第6話 『飛鳥』

幻守と天妖の争いは知らぬところで行われていた。

冷戦状態だとは名ばかりの、その実情は血で血を洗う酷きもの。

神の力を纏う幻守と神と同等なる妖術を駆使する天妖。均衡した力は両者の命を奪うばかりで事態の収束には落ち着かない。

この争いを続けていけば何れは両者ともに相打ちとなるだろうと誰もが思っていた。だが今や戦況は幻守へと有利に傾いていた。


――それは幻守より放たれた『兵器』によるものが原因といえよう。

あまりの脅威に『化け物』とすら呼ばれる『兵器』。その正体は、どちらも似つかわしくない…その外見は少女そのものだった―…



忌々しい過去、けれどこうして今まで生きていられたのは、きっとあの夢の少女の存在があったからなのだと思う。

実際に会った事などない、話したことも。けれど、魂が教えてくれるのだ。あの子は確かに自分の片割れで、大切な妹…家族なのだと。


死にたがっていた自分が、死に物狂いで上を目指した。

どんなに他人の圧力を感じようと、偽りを纏って、ただ、ひたすらに。


そしてやっとついた“幻守之巫女”という地位。

忌み子の一人である事と、異例の男子の巫女という事に反対する者も少なくはなかったが、積み上げた実績に反対する者は誰もいなくなった。


時期を見て、少女の事を聞き出して、今がその時だと動き出したのだ。

誰にも邪魔はさせない。



――重苦しい感覚は胡散し、瞳を開ける。


相変わらず視界は真っ暗で何も見えない、だが確かに目の前に"片割れ"の魂を感じる。袂に忍ばせていた松明の出番だと灯を灯すと、意識を失う直前にはなかった筈の檻が目の前にはあった。


「…そこに、居るんだね」


…ガシャリ、と少女の肢体に取り付けられた鎖が音を立てる。

悠吏は目の前の姿を見て思わず絶句した。


少女の力を抑える為に巻きつけられた呪符と鎖、そして夥しい返り血の痕。床に座り込む少女は松明の光に反応すらしない。


込み上げるのは幻守への怒りと憎しみ、そして“再会”への喜び。

ない交ぜになった感情に喜びの方が勝り、悠吏は少女へと微笑みかけた。


「やっと会えたね、僕の大切な“片割れ”」


少女は閉じていた目を静かに開け、悠吏へと向けた。その表情はどこまでも“無”。

人としての扱いを受けていたのかも分からない。少女には悠吏が片割れの兄である事など分からないのかもしれない。寧ろ、自分が何者であるのかすら…。


少女には何も無い、それを見て再び怒りに染まる心を隠し、悠吏は続けた。


…君は寂しかったかい?


「…君に、名前を与えようか」


「……?」


少女は不思議そうに悠吏を見つめ、首を傾げる。ふわりと悠吏は先程よりも優しく微笑んだ。


…僕は寂しかったよ。


「『飛鳥』


『飛鳥』というのはどうだろう。大空を舞う、自由な鳥のように――



君は自由だよ、飛鳥」


檻越しに、手を差し出す。

どうかこの手を取って、僕と共に行こう。


悠吏の目を真っ直ぐに見つめていた少女は、差し出した手に自ら手をのばした。


そして少女は『名前』と『自由』を手にし、少年は『過去』を捨てた。

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