第7話 獅子と小鳥の対面

『現幻守之巫が“禁忌”を連れ出した』という事実は幻守一族の上層部にすぐさま伝わった。だがその事実が民の元へ伝わることは恐らくないだろう。

“禁忌”――忌み子の片割れを生かし、兵器としていたことなど公に出来る筈もない。


――その情報を、独自のルートで知った獅凰は一人自室でにやりと笑みを浮かべていた。


「…ま、取り敢えずは成功したってことか」


天妖族王家の一員でありながら『敵』とも言える悠吏に情報を流した獅凰とて、ただの娯楽として協力した訳ではない。彼なりに悠吏を想っての行動だった。


口に出すことは決してないが、獅凰にとっての悠吏は歳の離れた弟のようなものだ。素直に礼を言ったことなど数少なく、助言を真面に受けようともしなかった。やることなすこと危なっかしくて…否、だからこそ、見ていて飽きないというのもあるが。


そんな彼が、自ら助けを求めてきたのだ。こちらを利用する気満々といった態度を隠しもしない。


それに、件の“片割れ”…聞いただけでも胸糞の悪くなる話だ。

一度だけ、遠目にだがその姿を見た事がある。返り血を浴びながらも戦うその姿は正に殺戮兵器のようだった。


「主」


「黝薙か、どうした?」


「悠吏様から、式文です」


『式文』…念を込めた式紙にメッセージを乗せる、術者の連絡手段のようなものだ。術者によってその形態は様々だが、悠吏の式文は蝶の形をしていた。

黝薙から手渡されたそれに目を通すと再び獅凰は笑みを浮かべ立ち上がった。


「『ご招待』を受けた。黝薙、しばらく空けるぜ」


「ふふ、唐突に居なくなるのはいつもの事でしょうに。…いってらっしゃいませ、主」


悠吏の大切な“片割れ”を拝みに行くとするかな。



式文の案内を受けながら、たどり着いたのはとある異世界の丘の上だった。一見何もないように見えるが、式文が空間に触れた途端、膜が破れるようにして一つの小さな家が出現した。


「へぇ…考えたな」


幻守の専門は時空に干渉する力…その一族の巫女である悠吏には造作もない事だろう。高度な術だが、流石と言うべきか精度は一級ものだ。


「お前の事だから痕跡を残すような事はねぇだろうが…ここまで徹底して隠れる必要はないんじゃねぇか?」


「そうだね。でも今はまだ、飛鳥の為に暫くはこの生活さ」


「飛鳥…?」


こちらに歩み寄る悠吏からは気配すら感じない。これも術の効果なのだろう。悠吏の考えからするなら人の気配の多い場所に紛れて暮らすと思ったのだが、それにも理由があるらしい。


飛鳥、と呼ばれた人物が恐らく片割れなのだろう。


その飛鳥は何処にいるのだと視線を送れば悠吏は苦笑して自分の後ろを見やった。


「飛鳥、彼は獅凰。敵じゃないよ、一応ね」


「一応ってお前な…」



「…敵じゃ、ない…?」


悠吏の後ろからひょっこりと出てきたのは、水色の長い髪に自分と同じ紫紺の瞳、真っ白なワンピースを着た、驚くほどに無表情な、小さな少女だった。あの戦場で見た印象と大分違っていて大きな衝撃を受けた。


顔立ちは確かに悠吏に似ている…ような気もする。だが少女の見た目と悠吏を何度か見比べて獅凰は困惑したように口を開く。


「お前確か“片割れ”って…双子…だよな?」


「そうだよ?」


「どう見たってその子…いやいや…幼すぎじゃねぇか…?」


「…ちゃんと説明するよ」



通された部屋の中は、驚く程にシンプルだった。

最低限住めればいいとでも言うかのように、物が少ない。


…まぁ、悠吏らしいと言えばらしい。

飛鳥と呼ばれた悠吏の片割れの姿を見て、少女趣味な部屋だったらどうしようかと思ったものだ。なんて、口に出したら最後だが。


「で?」


「簡単な事だよ。飛鳥が閉じ込められていた封縛の塔は、どの世界からも切り離された場所…あの塔の中に居る限り、時が流れることはない」


兵器として『外』に出された時、飛鳥の『時間』は流れ、少しずつ成長していた。だが、片割れである悠吏と同じ時間『外』に居た訳ではない。

最終兵器とも言える幻守の切り札は、そうそう表に出すことは出来なかったのだろう。だから飛鳥は、まだ幼い少女の姿をしているのだと。


「けれど、飛鳥は天妖の血が濃いから…数年も経てば僕と同じ時の流れに戻る」


「…お前の容姿がどう見ても10とそこらのガキじゃないのは、天妖の血とは関係ねぇのか?」


「さぁ。詳しい事は分からない。もしかしたら、僕たちは双子だから…お互いを補い合おうとして飛鳥の分の時間を僕が代わりに多く受けていたのかもしれない。まぁ…僕の事はどうだっていいんだよ」


そう言って悠吏は、先程から不思議そうに自分と悠吏を交互に見ていた飛鳥の頭をゆっくりと撫でる。今までに見たことがないような穏やかな表情だ。


撫でられている飛鳥も、無表情ながらにどこか嬉しそうな雰囲気を感じる。


「…溺愛してんのな」


「まぁね。可愛いだろう?」


その言葉に、否定はしない。

小さく肩を竦めて飛鳥に視線をやれば、目があった。


「……」


「……」


無言。

じっと此方を見つめるばかりで、他に何の反応も示さない。

天妖の証である紫紺の瞳は、自分のそれとは違い、とてもまっすぐで…流石に気まずい空気に悠吏の方へ視線を送れば、なんとも言えない顔をしながらも助けに入る気はないらしい。


…どうしろと言うのだ。



「あー…と、何だ?お嬢サン?」


「……ちがう」


「…あ?」


「わたし、の名前」


「…飛鳥?」


「うん」


にこりと、笑った訳ではない。飛鳥の表情は先程同様無表情な儘。だが自分に名前を呼ばれた途端、嬉しそうに『笑った』

なんだ、名前を呼んで欲しかっただけか。


「ふぅん…な、飛鳥」


「なぁに?」


「自分の名前、好きか?」


「すき……、うん、好き。悠吏がくれた、たいせつなもの」


当人からの賞賛をいただいた悠吏の顔は誇らしげだ。

悠吏は見るからにシスコンの気が出てるが、妹の方も大概らしい。こりゃあ将来が大変だろうな。色々と。

仲睦まじいのは悪い事ではないが、居た堪れないので今は勘弁してほしい。


「まさかとは思うが、妹を自慢するために俺を呼んだ訳じゃねぇよな?」


「半分はそうだけどね」


「半分て…」


「本題は、これからだよ」


穏やかな表情から一変して、悠吏は静かに言葉を発した。


「獅凰—…一つ、頼みがあるんだ」

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