョロキョロと何かを探していた。


「金原さん、椅子ならこのアタッシュケースを使ったらどうかな?」


 マコトが空のアタッシュケースを梨子に渡す。

 確かに、地べたに座るのも辛いだろう。コンクリートならまだしも舗装もされてない地面だ。こうした女性への配慮は年長者であるマコトは得意なようだった。

 最終的に謙二郎と梨子ペアは四つ、春人マコトペアが二つ、雅たちが三つのアタッシュケースを見つけた。といっても雅たちのうち一つは空で、アタッシュケースも一つ捨ててきたのだが。


「まずは分けようかー」


 謙二郎の掛け声と共に各自取得物を一つのアタッシュケースにまとめ、見えるように置いていく。大半が食料で、武器の類は警棒だけ。あとはロープとマッチだ。

 それらを見て、雅は美姫の特産物説はもしかすると正しいのかもしれない、と思い始めた。そして、説明会に行く途中で見つけた食料ぐらいは置こうと鞄から取り出した。


「ちょっと待って下さい。今回見つけたものだけ分けるんですか?」


 突然声を上げたのは美姫だった。


「んー。合流する前のもんはナシにしよか。出した出してないで喧嘩するのも面倒やん。けど倉永ちゃん説明会来るまで何も見つけられへんかったんやろ?」


 確かに雅たちはそう知らされている。武器を持っているかという話を移動中にしたのだ。

 謙二郎、梨子、美姫、マコトは何も持っていないし、見つけてもいないと言ったのを雅は覚えている。


「はい。けど小松さんが分けようとしてるのを見て」


 どうやら雅を気遣ったようだ。どういう目的だろうか、と彼はまず思った。損得でしか物事を考えられない思考回路なのだ。

 雅は数時間しかない僅かな記憶を内省する。人の好意を、美姫の優しさを疑う自分がひどく矮小に見え、自己というものが揺らいでいく。深く泥沼にはまったように、思考が落ちていく寸前、また加速する。


『当為を明確にし、その情景を想像し、己が世界を、理想を実現し、銘記しろ』


 脳裏から声がした。ノイズが混じっておらず明瞭に聞こえた。 

 初めて認識したその声はひどく幼いものだ。その声からハッキリと無垢な魅力、啓示に等しい信条のようなものが感じられる。声だけで純然たる輝かしい意志を感じた。

 それを自覚すると、雅の思考はシフトダウンしていく。滑らかな動きと共に泥を払う。少しずつ今の小松雅に衰えていく。

 ピッタリとはまった時には、既に悩みはなかった。

 自己が揺らぐのは当たり前だ。これから築き上げていくのだから。


「いや大丈夫だよ倉永さん。俺は全部出してる訳じゃないしね、武器とかさ」

「なら遠慮なくもらいましょー。それに二人とも苗字にさんづけだなんてやめやめ。仲良くなれへんで、仲間、なんやし」

「そうですね。せっかく仲間なんて臭いこと言ってるんですから」


 春人が瓜生を煽る。微笑ましい光景だ。


「なんやと。このっ」


 春人と瓜生がじゃれ合っているのを皆、暖かい目で見守っているだけで反対はなかった。

 そういう話も出たので一応全員苗字に「さん」づけは禁止となった。


「取り皿、なんてないですよね?」


 マコトはどう取り分けるか悩んでいた。缶単位で分けると栄養分の偏りが酷い事になる。


「とりあえず昼は日持ちしないものから食べたらいいんじゃないかな? それをパンの上にでも乗せて食べたら大丈夫じゃない」


 春人は食べ合わせを気にしない性分らしい。


「缶詰や携帯保存食は人数分に分配して、余った分は開封する方式の予定で謙二郎、開けましたし」


 先ほど謙二郎が缶詰を開けていたのはそういう理由だったようだ。いつの間にか方針を決めていたらしい。

 謙二郎が苦労して開封した缶詰を真ん中に置く。主食の他、デザートもあった。クッキーとドライフルーツとささやかなものだったが。


「そうですね。私は問題なしです」


 梨子が親指を立てて腕を突き出す。そういう仕種の一つ一つがやはり幼く見えた。


「なら、分けましょうか」


 マコトと春人が再分配した食料と昼飯を受け取り、雅は木陰に置いておいたトランクの上に座る。

 彼に渡された昼飯は、焼きそばパンとシーチキン、非常食用のクッキーが六枚、ドライフルーツ、そこにミネラルウォーター二本。他に配給された、缶詰三つと携帯ブロック食、菓子パンは今後の食料として残しておいた。

 やはり食事をすることは安堵感がある。

 雅は口にいれたパンの味を感じた途端、体が温かくなるのを感じた。あっという間にパンを平らげ最後の一枚となったクッキーをゆっくり咀嚼していく。しょっぱいがほのかに甘い、一枚のクッキーなどすぐに消えてしまった。しかし、少食なのか、これだけでもそこそこ満腹感がある。


「楽しそうですね。小松さ、雅くん」


 美姫が微笑みを浮かべながら話してきた。危うく「さん」で呼びそうになっていたが。

 雅と同年代か年上のようなので「くん」なのだろう。雅も流石に明らかに年上のマコトを「釜田」や「マコト」と呼び捨てするつもりはない。


「うん。美味しかったよ。量も少ないかな、と思ったけど、案外、満腹でね」

「腹が減ればなんでも上手いのは当たり前やな」

 

 同じく食事を終え、軽く体を動かしていた謙二郎が会話に加わってきた。


「私もアンパンがこんなに美味しいとは思いませんでした。この甘みが最高です」


 最後の一口を食べた梨子が涎を垂らしながらアンパンの美味しさを語りだす。会話が次第に全体に広がり、話が盛り上がって行く。まるでピクニックに来たかのような盛り上がりだった。

 まだ余裕があるようだ。全員の顔を見渡し、雅はそう思った。


「じゃあ出発しましょうか」


 雑談を終え、梨子はそう言うと同時にズンズン先に進んで行く。腕を振り片手に持つトランクがガタガタ音をたてる。

 雅は冷や汗をかきながら、周りを見渡し警戒しつつ進んだ。先ほど襲撃されたというのにどうも緊張感がない。本当に大丈夫だろうか? ちょっと変わっているのかもね?

 不安を茶化して誤魔化しつつ――内心ビクビクしながら――ふと道から外れた場所をよく見てみると、明らかに異質な場所があった。

 そこだけ木々がなくポツンと空き地がある。


「ごめん何か見つけたから少し待ってて」


 呼び止める声が聞こえたが、雅は無視をする。大所帯で緊張感のない人間との探索なんてしたくない。

 もし、向かう先に敵がいた場合、相手には待ち伏せできるアドバンテージがあるのだ。こちらの方が不利なのである。

 それに、誰も傷ついてほしくなかった。

 いつの間にか仲間意識を感じていて、雅は驚く。そういうことを気付くのが遅かっただけで最初からあったのかもしれないなどとは考えていない。

 まだ彼の心は冷えていた。例え誰かが傷ついても何も思わないという確信が残っていた。

 そんなことを思いつつも、常識は持ち合わせているようだった。

 こんな状況なのに人を待たせるわけにもいかないと考え、雅は小走りで場所に行く。

 そこには成人男性の拳ほどの球体が宙に浮いていた。罠かもしれないが、恐る恐る触れてみる。

 すると、端末から音が鳴った。

 端末を見てみるとディスプレイに「№9の獲得。閲覧回数残り六回」と表示されていた。

 雅は急いでルールの確認をする。


「非戦闘エリアでの暴力行為にはペナルティーとして点を-10000し強制清算を始める。その行為が他プレイヤーの死の直接的な原因となった場合、無条件でゲームオーバーとなる」


 と書いてあった。

 そうしている間に、茂みを掻き分けみんなが辿り着いた。流石に、少し待ってて、と言うぐらいではじっとしていてくれないらしい。


「なんですか、これ?」


 美姫が球体を指して尋ねた。


「これがルールみたいだ。閲覧制限があと六回だからみんな見てくれ。見る方法はそれに端末を付けた手で触れたらいいみたいだ」


 各々、ルールを見ている。そこまで重い内容ではなかったからか特に暗い顔はしていない。それに過度な期待を寄せるのも危険だが、安全地帯があるようだ。


「みんな見たみたいやし、ここら辺うろちょろせえへん? やっぱり道には何もないみたいやし」

「そうですね。ですが、今回はまとまって行動しましょう。荷物も増えましたし」


 マコトが細い腕でトランクを掲げ苦笑いをする。荷物の増え過ぎも行動に支障が出るのでよくない。

 雅は五分ほど歩いて人口的なコンクリートの建物を真っ先に見つけた。だが、誰も声をあげないので彼は黙った。

 ある程度進んで、みんな気づき始めたようなので、歩みを止める。


「あれって建物ですよね。どうします?」


 春人が聞く。誰も答えるものはいなかった。リーダーというのが決まっていないせいか、発言が滞ることが多々ある。


「行くしかないやろ」


 一分が経とうかというところで謙二郎がため息をつきながら言った。

 雅もその意見には賛成だった。今ここの探索を後回しにするのはよくない。ゲーム開始から時間が経ってない今だからこそ、この建物には価値がある。

 今日の寝床にするのにはうってつけだし、しなくても他のプレイヤーの陣取られる前に中を確認したほうがいい。


「なら俺が周りを見てくる。人がいるか、出入り口の数も把握しておかないとな」


 美姫が反対しそうだったので雅は拳銃を掲げる。


「俺にはこれがあるからさ。左手を挙げたら来てくれ、右なら撤退、だ」


 簡易だが合図を知らせ、雅は遠くから建物を一周する。

 長方形のコンクリートの建物で出入り口は一つ。

 窓が二階には各面にあり一階には扉の反対側にある。屋上には柵もなく、高さも人が飛び込める事は可能なぐらいだ。

 少し近づいて、窓越しに中を見てみるが一階には誰もいないようである。

 雅は左手を挙げ、すぐに中に入る。隠れる場所は見当たらないし、人気もなく物音もしない。一階には誰もいないのだろう。

 準備される前に二階へと慎重に上がる。既に、二階の扉が開いていた。それを蹴って、部屋に突入するが、二階部分の中にも人はいない。


「誰もいないみたいだ」


 待機していたメンバーが入ってきたので、雅は二階から知らせた。


「ちょっと、早いですよ雅くん」


 少し、わざとらしい息切れをしているマコトからお説教を頂いた。

 二階に四人、一階に二人という布陣で建物内を探索することになった。二階のほうが多いのは見張りに割いているからである。

 その気になれば見つかる事もなく、ここに辿りつけるだろうが、いるだけで牽制になる。そういう考えの元、雅が意見するとあっさり通った。

 配置だが、銃を持っている人間が下にいた方がいいだろうという全員一致の意見で一階には雅と美姫がいた。

 探索を終えた雅がため息をついた。


「箱が二つだけか」


 箱とはアタッシュケースのことで、謙二郎が呼びにくいとの事から、雅たちの中では箱で統一されていた。


「中、開けてみます?」

「集まってからにしましょう。面倒ですし」


 雅が指す面倒とはもちろんトラブルのことだ。盗み取ったなど濡れ衣を着せられたら困る。今、敵対分子と思われるのは危険だ。すぐに排除が始まるだろう。ただでさえ敵に敏感になっているのだ無理もないが。

 雅はそれを念頭に置いて行動していた。


「ところで雅くん彼女とかいたんですか?」


 黙っていたのがつまらなかったのか、美姫が話題を振ってきた。しかし、記憶のない雅にはわからない話だ。適当にはぐらかすしかない。


「いえモテなんて無縁な人間でして」


 鏡で見た自分から推測した結果だった。今でも一重ってモテないですよね?

 自分の声に雅は泣きそうになった。


「そ、そうなんですか」

「倉永はどうなんですか?」


 年齢のわからない雅は美姫が恐らく同年代だろうという推測で、さんづけをやめた。それでも口調を崩さないので、変な日本語になったが、さんづけ禁止令が出ているのだから仕方が無い。


「倉永じゃなくて美姫って呼んでもらえません? なんだか会社みたいで」


 美姫は苦笑しつつ言った。


「わかりました。美姫さん」


 雅は呼び捨てにするのもどうかと思ったのでさんづけにする。名前でさんづけなら許されるだろう。他愛ない会話をしていると、上から誰かが降りてきた。彼はふと時間が気になり端末のディスプレイを表示させ時間を見ると一時四十分と表示されていた。

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