第5話-騒乱
雅たちのチームは二十分ほど歩いて森に出てきた。森に出たのは雅が希望したからで、本来の建物探査から変えてもらったのだ。
「にしてもこんな建造物をよく用意できたよね。孤島って言っていたよね?」
少し離れた位置にあるショッピングセンターを見渡し春人は感心していた。
それに関しては皆、同意しているだろう。こんな木々が生い茂る森によく建てられたものだ。
そう、森という呼称は何ひとつ間違っていなかった。建物を出ると、出口から半径三十メートルほど拓けた場所があっただけで、他は木々に囲まれていた。
道と呼べるほど立派なものではないが歩く分には支障のないものが複数あり、それがプレイヤーの作った獣道なのか運営側が作ったものなのか定かではないが有難い。
「私が通ってきた道はこれです」
美姫が道の近くに立って手を振っている。この中にある道の中では比較的移動しやすそうな道だ。
「じゃあそこから移動しよか」
謙二郎が頭の上で腕を組み、口笛を吹きながら進んで行く。
音を不用意にたてるなと雅は言いたい所だが、今反論するのはあまり賢くない。緊張状態なのに刺激したらどう転ぶかわからないし、反感を序盤から持たれても困る。彼は孤立だけは避けようと行動していた。
一応二列に近い隊形を取っていた。謙二郎とマコトが先頭、次に梨子と春人、最後尾に美姫、雅という並び方だ。
「にしても何もないなー。どうなってんねん?」
道を進み始めて十五分は経過している。一度、人が通った道だからこそ見つからないのも仕方ないことだが。
「少し道からはずれた場所も見た方がいいかもしれないね」
春人が周りを指差す。草は少なめ、岩も皆無、真っ平らとはいかないが傾斜も酷くなく今まで歩いてきた中では道からはずれても楽に移動できそうな場所だった。
「確かに道からはずれても問題なさそうだし探そうか」
「なら、二人一組で探しませんか? 範囲は狭くなりますけど、危ないですし」
雅の発言に、マコトが付け加えた。彼は視線を外し、恥ずかしそうに口を閉じる。
「自分も今、一人人になるのはちょっと……」
「私も、不安だわ」
その意見にすかさず、梨子、美姫の女性陣が同意する。
「レディーを守るのも男の仕事やからな。じゃー三十分後ここに集合で。さ、行こか」
一番近くにいた梨子に謙二郎が手を差し伸べる。梨子はそれを握り返し、駆け出した。
雅はそれを見て首を傾げる。今時の思春期男女はこういう行為をするのは当たり前のことなのだろうか?
「では、僕と春人君はこっち側に行きますので」
マコトが謙二郎たちが行った方向とは違う茂みに足を踏み入れた。名指しで指名された春人も追いかける。
「じゃあ私たちはこっちに行きましょうか?」
確認しておきながら美姫が先に歩いて行ったので雅はついて行く。なんとも不用心な背中、一撃で刈り取る自信が彼にはある。
人が弾けたのを見ておいて、この警戒心のなさはいかがなものか。脅威に対して学習能力のない赤子のようである。
いやまあ、記憶のない人間が言うなって話ですけどね、などと自分に突っ込みを入れつつ、雅は周囲を警戒した。
「あ、またありましたね」
美姫がアタッシュケースを見つける。探し始めてから十五分ほど経過しているが二つ見つけていた。どちらも道からは見えない場所に置いてあった。
二十分も移動し、一つも見つけていなかったあの時期が馬鹿らしい。
「中身は菓子パンとミネラルウォーター、それとツナ缶か」
雅はカバンに食料を入れアタッシュケースの表面にナイフで傷をつけ、それが見えないように木に立てかける。
開けなくても自分が開けたかどうかわかるからというのと、もう一つ罠を警戒してのことだ。
どこかの狩人が使うってことも無きにしも非ず。転ばぬ先の杖ってこういう意味だっけ、と雅は苦笑した。
もう一つのアタッシュケースは美姫が持っている。一応、拾得物の入れ物がなかったので彼女の鞄として渡したものだ。
はぐれでもしたら分けるどころの話ではない。
その時、ああ、くそ、持っていかれたぜ畜生、なんて思われたら困る。
美人の前では紳士的でありたいものだ、と雅はまた独りで突っ込みを入れていた。
「武器はレアなのでしょうか?」
美姫が沈黙に堪えかねたのか話してきた。
そういえば、どうも雅は独り言が好きなようだ。ボッチ歴=年齢の人ですかね?
おっといけない、と雅はツッコミを入れる思考を切り替え質問に答えようと努める。
まだ外では二個しか見つけていないので断定はできないが、食料のほうが多いようだ。
弾薬こそいるが銃は多く必要としない。種類がどの程度あるかにもよるが、武器を大量に持っていても移動に困る。
しかし、使い捨て前提かもしれない。その辺の判断が難しい問題だ。
弾薬の合う合わないがあるので、銃が使い捨てではない場合種類については少ないはずであると推定していたが、ハッキリとその事を告げるのはやめておく。
「みたいだ。俺は建物内で見つけけど、武器はあったよ。建物と森では割合が違うのかも」
「なるほど! 特産物みたいなものですかー」
ズレているが雅は気にしないことにした。間抜けとか思わない、ほら、そこ。いや、可愛いからいいの。可愛い、正義。
雅が独り言で遊んでいる最中に、少し遠くだが木の陰にアタッシュケースを見つけた。
アタッシュケースの先には岩壁があり行き止まりのようだ。先に進むには迂回するしかない。
流石に地理は難しくできている。
「あそこにあるケースを回収したら戻りましょう」
「私からは見えませんけど、わかりました」
美姫が頷き、移動を始める。 彼女もハッキリと目視できるであろう範囲に入った。
道からそこそこ離れた場所にあるから見つからないと判断したのか、地面にそのまま置かれている。
美姫が急に小走りでアタッシュケースに近づいて行く。
雅が追いかけようとした途端、また脳裏から呼び出しがかかる。
アタッシュケースの周りの土だけ枯れ木が多すぎではないか?
考えすぎか?
それにしては何か嫌な予感がする。予感、直感、いや直観だ。スムーズに温まり始めた彼の機能はあれを罠だと断定した。
過去の記憶の指令に頼り切りというのが、雅にとって気に食わないことだが仕方ない。
「倉永さん、ストップ」
美姫は大して進んでおらずアタッシュケースまでまだ距離がある所で止まった。
「どうしたの?」
美姫は小首を傾げ雅の方に振り向く。大人でありながら非常に可愛らしい笑みと仕草で雅はやられそうになるが、今は違う。
間一髪止まったのはよかったが、雅には岩壁の上に石を持った男が見えた。無駄によい体格にタンクトップ、無精髭を蓄えた顔、カミソリのような細い目つきで、瞳は濁っている。頭の緩そうな奴め。おっと、つい、悪態をついてしまった。
特筆すべきはそこではない。その男の足元には大量の石とアタッシュケースが二つ置いてあった。
ですよね。雅の頭は危機的状況でも独り言をやめない。
どうみても、殺意を感じ取れた。
「敵だ」
人の頭ほどある石が男の手から投げられる。
雅の声でその脅威に気づいたのか、混乱した美姫は慌ててアタッシュケースのほうへ走り出す。
彼女はアッタシュケースの手前で短い悲鳴を上げ、落とし穴に落ちた。
急造されたからか、深くはない。しかし、パニックに陥った美姫はもがいて、五十センチほどの穴から出られそうにはない。
ここで問題が発生する。
自分の命大好きっ子小松くんが、生存第一雅さんが、彼女を見捨てようとしない。
逃げる、逃げたい、とか後ろ向きな考えが浮かんでいても選択しようとしない。
記憶がないにもかかわらず傲慢と言っていいほど自信があった彼には、良心というものが欠如しているようだった。
神奈と少年が戦っている時も静観していたし、少年が弾け死んだ時も動じなかった。
過去の自分は非情な人間だったのだ、と自覚しつつあった雅には逃げない自分が驚きだった。
「ハイって奴ですかね? 」
声に出してみるが、当然返事はない。
「早く病院に行きたいんですが、それは許してくれないらしい」
相手を威嚇するため、ジャケットから銃を取り出し男に銃口を向ける。
雅は笑わないとやってられない。俺は生き残りたいのに、何故こんな事をしている?
岩壁の高さは三十メートルほど、十分に拳銃の射程範囲内。
だが臆することなく男は石を構え、雅の方に投げつけてくる。
元々察知しているものだ、避ける事は可能だがこれ以上近づけば難しい。
離れているからこそ、距離があるからこそ避けれるが、美姫の位置となると避けるために毎度飛び込む必要があるだろう。
だから、あの男の注意を雅にひきつけ、その間に美姫を立たせないといけない。
「俺は囮だ」
やり方が定まると、雅の全身から汗が噴き出てくる。
緊張への誤魔化しと景気づけに威嚇射撃として岩壁に撃つ。しかし、全く男は怯まない。この銃をオモチャか何かと勘違いしているのではないのか?
男は方針を変えたようで、投げていた石より小さな石を投げるようになった。
雅は訂正する。
「緩い奴ではなく、知略もあるようだ。まあ、一応」
石が小さくなったので当たり所が悪くない限り一撃で致命傷ってことはないだろうが、余裕がなくなる。
目視でだが十五メートルほどの高さから叩き付けるように打ち出される石は、当たればひとたまりもない威力には変わりない
石が小さくなったので一度の補給で二つ持てるようになって隙がほとんどなくなった。相手のコントロールがよく、速い。
雷のような印象だ。手から放たれたと思うと、地面にめり込んでいる。雅は全速力で走り、避け、補給に合わせステップを切り替え行動予測を阻止する。
ヒュン、と風の音。ボスン、と地面を抉る音。
ワンツー、ワンツー、とワンパターン。ここまで単調だと避けるのに苦労しない。
再度雅は訂正する。
「やっぱり緩い、単細胞だ」
体が温まってきたのか疲れもなく、より速く動けるようになった。さらに今は石が見える。
雷、その比喩は変えなければならない。雅は見切ったのだから、ずっと走り回る必要はなく投げてから動けば良いのだ。
着弾コース以外を見切り、銃口を向けながら避ける事が可能となる。
慎重に狙いを定める。想い描いた光景と現実が点滅しながら切り替わり脳裏に映る。
その光景を眺めていると雅は体のコントロールが効かなくなってくる。動かそうとする意思とは関係のない方向へと動く。
想像は現実へと、現実は想像へと近づいていく。
土が抉れる音がする。ボムっと可愛らしい音だ。雅が動かないからだろう、男は大きな石に切り替えてきた。
しかし、それは致命的な隙だった。今度こそ雅は銃口を相手に向ける――刹那、思考が切り替わり――引く。
その結果、男の足元にあったアタッシュケースの一つが凹み、派手な音が鳴る。
派手な音で雅は一気に現実へと引き戻された。急いで、もう一つのアタッシュケースを撃つ。同じ様に音が鳴り男はようやく怯んだ。
「次はないぞ!」
雅は聞こえるように叫ぶ。集中していたのか、かなり疲れていた。鼓動が独りでに走っていて、身体がそれに則した疲れを作り出す。
どっと汗が吹き出す。体温調節というよりかは排熱。圧倒的な熱量、処理落ちした思考で一気に引き受けたのが悪かった。
深く息を吸い、狂ったように吐き出す。体内にある気を意識する。清らかな思考を吸い、濁りある思考を吐き出す。徐々に意識が外へと向いていく。
そんな雅の様子を好機と思ったのか男がまだ逃げる様子がないので、雅は再度銃を向ける。
だが、男へ銃口を向けようとするが、無意識のうちに逸らしてしまう。
そのことに気づかない男は足元にあったアタッシュケースを回収し逃げ出した。雅は思わずほっとする。彼は急いで美姫の方を見ると既に立っており、彼に向かって走ってきていた。
「倉永さん、大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございました」
色っぽい艶のある吐息をもらしながら、呼吸を整えている。あのような状態だったから無理もないだろう。
パンツスタイルのスーツはスカートやタイツより運動に向いているとはいえ、女性もののスーツでは動きにくいことには変わりない。
「そろそろ早いですけど戻りましょう。荷物、俺が持ちますから歩けますよね?」
「は、はい」
雅が荷物を持ち、歩こうとすると美姫は彼のジャケットの端を持った。
見るに堪えない震え方をしており、雅はおもわず抱きしめそうになる。惚けている場合ではない。
ここで安全という場所がない気もするが、少なくとも敵が近くにいる場所で休憩はしていられない。
「すいません。でも、私、怖くて」
「大丈夫ですよ。行きましょう倉永さん」
雅はそうしていながらも冷静に整理していた。今回は無事退けることができたが偶然だ。
相手の武器が石だったということ、真っ先に美姫を狙わなかったという二つの偶然。
銃を持ち、一人ずつ確実に狩られていては手も足も出ない。
これからはあのような好戦的なプレイヤーがいることも考慮し、慎重に動く必要がある。
雅が悩んでいたのは、好戦的プレイヤーの出現より、それをどう知らせるかだった。
波風立てずに提案していきたいのだが、うまくいくのだろうか?
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