第14話 傷跡

幻籠郷の暦で、四月一日、複数の命がこの世を去った。

その中でも二つの命、それは人々に大きな衝撃を残した。


一つは、最強と謳われた七代目幻守之巫女の死。彼女は老中数十名を殺害し、自らも命を落とした。

そして、二つ目、九代目幻守之巫女、悠吏の死。行方知れずとなっていた彼は処刑されたという。


もちろん、この内容もまた、民衆へ“そのまま”伝わる事はないだろう。

彼らの死は、歴史の闇へと葬り去られていくに違いないのだ。



「悠吏が死んだ…ねぇ」


煙管を吹かせ、頬杖をつく獅凰の顔に表情はない。幻守内で起きた事件については知っている。民衆に知らされる事もなく、一人の姫君がこの世界から姿を消したことも。


また、面倒な事が起きたものだ。鬱陶しげに前髪をかき上げ、深いため息をつく。


「黝薙」


「此処に」


「何か分かったか?」


「ええ、悠吏様の死は間違いない、と。幻守の“伝統”に沿って、心臓を一突きし崖に落下…だそうですよ。崖下は次元の歪により、魂ごと、消滅したのではないかと」


「…ふぅん」


黝薙からの報告をどこか上の空で聞く獅凰。悠吏の死を悼んでいるのだろうか…と思えば、つまらなそうに黝薙へジト目を寄越す。


「わざとやってんのかよ」


「いいえ?一応は報告して置いた方が良いかと思いまして。大変失礼致しました。…本題ですが、見つかりましたよ」



『姫君』の行方が――。




そこは、今となっては懐かしい場所。

かつて悠吏と飛鳥が一緒に暮らしていた異世界の家。結界の貼られていない今となっては、他の世界にある彼らの住まいは既に幻守に探索され済なのだろうが、辛うじて、此処は無事だったようだ。


無理もない。そこにあった小さな家は建て壊され、今や廃墟となっているのだから。


ゆっくりと、敷地内へ足を進めようとした時、衝撃波が獅凰を襲った。


「お、っと」


危うげなく避け、立ち止まる。

視線の先には、膝を抱え、俯く少女…飛鳥がいた。


「よぉ、久々だな。覚えてるか?最後に会ったのいつだっけなぁ…二年…いや一年…ん…?まぁどうでもいいか」


「……」


「お前んとこの式神とか、大分探してるみたいだぜ?」


「……」


「あーほら、なんか一雨来そうだし?ここ、屋根ねぇしそのままだとずぶ濡れだろ」


「……」


「おい、何か喋れよ。俺が独り言いってるみてぇじゃねぇか」


飛鳥は答えない。

視線を合わせるようにしゃがみ込んでいた獅凰だったが、その視線が交わる事はないと悟ると、気だるげに息を吐きだした。


「悠吏。死んだんだってな」


「…っ」


びくりと飛鳥の肩が震え、反応を示す。


「お前を襲った祖母も、お前が返り討ちにしたんだって?やるじゃねぇか」


「ちがっ私は…っ」


「何だ。喋れんじゃねぇかよ」


思わずと言った風に顔を上げた飛鳥と獅凰の視線がようやく交わる。泣きはらした瞳は痛々しい程だったが、その瞳は、まだ、光を失ってはいない。


「…お前、悠吏と何か約束したんじゃねぇのか」


「……、」


「そうだなァ…アイツの事だし、迎えに行くだとか言ったんじゃねぇの」


「……なんで、それを…」


「そりゃお前、俺を誰だと思ってんだよ?」


にやりと口端を吊り上げ獅凰は、一歩踏み出した。


「…っ来ないで!!」


「……」


今度は獅凰が黙る番だった。来るなと叫ぶ飛鳥の声を無視して、歩みを止めない。段々と近付いてくる獅凰に動揺して、また、衝撃波が獅凰に襲い掛かった。


けれど、獅凰は避けない。


――ザシュッ



「……あ…」


衝撃波は、獅凰の右目を裂いた。夥しい血が流れ、彼の白いシャツを赤く染めていく。居ても立っても居られず、飛鳥は立ち上がり獅凰の元へと走った。

近付いた飛鳥の肩を両手でつかむ。


「捕まえた。なんてな」


「…あ…っ、ご、ごめんなさい、私、また、また人を傷つけた…っ」


「あー?んな事一々気にすんな。そりゃ避けなきゃ当たるよな。ははっ痛ってぇ」


「ごめんなさい…!」


「あーいいから、もう泣くな」


わしゃわしゃと不器用そうに頭を撫でる。悠吏ともお祖母様とも違う、少し痛い。けれど、優しい手だった。泣きじゃくる飛鳥を宥めるように背中に手を回す。獅凰は少しだけ、ぼんやりとしてきたが話せないほどではない。膝を折った獅凰と飛鳥はもう一度、真っ直ぐ向き合った。


「お前の大好きなお兄様なら、その約束、破ると思うか?」


「……だっ、て、でも、『ない』の、今まであった感覚が、」


「その感覚とやらは俺には理解出来ねぇが。俺はアイツが死んだとは思っちゃいねぇ」


「なん、で」


「そりゃこの目で見た訳でもねぇしな。まぁ本当に死んだのかもしれねぇが…あー泣くな泣くな、ったくこういうのは俺の本分じゃねぇって…」


ぽつり、と一滴。

瞬く間に地面を覆う空の雫は、まるで飛鳥と呼応してるかのようだった。


「…信じてやれよ。約束を、悠吏を」


「うん、うんっ…」


飛鳥は泣き続けた。その雨が、止むまで。

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