第5話 少年の過去

風も、光も、音すらも届かない、世界から切り離された場所――封縛の塔。

塔の中にも外にも守衛の姿はない、何故ならこの塔にはどんな力も通用しないからだ。例えば強靭な武器で塔に攻撃しようとも、塔には傷一つつかない。例えば強力な神通力で破壊しようと、その力はかき消される。


塔を開けるときの術式は幻守の極一部の者たちしか知らない。故に塔の中の『兵器』を勝手に持ち出される、ということはない。

何より、『兵器-化け物-』と呼ばれるものに自ら近付こうとする命知らずはいないという訳だ。


「…不快だが、僕にとっては好都合だ」


現幻守之巫女である自分にすら…否、悠吏だからこそ教えられる事のなかった術式は、獅凰の協力を得て何とか得ることが出来た。方法さえ分かればこっちのものだ。

悠吏は手をかざし塔の鍵を開け、足を踏み入れた。


中は真っ暗で、一歩踏み出すのにも躊躇してしまうような何も感じない空間。

それでも彼の歩みが止まることはなかった。


松明をつけずとも、片割れへの道筋は魂が教えてくれる。


暫く進むと、不思議な感覚がして足を止める。暗闇の中に光が見えた。その光は段々と此方に近づいてきて、瞬きの間に悠吏自身を包み込んだ。



――目の前に、見覚えのある光景が広がる。


「此処は…彩蝶城…?」


先ほどまで、自分は塔の中に居た筈。

警戒を解かず、周辺を見渡せば視界に入ったものに瞠目する。


傷だらけで此方を見る子供―…それは紛れもなく、昔の自分だった。


「…これが封縛の塔が恐れられる理由の一つか」


訪れた者にとって最も辛い過去を見せる。過去の"トラウマ"はどんなに心の強い者だろうとそう簡単には乗り越えられるものではない。


幻と分かっていても、精神的苦痛として己を蝕む。耐えきれず、悠吏は意識を暗闇へと沈めていった。



――生まれた時から、自分は周りの人間達に疎まれていた。何故疎まれるのか何故恐れられるのか、幼い自分には分からなかった。身に受けた傷はどれも直接的なものではない。陰から、己を陥れようと策略を企てた者によるものだ。


人ではない、神は優しかった。けれども、彼らは悠吏を助けようとはしてくれなかった。


いっそのこと死んでしまいたかった。

誰からも愛されず、唯々命を狙われるだけの生を過ごすくらいなら。

それでも、人の血が濃いとはいえ妖の血を引く自分は唯人よりも頑丈で、小さな傷くらいなら直ぐに塞がってしまう。


それが忌み嫌われる理由の一つだと知ったのは物心ついた頃だった。


成長して、大人達の言っている言葉の意味が理解出来てきた頃にも、自分にあるのは唯の虚無感だった。何を学んでも、何をしても、“何か”が足りなかった。


虚無感を抱えながらも生きていたある日、生死を彷徨う怪我を負った。また、自分を恐れる者の仕業だろう。朧気な意識の中、このまま死んでしまえたら良いのにと思っていた時、不思議な“夢”を見た。


暗闇の中、佇む一人の少女。

顔は靄が掛かったように見えないが、どこか懐かしい、と心が訴えていた。届かないと分かっているのに、いつの間にか少女へと手を伸ばしていた。その手が少女に届くことはやはりなかったけれど、気が付いた時には自分は“生”を掴んでいた。


あの少女の正体が知りたくて、式神たちに問いただした。大人たちに聞くのは不味い気がするという自分の勘は当たっていたようで、自分には兄妹が、双子の妹がいることを知った。そして自分たちは双子で在るが故に忌み子なのだと。


少女の居場所を聞いても式神たちは悲しい顔をするだけで答えようとはしなかった。恐らく、幻守一族に深く関わることなのだろう。

ならば、幻守の頂点に座する幻守之巫女。その地位を得よう。

信じられるのは自分のみだ。


あの頃から、少年には目的が出来た。ただ、あの少女と再び会いたいという願いの、生きる目的が。

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