第11話 微睡みの時間
「悠吏」
「うん?なんだい、飛鳥」
「…悠吏」
「…どうしたの?」
いつものように、家で寛ぎながら絵本を読んでいた飛鳥が唐突に名前を呼んだかと思えば、首を傾げながら、また何度も名前を呼ぶ。その姿は本当に愛らしい。…のだが、恐らく自分の中で何を伝えたいのか考えているのだろう。それを繰り返していれば、ようやくまとまったようで飛鳥の顔がぱっと輝いた。
「悠吏は、わたしの、きょうだい」
「うん、そうだよ」
「双子の、兄」
「正解」
「……“兄様”って呼んでもいい?」
「……え…」
予想外の内容に、思わず固まる。
「…やっぱりだめ…?」
「っだめじゃないよ!」
硬直した悠吏を見て、表情を曇らせた飛鳥に悠吏はすぐさま否定する。勢いあまったせいか、今度は飛鳥が固まった。らしくもなく慌ててしまう。
「…あ、ご、ごめんね、驚かせたね…。えっと…突然…どうしたの?」
「前に会った子がね、“おにーちゃん”って呼んでたの。絵本でも、きょうだいではそういう呼び方をするみたいで…」
「…うん」
「わたし、悠吏の名前も好きだから、今のままでもいいの。でも“兄様”って呼んだら、わたしたちはきょうだいなんだよって、分かるでしょ?」
…ああ、飛鳥はやはり気にしていたのかもしれない。自分と悠吏の外見が、双子の兄妹というにはあまりにも違う事を。髪の色も、瞳の色も違う…以前、それが嫌だと、一緒がいいと言った飛鳥を思い出して、納得する。
飛鳥の幼すぎる外見は、時の流れとともに自然なものになるとは断言できる。だが、こればかりはどうしようもない。両親の持つ“色”が違ったせいだ、なんて流石に両親に対して理不尽過ぎるか。
「飛鳥が望むのなら、勿論いいよ。寧ろ…嬉しい、かな」
「えへへ…そっか…ふふ、…兄様?」
「うん、なぁに飛鳥?」
「だいすき!」
満面の笑みで抱き着いてくる飛鳥に、自分がだらしない顔をしているのを自覚する。こんな所、獅凰や青嵐達には見せられないな…。
正直な所、自分の名前は好きじゃなかった。
この“悠吏”という名前は、両親が残した名前らしい。飛鳥には名前を残さず、何故自分にだけ…という怒りの念もある。
嫌いな名前も、愛しい妹に呼んでもらえたら嬉しく、幸せだった。
それが今度は“兄”と、自分を家族として呼んでもらえるという。もう何度目か分からない、嬉しくて、愛しくて、胸の奥がきゅっとする感覚。少しだけ苦しい、けれどどこか心地良い。自分の境遇を、不幸だと憐れむ人間もいたけれど、自分はそうは思わない。
今この時を飛鳥と生きる自分は、誰よりも幸福なのだ。
「けど、どうして“兄様”?」
「?“お兄ちゃん”が良かった?」
「えっ…い、いや、…君が呼んでくれるならどれでも嬉しいよ」
「えっとね、兄様はわたしの王子様だから!」
「王子様…?」
「そう、困ってる人を助けてくれる、強くてかっこよくてすてきな人!王子様は“こうき”な人だから様をつけるんだって。だから、兄様!」
「ふ、ふふっなるほど、そうだね、僕は君だけの王子様だよ」
一応は『王族』であるから、あながち間違いでもないのだが、きっと絵本の影響もあるのだろう。なんとも可愛らしい理由に微笑ましくなる。
一族から逃げ、隠れ続ける生活は少しばかり窮屈ではある。けれど、こうして優しい時間を過ごす毎日が幸せでもあった。
こんな幸せがいつまでも続けばいいのに。
…そう、思わずにはいられなかった。
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